河合香織のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
大変興味深く拝読した。コロナが出てきた直後の意思決定がどのようにされていたのか、断片的な報道では知り得なかったことがまとまっている。未知のウイルスに対する初期対応の難しさがひしひしと伝わってくるまた、どう意思決定者に伝え、国民にコミュニケーションするか、何を課題として議論すべきかという点が、コロナ対策の本質的なテーマなのだとも再認識する。
読んでいろんな疑問が一年越しに晴れた。なぜあんなにも意思決定が遅く感じられたのか、専門家はどんな立場だったのか、などなど。最終的に思ったことは、政治の意思決定と、科学分野の検証プロセスはあまりにも相性が悪いということ。
そのギャップを埋めるために、結局は「人」同士のやりとり、つまりは政治的なかけひきがクッションとなっていたわけですが、専門家の方々の努力というか、思慮の深さには頭が下がる思い。
非科学的で非合理な判断、イニシアチブをとろうとする政府が何よりも大きな原因だと思いつつも、また一方で、こういった人たちの能力と言葉を信じて、ともに危機を乗り越えていくぞ、という強い意志と、受け取る側のリテラシーが未熟だったこととも、日本のコロナ対策の問題では根深い要因だったようにも思う。 -
Posted by ブクログ
出生前診断が優生思想と結びついて語られがちな状況は、日本独特のものであることを知った。母体保護法と名前を変えてはいるが、その前身は優生保護法。母体の保護と経済的理由を中絶の根拠と表向きにはしつつも、実態としては胎児の先天的な障害が中絶の直接的な理由になっている。
NIPTのカウンセリングまでは受けた当事者として、どうしても読まなければならないと思って読んだ。やっぱり、どこにも答えがない。答えがないのが、答え、という言い古されたフレーズが頭をよぎる。
科学技術の進歩は、人類の身体的あるいは精神的負荷を取り除き、自由の領域拡大を目指してきた。結果、従来、人類に課されていた負荷は軽減された。楽に遠くまで移動でき、労せずして遠方の人と意思疎通でき、大量のデータで記憶力を肩代わりできるようにはなっている。一方で、それまで自然に委ねておけばよかった事柄も、自由意志によって選択できるようになっている。つまりは、取り除くはずだった精神的な負荷は取り除かれず、かえって人類に知的体力をますます要求する結果になっている。
決める、というのは、捨てる、ということと同義だ。道徳律の問題はいつもここにひっかかって堂々巡りする。捨てられない、でも捨てたい、でも捨ててはいけないかもしれないし、捨てなくても大丈夫かもしれない、でもやっぱり捨てないと後々困るかもしれない。
私に言えるのは、人間は変わる、ということだ。
そして、決めるには時間とサポートが必要だということ。
医療者だけではない。子どもをお腹に宿すお母さんたちを取り巻く人たち皆んなが、お母さんと一緒に悩んでくれることが大事なんだと思う。
カウンセリングまで進んで、やっぱり結果がどうあれ産むんだから受けなくていい、と思いとどまった私としては、言えるのはそこまで。
それと、こういう体験を忌憚なく話し合える場もあるといいのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
河合香織(1974年~)氏は、神戸市外国語大学ロシア学科卒のノンフィクション作家。2004年のデビュー作『セックスボランティア』で注目され、2009年の『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち』で小学館ノンフィクション大賞を受賞。
本書は2018年に発表され、大宅壮一ノンフィクション賞、新潮ドキュメント賞を受賞。2021年に文庫化。
本書は、2013年に始まったある裁判を軸に、人(胎児)の命について問うものである。
その裁判とは。。。41歳の母親が、胎児の染色体異常を調べる羊水検査を受けたところ、ダウン症という結果が出たにもかかわらず、医師は誤って異常なしと伝えてしまう。そして、母親が出産した男児はダウン症による肺化膿症や敗血症のために、壮絶な闘病を経て、生後三ヶ月半で亡くなった。両親は医師と医院に対して裁判を起こすが、その裁判は、自分たち夫婦に対する損害賠償だけでなく、子に対する賠償も請求するものであった。両親への賠償には、もし誤診がなかったら、胎児を中絶できたという前提があり、産むか産まないかを自己決定する機会を奪われたことへの賠償を求めるもので、「ロングフルバース(wrongful birth)訴訟」という。一方、子への賠償を求める根拠となるのは「生まれてこない権利」があるという考え方で、子自身を主体とし、誤診がなければ苦痛に満ちた自分の生は回避できたとする訴えで、「ロングフルライフ(wrongful life)訴訟」という。そして、この裁判は、日本で初めてのロングフルライフ訴訟として注目を集めることになったのである。
裁判の結果は、両親への賠償請求を認める一方で、子への賠償請求は却下するものであったが、この裁判が提起した問いは、たったひとつの判決で解決され得るものではなく、その本質は、「誰を殺すべきか。誰を生かすべきか。もしくは誰も殺すべきではないのか。」というものである。そして、私たちの社会では、産むか産まないかという命の選択がこれまで行われてきたし、その選択のための検査は益々進歩し、今も、異常があったら中絶することを前提とした出生前診断を受ける人は増え続けており、その答えは、そう簡単なものではないのだ。。。
読後感としては、自分の立ち位置・考えが定まらず、必ずしも居心地の良いものではない。しかし、著者は「あとがき」でこう語る。「心の中に澱のように沈む割り切れない違和感こそが問題の複雑さであり、核のような気がしてならない。その違和感を放すことなく抱きしめながら、光(原告となった母親)の話に耳を傾けて欲しい。そこから見えてくるのは、命に直面した人間の苦悩であり、愛する子どもを亡くした親の絶望であり、それでも前を向こうともがく生命の剛健な姿である。」
胎児の命、人の命とは何かを考えさせられる、力作といえるノンフィクションである。
(2021年5月了) -
Posted by ブクログ
ネタバレ<目次>
まえがき
第1章 新型コロナウイルスの研究最前線
第2章 ウイルスと共に生きる
第3章 ウイルスと私
<内容>
世界的なウイルス学の権威、河岡先生の話を、ノンフィクションライター河合香織氏が聞き書きをしたもの。大変分かりやすく、コロナウイルスの何が怖く、何をしてはいけないのか、大変分かりやすい。その後の状況などから、「コロナウイルスが季節性があるかもしれない」などは、外れている可能性があるが(8月に第2波が来ているので)、第2章はよく参考になるし、マスコミのもしくはネット上の情報が、如何に杜撰かもよくわかるので、冷静になることができる。研究者なので、大胆な踏み込みはないが、コロナのポイントを押さえるなら、この本がよいだろう。 -
Posted by ブクログ
性への興味から。
非常に読みやすかったです。
障害をもっていても、そりゃ人間ですものね。障害者の性介護を有償でするにしろ無償でするにしろ賛否両論あるようですが、私は本文中にもあったように、そこにニーズがあるのであればあってしかるべきだと思った。
ただし、サービスを提供する側にも生活や感情はあるので、そこが有償であるか無償であるべきかは、当事者が判断されるべきだと思う。少なくとも何の手出しもしない外野の者がとやかくいうべきではない、と思う。
有償であるべき理由として、互いに「お金が絡んだサービスだから」ということで割り切って気軽に付き合えるといメリットには大変納得した思いがしました。
根気強く取材を続け、世にこの事実を届けてくれた著者に拍手です。 -
Posted by ブクログ
昔、セックスボランティアというものがあると聞いてからずっと興味は持っていた。
技術や医療が進歩したり、バリアフリー法が多くの施設で義務付けられていたり等、昔よりも圧倒的に障がい者の人が生きやすい世の中になっているはず。
しかし、障がい者の方の性の話になると途端にタブーな話のように感じてしまう。
実際私も、読んでいく中で
「障がいを持っていて、周りに助けられながら生きる事が出来ているのにそれでもなお、必要最低限以上の欲望を満たそうとするのか」と思ってしまい、我に返った。
結局、自分も障がい者の差別を行ってしまっている。
恐らく一般的にも「障がいへの理解があり、差別はしない」と思っている人が障がい者のセックスになると「性欲まで満たしたいと考えるなんて贅沢だ」と反射的に考えてしまうはず。
-
Posted by ブクログ
今まで全く考えてこなかったコトであり、衝撃を受けつつも、なんでこんな当たり前であり、人間の基本の欲望に近い性という問題について知らなかった、教えてもらえなかったことが残念だったなーと感じた。大学時代には障碍者について学ぶことも多い分野だったにも関わらずだ。
やはり性についての内容はタブー視されている今の世の中だから仕方のないことかもしれないし、じゃあこの問題について取り組めと言われても、拒否しそうな私もいて。
本当に難しい問題だと思った。だからと言って、全く知らないふりをするということもいけないような気もする。この本を読んだからと言って答えがでるわけではないけれども、色んな人にこの内容を知ってもらうというのは大事なのかもしれないと感じた。