青木純子のレビュー一覧
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物語の主人公「ペトロネラ・オールトマン」と、夫の「ヨハンネス・ブラント」の名前、そして〈ペトロネラ・オールトマンのドールハウス〉は実在したもので、著者の「ジェシー・バートン」は、そのドールハウスを見て、着想を広げたとのことですが、まずは、その想像力の凄さに感服いたしました。
心情的には辛い内容だったのだが、物語としての完成度は、大変素晴らしいと思います。
序盤から中盤にかけては、登場人物が本当に嫌な人ばかりで気が重いなと感じた反面、人の見られたくない内面をこそこそ探っていくようなサスペンス的展開が同居し、また、それにミニチュアハウスの作品を送ってくる、謎めいた予言の薄気味悪さも重なり、やや後ろめたい思いをしつつも、読んでいて、奇妙な恍惚感がありました。
しかし、それらの登場人物の裏の顔が、後半に明らかになるにつれて、序盤の表の顔が伏線であったことを実感し、そこに当時のアムステルダムの、規律や監視で縛り付けられた時代背景が結び付きます。
そこには、男性優位や人種差別に、不自由な性といった、当時の歴史ものの作品としては、よくある展開だとも思われるが、そんな時代の中でも自分の生き方を貫いてゆくこと・・きれい事でなく、生々しい生への思いが私の胸を熱くし、また、それが周りの事情を思いやりながら、ささやかで強靱な意志を毎日維持していくことによる、心労的辛さも計り知れないものがあるだろうと、感じさせられました。
また、序盤は中途半端な佇まいに、可哀想とは思いながらも好感を持てなかった、主人公の「ネラ」も、後半の降りかかる災いが重なるに連れ、強く柔軟に逞しくなっていく姿には、勇気づけられるものがあり、またそれが、最初は不審の塊だった周りの人達(コルネリアやオットー含む)から影響されていることにも、感動を覚えました。
そう、おそらくブラント家の人々にとっても、最初はネラの同居を快く感じてはいなかった。
特に、ネラの夫「ヨハンネス」の妹「マーリン」にとっては。
しかし、それは彼女にとって、ブラント家をやりくりするための苦悩と、その裏にある秘密が重しとなっていたからであって、奇しくも、ネラが秘密を明らかにしたことが、逆に彼女らの人間関係を変えるきっかけになったことには、人生の不思議な面白さを感じました。
たとえ、その後の人生がどうであろうと、マーリンにとっては、最も幸福を感じられたときだったのではないかと思われ、そこでの最も彼女らしい姿に、人生の素晴らしさを称えたい気持ちで、いっぱいになりました。 -
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1913年オーストラリア。英国から着いた船にたった1人で名前すら言わぬ少女が乗っていた。少女はオーストラリア人夫婦に引き取られネルと名付けられた。1900年ロンドン。孤児のイザベラは弟と2人でケチで意地悪な夫婦の下で過酷な仕事を強いられていた。ある日立派な馬車がイザベラを迎えに来た。ずっと探されていた貴族の家の娘だと言って。2005年オーストラリアのブリスベン。カサンドラは祖母ネルを看取った。祖母は英国にコテージを遺してくれた。1975年ネルは英国に向かい、コテージを買った。2005年カサンドラは謎を追う。なぜネルはコテージを買ったのか?祖母は誰だったのか?なぜひとり船に乗っていたのか?なぜその後誰もネルを探しに来なかったのか?コテージで、カサンドラは忘れられた秘密の花園を見つける。するとその花園が秘密を語り始める。100年以上にわたる4人の女性たちの人生をモザイクのように交互に語り、彼女らの遺した日記やメモを通して最後の最後にすべての謎が明らかになる。推理小説やサスペンスではない。それを期待すると拍子抜けするが、これはむしろバーネットの秘密の花園をモチーフに母から娘へ5代に渡る謎を秘めたエンタメ大河小説。私的には、併読する金子文子とイザベラの過酷な少女時代が重なってしまい、ちょっと混乱。
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とある実業家の道楽的思い入れにより改築に次ぐ改築が繰り返された広大な屋敷、フォーリーハウス。
財政難により競売にかけられた屋敷はユダヤ人シコルスキー一族に買い取られ『ホテルネヴァーシンク』として一時代の輝きを放つ。
半世紀に渡る隆興と凋落の裏にはシコルスキー一族の決して美しいばかりではない営みが息づいている。
ホテルとしての絶頂期に起きたネヴァーシンクでの男児失踪事件の真相究明を細い軸にしながら、歴代の関係者の物語で各年代の場面を構成する形式。
必ずしも失踪事件の謎が前面にあるわけではなく、あくまでもネヴァーシンクを取り巻く歴史絵巻。
本筋とは関係のなさそうな挿話が、伏線かと思いきや本当に全く回収されないまま進んでいくことも。
多数の登場人物がゆる~く繋がりながらひとつの流れ作り出すまさに人生のような物語。 -
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ロバート・B・パーカーのスペンサー・シリーズの初期作品の一つである『キャッツキルの鷲』というタイトルはなぜか忘れがたいものがある。さてそのキャッツキルという地名だが、「キル」は古いオランダ語で「川」の意味なのだそうだ。古いオランダ語。うーむ。
ハドソン川に沿ったいくつかの土地の名には「キル」が付いてるらしい。この作品の直後にぼくが読むことになるアリソン・ゲイリン著『もし今夜ぼくが死んだら、』の舞台が、実はニューヨークに注ぐハドソン川流域の架空の町ヘヴンキルなのである。「キル」の意味を教えてくれたのはそちらの翻訳を担当している奥村章子さんで、彼女が巻末解説でそのことを教えてくれたのだ。これもまた読書の順番という偶然。
ハドソン川流域キャッツキルには、実際に1986年まで、この小説のモデルとなる巨大リゾートホテルが存在していたらしい。本書の作者は、この巨大施設を舞台に、何人も少年が消えているというミステリーを構築する。それも様々なスパイスを加えた連作短編集という表現形式で、半世紀を越えるスケールの大きな物語を作り出した。
本書は、章ごとに主人公を変え、一人称あり、三人称あり、でそれぞれの異なる物語を語らせる。1950年に始まり、2012年にすべてにけりをつけて閉じる壮大なる物語。意外なのは、この作品が2020年度エドガー賞最優秀ペーパーバック賞受賞作品であること。賞の受賞そのものが意外なのではなく、こんなに壮大なスケールの物語なのにペーパーバック賞であるというところが意外なのだ。
蛇足かもしれないが、「キル」を教えてくれた前述の『もし今夜ぼくが死んだら、』も前年の2019年に同じペーパーバック賞を受賞。これも我が読書順のある意味偶然。何か、運命というようなものがあるのだろうか?
壮大とは言ったが、誰にとっても親しみやすい短めの物語の蓄積によって織り成されるがゆえに、読者を選ばない親しみやすい作品と言えるのかもしれない。ペーパーバックというフレンドリーな賞の対象となったのはそこなのかもしれない。
ポーランド出身のユダヤ人一族が、ナチスドイツの迫害下、飢餓に苦しむ生活から逃れ、アメリカ大陸へ移住し、彼らなりの新世界を切り拓いてゆく家族史を主軸に、ホテル経営に関わる多種多様な登場人物のストーリーで時代と人々を積み重ねてゆく。
不気味に少年を襲う黒い影、というミステリーを縫い込みつつ、ページは進む。次々と語り手が変わり、色合いを変えるゴシック模様のような斬新な物語。個性いっぱいのこの世界・この時代を、現代から振り返り、俯瞰し直すような楽しみが、本書の最大の魅力であろう。そんな個性的で新しみに満ちた本書の感触を是非味わって頂きたいと思う。 -
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ネタバレキャッツキルが舞台と聞けば、スペンサーシリーズの『キャッツキルの鷲』のオールスター銃撃戦をすぐに思い出すがそれは置いといて…
青木純子さん訳ということで、ケイト・モートン作品ぽいものを予想していたが、少し軽い感じでとても読みやすい。
それほど長くはないのだが、時間を積み上げ、重要な登場人物も多く、視点も変わるので物語の厚みを感じた。特に最初の移民時代はわずか70年前。現代とこんなに近いのにこんなことがと驚く。
某所でたくさんオススメされていて面白いのは確かですが、ラストの曖昧さ、犯人の目星のつきやすさなど、文芸寄りかと。
結末をぼかすのは好きではないなぁ。 -
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ネタバレ2005年、オーストラリア。祖母を看取ったカサンドラは、葬儀の席で大叔母たちから実は祖母のネルが養子だったことを知らされる。驚くカサンドラだったが、ネルはもうひとつ謎を遺していた。オーストラリアから遠く離れたイギリスのコーンウォールにコテージを所有していたのだ。「これをカサンドラに遺贈する。いずれその意図を理解してくれることを願って」と書き残したネルの足跡を追って、はるばるコーンウォールのトレゲンナという村にたどり着いたカサンドラは、かつて貴族の邸宅だったブラックハースト荘で貴族の令嬢と童話作家と画家が過ごした日々にネルの出生の秘密が隠されているのを知る。百年の時を行き来しながら、一人の女性のアイデンティティにまつわる謎を追った歴史エンターテイメント。
時空を超えたシスターフッド、そして祖母と孫を描いた作品。ネルがなぜ偏屈ばあさんになったのか、その絡まった糸をときほぐすうちに、カサンドラが抱える傷も少しずつ癒されていく。心地よい距離感を保ったシンクロニシティとも言うべきこの関係性は、親娘間では書きにくいことのような気がする。
物語は3パートに分かれている。一つ目がカサンドラのパート。軽いタッチのロードムービーふうで、少しおせっかいなキャラクターが次々登場し、後半にはラブロマンスもある。二つ目はネルのパート。船でのかくれんぼの記憶に始まり、人生が一変してしまった婚約パーティーのこと、謎解きの果てにトレゲンナにたどり着いたことが描かれる。三つ目はイライザのパート。サラ・ウォーターズの『荊の城』を思いだすようなイライザの身の上とローズとの友情。三つのパートを細切れに語って謎の解明を引き延ばすと同時に、同じ人物の時を経た姿が多角的に描かれる構成になっている。
一番の眼目はブラックハースト荘のパートだが、ミステリーを意識した(?)ミスリードが余計に感じてしまう。イライザが実母に決まってるんだから、もっとローズとイライザとナサニエルをめぐるドロドロに注視してゴシック気分を盛り上げてほしかった。友情で繋がるローズとイライザ、性愛で繋がるローズとナサニエル、創作で繋がるイライザとナサニエル…という掘り下げがあるものと思っていたので肩透かしを食らった。イライザがだんだん破天荒じゃなくなるのも寂しい(これは物語上必然性があるが)。アデリーンの徹底した悪役ぶりが一番好感度高い。
でも作中でイライザが書いたとされる童話が全部ちゃんと面白いのは偉い。元々は「Authoress」という題にするつもりだったというから、イライザの人生から妖精物語が生みだされるその飛躍こそがテーマだったのだろう。直接血筋と関係があるネルやカサンドラだけでなく、ジュリアがローズのスクラップ帳を、クララがナサニエルの原画を、クリスチャンがイライザの庭をそれぞれ大事に思っているところは、創作物と時間の経過とその需要のあり方をあたたかく描いていると思った。
最初に「時空を超えたシスターフッド」と書いたのは、ネルもイライザもローズも苦しみ傷ついて、秘密を抱えたまま亡くなったが、その気持ちを受け取る相手が未来にいたのだとわかる物語だからだ。過去に苦しんだ人びとへの共感が、いま前を向くためのパワーに還元されていくというポジティブなメッセージがあるからこそ、二人のキャラクターの死の場面で終わるにもかかわらず、読後感は明るい。 -
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イギリスから船でオーストラリアに渡り、一人置き去りにされた少女。いったい彼女は何者で、何が起きたのか。過去と現在を行きつ戻りつしながら、過酷な運命に翻弄される一族の秘密が解き明かされていく。
時代を大きくさかのぼりつつ語り手が何度も変わるため、人物関係を頭のなかで整理するのにひと苦労。それでも、ところどころ挿入される童話の真の意味を考えたり、少しずつ解き明かされていく悲しい過去によってそれぞれの人物像が浮かび上がっていく過程は、古典を読んでいるかのような心地よい読書となる。
たぶん、子どもの頃にオーソドックスな海外の物語を読んで、異国の主人公たちに憧れた空想好きの元少女たちに愛される作品なのでは。
古いイギリスのお屋敷を舞台とした上質なゴシックミステリーを堪能することができ、満足。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ何となく面白そうだと思って買った本だったので、最初は「過去や現在、視点さえも行ったり来たりするので、読みにくにかも、、、」と思っていたが、そんなことはなかった!
出だしから刺すのかい!と思ったけど、ドロシーの過去を考えたとしたら、そうなるよね、と
読んでいるうちに、段々とドロシーがえげつない感じになってきて、ローレルの幼少期の母であるドロシー像とはかけ離れていたのも、そもそもが違うからとも考えられるような、、、
最後の章のジミーに、何とも言えない気持ちになった
結婚してからのヴィヴィアンは、初期は少しでも楽しかったのだろうか、やっぱりそんなことはなかったのだろうか。
そんな中でドロシーの計画通りジミーと出会い、いけないと思いつつも恋に落ち、別れ際にキスをしたときの気持ちを考えると、、、そして二人の女友達が最後に会った時のこと、その時のヴィヴィアンの気持ちを考えると、、、
あれやらこれやら考えるとキリがないし、読み終わったから結末はもう分かっているんだけど、分かった上でもう一度読みたいなと思った。