カミュのレビュー一覧
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サルトル・カミュ論争を集めた論文集。F.ジャンソン(サルトルの弟子で、「現代」誌の書き手の一人)が、カミュの『反抗的人間』に対しての反論を書きつづる所から始まる。
カミュとサルトルとは、同時代の人間ではあるが思想的に全く異なる人間である、それがこれを読んで決定的に見える点である。この頃のサルトルは、贖罪の身にすでに浸っているのだろうか。革命かそれとも…、と2択を自分と相手に求める。同調するならば仲間で、そうでなければただの論敵である。一方、カミュは違う。そもそも、彼は特殊条件下であれば、原則を曲げてもよいというような人だった。暴力を否定しない。サルトルの論はいささか卑怯かな笑 -
Posted by ブクログ
ネタバレL'Étrangerは異邦人でなくよそ者とも略せるらしい。物語のサマリーを読んだときの主人公ムルソーに対して持った感想はちょうどよそ者というか、社会の通常の感覚から逸脱した男性という感じだった。他の読者の感想を読んでいると、読み終わっても物語の結末は不条理とは呼べず、ただ単に殺人鬼が処刑されただけだと受け取る人もいるようだ。
しかし、読み終わった後わたしがムルソーに抱いた印象は「素直」だった。検察官の主張する「この男の不感無覚を前にして感ずる恐ろしさ」は本当に死刑に値するものだったのだろうか。ムルソーが死刑執行までの残された時間でママンの教え、養老院での暮らしに思いを巡らすシーンがあ -
Posted by ブクログ
ネタバレ難しい…。この世界の何ごとにも意味はないとして、自分に関するすべてを宙吊りにして流れに委ねるような、世界から距離をとるようなムルソーの生き方はペシミズムのように思える。でも最後、ムルソーは他の誰よりも自分を信じていて、自分に根付いているみたいだった。死に近づいて初めて感じる解放。世界の優しい無関心。
ママンの埋葬の日やアラビア人を殺害した浜辺での太陽の光の強さはなにかのメタファーなのかな。最近とっても暑いから、小説世界の暑さがよく想像できた。暑くて眩しくて、木陰の泉の安寧を求めていき、それを邪魔するアラビア人を銃殺した。人間世界の怨みのようなものはムルソーにはなくて、ただ自然の光と暑さが目に -
Posted by ブクログ
・人生は不条理だけど、自殺は拒否する。だって自殺したら負けじゃん。
人生が生きるに値するか否か。
無論、人生は人生は不条理だ。自殺をするということは、《苦労するまでもない》と告白すること。ただそれだけに過ぎない。自殺をすることは、日々の無益を認めたということになる。
・不条理な日々を《すべてよし》として、腹を括って向き合え。
生きるとは、不条理を生かすこと。なによりまず、不条理を見つめること。日々に意識的であり続け、反抗を貫くこと。ひとはいつも、繰り返し繰り返し自分の重荷を見出す。ギリシャ神話で地獄で無益な労働に従事していたシーシュポスは幸福なのだ。