諸富祥彦のレビュー一覧
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トランスパーソナル心理学というとちょっとした怪しさが漂うが、要は自分の心理を上手にコントロールする技術。諸富先生はこれを生かしたカウンセリングを行いつつ、啓蒙的な著書を多く出版されている。本著のタイトルは過激な中島義道先生を思わせるが内容はとってもマイルド。とはいえ諸富先生ご自身がかなりの苦労をしておられるようで、単なるキレイ事ではない実践的な思考スキルを提供してくれる。また、こうした学者先生の書かれた一般向けの本は読書案内としての役割も極めて大きい。あたしもこの先生の本でフランクル先生の「夜と霧」やウィルバー先生の「無境界」を読むきっかけを得た。読書によるリンク効果は侮れない。
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Posted by ブクログ
ネタバレとても読みやすい本。
女親が異性の男の子にたいしてどう接するかというノウハウ。
幼児期から思春期までかなり細かく書かれていて、家に1冊あってもいいかも。
本当は男親の出番なんだろうな、でもそんな夢みたいな期待は脇においておいて。
現実として対処していかなくてはならない数々のことが具体的に載っている。ありがたい。
読んでいる間、何かで読んだよなと思っていたら、若手部下の扱い方のノウハウだった。
・して欲しいことは「お願い口調」で励ます
一歩下がって/ポジティブに/具体的に
・「褒めて育てる」から「ともに喜んで育てる」へ
嬉しい、助かった、感心したという気持ちを伝える
・叱るときは
①行動を叱る、人格存在は否定しない
②何で叱られているかを説明する
③次はどうしたら良いか考える
・お手伝いをさせる
①失敗は当たり前
②失敗してもイライラをぶつけない
③失敗した後どうするかを考える
・勉強を習慣化するには
①時間/量のハードルを下げてやる気を持続
②気になる遊びを先にさせて集中させる
③リビングで親も一緒に勉強する
④問題集は「薄いもの」で達成感を与える
・コミュニケーション
①子供より長く話さない
②その場ですぐ聞く
③言葉を丁寧に「伝え返す」
④うなずく
⑤あいづちを声に出す
3歳までの幼児期に常に一緒にいるよりも10歳以降に家にいて見守る体制が大事だって。フクザツ。
確かに隣のお兄ちゃん、中学生の頃から女の子家に連れて帰ってきてたもんな。大人のいない家に。そういうことも含めて。
「思春期の男の子は本人もよくわかっていないから理解できなくて当然」おおらかにでもしっかり見守ること。
もう数年で家より外が楽しくなって10年後には確実に母親より、他人のオネエチャンの方が大切になるんだろう。
今だけだー!と今夜もウリウリしてやろう。 -
Posted by ブクログ
教育の力は、社会にとって大きなものである。教育は、家庭→学校→社会とさまざなシーンで登場するが、その教育のなかで、大きな役割を担っているのが学校教育。学校教育において教師がどのような環境に置かれ、どのような使命をもつべきかを知ることは、社会を生きるものとして必要なことであると思う。
同時に、学校の教師に限らず、人は教育する者としての側面をもっているので、その点でも教師の資質について考えることは、自分の生き方を考える点でも参考になる。
本書を読むと、教師に求められる資質は、とてつもなく大きくて多いなと思う。でも、中には教師だけのものでなく、社会人全体にも言える資質とも言えるものも多くある。
全体として、教育や教師に対する深い愛情や想いが込められている。教育の現状や教師のあり方について考えさせられる心に響く1冊である。
・ミッション、パッション、レスポンシビリティ、この3つが、ここある教師を志す人にまず求められる基本的な資質である。(P227)
・「まじめに頑張ること」それ自体に価値がないとなると、学校教育そのものも相対化され、教師の権威や価値も自ずと相対化される。(P64)
・教師には「援助希求力」=上手に助けに求める力が必要(P82)
・ひとりになり自分と対話する時間を持たず、絶えず外界からの刺激に身をさらしてばかりいると、刺激に溺れて、想像力や創造性の発達が妨げられる。(P97)
・「口がかたい」「話しやすい」「相談したら全力で守ってくれる」この3つの条件を揃えている大人(P111) -
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ネタバレ第6章 フランクルの答え―どんなときも人生には、意味がある
あなたを必要としている「何か」があり、あなたを必要としている「誰か」がいて、そしてその「何か」や「誰か」はあなたに発見され実現されるのも待っている。つまり、あなたの「なすべきこと」「満たすべき意味」―それは、あなたが求める求めないにかかわらず、つねに、そしてすでに、あなたの足下に送り届けられてきている。
フランクルはヒレルの言葉を引用して次のように述べている。「ヒレルは言った。『もし私がそれをなさないのであれば、誰がそれをなすと言うのだろう。そしてもし私がそれをたった今なさないのであれば、私はいつそれをなすべきであろうか。・・・・・・』・・・・・・この言葉は私自身の独自性を示しているように思われる。」120225
第7章 私の答え―いのちが、私している
ふつう人は、みなが「これが現実だ」と思っている「この世界」(共同現実世界)に主軸を置き、そこを立脚点として人生や世界を眺め、意味づけ、自分の行動を決めているのです。そこでは「幸福」や「平和な家庭」「自己実現」「社会や国家の繁栄」「人類の進化」などが価値あるものとされ、それが人生の意味や目的となっています。
この現実の世界では、人々は、他者からの評価を気にかけ、不安におののき、エゴにまみれている。けれど、この世を超えた向こうには、もっと確かな真実在の世界、光り輝く世界が存在しており、そこから強烈な一条の光がこの世界に真直ぐ差し込んできている。私はそのことを「直視」し、その強烈な光に、深くとらえられてしまったのです。
諸富先生が語る、自己実現の先にあるモノ、それを掴みたいと思う方は、是非、読まれることをお勧めします。