P.F.ドラッカーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレドラッカーの著書から名言のエッセンスを集めています。印象に残る素晴らしい言葉が多く出てきますが、いずれも哲学に近い箴言のような深さを感じます。私たち(経営者、管理者、企業人、組織人・・・)がいつも心がけ省みる必要がある言葉ばかりではないでしょうか?「目標を達成した時は、お祝いをすべき時ではなく、事業の定義を見直すべき時」(未来への決断)、「重要なことは明日何をなすべきかではなく、不確実な明日のために、今日何をなすか」(マネジメント)、「顧客の全支出のうち自社が提供するカテゴリーの製品やサービスに使ってもらっている割合が重要」(明日を支配するもの)、「市場を支配すると惰眠を貪る。自己満足によって失敗する。革新に対する抵抗が出てくる。適応が危険なまでに難しくなる」(マネジメント)、「利益は企業の目的ではなく、条件である。意思決定の理由や原因や根拠ではなく、妥当性の尺度である」(現代の経営)、「知識労働者の動機づけはボランティアと同じである。報酬を手にしないがゆえに、仕事から満足を得る」(明日を支配するもの)等等つい先立って日経「私の履歴書」に連載されていた著者の人生の深みが一つ一つの短い言葉に表れていると感じます。
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Posted by ブクログ
産業社会の特殊理論と社会についての一般理論について、若かりしドラッカーが著した名著である。
第二次世界大戦期、アメリカの参戦直前に上梓された本著は、当時の状況からして戦争とともに自由社会と自由経済が終わるだろうと一般に思われていた時代に、「戦後社会に何を期待するか、そのためにいま何をなすべきか」という問題を提起し、戦後は輝かしい産業社会が到来すること、そして経済発展があることを予見していた。
現在本著に掲げられている産業社会とわれる時代を通り越し、さらに次にポスト産業社会さえ抜け出している。なおかつ資本主義社会を通り越し、ポスト資本主義社会とドラッカーが名付けた時代にいる。
だが個々の人間と社会との関わり方はポスト資本主義社会特有の問題ではないし、ここの人間の位置と役割に関わる問題は社会の一般理論に関わるので70年前の本著の見通す社会理論は意義深い。 -
Posted by ブクログ
数あるドラッガーの著作からさまざまな金言を
一日一遍のスタイルで抜き出したものです。
欄外に金言に関係する問いかけがあり、単に金言を読んだ
だけで終わらないようになっています。
ただこの本では系統立てての理解ができないので、
より深く理解するためには出典元の本を改めて読むべきかと。
数あるドラッカーの著作で自分が何を読んだらいいのか、
当たりをつけるのには適している本です。
もっともこの本の中でもっともだと思った金言。
「知識労働者は自らの成長と配置に責任を持つ。」
知識は変化し、かつ急速に自らを陳腐化させる。
つまり若いころに習得した知識だけでは不十分になる。
人は変化し、新しい能力を持ち、自らを再生させていかなければ
ならない。 -
Posted by ブクログ
経営学の父とかマネジメントの創始者とか言われてるけど、この本の内容はファシズム全体主義とブルジョア資本主義とマルクス共産主義に関して。面白いほどにマネジメントとかの話は出てこない。ドラッカーが1939年に書いた論文で、その頃はまだ大量生産の時代だったから知識労働とかの話は出てこないけど、エッセンスを集めました的ビジネス本なんかより、非常に勉強になる。
どんな社会背景からファシズムが芽生え、なぜイタリアやドイツで国民の支持を集め広まったのか。そのあたりのことが熱を込めて書かれている。ちなみにこれを書いたのはドラッカーが27歳の時、マジかよ -
Posted by ブクログ
あまりにも有名な本著は、ドラッカー29歳の時の処女作として、そして1933年という宥和政策の時代にファシズム全体主義を喝破した本として知られています。
その若さで既にして膨大な著作を読み、混沌とした時代に先を見据えたことは驚愕に値します。
本著を読み終えたウィンストン・チャーチルは真っ先に書評を書き激賞しました。そしてその後首相になったとき真っ先に取り組んだ仕事は、士官学校の卒業生への支給品に本著を入れたことでした。前線に立つ指揮官へ、ファシズム、レイシズム、全体主義が許されざるものだという理論的支柱にしたのです。
宥和政策の時代、ナチズムはドイツ人の国民性に起因する特殊要因とする説と、マルクス主義者にとっては資本主義最後のあがきとする説の二つが有力でした。
これに対しドラッカーは、マルクス社会主義が失敗したからこそヨーロッパの大衆を絶望的な熱狂に駆り立てた要因とします。そして背景に「恐慌と戦争という二つの魔物たち」に襲われたことがナチズム隆盛の要因としています。
さらにファシズムとは、あらゆる主義や権力を否定するだけであるとし、前向きな信条はないとします。大衆が熱狂的に全体主義を支持したのは新規な信仰箇条の性せいはなく、否定そのものであったとします。ファシズム全体主義は否定がその綱領であると。
一番印象に残ったのは、「大衆の絶望こそが鍵である」という一説です。大衆の絶望こそファシズム全体主義を理解する上での鍵で、旧秩序の崩壊と新秩序の欠落による「純なる絶望」によってファシズムが隆盛したのだとドラッカーは言います。
今のわが国を覆うのは閉塞感といいますが、言葉を変えれば「絶望」であるといえます。そして新秩序の欠落というのも当てはまります。
そんな時、「否定」が大衆の熱狂を呼び、そして進む道は何かということをドラッカーは明示しています。
あまり書くと政治的になるのでここまでとしておき、本著は社会と大衆は何かという視点で読み進めると大変参考になります。
本著のタイトルは「経済人の終わり」で経済論を内容とするように思えますが、内容は社会学です。蛇足までに。
以下印象に残った文章。
・「国民性とは歴史を説明できない歴史家の言い訳」との箴言。
・ヒトラーを支持したものは、下層中流階級、肉体労働者、農民など、当事の社会の不合理性と悪魔性に苦しめられていた層だった。ナチスの資金の四分の三は、一九三〇年以降でさえ農民や失業者が毎週払う党費や、大衆集会への参加費によってまかなわれていた。
・ドイツとイタリアという二つのファシズム全体主義国において、その主たる目標としての完全雇用は実現された。かつての失業者のかなりの部分が、経済活動ではなく軍や党で働いているにすぎないとの指摘は、完全雇用政策の成功をいささかも傷つけない。(中略)そのような経済が永続しうるものか破局にいたらざるをえないものかを検討する前に、ファシズム全体主義経済それ自体はインフレ制作ではないことを理解しておく必要がある。諸費を抑えあらゆる種類の内部留保を動員する制作はデフレ政策である。
・ナチズムは悪魔の化身、第三帝国によって和解しえない敵としてのユダヤ人抜きには自らを正当化できない。自らを正当化することが必要かつ重要になればなるほど、ファシズム全体主義は新しい悪魔を見つけなければならない。