岸田奈美のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
岸田奈美さんのエッセイには、笑いと愛と哀と救いがある。
自分の人生に一度でも起きたら卒倒しそうなエピソードが、岸田奈美さんからは週一くらいの勢いで飛び出てくる。
なのに、そこに悲壮感はない。
少なくとも、文章には出てこない。
裏には悲壮感も含めた様々な感情が込められているのはしっかり感じるのに、重くない。いい意味で。
岸田奈美さんとはサイン会で一度お会いしただけだが、その人当たりの良さは爆発的に発せられていた。
そのキャラクターそのままの文章に、ある種救われているのかもしれない。
特に最終章がよかった。
下手したらエッセイ全体の評価にかかわるかもしれない吐露が、この本全体の救いになっている。
“読みたいものを書く”を超えた、書くことへの渇望をも感じた気がした。
岸田奈美さん、ますます推す。 -
購入済み
作者の人生をさらけ出すエッセイ
今まで作者がやってきた出来事や家族事情をエッセイにした本です。今まで個々で話されていたことを本出すまでのボリュームとなり、仕事にしているのは作者の人間力凄いなと尊敬しました。
死ななければ何とかなるものだと教えてくれる本です。問題点を泥臭くてもいいので乗り超えてポジティブにかえる。苦手でダメな点があっても、切り替えて、自身の持ち味を活かしたことを仕事にする。心折れて立ち止まっても、何かしらチャレンジして動けば何とかなると、挫折した人に読んで欲しいです。
文章が自身の言葉で表現していて、話の合間に小ネタを入れてアイスブレイク入れており、読みやすい。面白かったです。一気に読みました。追い込まれた際、岸田さん自身で何とかしてきたリカバリー力、何とかならなくても、ピンチになった際、周りが助けてくれる人間力が凄い方です。周りが作者自身に対して愛嬌や信頼があるんだと思いました。
人には向き不向きがあって、挫折する時は誰しもありますが、作者は泥臭くチャレンジして、その中で自分のやりたいこと、持ち味を見つけ、磨き、自身で価値を生み出すまでに成長されているように感じました。
仕事に関して、目的や興味なく日々が淡々とつまらないと感じてる人はこの本を読むと作者はいろんなことをやっていますが、点と点が次第に線となり、結果、筋道通った働き方をしていて、アクションするための参考になると思います。 -
購入済み
買って良かった
元々Twitterから時々noteという流れで読んでいて、ユニークかつ読むと心動かされる文章にとても惹きつけられ、書籍化と共に迷わず購入した。本の中にも出てくる幡野さんのブログもそうだが、言葉に嘘や衒いがなく、どこまでも真っ直ぐな文章に時間を忘れあっという間に読了した。明日からすべてのことを楽しみながら頑張ろうと思えるモチベーションが沸沸と湧き上がる本だった。作者のお父さんの死、お母さんが車椅子になった原因の病気など、一見多くのものを失ってきたように見える家族だが、実は作者の中には父親から受け継いだユーモアや行動力、母娘の中にはあらゆる制限を取っ払って突き進む可能性といった、大きなギフトを「得てきた」物語なのだと気づかされた。人に力を与える文章を書ける作家さんに出会えてとても嬉しい。彼女の本はこれからも追い続けていきたいと思う。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ〈備忘録・ネタバレあり〉
昔Twitterかなにかで読んだ文章が面白く気になっていたが、なんとなくずっと著書を読まないできてしまった。最近ポッドキャスト「滔々咄」の岸田奈美回を聴いて彼女の面白さを再認識し、ようやく初めて読めた。
かねてより、苦難をネタに昇華する関西人の陽気さ(一括りは良くないかもだけど、周りにいる関西人にとても多い)に尊敬を抱いていたが、彼女はその権化というかんじ。私には到底できないそのポジティブな変換力に、人間の器の違いをまざまざと感じた。
まずこの本は、コロナ禍のある日突然車椅子の母が死と隣り合わせの病気にかかり、祖母の認知症が悪化し、それによってダウン症の弟や飼犬2匹も不安定になり、長年入院中の祖父まで亡くなり…と、さまざまな苦難が一気に訪れた時期に、Noteに毎日公開していた日記をまとめたものだ。なぜ毎日書くことにしたかという理由が凄い。
…
(引用)
なにが悲しいって、どんだけしんどいことが起きても、わたしの話で笑ってくれる人がだれもいないこと。かのチャップリンは、「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」と言った。わたしことナミップリンは、「人生は、ひとりで抱え込めば悲劇だが、人に語って笑わせれば喜劇だ」と言いたい。 みんなも心当たりがあるだろう。悲劇は、他人ごとなら抜群におもしろい。 ユーモアがあれば、人間は絶望の底に落っこちない。
「やばすぎ、ウケるわ」「ばあちゃん、どないしてん」 理不尽なこの日々を、こうやって笑い飛ばしてもらえたら、わたしはそれで救われる。
ただ、笑ってほしい。悲劇を、喜劇にする、一発逆転のチャンスがほしい。 心のどこかでわたしは、「たしかにしんどいけど、これはこれで、おもしろいよな」って思っているのだ。数年後には笑い話になると信じているのだ。そういう明るい自分を、わたしは見失いたくない。 でも、このまま1人で抱えとったら、もうあかんわ。 そんな経緯で始めたのが、この『もうあかんわ日記』だ。 読んでくれる人がいるだけで、語る意味ができる。悲劇を書けば書くほど、喜劇になっていく。
…
問題を抱える一家の大黒柱となった彼女が、ピンチをユーモアで乗り越えようという発想が最高に素晴らしいし、文字通り〝書いて生計をたてる”という作家としての覚悟を感じた。
日記の内容もさすが「100文字で済むことを2000文字で書く作家」、悲惨と思われる出来事を面白可笑しく書き綴られていて、不謹慎ながらもクスッと笑ってしまう文章が満載だった。
でも序盤にある母の手術前後のエピソードは本当にハラハラしたし、胸が痛んだ。大事な人の死ぬかもしれない手術を待つ時間、どれほど胸を押し潰される想いだったか。また、そんな中でも入院中の母の姿を見ることができなかったというコロナ禍の面会規制は、知ってはいたものの改めて残酷だ。余命予後1週間と医師が認めた場合のみ15分の面会が認められたという。あの時期に大切な人が入院していた方たちはなんて辛い日々だっただろう。医師も看護師もみんな疲弊し、悔しい思いをした。
また、ケースワーカー(おそらく)に祖母をサービス付き高齢者住宅に入れることを考えている、と伝えた時の対応や、弟の肥満をご近所さんに咎められたエピソードも心を抉られた。部外者からの、正論の形をした無神経な助言。経緯も努力も希望も絶望も当人にしか知り得ず、善意の助言は相手を苦しめる場合がある。そんな愚かさを自分も気をつけようと思ったし、打撃を受けながらも立ち上がる彼女を見習いたいと強く感じた。
(引用)
ツッコミを。ツッコミを忘れてはいけない。どんだけしんどい日でも。アホバカボケ! と感じたら、すかさずツッコミを入れていくしかない。