カミュのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
哲学書を高校の倫理以降読んだことが無い私としては難解な思想がずっと続いて読むのが大変だった。
不条理性をテーマに人間の生と幸福を考えさせられるエッセイであり、常にカミュが大事にしてきた思想が伺える作品でもあると思う。人間の死と、それに対する反抗的思考を冷静に思考する。飛躍した希望的思想になりがちであった宗教への評も、気づかされる事ではある。
人間が人間自体の目的であり、それ以外の何でもないと思う事により、自決や夭逝を避ける事も可能なのではないかと思う。
これ以上の批評は出来ないが、常に自分自身の生に置き換え人生を見つめる作品となった衝撃作だ。 -
Posted by ブクログ
カミュ!
カミュは僕のヒーロー
シーシュポスの神話が僕の根っこにはさまって未だに抜けてない。「最も重要な哲学的問いは自殺についてだ、つまり、生きるべきかそうでないか、それ以外の問いは全部、その後に問う問題だ、と。そして、生の不条理へ唯一抗う方法は、死ではなく、不条理から目を逸らさず離さず生きること」と!
サルトルとの論争だって僕はカミュの側にたつ
正義のための暴力とやらには抗うんだと。
そういえばここは、ルネ・ジラールとも似てる。暴力の反復から逸脱するために死ぬことを恐れるな、と。キリストは罪を贖ってはりつけられたんではなく、まさにその暴力の反復を止めるために暴力を一身に背負ってはりつけられたんだ、と。
非暴力、不服従こそが反抗だ、という人達には心底痺れる。
変な話だけど、今の日本国憲法にはそれがあって良い。
でも、晩年のカミュは辛い
今のメンタル、フィジカルでこの本は耐えきれません -
Posted by ブクログ
ネタバレ通勤の地下鉄でこの本を読んでいると、荒涼とした世界の無機質さや奇怪さが迫ってきて気持ち悪くなってくる。哲学が辿り着いた理性の限界という結論には同意しつつ、だから神を信じるというのは「飛躍」だとして、キルケゴールに代表される実存哲学を退けるカミュ。クリスチャンとしてはカミュの示す生き方を受け入れるのは難しいが、悲惨な戦争を経て生み出されたカミュの思想をクリスチャンも無視はできない(教会がその戦争を止められず、加担すらしたことも考えると尚更)。「飛躍」がないからなのか、より近い時代だからなのか、訳文のためなのか分からないが、キルケゴールよりは難解でない気がする(それでもかなり難解だが)。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ自分なりにカミュの「不条理の哲学」を要約すると以下のようになる.人間はその理性から,世界の全て,万物の理を知ることを欲する.しかし,世界は自ら何も語らず,そこに存在する.人間の理性では,世界を理解することは到底敵わない.つまり,人間は世界に産み落とされた段階で,わかるはずのないものを知ろうとするという絶望を体験することになる.この二つに引き裂かれた状態を「不条理」と呼ぶ.この不条理な状態に対しては二種類の対応の仕方が思い浮かぶ.一つは,不条理を生きることであり,もう一つは,不条理な世の中から逃避する,即ち,自死である.究極の選択である自死に対して,生きることを選択するということはどういうことか.それこそがこの本の主題である.例えば,実存主義の哲学者キルケゴールは,その不可知であるという性質から,世界に神を見た.つまり,全能の神を用意し,それに跪くことで,不条理を克服した.しかし,カミュはこれを逃避だと断じた.では,シュストフはというと,彼は,世界をわからないものだと諦め,それによって不条理を懐柔する.しかし,カミュは,人間の理性を信頼しているため,この姿勢を受け入れない.カミュにとってこれらの思想は「哲学上の自殺」なのだ.そして,カミュは以下の三つのものを提示する.一つ目としては,意識的であり続け,反抗し続ける姿勢である.不条理を生きるためには,現在その一瞬において醒めており,自分の内面から世界を知り尽くそうという努力が求められる.それは安住とは対極の緊張感を孕む,反抗である.二つ目は,死の意識によってもたらされる自由である.死は絶対不変の帰結点として存在する.それを思えばこそ,人は生きているその瞬間に意識的であると言える.三つ目は,生きている現在時から得られる経験を多量に感じ取ろうとする情熱である.世界は同じ年数生きた人間に同等の経験を授ける.しかし,そこから何を得るかはその瞬間の生き方に依存する,と考える.これら三つがカミュの主張する,不条理から出発した,反抗,自由,そして熱情である.しかし,カミュの不条理の哲学は現在という一時点に重きを置きすぎていると考えられなくもない.この哲学には未来への希望や,過去の反省といったものの介在する余地がないのだ.
-
Posted by ブクログ
ネタバレ○十年ぶりのカミュ作品。まさかの新刊行……昨年じゃん、映画公開もされてたのね。全然気づかなかったわ。
うん、まぁ、未完も蜜柑、幼少年時代しか描かれていないも同然だものね、このあとの展開が本題だものね、どうやらきびしい内容っぽい……もんね。そんななか、叔父さんとのシーンが微笑ましくてとてもいい。
小説そのものより、作家カミュがどんなふうに物語を紡いでいくのか、その過程が分るところが興味深い。思ったより行き当たりばったり!?
これまで、著者の生い立ちは気にも留めていなかったが(笑)、『異邦人』をはじめ、カミュ作品にフランスらしからぬ暑さと砂埃がつねに漂っている理由がようやく理解できた。 -
Posted by ブクログ
アルベール・カミュの「反抗的人間」を
「現代」という雑誌(ジャン・ポール・サルトル)で
フランシス・ジャンソンが批判したことに端を発した、
「カミュ=サルトル論争」を収録した本。
ものすごく高度なんだけれど、
所詮は口喧嘩でしかないという印象。
サルトル側が革命に身を投じないカミュをフルボッコにしていて、
ちょっとカミュが可哀そうでなんか見てらんない。
いや、読んでらんない。
結局、
カミュもそこに乗っかって罵声を浴びせているので、
まぁどっちもどっちです。
カミュがハブられた瞬間、
という歴史的な意義は高いのだろうけれど、
それだけ。
勝者であるサルトルもその後、
構造主義のレヴィ・ストロースにばっさり。
なんかサルトルは、
今の橋下徹大阪市長みたいだなぁ。
ということで、
どちらも罵り合いはやめましょうよ。 -
購入済み
翻訳に難?
カミュがノーベル文学賞作家というので、2017年のノーベル賞受賞後にまとめ読みしたカズオ・イシグロの著作やパール・バック(1938年受賞)ヘルマン・ヘッセ(1946年受賞)、アーネスト・ヘミングウェイ(1954年受賞)、アレクサドル・ソルジェニーツィン(1970年受賞)等々の著書を思い浮かべていました。しかしこの「ペスト」は期待外れでした。医者のリウー、判事のオトン、記者のランベール、パヌール神父、市役所吏員グラン等々多彩な人物設定はうまく組み立てていると思いましたが、登場人物それぞれの主観の記述を排して、なるべくリウーの観察とグランの記録による客観描写に心がけて読者の想像力に訴えたと思われる企図は失敗した様です。翻訳がこなれていず、スムースに読み進めなかったせいかもしれませんが、それぞれの登場人物の心の中・内面に想いを致すまでには行きませんでした。