吉川英治のレビュー一覧
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<本の紹介>
日本では卑弥呼が邪馬台国を統治する頃、中国は後漢も霊帝の代、政治の腐爛は黄巾賊を各地にはびこらせ、民衆は喘ぎ苦しむ。このとき、〓県は楼桑村の一青年劉備は、同志関羽、張飛と桃園に義盟を結び、害賊を討ち、世を救わんことを誓う。―以来100年の治乱興亡に展開する壮大な世紀のドラマ。
職場の上長から、「中国ビジネスをうまくやる為の戦略・メカニズムを考えてみてくれ。」って言われてた矢先、後輩から「kijiさん三国志ぜひ読んでみて下さい」って紹介された。
んで、「中国なんてかつて北京行ったときのことくらいしか知らないし。。。中国を学ぶっつったらまずは三国志ってのはありかな。」ってことで、読んでみることにした。
すごい長そうだったんで、本当は「その分10種類の本を読んだ方がいいんじゃないか」って考えたけど、まぁいずれ読むなら早いか遅いかの違いしかないしね。
で、読んでみて。
ん~登場人物が多すぎて、はじめよくわかんなかった。しかも、すぐ死ぬし。
どいつが死んで誰が新しく出てきて、今誰と誰が仲間でそもそもそいつなんて読むのか、いろいろついていけませんでした。苦笑
これが島国日本と大陸の世界観の違いって奴なんだろか。
でも、「信長の野望」とか好きで戦国武将ってかっこいいなと思うし、できれば真田幸村になりたい俺としては、楽しく読めました。正しいことだけをしてればいつかきっと報われる、なんてのは嘘で、清濁併せ呑むような本当の実力が試されるのは戦国時代は顕著かもしれないけど、今のビジネスの世界だって同じだな、と。
まだまだ読み始めなんでこの先どうなるのかわからないけど、楽しみながら読んでいきたいと思います。で、全部読んだ後に三国無双をするんだ。これがまた、すげぇおもろいらしいんで楽しみです。
全員まとめてかかって来い! -
Posted by ブクログ
<本の紹介>
黄巾賊の乱は程なく鎮圧されたが、腐敗の土壌にはあだ花しか咲かない。霊帝の没後、西涼の董卓が十常侍に代って権力の中枢に就いた。しかし、群雄こぞっての猛反撃に、天下は騒然。曹操が起ち、袁紹が起つ。董卓の身辺には、古今無双の豪傑呂布が常に在り、刺客さえ容易に近づけない。その呂布が恋したのが美女貂蝉―董卓の寵姫である。傾国という言葉は「三国志」にこそふさわしい。
だんだん読むのに慣れてきました。笑
武人としては、強い奴になりたい。でも、強いだけで頭悪い奴は、やっぱかっこ悪い。
自分のことだけ考えてたんじゃ、周りはついてこない。誰が一緒にいてくれるかで、心強さもテンションも変わる。時代が変われば、今まで得ていたものが一瞬でなくなることもあるし、自分の力を世の中に示すチャンスはそいつ次第、主君次第でいくらでもある。ただ、コロコロ変えているようじゃ信頼してもらえないから、主にしろ臣にしろ、相手を見る目ってのはすごく大事。良禽は木を選ぶ。そいつの器をどう計るか、そいつと一緒にいて、自分は良いのか悪いのか。自分の決断の影響は家族親族全てに及ぶ。
貧乏だし偉い奴、強い奴に振り回されるし好きにできないし、難儀な時代だったかもしれないけど、俺は個人的にはおもしろそうだなと思いました。この時代に生まれてたら、自分はどうなってたかな、とか。
今の世の中を生きている人たちより、単純にエネルギーのある人たちがたくさん描かれていて、これは吉川英治さんの文才なのかもしれないけど、引き込まれる部分がたくさんあります。こういう人たちと生きてみたい、って思ったり、今の時代でこういう人たち見つける楽しさってあるよな、とか思ったり。
争いより語り合いを大事に、一騎当千クラスのすげぇ仲間を集めて楽しく生きられたらおもしろいだろうなーって思います。君や僕は、時代を選べないのでなく、この時代に選ばれたのだから。 -
Posted by ブクログ
三国志を読み進めて、3巻目。
ここから、出版社が講談社→六興出版に変わりました。笑
(後輩からの借りもんだし、是非もなく)
で、全6巻だったのが全10巻になって、結構かぶってるとこが多くて。
まぁそんなこともありつつだったけど、結果として楽しめてるしいいかなと。
なんか、だんだん登場人物が成長してってたり、仲間が離れてまたくっついたり、磐石と思われても親子の世代での争いでそこにつけ込むスキが出てきたり、長編だからこそ出てくる時間の流れが徐々に出てきて、人生っておもしろいよなぁとかしみじみ感じてました。
義を通した地道な努力を続ける人物がいれば、「早く着くことが全て」とする人物もいる。
才能も大事だけど、視野も大事だし頼れる人に頼ることも大事だなと。
人間模様からいろんなことを学びますわ。
経営者は歴史小説が好き、とはよく言ったもんで、歴史小説から学んだ人が淘汰される中で残ってってるんじゃないかな、なんて思います。
普通におもしろいし、生き方・考え方・攻め守り・タイミングの見極めとかとか今に活かせることいっぱいあるし、なんか視座が変わってくのがわかる。
まだまだ成長の余地はありまくりですね。
「リングの上なら、お前死んでんな」って言われたことがあるけど、ここが戦場でも多分俺知らないことありすぎて、できてないこと多すぎて死んでますわ。
自分に降りかかる災難くらい自分で払えるように、自分の家族や仲間を自信持って「守れる」って言えるくらいに、自分を取り巻く世界の動きが見えるようにならなきゃです。そんで、見えた世界に対応できる力を身につけておかないとです。
先は長いけど悠長にしてる時間はない。
もうちっと早く読んでおくべきだったかもなぁ。 -
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三国志も、ついに4巻まで来ました。
劉備も世間に名が売れて、1巻の頃とは大違い。
もう、この頃は三国志読むのが大変、とは思わなくなってきました。
それよか、展開が気になるしもっとスピード出して読みたい、みたいな。
でも、相変わらず新しく出てくる人物が多くて、大体覚えられてません。苦笑
ただ、自分1人で何かを為すってことはできないんだな、としみじみ思いました。
あと、成功しようと思っても、いきなりなんでもかんでもうまくいく人なんていなくて、それでも諦めずに取り組んでいくことで少しずつ仲間も増えて、自分たちもいろんな人たちのアドバイスを聞き入れながら成長していくことが大事なんだなーと思いました。
持つべきは、うまくいってても油断をしない用心さと、自分は絶対間違ってないと思っても周りの人のアドバイスをちゃんと聞く耳を持っていること。私憤に我を忘れず、おさめることができること。
やりたいことはまだまだたくさんあるけど、俺1人じゃできないことばっかりです。
できればみなさん、力を貸して下さいな。
逆に俺も、みんなの力になれるよう頑張るんでどんどん使ってもらえたらと思います。 -
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1170年ごろ。清和源氏の八幡太郎義家の孫娘の”吉光女”が母とされており,源義経は親鸞のまた従兄弟にあたる。9歳の時,慈円(後の天台座主)のもと得度し,範宴(はんねん)と改名。
叡山の天台宗門徒の形にとらわれた仏教を民衆のための仏教にしようと一生を費やす。従来の聖道自力(自力本願)の僧は,やたらに自分にも行いがたい禁欲を強いられており,いたずらに物絶ちをもって清浄とし,形式にばかり囚われて実はかえって裏には大きな矛盾を抱えており,夜中には叡山から洛中に下りて,酒や女と遊ぶようになる。浄土門の易行道(他力本願)では,そういうエセ聖の真似を最も嫌う。ありのままの姿を清浄とするのである。肉もよいし酒もよい。女人が男性を,男性が女人を持つ。これも自然の人間の姿のままを尊ぶ。おのずからそこには男女の道というものがある。道を外さぬほどならば,それでよい。職業も他の生活もそのありのままで立派に往生できる。難しい事ではない。そのためにはただ念仏を唱えれば良い。実社会というものを尊重し,人間の生活を本義にしているのだ。
残水の小魚,食をむさぼって,時に渇くを知らず。
糞中の穢虫(えちゅう),居を争って,外の清きを知らず。
こう言って,実社会での富や名声に嬉々としている人々を悲しむべき人とした。
ありのままに生き,それを尊いとするため,南無阿弥陀仏の御名号を唱えるべきと親鸞はすすめた。
全3巻 -
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羽将軍の骨の手術に、名医華陀現る。
呉の国の華陀が敵国の関羽の病を聞きつけ、医に国境なし、ただ仁に仕えるのみと、
関羽の毒矢で腐りかけている骨を骨髄から削る大手術を行う。
側近が皆、蒼ざめてしまうほどの手術にも、羽将軍は、差していた碁盤から目を離さない。
毒で眠れぬ日々をすごしていた、羽将軍もその晩は熟睡して、回復に向かう。
しかし、荊州を失った蜀軍大将。
呉の孫権の願いも空しく、終に武人関羽将軍は、忠義に落命する。
赤兎馬は、悲しくて、ごはんを食べず、ただ嘶くばかり。
ああ、なんて、かなしい・・関羽先生のいない三国志なんて・・
関羽先生は208年の昔の人で、元より生きちゃいないのに、
今、突然死を知らされたようにショックだ。
そんなに悪い感じでもなかった、呂蒙も、
だからこそか、怪に憑かれて、死んでしまった。
忠義勇智、恩に生きることが、いかに心の充実と生きがいと
良心たる人のそのものとと不可分だったのか。
いや、今でもそれが本能なのかもしれないと直感する。
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幕末,明治の小説はかなり読んできたものの,鎌倉,室町時代については全くのど素人なので,まずはこの時代の王道である太平記を読んでみた。
主人公は概ね足利尊氏で話は進んでいるが,尊氏は何となく優柔不断で人を惹きつける魅力があまりないように感じられた。
それに比べ,楠木正成については,考え方も一貫しており,好きな武将の一人となってしまった。
南北朝時代は武士も節操もなく足利方や後醍醐方の形勢の良い方に取り入っており,侍としてどうなのだろう。忠の字はどこへ行ったのかと思われてならなかった。
しかし,尊氏のすばらしいところは,そんな侍たちも受け入れる度量,赦す心を持っていたのが好きなところだ。
ひととおり南北朝の騒乱は流して見たので,この時代でもう少し詳しい小説を読んでみようか。