夏目大のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
少しでも生物学に興味がある人に読んでほしい一冊。
本書では動物の社会的行動について研究した事が書かれていますが、決して読みずらいものではなくむしろ凄く親しみやすいものでした。
様々な動物について書かれていることもその理由の一つですが、まず始めに上げたいのは文章が細かく分けられていることです。大きく九章でまとめられていて、章ごとにそれぞれ見出しがついた文章で区切られているので、分厚い本ではあるが少しずつ読み進めることができて有難かったです。
また、ただ調べた事を書き連ねているだけでは無く、著者が実際に体験した事や思った事をユーモアも交えて紹介しているため、より親しみが湧きやすくなっていました。
私は本書の中でも特に「世界一ハチに刺された男」というのがお気に入りで、何度も読み返してしまいました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ目から鱗の連続だった。
本書を読んでよかったと思ったことは、まずはシンプルに知識が増えたこと、そして今までにない視点を得られたことである。
前者は、目には錐体細胞と桿体細胞があり錐体細胞が明るいところで、桿体細胞が暗いところでの視覚を司り、前者は早く、後者は遅く神経回路で処理されるため、それらのいずれかが必ず神経回路に情報を流していることになる状態(1秒に15回の明滅)は光が連続的に点灯していると感じてしまうこと。人間は1分間に100万もの皮膚の欠片を落としているため、嗅覚の優れた動物であればあっさりとかぎ分けられること。ナマズは水中で味を感じて状況を把握していること。目には視覚以外に時間感覚と方向感覚を司る感覚が備わっていること。筋肉が身体の状態を感知する役割も担っておりこれを喪失すると自分の身体を制御できずタコのように勝手に手足が動いてしまうようになること。など。
後者は、人間が世界の中でいかに少ない情報しか得られていないかということ。感覚を感知する機構が整っていても、脳でそれを処理できていなければ感知できない(= 感覚体験の主役は脳!)こと。我々が知らない新たな現象を知覚することは想像すら難しいこと、しかしそれは我々と異なって通常の感覚を保有していない人の体験を知ることで想像できること。動物にはみな環世界があり、自分の感覚体験の外側は想像するのも難しいこと。など。
全く新しい体験をしてみたいし、犬は匂いを人間でいうところの視覚のように世界を理解するための主たる要素として認識していることなどを見ても、別の感覚を持つ存在になるということにきょうれつm -
Posted by ブクログ
700ページくらいある分厚い本書だが、最初から最後まで大変興味深く読んだ。手首が若干痛くなるのだけが欠点か。
動物の行動やその理由を紐解く内容で、様々な動物が登場する。これだけの知識を得るのに、著者は一体どのくらいの時間を費やしたのかと思うと頭が下がるし、知識を惜しみ無く分け与えてくれることに感謝する限り。
動物は思ったより、他者との関わりの中で生きていた。他者に依存したり、上下関係があったり、仲間の死を悼んだりと、まるで人間と同じ。(人間も動物なのだから、彼ら動物と分けて考える必要はないが、人間しか知らないのでどうしてもこういう感想になってしまう。)しかも、人間より好ましく思える部分もあった。
例えば、「ハイエナの社会は雌が優位」という点は羨ましい。人間を含めほとんどの動物は雄が優位だが、ハイエナ社会は完膚なきまでに雌が上位にあり、最下位の雌ですら雄より上のポジションとなるらしい。
動物は他者との関わりなく生きられない。人間を含むすべての動物がそうなのだ。それって、大変なことでもあるが、素晴らしいことだと思う。 -
Posted by ブクログ
人間が周囲の環境や、自身の体の状態を把握するために駆使する様々な「感覚」について、それを12種類に分類し、それぞれの感覚で人間以上のパフォーマンスを持つ動物との比較を通じて、その「感覚」について深堀する1冊。取り挙げる感覚は「視覚(色と明暗)」、「聴覚」、「触覚」、「味覚」、「嗅覚」のいわゆる五感以外に、「平衡感覚」、「時間感覚」、「方向感覚」、「身体感覚」が登場します。
特に面白かったのは後者の4つです。人間が立って歩いているとき、常に「平衡感覚」が作用して倒れないように体を制御しているわけですが、それを私たちは無意識に行っています。だから散歩のとき、「歩く」ことではなく、周囲の景色に意識を向けることができます。
渡り鳥は地球規模での移動を難なくこなしますが、どうやって方向と自分の位置を把握しているのか。それに近い感覚が私たち人間にも備わっていることが本書で紹介されています。
「自分の指で自分の鼻を触る」という、ごく当たり前の動きが、実は自分の体の態勢と、自分の体の部位の位置関係を巧妙に把握して達成できているということを知ると、”意識せずに”できている動きが、いかに多いかを再認識させられました。
そして、これらの感覚を全て司っているのが人間の脳です。本書には様々な感覚器官が登場します。目、耳、鼻や皮膚の神経など多くの感覚器官が周囲の環境の情報を取り込むために備わっているのですが、最終的にはそれらの情報は神経を通じて脳に到達します。だからこそ”目で見ているのではなく、脳で見ている”と言われるわけですが、感覚について深堀するほど、人間の脳の働きの凄さを実感させらられる1冊でもあります。
具体的な動物の例を挙げて人間の感覚の凄さを分かりやすく解説しており、難解な解剖学的な説明も適度に抑えられていて、訳も読みやすく、ストレスなく読み通すことができました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレフィンランド人の幸福についてはほとんど触れていない。タイトルと内容は全く合っていない。でも中世に神学が学ばれていた時代から科学重視の時代を経て、幸福の意味が変わっていった過程は興味深かった。
- 幸福を求めるために人生を犠牲にするな。人生はプロジェクトすると、幸福を得るために人生が手段になってしまう。人生を生きるのではなく、何かを得るために人生を利用しない。
- 決して人から奪えないもの:人間の自由。おかれた状況でどう生きるかはその人の自由。
- 自分のことを自分で決めたいというのは人間の根源的な欲求。自分らしく生きられた時に自分の人生に価値を見出せる。
- 子どもの望むこと:「自分のために多くの時間を使ってくれること。家族が一番で仕事はその次だということを忘れないでほしい¥
- 慈善の大切さ
- 人間の基礎的な心理的欲求3つ:自律・能力・関係への欲求。これが満たされると幸福を感じる
- グローバル化が進んでも人間が日常で意味深いと感じる経験は文化的背景が異なっても共通している
- かつては普遍的な人生の意味を見つけるのは宗教があったせいでたやすかった、神がいない現代それは難しく、客観的ではなく個人的な幸せを見つけるといい
- 神の不在から魔法の消滅、そして人間の内部つまり感情を重視したドイツロマン主義に移行
- 幸福を追いかけさらなる幸せを求め続けると決して満足できず、ここではないどこかを求めてしまう。すると不幸が起きた時、失敗した自分を認められず失敗した自分はだめな自分だという意識をもってしまう。
- 人生の意味を問うことは昔はなかった
- 広告は「今の生活は間違っている」と常に言ってくる -
Posted by ブクログ
タコは不思議な動物である。頭足類であり、人間が属する哺乳類とは全く違う生物類に属している。しかしながら、著者が言うように「頭足類を見ていると、「心がある」と感じられる。心が通じ合ったように思えることもある」。もちろん、心 (意識や主観的経験、知性)については、いくつかの定義がある。また、ある生物種が心を持っているかという問いの答えはゼロイチではなく程度によって測られるものである可能性も高い。しかし、もしタコがこの本で書かれているとおり、個々の人間や同類の個々のタコを見分け、さらにその性格や行動も記憶し、相手がいるかいないかで行動を変えるというようなことを少なくともある種の心を持つものだと認識したとすると、次の重要な事実を認めることになる。
「進化が、まったく違う経路で心を少なくとも二度、つくった」
神経系の共通の役割は二つある。一つは、「知覚と行動を結びつける」ことであり、そしてもう一つは「行動を生み出すこと」である。結果として「心」のようなものが生み出されると考えられる。何も不思議なものではなく、知覚と行動を制御する神経系が進化の過程によって、目や翼が何度か独立に発明されたのと同じように収斂進化して別の形で同じ機能が生物として発明されるようなものであるということだ。つまり「心」を獲得するのは進化上偶然ではなく必然であったといえる。
著者は言う。
「頭足類と出会うことはおそらく私たちにとって、地球外の知的生命体に出会うのに最も近い体験だろう」
そして、
「哲学には他者の持つ「自我」」について考える「他我問題」というのがあるが、タコはこの他我問題の格好の題材と言える」
タコに関してそんなことを思ったことはこれまでなかった。著者はタコの海底コミュニティ(著者は”オクトポリス”と呼ぶ)を定点観測し、タコがいかに社交性があり、個性をもち、まるで心をもってお互いに行動を調整しあっているのかを実地で見た。驚くべきことにタコの寿命は二年以内と短い。そんな短命の生物であっても全身の神経系を発展させて「心」のようなものを持つことが生物学上費用対効果に見合うものとして進化させてきたのだ。このことは心(意識や主体)を考える上で多くの示唆をわれわれにもたらすことが期待される。
本書の原題は”Other Minds”。われわれの心とは別様態の心についてタコに基づいて考察した本である。意識問題へのアプローチとしては異質であるが、議論を避けることのできないテーマである。タコがどうやら「心」を持ったように、同じく神経系ということもできるであろうAIも「心」が生まれるのだろうか。それとも哺乳類と頭足類とで個別に収斂進化した「心」が生まれるためには身体や行動が必要となるのだろうか。そうだとして、AIは動物の「身体」や「行動」を模擬することで「心」を獲得するようにできるのだろうか。この興味深い議論が、ここからさらに発展することを望むし、そうなることが今や期待されているのである。