河合香織のレビュー一覧
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2007年に出版され、すでに19年が経っている河合香織の『帰りたくない』はドキュメント作品として前作の『セックスボランティア』と並ぶ質の高い読後感を得た。中途半端な取材に終わらず、藪の中を勇気を振り絞って丹念に練り歩き、相手が根負けするほどの強い意志で取材活動をしているように見える。実際は、著者自身も主人公以上に言葉にならない桎梏を抱えているのかも知れない。作品を通して、めぐと家族、山田とその家族の実態を世に知らしめたい一心で書き上げた力量には脱帽する。私はめぐさんに逢いたいと思った。そういう気持ちにさせるくらいこの作品は、説得力があり出色の域に達していると思う。
普通に生まれて、普通に学校に行って友達もでき、やがて普通に就職する。普通であることが如何に大切なことか、読み終わったあと思い知らされた。めぐと山田の身に起こった悲惨な出来事にいちいちここでは触れない。私がそれを書くよりも多くの人にこの本を勧めたいのだ。
めぐさんは、今も元気で生きているのだろうか?
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ある本が出てから22年後に読むことにどんな意味があるのだろうか。10年も過ぎれば世の中はすっかり変わってしまうし、20年となると生まれた子が20歳になるほどに社会の事象も千変万化する。22年前に刊行された河合香織の著した『セックスボランティア』は、痛烈な衝撃音を伴って障害者の現実を舞台の袖から覗き見るようなタッチで描かれている。舞台の中心にいるのは知的障害者や身体的障害者であり脇にいるのは著者である。当時、この本を書店で見た時、ガーンと頭を殴られたような感じを受けたのは、タイトルの意表をつくネーミングであった。刺激的であり挑発的でさえある。
一読して、この本の凄いところは、障害者の性に対する思いを、間近に接し淡々と誠実に描き切っているところにある。インタビューする障害者を相手に、必要以上に神経質になることなく告白の実際を汲み取り静観している。そして、形通りの取材に終始していないところが素晴らしい。
書き出しの竹田芳蔵さんへの取材風景は誠に白眉である。しかも、最終章にも再び竹田さんとの悲壮な対話で締めくくられている。
一方、セックスボランティアというコンセプトを制度化しているオランダに渡り、その実情を取材するわけだが、オランダでは障害者にセックスするための助成金を市役所から出していると云う。日本では想像もつかない。オランダで出逢った障害者たちの貴重な体験を軸に、男性も女性もセックスに対する関心度は同じ位あるということを訴えている。世界中の健常者も障害者もセックスに対する関心度は同じ位あるのである。私は、障害者は関心はあまりないのでは ••• と思っていた。これには留飲が下がった。読み進んでいくに連れ知らないことばかりで右往左往することもあった。
総じて、この本は生涯に残す1冊として十分に値する本であると思う。 -
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ネタバレまたどうして私はこういう重いテーマの本ばかり読んでしまうのだろう。なかなかに、つらい。
河合香織さんの「母は死ねない」が良かったので次はこちらを読みました。
北海道で、誤診の結果ダウン症の子供を産んだ母親が、医師を相手取って裁判を起こしたできごとのくわしいルポです。当然、世間からさんざん批判されただろうと予測できる。羊水検査をして「異常ありません」と診断され、出産したところ、重い合併症を伴うダウン症の赤ちゃんが生まれた。・・・それで裁判を起こした、ということだけ聞くと「ダウン症の子どもなんて生みたくなかった!どうしてくれるんだ!」という裁判なのか?となってしまう。
河合香織さんは、原告の母親「光」を丁寧に取材し、そもそも羊水検査を受けた経緯や、医師とのやりとり、赤ちゃんが生まれてからの気持ちの変化などをルポルタージュしていく。
意外だったのが、このとき生まれた赤ちゃんが4番目の子どもだった、ということだ。なんとなく、高齢出産でなかなか子供ができなくて、やっとのことで妊娠した子どもが重い障害があって結果的に亡くなったから、もっと早く正しい診断を受けていれば、赤ちゃんを授かることができたのに、もう子どもをもつことをあきらめなければならなくなった…ということなのかと思っていた。それに、すでに上に子どもが3人いるのに、裁判を起こすとなると、風評被害などもあり、相当な勇気と覚悟が必要だろうと思った。しかし、このお母さんはそれをした。
このルポルタージュを通して、日本の産婦人科で行われている「中絶」が、非常にグレーゾーンであることがわかった。ほとんどの人は、妊娠初期ならば中絶するのは女性の自由だと思っているかも。しかし、法律では、深刻な健康上・経済上の理由がない限り、人工妊娠中絶は罪に問われるものとされている。その「経済上の理由」を拡大解釈して、重い障害をもった子どもが生まれた場合に育てていくのが大変だから、と中絶を認めているようなあいまいな状態なのだ。
日本では、ちゃんと議論もされないあいまいな状態のまま、出生前診断の技術だけが向上してしまい、妊娠初期に胎児を検査して中絶をするような事態になっている。このルポの女性のような「誤診」もほかにあるかもしれないが、裁判などを起こさない限り世に知られることがないだけだ。そして裁判を起こしたら起こしたで、当事者ではない人たちから「差別だ」「障害があったら生まれてきてはいけないのか」と批判されたりする。
・・・しかし、検査から出産、障害があることがわかったときの衝撃、医療措置、医師とのやりとり、赤ちゃんがなくなるまでを読んでいけば、お母さんの複雑な思いや、裁判にせざるを得なかった事情がよくわかる。とにかく、赤ちゃんが生まれてから亡くなるまでの過程が辛すぎる。
私自身は高齢出産だったが、検査は受けなかった。授かった以上は、中絶などは考えられないのだから、検査をする意味はないと思っていた。
しかし妊婦検診のときに同じ部屋の隣のテーブルで、看護師と若い妊婦さんが「検査を受けますか」「え?あぁ、はい、じゃぁ受けます」みたいなやり取りをしていて、すごく違和感があったことを覚えている。
出生前診断の普及に伴い、今後いろんな問題が起こってくるだろう。当事者である妊婦や、社会全体が、出生前診断とはどのようなものなのか、それを受けるということはどういうことなのか、よくよく勉強し、考え、理解したうえで実施しないと大変なことになる。そもそも、「とりあえず検査を受けてみる。結果が出てからどうするか考える」というのには私は絶対に反対だ。安易に検査を受けるべきではない。
例えば思い遺伝性の疾患を両親が(またはどちらかが)持っているなど、本当に深い事情があって、重篤な障害をもった子供が生まれてくる可能性が高い、その場合育てることが難しい、という場合にきちんとしたカウンセリングを受けたうえで出生前診断を受けるべきだ。そして、重い障害(病気)があると分かったら中絶する、と覚悟を決めて、その必要性から検査を受けるべきなのではないか?診断のハードルが低くなりすぎることは、やはり命を選別しようとしていることだ。
このルポでは、当事者のお母さんは、一生懸命に命に向き合い、出生前診断や誤診についての問題を社会に訴えかけていて、様々なリスクや困難があっても裁判という正当な形で闘ったことが描かれている。とても立派だと思う。
でも最後の方に、長男さんが「やっぱり裁判はしてほしくなかった」みたいなことを言っていて、それがすごく切なかった。でも、その正直な気持ちをお母さんに打ち明けることができるっていうのが、大事なんだろうな。 -
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なかなかに衝撃的な本だった。
赤ちゃんの子育てって、本当に自分がこの子が生きるか死ぬかを預かっているという恐怖との戦いだと思う。自分の色々なやりたいことをすべて後回しにして、子どもに合わせてひたすら毎日を重ねていく。母になるということは自分の一部を子どもに捧げることなのではないかと思うくらい。でもその分、子どもから返ってくる喜びも大きい。
でもそれはあくまで自分だけの体験であって、この本を読んで母の多様性と、共通する何か、の両方を感じた。病気、障害、事故、死別、中絶、それぞれの母が色々な経験をしているけれど、誰が良い母で、誰が悪い母というのはないと思った。皆ただ懸命に子育てをした母であるというだけだ。母もただの不完全な女性にすぎないというのは本当だと思う。子どものために強くあるだけだと思う。良妻賢母という言葉があるけれど、社会からのそういう目が女性を、母をぎゅうぎゅうと締め上げてしまっていることをもっと私たちは知らないといけないと感じた。 -
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"私自身は、きっとこれからも間違い続け、不完全な母であり続けるだろう。また知らず知らずに、子どもを傷つけてしまうに違いない。それでも「あなたのために」という言葉だけは言わないようにしたいと誓った。"(p.146)
"それぞれが抱える絶望を、家族だからといって聞かなくていいし、語らなくていい。家族が向き合って、絶対的な愛情を持つべきだという規範にとらわれたとたん、苦しくなる。家族はそっぽを向いていても、ただそこにいるだけでいい。痛みを見つめ合って話し合わなくてもいい。同じ山を見て、同じ歌をくちずさむことができればいいのだ。"(p.210) -
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昨日に引き続き「小さな命」を考える本です。
出生前診断の誤診によってダウン症の子を出
産した女性が、誤診した医者を訴えた裁判の
ルポです。
「では誤診でなければ、中絶を選んだのか?」
と問われると、そうではないと言う。
単純に第三者的な立場で考えてしまうと、ダ
ウン症であると知らされていなかったので、
しなくてもよい苦労や悲しみを背負うことに
なった。それを訴えるのだろう、と思えます。
しかし訴えた理由はそんな単純ではありませ
ん。
「命とは?」「母親の思いとは?」「生きる
とは?」
本当に本当に、人間の根源について考えさせ
られる一冊です。 -
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HONZノンフガイドから。もう何だか、ひと昔前という気すらしてしまうけど、コロナ渦にまさに突入せんとする最初期の混沌を収めた一冊。この時期は、さっさと任務をほっぽり出した前々首相の末期とも重なる訳だけど、良心たる本会議の存在すらもし無かったとしたら、果たしてどこまで愚かな暴走が突き進んでいたんだろう…と、改めてゾッとする。本書は表立って、まだまだ不気味な謎が多かったウイルスに対し、その時点での最適解を求めんとする会議メンバーの奮闘録なんだけど、その裏側に見え隠れする、ときに有害とすら思える政権の存在もしっかりと記録されている。今後当然、後方視的検証も重要になってくるけど、その中で、本書は重要なルポ足り得ると考える。
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◯とても面白い。NHKのドキュメンタリーさながら、臨場感があり分かりやすい。
◯専門家会議って国の組織じゃなかったのか、から、感染症の感染拡大、専門家たちの市民を守るという思い、専門家が訴えられる?!まで、波瀾万丈というかジェットコースターのような展開。
◯著者のスタンスも非常に好感。事実をどちらの立場に立つのでもなく、ありのまま伝えようという意志を感じる。だからこそ、行政、政治家、専門家と幅広い取材が可能となったのだろう。その記載内容に信頼がおける。
◯去年のその頃の自分を思い出しながら読めるという同時代性も良い。これは是非多くの人に読んでもらいたい。