ハン・ガンのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
【人間が一番恐ろしい】
そもそもこの、済州島四・三事件のことを知らなかったから、まずネットで調べてから読んだ。独裁政治が人間に何をさせ、何を奪うのか。
戦争や権力の暴力というか圧力によって、人間が少しずつ崩れていくこともすごく恐ろしかった。
人が人を殺すのが戦争。それを正当化するのが独裁者。
国家の暴力によってどこにでもいる普通の人が少しずつ壊れていくことが怖くて悲しかった。
それと同時に、人は圧力の中で簡単に沈黙してしまうんだな、という不安というか恐怖のようなものも強く感じた。
だからこそ、独裁や暴力は絶対に繰り返してはいけないし、過去の悲劇を忘れずに考え続けることが大切だと思った。
『別れを告げない』というタイトルは、「忘れない」ということなんだろうなと思う。
ハン・ガンさんは先の『少年が来る』でも国家の暴走を静かに批判していたけれど、この悲劇を韓国だけのことではなく、全世界の人たちのこととして書いているんだと感じた。
そう考えると、日本も決して無関係ではないし、今の社会の中にも少しずつ不安を感じることがある。
「戦争反対」という声が上がること自体に怖さを感じるのは、それが当たり前ではない状況に近づいているのかもしれないと思うから。
二度と同じような悲劇を繰り返さないためにも、もっと歴史を知らないといけないし、まじめに考えないといけないなと痛感した苦しい読後感でした。
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Posted by ブクログ
翻訳らしい短編集。何となくアーウィンショーを思い出した。一貫して痛みを伴う回復がテーマ。中でも「エウロパ」は印象的だった。主人公はトランスジェンダーの男性とライブハウスで歌うイナ。2人の夜の散歩の場面は秀逸。「火とかげ」は映画を観ているようだった。主人公は事故により両手とも効かなくなった画家。そして疲れきって絶望しているその夫。ある時友人の子供が飼っているトカゲがその両手を千切られてもまた生えてくる事を知る。
主人公が少しずつ希望を取り戻し生きていこうと決意してまた絵筆を取る過程が美しい。
全ての言葉が一遍の詩のような何とも言えない透明感に満ち溢れた一冊。 -
Posted by ブクログ
〜世界はなぜこれほど暴力的で苦痛に満ちている?
と同時に、世界はなぜこれほど美しいのか?〜
人間の暴力性に真っ向から向き合って、文章で戦うハンガンさん。
世界が平和と反対方向に向かっているような気がしてならない今、読めてよかった。
最初の方は2024年にノーベル文学賞を受賞したときの講演の全文。
彼女がこれまで世に出した書籍がどういうプロセスで書かれたのかがわかって、またいろんな本を再読したくなった。
中盤はエッセイ、そして後半は日記。
庭木にアブラムシやハダニがついて、殺虫剤を噴霧したら全部枯れてしまったり、何匹もいたはずの虫が消えていて悲しんだり、花が咲いて喜んだり、花が咲かずに残念がったり、病気が他の木に移らないように鉢を門の外に出していたら、清掃課の人に持っていかれちゃったり。
ほぼというかすべて庭木の話だったけど、『小さな生態系の伝染病と防疫と駆除を体験した』というハンガンさんがなんか可愛らしく思えた。 -
Posted by ブクログ
物語の根底に、1948年4月3日に発生した済州島四・三事件がある。
李承晩政権下の軍・警察、そして駐韓米軍が、1954年までの6年間で約3万人の島民を虐殺した凄惨な事件だ。
朝鮮半島が南北に分断されることに反対する民衆が、済州島で武装蜂起したことが事件の発端だった。
その後、韓国が本格的な民主化を迎える1987年6月の民主化宣言までは、済州島四・三事件を語ることはタブーとされている。
主人公の作家キョンハは虐殺に関する本を出版した後、原因不明の酷い目の痛みと胃痙攣に悩まされていて、精神的にも疲れていた。
そんな時に友人の映像作家インソンは、キョンハが提案した木製オブジェを製作中に指を切断する事故に遭ってしまう。
急遽ソウルの病院に搬送され、指の縫合手術を受けたインソンは、飼っているインコが死んでしまうと不安を募らせ、済州島のアトリエへ行って鳥を死から救ってくれとキョンハは切願される。
キョンハは仕方なく済州島に向かうのだが、その日はソウル、済州島ともに激しい吹雪で大雪の天候だった。
凍傷、遭難を覚悟する程の猛吹雪の中、何とかアトリエにたどり着くのだが⋯。
巻末に、訳者の斉藤真理子女史が詳細な済州島四・三事件を紹介している。
表題の『 別れを告げない 』の意味には、深い意味が込められていることに読書後気が付いた。
ハン ガン女史はインソン家族の体験を通じて、決して事件を忘れ去ることなく、哀悼の意を抱き続けるとの意だと理解した。
少々難しい物語だったが訳文も工夫があり、独特の美しさで綴られている。
ハン ガン女史は、人の心の痛みを物静かに、しかし力強く綴る能力に長けている作家だと思った。 -
Posted by ブクログ
ハン・ガンの言葉は、純度の高い結晶のような透明感があるように感じる。文学に誠実に向き合い、文学、言葉の力を信じ、人間への信頼を模索し、人間の二面性について考え続けてきた、ハン・ガンの誠実さをこの一冊を通して感じることができる。
暴力によって、人間の尊厳が破壊されてきた歴史を描きながら、同時に、「愛とは」という問いを絶えず読者にも語りかけてきた。
私は、ハンガンの文学を通して、愛を与えられてきたんだとこの一冊を通して思った。ハンガンの誠実さ、人と人が繋がることができることを信じる強さ、文学によってそれを実現しようとする力を、ハンガンは文学を通して伝えてくれるように感じる。
「北向きの庭」「庭日記」では植物へのまなざしにもあたたかさを感じる。
斎藤真理子さんの「あとがき」もハン・ガンの作家性の解説と、文学と世界と私たちのつながりについて言及されていて、胸にささった。 -
Posted by ブクログ
舞い散る雪が、死者たちの頬にうっすらと積もり、白く覆ってゆく。
等しく生者の頬にも降る雪は、刺すような痛みの感覚を残して、溶け去ってゆく。
痛みと熱が生の証というならば、死は痛みの喪失と引き換えに、無限の沈黙の中に消えるということなのか。
いや、例え肉体が凍りつき、もはや唇は閉ざされたままだとしても、死者には消えぬ痛みの記憶が残っている。
死者には、語るべき言葉がある。
だから、別れを告げない。
雪は溶けて海へと流れ、空に昇って雲となり再び一ひらの雪片として地上へ戻ってくる。
過去と未来は循環し、死と生は共にある。
そんな地点ををつなぐのは、悲しみと嘆きの言葉だけじゃない。
「あなたにはわたしがいる」と、そう伝えてくれる確かな絆が、ここには含まれているのだから。