苅谷剛彦のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「ゆとり」とは、誰にとってのゆとりか。勉強しない子がますます勉強しなくなる。子供中心主義の幻想。自由に好きなことができる授業→喜ぶのは勉強がほとんどわかっていない生徒であった。教育改革って、その時代の子供への実験みたいなものだな。ゆとり世代と言われる私達は、まさしく被検体だったわけである。ならば一層、今後の教育がどうあるべきか私達は考えていかなければならない気がする。教育ってほんとに大事だと思うんだけど、大事にするべきところとその周辺にあるものがごちゃ混ぜになってる。学力に焦点を当てるのか、楽しい授業に焦点を当てるのか。楽しい授業、ほんとにそれは楽しいのか。なにが残るのか。なにも残らないのか。
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Posted by ブクログ
ネタバレ[ 内容 ]
戦後教育において「平等」はどのように考えられてきたのだろうか。
本書が注目するのは、義務教育費の配分と日本的な平等主義のプロセスである。
そのきわめて特異な背景には、戦前からの地方財政の逼迫と戦後の人口動態、アメリカから流入した「新教育」思想とが複雑に絡まり合っていた。
セーフティネットとしての役割を維持してきたこの「戦後レジーム」がなぜ崩壊しつつあるのか、その原点を探る。
[ 目次 ]
プロローグ 平等神話の解読
第1章 対立の構図と問題の底流
第2章 戦前のトラウマと源流としてのアメリカ
第3章 設計図はいかに描かれたか
第4章 「面の平等」と知られざる革命
第5章 標準化のアンビバレンス
エピローグ 屈折する視線-個人と個性の錯視
[ POP ]
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☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
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