河合香織のレビュー一覧
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失ってなお、私の中に根を張る思い。
思い出になると思ったら甘かった。
執着ともちがう。ただ…。
いや、この先は書くまい。
ともかく、この本にさえ目が向かず、
やっと手が伸びる状況になり…。
ページを捲るのも苦しく、何日もかけて読んだ。
結果として…
押し付けがましくなく、良いブックリストである。
変に救おうともしていない。淡々と紹介されていく本。
本ごときでどうにかなるものかとは思うが、あれか、これかと差し出された中に、はっと読んでみようかと思うものがあるのはさすがだった。
筆者ご自身もかなりの読書家であろうし、選んだ本の抄録は、確かに、紹介された心理に添うものがある。
どれがあ -
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著者の立場とか動機とかが最後の最後まで出てこないのに、著者の知りたいという切実感が半端なく、その気持ちの熱量によってぐいぐい読み進めてしまう。テーマそのものがセンセーショナルで、興味はあるがなかなかうかがい知れないことを知ることが出来、知的好奇心も満たせた。若くて美しい女性が著者だけに、この人もセックスワーカーなのかと勘違いして買った男性は多そうだ。僕はその点は誤解はなかったが、男性とのセックスを前にしたわくわく感を主語無しに書いてある部分はちょっと反則(笑)。
それはともかくとして、著者としての一線がちゃんと引かれているからこそ、下品にならず、知的読み物として、作品のバランスが保たれている。 -
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ネタバレ障害者の性と恋愛について書かれてるノンフィクションです。
題名からすると、なんだか卑猥な感じのする本、とイメージされがちですが、これはとっても真面目なノンフィクションです。
まず初めに驚いたのは、「障害者でも性欲があるんだ」。ということ。
私たち健常者は当たり前の日常生活を送ってて、いつの間にかに健常者と障害者を区別・差別してしまってる。
でも障害者も一人の人間。
体が思うように動かなくても、思うように喋れなくても、麻痺しても、性欲はある。
とても驚きました。
彼らは、本当は普通に恋し、愛した人と結ばれたい。
そう思うのに、「自分が障害者だから」という理由で諦めてしまってる。
だから、性欲を -
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わたしはこの事件をよくおぼえている。つたえられたあらましがあまりに奇妙だったからだ。行方がわからなくなった、というのがたぶん第一報で、つれさられた、との続報がながれたのは、それからすこしあとだとおもう。報道された断片によれば、被害者は小学5年生、祖父母と叔父と暮らす10歳の女児で、加害者はその近所にすむ40代の中年男。女児がかえってこないので、家族が警察に相談し、逃亡、いや誘拐か、があかるみにでたのだけれど、といっても、どうやら交流は以前からのようで、かれらの小旅行は、今回がはじめてでもないらしい。しかも、おとずれた沖縄で、ふたりは親子だといつわり、男がはたらく運転代行業者の寮に住み込んでいた
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なんともう6年も前の出来事になってしまったのか、という思いと、遠い過去のように思えるような気分の間で読んだ。
当時、職場の国際課に籍を置いていた私は、年明けすぐ位には中国で新たな感染症が出たらしいよ、といううわさは聞いていた。
国際会議の準備に追われるなか、「誰かブレーキ踏んで!(国際会議を中止にして)」と思っていたのは事実だけど、でもここまで大きな出来事になるとは思っていなかった。
連日行われる閣僚会議というのか、各省のコロナ対策報告の資料がその都度送られてきていたが、気になるのは外務省や国交省の報告が先で、厚労省などは最後の方にちょろっと出てくるだけだったこと。
当初は水際で食い止めるこ -
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本書の終盤、被告の弁護士が取材に答えている。
「人が生きること、死ぬことは本来法律が決めるものなのか?生命倫理や宗教が決めることでしょう」
これはわかる話である。法の論理と生命の倫理は相性が悪い。なんらかの法があるとして、必ずそれでは救われない者が現れる。法は決定をするからだ。勝訴、敗訴というが、ふつうに考えれば負けた者は救われない。なにかを決定するということは必ず暴力性を伴ってしまう。
そして、生命の倫理は決定との相性がすこぶる悪い。Aは生かしていいがBは殺してよい、などという決定はすべきではないし、少なくとも倫理的には不可能な決定である。
しかし、出生前診断で障害を持った子を妊娠して -
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知らない世界を知る。
読書の魅力が詰まった一冊だった。
身体障害者、知的障害者の性という
一昔前までタブー視された課題に踏み込んだ傑作だと思う。
身の回りにいないから、知らない。分からない。
考えたこともない。無知なことが本当恥ずかしかった。
障害者も健常者と同じように、性欲がある。
人を好きになる。結婚をする。子供を産む。
どこか特別で、難しいことなのではと思ってしまうが、障害者や介助者は、当たり前のこととして、難しく考えない。
生きるとは性と向き合うこと、
性と向き合うとは生きることなんだと考えさせられた。
本が発売されたのは20年以上前で、
今とは状況が変わり、障害者の性に対する -
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【感想】
コロナの罹患者を乗せたダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に到着したのが2020年2月3日。あまりに急なコロナの襲来に、政府は慣れない対応に追われ、国民は不安と恐怖に駆られることとなった。
しかしそれからわずか数日後に、コロナ対策のためのアドバイザリーボードが厚労省内に設立された。WHOでSARS対策に携わった押谷、同じくSARS蔓延時にWHO西太平洋事務局長として指揮をふるった尾身など、感染症対策の専門家たちが厚労省から依頼を受け、アドバイザーとして組織を結成したのである。その後、このアドバイザリーボードの委員たち数十名が、そのまま内閣官房下の「新型コロナウイルス感染症対策専門家会 -
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『』内は本文より抜粋。
●出生前診断の結果、医師の誤診によりダウン症ではないとの診断だったため産んだ子どもがダウン症だった夫婦が、ダウン症児自身が生まれてくるべきではなかったと起こした訴訟。著者は訴訟に違和感を覚え、原告の母親の弁を聞きたいとの気持ちが発端となった一冊。出生前診断の是非についてかなり考えさせられる。
その子は合併症で闘病の末三ヶ月で亡くなる。
概要だけを聞けば、「障害ある子を産んだこと自体が損失だった、弁償しろ」という乱暴な主張に取られかねない印象を受けるが、原告の母親の話を著者が丁寧に聞き出し、母親としての愛情や苦悩や煩悶を生々しく感じ取れる内容。かなり訴訟に対する見方 -
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一気読み。尾身副座長を中心とした専門家と内閣官房・厚労省のコロナ対策の連携を描く。官僚が無謬性の原則から思っていた以上に硬直していた。それは本来あるべき姿ではない。政策選択によって被害を被る国民の一部からしてみれば甚だ迷惑な話だろうが、間違いもあることを認めて、反省して次に繋げるという謙虚さを持つことが肝要なのではないか(理想論に過ぎないと言われそうだが)。コロナの状況に関する西浦氏のインフォームドコンセントと厚労省のパターナル的対策は科学者と政策担当者の違いを示していて興味深かった。どちらも正しいしどちらも間違っているので答えが出ない。
押谷さんのブリコラージュの話(p138)は特に大事だと -
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読むきっかけ:新聞広告で知り、専門家会議の運営に興味を持つ。
尾身氏をはじめとする専門家の矜持に低頭する。
以下、文中の尾身氏の心に響いた言葉。
「サイエンスというのは失敗が前提。新しい知見が出てくれば、前のものは間違っていたということになる。そういう積み重ねが科学であり、さらに公衆衛生はエビデンスが出揃う前に経験や直感、論理で動かざるをえない部分がある。一方で役所は間違わない、間違いたくないという気持ちが強かった。」
「リーダーは感情のプロである必要がある。リーダーとは何かといった本には、決断力やコミュニケーション、大きな方向性を示すことなどが書いてありますが、でももっとも重要で難し -
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2020年の年明け以降、世界は新型コロナウイルス感染症に蹂躙された。
中国・武漢から始まり、世界へと滲みだした感染症は、多くの死亡者を出しながら、野火のように広がった。人と人とが触れ合うことで広がる感染症の性質から、多くの国で都市封鎖(ロックダウン)や活動・往来の抑制が行われ、経済にも大きな影響が出た。
現在のところ、日本では第五波がほぼ収束し、落ち着きを見せているが、世界全体では感染の再上昇が見られる国もあり、なお予断を許さない。
本書では、日本で、2020年2月~7月に設置された新型コロナウイルス感染症専門家会議の成立から解散までを追う。
先が見えない中で、構成員である専門家も、何度か「