戸谷洋志のレビュー一覧

  • 悪いことはなぜ楽しいのか

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    悪いこととは何か、なぜ意地悪するのか、などの普段疑問に思わないけど明確に答えられない問いに対して、過去の哲学者がどう考えてきたのか非常にわかりやすくまとめられている。

    哲学的な内容を簡易な言葉や事例で紹介していて、グイグイ引き込まれた。面白い!

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    2025年10月19日
  • 親ガチャの哲学(新潮新書)

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    「親ガチャ」は少なからず意識する人生でした。
    市場経済における自己責任論とか自己啓発ムキムキの雰囲気とかほんと胃もたれしていて、幾度となく共同体から爪弾きにされている私である。

    他責で自暴自棄な思考から解き放たれるためには、以外にも「他者」の存在が必要不可欠。他者がただ聴いてくれるという信頼の上で、自己の人生に責任を持つという態度を取ることができる。なるほど、確かに自分の殻に引きこもっている時代はその引っ込み思案で人とうまくコミュニケーションが取れない自分を、ある一面では家庭環境のせいにしていた青い時代を思い出す。

    でも、「親ガチャ」的厭世観に陥っている人に「他者」を信頼しろというだけではそこから抜け出せないのでは?そこは自己責任論に陥らず、ジョン・ロールズの「無知のヴェール」を援用し一番苦境に立つであろう立場が最低限度の自尊心と生活を送れるような社会制度設計を目指さねばならない。そういった社会は他社との連帯がある社会であり、その実現には「想像力」が必要なのだという結論。

    「親ガチャ」を契機として、過去の哲学的思考を用いた論理の筋道は読み応えあり。個人的には「反出生主義」という概念も基礎的な点だけではあるが理解を深めることができ、最後には多種多様な事柄を絡め幅広い思想間の関連の気付きを得ることができた。
    親しみやすい話題提供(ミュウツーの辛み・・)と本格的な哲学的思考のいい塩梅で、思想系読書の初心者におすすめできる書籍です。

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    2025年09月11日
  • シリーズ「あいだで考える」 SNSの哲学 リアルとオンラインのあいだ

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    SNSと承認欲求、時間、言葉、アルゴリズム、政治連帯…さまざまに哲学する。
    分かりやすく哲学し、考えを私たちに促してくれる良書です。小学校高学年くらいから読んでほしいと思わされる。何回読んでもいい。

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    2025年09月10日
  • 詭弁と論破 対立を生みだす仕組みを哲学する

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    各章のテーマ立てが明確で、読みやすかった。近年とみに人との対話が難しくなっている気がする。ともすれば相手を言い負かしたり、罵倒して怒らせることで対話を不可能にする態度も多く見られる。また「人それぞれだよね」という態度にもモヤモヤしていたので、気になって手に取ってみた。

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    2025年08月21日
  • 哲学のはじまり

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    学びのきほん 哲学のはじまりのレビューです。

    哲学はビジネスの役に立つ、社会人の教養、などと嘯かずに、哲学は「日常生活の邪魔」と認める潔さが清々しいです。

    哲学は当たり前を問い直す営みですが、あらゆる概念とのつながりをすべて考慮して考えようとすると難しくなります。そこで、哲学の学び方として、存在論、認識論、価値論の三つの領域に分けるのが良いとして、それぞれの基本を紹介しています。
    ごく簡単に解説しているからこそ、それぞれの理論の違いのエッセンスがわかりやすくなっていると思います。

    1. 存在論
    ・プラトン:本質はイデアとして、イデア界にある。
    ・アリストテレス:本質は形相として、そのものに内在している。
    ・サルトル:人間の実存は本質に先立つ。
    ・ハイデガー:人間の偶然性を受け入れる決意性により、自由になれる。

    2. 認識論
    ・デカルト:方法的懐疑によって正しい知識が得られる。
    ・ヒューム:科学が前提にしている因果律は、恒常的随伴による思い込み。
    ・カント:因果律は人間の「悟性」によって可能になる。
    ・フッサール:科学的な認識を成り立たせている人間のメカニズムは、科学では解明できない。

    3. 価値論
    3-1. 倫理学
    ・ベンサム:幸福が最大化させるべきという功利主義。
    ・カント:全員が同じことをしても成り立つかという義務論。
    3-2. 美学
    ・カント:自然美。自然の中にある幾何学的な普遍性が美しい。
    ・ヘーゲル:芸術美。芸術が表現しようとする精神の普遍性が美しい。

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    2025年08月11日
  • 詭弁と論破 対立を生みだす仕組みを哲学する

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    結論はなんだか青臭いが、この限定されたテーマの中で広く思想を拾い上げるスタイルは、気になるような新書を多く手掛けている筆者によるもの。焦点が絞られているものでもないため、次にこれを手に取りたいという架け橋には本著はそれほどならなかった。

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    2025年07月13日
  • 友情を哲学する~七人の哲学者たちの友情観~

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    『恋愛の哲学』を読んだ後、これを読む。

    いろんな考えがあるけど、2冊読んで、ひとつ大事だと思ったことは、

    「私」は自立した人でないといけない。

    自立して、基本的には何でもかんでも人に依存しないこと。
    (ただし、いつ何時でもというわけではない。状況による)

    悪い依存とは、片方がもう片方の人の時間や気持ちを搾取することだと思う。
    とにかく、釣り合わない関係はよくない。

    愛するということについて、まだわからない。
    まだ、これだという答えは出ないけれど、死ぬまでに答えが見つけられたらいいなぁと思う。

    ただ、自分がこうだと思ったところで、自分以外の人が別の考えだったり、特に何も考えてなかったら、結局のところ、うまくいかない。

    とりあえず、最も興味があるのは、ボーヴォワールの『第二の性』で、購入したので、読みたい。

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    2025年06月09日
  • 僕らの哲学的対話 棋士と哲学者

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    聡明で若い友達2人の対談という感じ。
    たまにただの若者の馴れ合いみたいな。
    後半ちゃんと哲学のパートになった時難しくて、今後少し哲学を追うのは諦めようと思った。

    糸谷さんは思ってた「生粋の本能派」とは少し違って、色んな人間的葛藤を理性で理解してしまうことにより
    人生や将棋の意思決定をシンプルにしてしまえてる人なのかな?と仮定。
    (思ってたより楽観的で冷静で、世界を良い距離感で楽しめているような。)

    だとしたら、確かにそのように「世界の”分からない”という不安に立ち向かい克服すること」が哲学の意義の一つなのだろうし、それを体現してくれてる気もする。

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    2025年06月09日
  • 恋愛の哲学

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    ネタバレ

    自分の恋愛観がどこにあるのかを見直すために手にとった。
    ボーボワールのジェンダー論も影響するのは意外だったが、プラトンの一見ピュアとも思える思考であったり、それに継ぐ数々の哲学者の発想を著者の視点で読み解いていくのは、自分の所在地を探すようで、とても興味深かった。
    少し時間をおいて、もう一度熟読して理解を深めたい。

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    2025年06月02日
  • 親ガチャの哲学(新潮新書)

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    ネタバレ

    親ガチャ的厭世観に囚われている現代への処方箋のような本。
    反出生主義やゲノム編集のテーマをワンピース、進撃の巨人、ポケモン等のキャラクターで扱っていたのが面白かった。
    偶然自分として産まれたこと、自分自分自身をありのままに引き受けることができるように、対話の場が必要。

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    2025年06月02日
  • 詭弁と論破 対立を生みだす仕組みを哲学する

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    現代の議論の形をテーマに、ひろゆきの「それってあなたの感想ですよね?」を起点にし、どのような議論が今後求められるのかを論述されていた。
    過去の歴史や議論形態が引き合いにだされており、どの章も興味深く読めた。

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    2025年05月31日
  • 親ガチャの哲学(新潮新書)

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    親ガチャについて正面から分析した一冊。

    とかく親ガチャについては努力論で否定されたり軽視されたりしがちだが、実際には格差社会の元凶となっているものなので、非常に重要なものであると感じた。

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    2025年05月31日
  • 悪いことはなぜ楽しいのか

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     いけない理由をキチンと説明できるようになるために読んでみました。結構楽しく、文量的な負荷もなく半日で読み終えられました。
     同情の考え方、結構好きかも。
     良い意味でも、悪い意味でも

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    2025年05月24日
  • 詭弁と論破 対立を生みだす仕組みを哲学する

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    後半はほとんど理解できてない。知識不足だと実感した。哲学において学術的な訓練をとおした人には簡単なのかも知れないが。終始ひろゆきの論破芸には批判的。ディベートは第三者の納得感で勝敗が決まるが、その構造自体も批判的に検討されるのが面白かった。

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    2025年05月03日
  • 生きることは頼ること 「自己責任」から「弱い責任」へ

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    自己責任の名のもと「誰に」責任があるのかを探すのではなく、「誰に対して」責任があるのかを見つめること。弱い存在に対し、複数人で責任を持ち合うことが持続可能性があるということ。責任を在処を探して押し付けあう世界にウンザリしていたので、すごくロジカルにそれを批判するこの本にうんうんと頷いた。

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    2025年05月01日
  • 恋愛の哲学

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    メンヘラになるのは自分のせいだけでない、これまでの社会で醸成されてきたジェンダー観が一因でもあるんだ、自責しすぎる部分があるから楽になったかも。

    恋愛することで「男はこうあるべき、カップルはこういう関係性であるべき」とかいう固定観念を乗り越える

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    2025年04月26日
  • 生きることは頼ること 「自己責任」から「弱い責任」へ

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    ☆☆☆2025年3月☆☆☆

    『生きることは頼ること』―このタイトルに惹かれて手に取った。誰かに迷惑をかけることは悪徳であり、他人を頼るのは恥ずべき事、すべては自己責任でという風潮は根強い。その事に違和感を感じているところで出会った本書は実に参考になる部分が多かった。

    本書では「強い責任」「弱い責任」「守られるべき他者に対する責任」「能動的責任」「受動的責任」「中道的責任」など、様々に責任が定義されており、それぞれに興味深いが、僕がまず重視したいのは「強い責任」=「自己責任」だ。

    「自己責任」という響きからは、何となく自分でしっかり責任をもって・・・というニュアンスが感じられるが、「自己責任、自己責任」と世の中が言い始めると、他人に対して「お前の自己責任だろ」と、誰かに責任を押し付けるための言葉として動き出す。2004年のイラク日本人人質事件では、政府や社会の責任を回避するため、人質となった人を「自己責任」といって切り捨てるような風潮が現れた。このような状況は現在も続いており、精神科医の片田氏の著作より「一億総他責社会」である、と論じる。

    一方で「弱い責任」論によれば、なんでも自己責任で片づける、というのは逆に無責任だと論じる。例えば親一人、子一人の家庭で心身ともに疲弊しているときに、「自己責任」だからとすべてを一人で片づけようとするのは結果として子供のためにならず、無責任だと論じる。僕はこの論に賛成だ。

    「生きることは頼ること」
    というタイトルは正にこの本にふさわしい。「自己責任」と困っている人、他人を切り捨てる風潮に一石を投じる内容だと思う。

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    2025年03月12日
  • 友情を哲学する~七人の哲学者たちの友情観~

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    読みやすくて面白かった!この本を元にしたbook campでさらに理解が増した。友情=人間関係で、小さい頃からずっと形を変えてそばにいるのに、ちゃんと教わってないって不思議な存在だよなあ。友情の形は色々。

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    2025年02月09日
  • 友情を哲学する~七人の哲学者たちの友情観~

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    昔の哲学者達が当たり前のように男尊女卑でおもろい
    それも当時の社会の影響だろうけど
    今は女性の立場を強める動きがあるけど、最終ゴールは性差が語られなくなることなのだろうか

    アドラーとかの読み過ぎて自律を重視し過ぎていたけれど、友達を必要とする弱さ(?)との矛盾について考えられたのはとても良かった
    漫画もやっぱり素晴らしいよね

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    2025年02月06日
  • 生きることは頼ること 「自己責任」から「弱い責任」へ

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    自己責任と言う言葉に対する違和感がもやもやとあったのですが、もやもやの正体は自己責任と言う言葉が、『それは私の責任です』と言う文脈ではなく、『それはお前の責任だろう』と言う文脈で使われているからと言う事が分かりました。

    政府が国民に自己責任を言う時には政府が国民に対する責任を放棄しているのでは?と言う考えは、自分が家族や友人や同僚に対して無責任にならないための意味でも忘れずにいたい考えです。

    筆者の言う弱い責任や人々の連帯など、頭では何となく分かりますが、常にその考えでいられるかと言われると自信がありません。

    赤の他人同士で連帯するべきと言われても、やっぱり損得勘定が働いてしまいますし、家族や友人や同僚と言った手の届く範囲の人が、困っていたら出来る範囲で助けてあげて、自分がしてもらって嬉しいことはしてあげて、自分が嫌な事はしない、くらいではダメでしょうか。

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    2025年01月31日