藤沢令夫のレビュー一覧
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ネタバレソクラテス とすると、有益であるという点にかけては、正しい思わくは、知識に何ら劣らないわけなのだ。
メノン しかし、ソクラテス、これだけの差はあるでしょう。つまり、知識をもっている者はつねに成功するけれども、正しい思わくをもつ者のほうは、うまくいくときと、そうでないときがあるという点です。
ソクラテス どうして?つねに正しい思わくをもっている者は、いやしくもその思うところが正しいあいだは、つねにうまくいくのではないかね。
メノン そうでなければならないようですね。すると、どうも私には不思議になるのですが、ソクラテス、もしそうなら、いったいぜんたいなぜ知識は、正しい思わくよりもずっと高く評価され -
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疲れるがすごい(まだ半分) 紀元前でこれか〜すごいわ。ギリシャ哲学と名前はよく聞くけれど、その一端に触れたのは始めて。理論として現在でも通用する、というか人間社会の本質を射抜いていることに驚嘆。
正直理解しきれないところ、屁理屈こねてるなーと思うところはたくさんあるけれど、電気もガスも当然無い、社会システムが未発達であったはずの時代において、これだけの事が考え抜かれていることに感嘆。
正義とは何か、という問から国家のあり方に入っていき、個人が自分のすべきことを徹底して行う社会、人物を共有する社会を理想としているけれど、これは社会主義につながる理解でいいんだろうか。 -
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ネタバレ哲学というものはやはり難しい…
だけれどもこれぐらいだと、
とっつきやすくはなるのかな…
ただやはりそれでも独自の表現はあるけど
確かに、徳は残念なことに
教えることはできない代物でしょう。
結局のところ教えられても
それを自分で会得しなければ意味ないわけで
それをしない人には意味がないのです。
それは悪人を善人に変えることが難しいのと
一緒なのかもしれませんね。
この中にはあ、と思えることが多いと思います。
先入観がいかに危険か、
それはこの貴重な知の源を
処刑により消し去った
ある人物の発言がまさにそれでしょう。
ただ哲学ですので… -
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ネタバレ若いときにこんな古典をあまり読んでなくて今回初プラトン。何年か前に買って積んでいたのをやっと1冊解消。
二千四、五百年前の異郷という時代・地理的距離もどのくらいのものか、日常生活の感覚の何がどう違うのか同じなのかつかめない。
弁論の評価とはいえ恋の口説き文句(しかも時代状況から少年愛、いまから見るとBL的前提だ)という卑近な話題から始まるあたりに親しみが持てる。そして論理的に推論し常識・直感に反した主張に至ったのをいったん高く評価しかけるもソクラテスがはたと考え「恋ってそんなにくだらないことなくない?神様の賜物じゃん?真理を求めるのと同じ崇高な精神じゃん?」と異論を高らかに詠い上げる。かじり読 -
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30年前くらいに読んだものの、再読。
そのきっかけは、
・対話という手法への関心
・「プラトン主義からの離脱」が個人の哲学的テーマ
ということなんだけど、もっとも直接的には、デリダの「プラトンのパルマケイアー」という論文で「パイドロス」を論じてあることを知って、関心をもったこと。
うーん、やっぱり、デリダの解釈、無理あるよ。まあ、脱構築って、正しい解釈ではなく、テクストの無数の読みを可能とすることなんだろうから、その無理矢理の手腕にただ驚嘆していればよいのだろうが。。。
内容自体への感想としては、面白いたとえ話しがいくつもあって、楽しかったというところ。イデア論としては、主著 -
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ソクラテス先生若者と恋と弁論について議論の巻。
恋についてと弁論について、
二つのテーマを扱っているように見えるが、
藤沢令夫先生のあとがきによると、
哲学という一つのテーマで一貫しているらしい。
恋は狂気と同じではあるが、
偉大なものは狂気から生れるとしているが、
弁論は正しくないことも
もっともらしく見せるための方法。
ついでに文章はどんな相手にも
同じ答えしか言うことの出来ない
欠陥品とソクラテス先生は手厳しい。
ソクラテス自身は著作が全く残っていないため、
本当にそういう考えの持ち主だったんだろうけど、
プラトンは師の思想を継承して哲学するために
師が否定した文章という方法を
用 -
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エマニュエル・レヴィナスさんが「これは読んでおくべき」と推奨された3冊の哲学書の一冊である。
後の二冊はヘーゲルさんの『精神現象学』とハイデッカーさんの『存在と時間』
恋する者のはなしから始まって、狂気や神的なものの効用、ものの考え方、書くということの優劣、語るべき言葉を持つことの困難さやそのことを目指すことの尊さまで余すことなく見事に書かれた書物なのだろうと思う。
思うと書いているのはわたしにはまだわからないからで、その大事さを感じることができるといいなぁという期待というか望みというかそんなものをもてるだけだからである。
いずれまた読み返してみなければと、思っているうちに死んでしまうのかもし -
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メノン:徳は人に教えることのできるものなのでしょうか?
ソクラテス:その前に、そもそも徳とは何かを考えてみよう。
メノン:はい、わかりました!で、結局のところ、徳は教えられうるのでしょうか?
ソクラテス:(唖然)
・プラトンの遊び心が感じられる小品。それはともかくとして、ソクラテスは、結局メノンの天然ぶりに押されてしまい、徳とは何かを定義することなく、徳は教えられうるかについて検討する羽目になる。
・仮に徳が知識だとしたら、徳は教えられうるものであるし、徳の教師だっているはずだ。しかし、実際には徳の教師など存在しない。したがって、徳は教えられうるものでもなければ知識でもない。徳は、教 -
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久々に読むのに骨が折れた。
正義とは何か、正しい国家の姿とはどのようなものなのかを根源的に問い詰めたプラトンの著書。ある種の理想の姿なのかもしれないが、この理想を目指して失敗したのがナチス・ドイツだったりレーニンのソヴィエト連邦だったりポルポトだったりするのだろう。家族を否定し、心を揺さぶる娯楽的なものを排除し、理想的な人間の完成をひたすらに目指す。宗教の原理主義もこんな感じなのかもしれない。
だが、だからと言って本書を悪書とは思わない。元来哲学とか思想とかは、斯様に根源的であり、社会にとって劇薬―薄めると薬にもなり、原液だと毒にもなる―であるべきだから。
とは言え、私はプラトンよりもホ -
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ネタバレ解説を読めば概ね理解できるものの、ソクラテスとメノンその他との会話では真意が推し量りづらい。恐らく彼らとの会話に伍しない限りは分かりえないのだろう。
ここでは「徳」とは教えられるものであるのか?ということを延々と話し続ける。まずソクラテスは徳とはなんなのか?どういったものか?を云う。
①知識は授かるだけではなく、云われて思い起こすこと。(想起)
しかしこの後、徳がなんであるかがあいまいのまま、「教えられるのか?」という質問に逆戻りする。
②性質を語るには、仮設する必要があったこと。
③ ②を踏まえて、徳は教えられるものである、という結論に達した。
④しかし②においては、仮説