カミュのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
抑圧された人間の心情や町、大衆としての機能の心理が込められた内容だった。
ペストを中心に死に向き合う人間、それによる町の機能の役割。また決断せねばならぬ立場の人間。
圧倒的な抑圧の前に人間はどうなるのか、どう乗り越えていくのか、そんな状況の人間の核心をつく物語。
コロナ禍の状況と同じではないが彷彿とする人は多いと思う。
以下気になった言葉
・人間が意気地なしになるような時刻が、昼夜ともに、必ずあるものだし、自分が恐れるのはそういう時刻だけだ。
・天災というものは、事実、ざらにあることであるが、しかし、そいつがこっちの頭上に降りかかってきたときは、容易に天災とは信じられない。
・一見、攻囲された者の連帯性を住民に強制していたと見られる病疫は、同時に、伝統的な結合を破壊し、また各個人をめいめいの孤独に追いやっていたのである。これは混乱を生み出した。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ訳のせいか元の文章のせいなのか判断できないけど、だいぶ読みづらく感じる部分もあったし、中だるみに感じてしまう部分もあって途中気分がのらなかったりもしたけど、終盤は泣ける場面もあり爽やかながらも不穏さの残るラストまで一気読みだった。よかった。
私はドストエフスキーが好きで特にイワンやキリーロフが好きなのだけど、どうもリウーはイワン、タルーはキリーロフ、パヌルーはアリョーシャの影がみえてその部分でもとても楽しめた。
リウーの「子どもたちが責めさいなまれるように作られた世界を愛することはできない」というのはイワンの思想と同じだし、リウーとパヌルー神父の問答はカラマーゾフの兄弟の大審問官に近いものを感じた。
タルーはキリーロフとはそこまで似てると思って読み進めていたわけではないけど、「今こそすべてはよいのだ」と言ったあたりであぁキリーロフの影響を受けてるなと思った。解説にもそのように書いてあったし。
カミュはこの作品を反キリスト教的な作品と言ってたらしいけど、「神の存在いかんに関わらず信仰心のあるパヌルー神父と信仰心のないリウーの行動が結果一致するところが神の存在の無用さを示しているから」というようなことが解説に書かれていて納得した。
タルーとリウーが話す場面や海で泳ぐ場面は、辛くて不条理なことばかり起きるこの小説の中でとても輝いてみえた。
ふたりがペストが落ち着いた世界で普通に友人同士として笑いあえたら良かったのにと思うと切なかった。
ラストはやっと希望がみえるかと思いきや、ふとしたことでまた同じ地獄に叩き込まれるという不穏さがあって、私は好きだった。 -
Posted by ブクログ
2026/09/15
人間には希望が必要なのだと思う。けれど、ムルソーにとっての希望は、最後には「見物人の憎悪の叫び」を望むという境地にまで行き着いてしまったのだと感じた。
司祭に対する「大きな憤怒」は、単なる怒りではなく、彼が運命や周囲の価値観への期待をすべて手放し、自由になるための再生の儀式だったのではないか。ブチギレることで何ものにも縛られなくなり、初めて自分の生を受け入れられたように思う。
2024/10/08 ★★★
ずっとアランドロンのイメージ。
死刑判決を受け入れていく論理展開が、面白かった。
自分が同じ状況に陥ったら、恐い。
それまでは、無感情気味だったのに、自由が奪われると、いつもの日常が尊いものに思える。思い出の中の自然の描写が綺麗だった。 -
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リュー医師を中心とした複数名の視点から、オラン市でのペストの流行を描いた長編小説。
不条理下での人々の様子や心理が巧みに描かれており、登場人物、ひいてはカミュの抵抗の痕跡も読み取れるが、実際にコロナの病禍を潜った後に読むと物足りなさも感じた。実際に病苦や死の恐怖に日々隣り合わせ、自由を奪われることになったとき、人々の心はこうは平静ではいられなかったのではないか、もっと醜い心理が働いていたのではないかと感じる。そのため「病禍の下での人間心理を描いた秀逸な小説」という評価にはいささか疑問を禁じ得ない。
とはいえそれは実際に病禍を体験した者だからこそ言えることであり、想像のみでここまでを描いたカミュの筆が巧みであることは間違いないだろう。 -
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最初の人間というものが、時間的な最初であると同時に、わたしがわたしであるところ、何かがある、永井先生のことばを借りれば、「開闢」というものになるのだと思う。
カミュ自らの自伝的小説といわれるものであるが、それ以上に、反抗的人間、不条理を不条理と知り、それでも生きるこのわたしが一体どこで起こるのか、その瞬間を探しているような感じがする。
開闢は自分でしかないわけだから、それが幼少期や学生時代という時間をたどる思い出すという形式でしかできない。過去と現代、親と子の間を行き来しながら、時間と空間から徐々に離れて何かが生まれる。ことばとは常にこうして思い出されるものである。開闢の神話がカミュから語られるとすればこういう物語にならざるを得ないのだ。
カミュが書き残した未完の小説であるが、果たして彼が事故で死ななかったとして、書ききることはできたのだろうか。世界と開闢と終焉は同じものの両面である。いずれにしても、ことばの尽きる所でしか語ることはできなかったと思う。 -
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この『転落』は、いわゆる自分語りの形式をもって、パリからアムステルダムにやってきた弁護士クラマンスが自らの半生を打ち明ける。
前半は、細かな心理描写にさすがの感を抱きつつ楽しく読んだものの、自己愛というテーマ自体はそれなりに平凡で、作家であれば多かれ少なかれ誰でも書きそうな内容、という印象だった。
しかしクラマンス自らの無謬性が否定された中盤以降、哲学やキリスト教の要素をふんだんに盛り込みながら、タイトル通り『転落』のスピードに読者を巻き込んでいく手腕には圧倒された。
そして、終盤のミステリー的要素も踏まえた展開と結末。
短編ながら、文学的要素をこれでもかと詰め込んだ傑作と感じた。
ノーベル賞受賞の才能はやはり並ではない、そのことを存分に味わった素晴らしい読書体験だった。
また訳も秀逸。
語り手クラマンスの一筋縄でない心理が、そのまま日本語に乗っている。
尊大さと滑稽さ、プライドと自責、慇懃無礼、という相反する要素が絶妙にバランスされ、微妙な心理が手に取るように伝わった。
訳が面白すぎて何箇所か吹いてしまい、読み続けらない所もあった。
クラマンスの転落前の人格は、自分とかなり似ているところがある。
一方果たして自分は、人を見捨てたことを一生後悔し続けられるほどの善人だろうか。
自分自身に今後転落があるのか、転落することすら無く表層を生き続けるのか?とふと考えた。
本作を読んだ人は、たいてい皆そう感じるものなのだろうか。 -
Posted by ブクログ
リュー医師を中心にペストと闘うオラン市の人々の物語。いきなり降りかかる不幸な天災に、人間の弱さが浮き彫りになる。
ペストは神の天罰と神父は、説いたが、純真無垢の子供が苦しみ死んでいっても、それでも神の天罰と言えるのか。
登場人物それぞれが、愛する者と再び会う為に、終わりの知れぬペストと闘うが、果たして会える事ができるのか。死にゆく者、生き残る者、会える者、会えない者…とても丁寧に描かれている。
コロナ禍を乗り越えた現在と共通する部分が多く、大変、興味深く読む事ができた。
カミュの作品を読むのは異邦人につぎ、本作が2作目。本作では、不条理な運命に翻弄されながらも抗い、仕事を全うし、乗り越えていく人間の強さに希望を感じた。
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Posted by ブクログ
客 が一番すき。
伝わらない善意、それがどこまで行っても善意でありそれもまた、示し合わせの上にあるということ、そして人間はどこまで行っても人間で、その暴力性や理解しがたさも、’人間'という言葉でひとくくりに、理解しえてしまうこと多義性というよりも、その環境下であらゆるかたちに変化?順応?していく生き物としてのうーん、ずる賢さ?狡猾さ?を、それと意識せず体得している それを上から眺める(便宜上この言葉で表現します)箱庭感、というのか、心情がビシビシに伝わってくる劇、お芝居、舞台をみているようだ
涙するまで生きるも観た。アンサーと、願望がないまぜになった映画。わたしはとても好き.
やるせなさのなかに、人生、それでも生きるという強さというか、諦めのような、それでも人を信じる、信じ合いたいという願望や願い、こうだったらよかったなぜこうならない不条理や解決不可能性が、訥々と、紡がれる カミュは良い