夢野久作のレビュー一覧
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これを読むものは一度は精神に異常をきたすと伝えられる と裏表紙に書かれている三大奇書の一つ。今の自分の精神が異常かどうかの判断など私にはつかないが、気づいていないだけで読む前と後では色々なことの感じ方に変化があったり、解釈の仕方の幅が増えたりしているのだろうと感じる。まぁ、どの本を読んでも同じことではある。
まず上下を読み切ることがひとつの大きなハードルだと思う。途中で投げ出したくなるときが何度かある。
そしてこれは誰も作者の意図を「理解」することができない内容だと思う。読む人によって解釈や受け取り方が変わる。
これを読んだからと言ってキチガイになるとは思わないが、そもそも読む前がキチガイではないのかと言われたらわからないわけだし、その文言が読むのを躊躇わせているのであれば、心配せずに読んだほうがいいと思う。読んだところで理解できないから。
多分、何度読んでもわからないけど、死ぬまでにあと何度か読んでいろんな解釈したいとは思える作品。 -
Posted by ブクログ
果たして、これはミステリーなのか、というと、「名探偵」によるカタルシス的謎解きシーンはなく、全ては混沌としたまま。「物語が収束しない」という意味では、リドルストーリーだと思うが、「女か虎か」のようなわかりやすさからは対極的な謎の配置だ。
結局、「私」が誰なのか、「私」を嵌めたのが誰なのか、は分からないまま。タイトルの「ドグラ・マグラ」が何なのか、も分からない。それでも、執筆開始から100年、発表から90年経っても、「三大奇書」のひとつとして読み継がれているのだから、独特の魔力がある本、ということだろう。
表紙が強烈なので、ブックカバー無しにこの本を裸で読むのは勇気が入りそう。(自分は常に革のブックカバーを愛用しているので問題なかったが。)
人に勧められるか、というと、答えは絶対に「NO」だけど、普通の本は読み飽きた、変な本が読んでみたい、という人は真っ先に手に取るべき本かもしれない。しらんけど。
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Posted by ブクログ
まだ上巻なので、ちゃんとした感想は下巻にて。
お下劣な表紙は米倉斉加年の作品とある。絵をものする人とは知らなかったが、調べてみると随分と評価が高いよう。
三大奇書の残り二つ「黒死館殺人事件」、「虚無への供物」、読んだことがあるのに(但し、黒死館の方は途中で敢えなく挫折)、本作「ドグラ・マグラ」は一度も手に取ったことがなかった。ミステリーファンとしては、いつかは読まねば、と思っていた作品。
冒頭、主人公(らしき人物)が、自分が誰だか分からない、というインパクトのあるスタート。(島田荘司の「異邦の騎士」をふと思い出した。)
正木敬之(まさき・けいし)九大医学部精神科教授が残した文書を読み進める中で、主人公が誰なのか徐々に見えてくるが、上巻ではまだ正木教授の遺書の途中で、真相は未だ藪の中。(ところで、正木教授の名前は、正気軽視の駄洒落か?)
教授が残した文書の中では、「チャカポコ、チャカポコ」のオノマトペが妙に耳に残る。あと、アンポンタン・ポカン君。
下巻は、毒されないように、時間を置いてから読もうと思う。
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はい、五十四オネエ❤
久作さん+寿なし子さん
なんか寿なし子さんのタッチは久作さんに合わなくね?とか思って読み始めたんだが、最後は不思議にマッチしてるようになってきた
煙突とイッショやな
取ってつけたような違和感バリバリの煙突が、最後にナゼか建物にナジんでくるという
そしてこのお話のキモは、この煙突とは一体ナニを現していたのか?ってことなんだと思うのよ
で、わい思ったの
ぜんぜんワカンネ
(ワカンネーなら言い出すなよ)
あ!分かった!この煙突のメタファーはちん( ゚∀゚)・∵. グハッ!!
『煙を吐かぬちん( ゚∀゚)・∵. グハッ!!
※久作さんの文章に散りばめられたカターカナの表現がステキだったので真似してみたが、ゼンゼン夢野久作感出なかった(そりゃソやろな) -
Posted by ブクログ
『男はもはや孤独を怖れる必要がなかったのです』
桜の森の満開の下 坂口安吾
『誰かが後にいて、じっとその視線を彼女の上に集注しているような心もちである』 影 芥川龍之介
『そこの二階の六畳は、二人にとって唯一の世界であった』 芋虫 江戸川乱歩
『那時あの妓ーは緋の長襦袢を着て居ました。月夜のような群青に、秋草を銀で刺繍して』
浮舟 泉鏡花
『この美しい若衆はもて囃されていた』
身毒丸 折口信夫
『落盤に鎖された真暗な隧道の中で、十四郎は恐怖のために変貌を来たしてしまい』白蟻 小栗虫太郎
『この足こそは、やがて男の生血に肥え太り、男のむくろを蹈みつける足であった』
刺青 谷崎潤一郎
『この美しい、楽しい島はもうスッカリ地獄です』
瓶詰地獄 夢野久作
『あの人は、誰のものでもない。私のものだ』
駆け込み訴え 太宰治
『「何がって、知ってるじゃないか」と子供は嘲けるように答えた』 夢十夜 夏目漱石
美しい日本語に触れたくて読み始めましたが、十作のどれも不思議な世界にどっぷり浸かってしまいました -
Posted by ブクログ
いわゆる三大奇書を『黒死館殺人事件』、『虚無への供物』と読み継いで最後に本書を手に取った。だからどうしても比較してしまうのかもしれないが本書は前二書に遠く及ばない。迷路の中を彷徨うような読み心地は確かに共通するのだが、『黒死館殺人事件』と『虚無への供物』はそこから抜け出て光射す場所に出たような読後感を残すのに対し、こちらは闇の中のまま終わりを迎える。そして、本書が徹頭徹尾追求している心理遺伝云々という似非学問は優生学と表裏一体であり差別の構造そのものだ。最後の方でようやく病院の外に主人公が出ていくのがわずかながらの救い。結局病院の中へと戻っていってしまうのだけれど。
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Posted by ブクログ
ナンダカ、切ナクテ、ウツクシイ──
そんな感想が、読み終えたあとに静かに残る一編。
ここ最近、夢野久作作品を続けて読んでいて思うのは、 彼の得意とする書簡体や独白文の小説には、少なからず語り手のナルシズムが滲み出る、ということだ。
それは作者自身の陶酔ではない。
あくまで、手紙を書いている登場人物の嗜好や自己陶酔であり、 だからこそ、語り手に高尚な人物や清廉な女性が選ばれると、 その文章で形作られる物語世界もまた、幻想的で妖艶な魅力を帯びてくる。
この感覚こそが、夢野久作という作家の人気の一端なのではないだろうか。 因縁や死といった題材を、陰惨でも恐怖でもなく、 どこか厳かで華美なものとして描き出すその趣向は、 谷崎潤一郎に近いものを感じさせる。
美貌のピアニストが舞台で吐血し、 女嫌いの名歌舞伎役者の兄がそれをそっと見守る。 故郷でも名高い別嬪嫁をはじめ、錚々たる人物たちが配された物語は、 まるで歌舞伎の舞台そのものを押絵に封じ込めたように、 ドラマチックなフィナーレへと進んでいく。
そしてラスト。これも、久作の得意技だ。
──その後のことは、誰も知らない。 真実は、闇の中へ。
映画タイタニックのラストのように、読み終わった後に
冷たい水の底に沈んでいくような感じがする。
同じ「押絵」を題材にした作品なら、 私は 江戸川乱歩の 『押絵と旅する男』の方が好みではある。 展開が、圧倒的に早い!