読む前にあらすじを知っていたが、いざ読んでみると印象がだいぶ変化した作品だった。
太陽が眩しかった、と言うシーンは詩的な美しさを感じていたが、通して読んでみると、それは、言葉に出来ないもの、諦めを前にした自身の正義に感じた。が、それがなぜか、とまではわからない。
審判を前に、前にせずとも彼は正直でいたんだろうな、という印象を受けた。
2部に入ってからは面白く、最後の数ページは圧巻。むしろ面白さを求めて読んだ際にはそこに至るまでが長い。
ママン=主人公の構図
養老院から出ることのできないママンと
牢獄から出ることのできない主人公。
それが重なる瞬間があった。
P118の描写は、引きこもりだった私には深く共感出来るものだった。
「私はただ一つ覚えている 終わり頃に弁護士が喋り続けている最中に町の方から この法廷の広がりを渡って アイスクリーム売りのラッパの音が私の耳元まで届いてきたのだ もはや私のものではない 一つの生活しかし その中に私がいともを貧しいがしつこくつきまとう喜びを見いだしていた1つの生活の思い出に 私は襲われた。
夏の匂い 私の愛していた 界隈 夕暮れの空 マリーの笑い声 その服 この場で 私のした いっさいのことのくだらなさ加減がその時 喉元まで 込み上げてきて私はたった一つ これが早く終わりそして 独房 へ帰って眠りたいということだけしか願わなかった」
後のメモは好きだった部分と、太陽や熱の描写があった部分を中心にまとめている。
異邦人
P18 すでに 日の光が満ちていた それは大地にのしかかってきて 暑さは急速に増した なぜだかわからなかったが我々は歩き出すまでに ずいぶん長くなった 喪服を着ていて暑かった。
P20 行列は少し急ぎ出したように見えた私の周囲は相も変わらず陽の光に満ちたどこまでも同じ輝かな野原だ。
P21 「ゆっくり行くと日射病にかかる恐れがあります。けれども急ぎすぎると汗をかいて教会で寒気がします」と彼女は言った。彼女は正しい、逃げ道はないのだ。
P45 夕方、マリィが誘いに来ると、自分と結婚したいかと尋ねた。私は、それはどっちでもいいことだが、マリィの方でそう望むのなら、結婚してもいいと言った。すると、あなたは私を愛しているか、と聞いてきた。前に一ぺん言った通り、それには何の意味もないが、おそらくは君を愛してはいないだろう、と答えた。「じゃあなぜ私と結婚するの?」というから、そんなことは何の重要性もないのだが、君の方が望むのなら一緒になっても構わないのだ、と説明した。
P50 老人と知り合ってから初めてのことだがコソコソした仕草で私に手を差し出した 私は彼の皮膚の鱗を感じた老人はにやりと笑い 部屋を出る前に私に向かって 「今夜は 犬どもが吠えないといいんだが そのためにうちの犬じゃないかと思うんだよ」と言った。
P50 通りへ出ると、私の疲労のためと、またそれまで鎧戸を開けずにいたせいで もうすっかり明るくなった陽の光がまるで 平手打ちのように、私を見舞った。
P54 私は太陽によって爽快になるのを感じ それに気を取られていたからだ 足元の砂が温まってきた水に入りたいという欲望をなおしばらくこらえていたが とうとうマソンに入らないかと言った。
...
沖に出て 我々は浮き身をした顔を空へ向けていると 私の口元まで 流れてくる水のベールを太陽が 払いのけてくれるようだった。
...
マリの体のほてりと太陽の熱とのせいで私は少しうとうとした。
P56 太陽の光は ほとんど 垂直に砂の上に降り注ぎ海面でのきらめきはこらえられぬほどだった 浜にはもう誰もいなかった。
P59
太陽は今 圧倒的だった 砂の上に 海の上に光は粉々に砕けていた。
P59(レエモンとアラビア人の喧嘩)
P59レエモンをやっつけた方も何も言わずにレエモンを眺めていた。もう一方も小さな葦笛を吹き我々の方を盗み見しながら その楽器でやれる3つの音を繰り返すことを止めなかった。
こうしている間 ここには 太陽と泉のせせらぎと葦笛の3つの音を含む この沈黙との他には何一つなかった。
P60ここでは全てが海と砂と太陽 笛と水音との2つの静寂の間に停止していた。
...
レエモンが木の階段を よじ登っていく間 登り口のところへ 佇んでいた。
星の光にやられて頭がガンガンしていたし木の階段を上り また 女たちのそばへ帰っていく そんな努力がいかにも億劫になったのだ。
P61私は静かに 岩の方へ歩いて行ったが 太陽のために 額が膨れ上がるように感じたこの激しい 暑さが私の方へ のしかかり 私の歩みを阻んだ顔の上に大きな熱気を感じるたびごとに歯がしみたり ズボンのポケットの中で拳を握りしめたり 全力を尽くして 太陽と太陽が浴びせかける 不透明な 酔い心地とにうちかとうと試みた。砂や 白い貝殻やガラスの破片 から光の刃がきらめくごとに顎が引きつった 私は長いこと歩いた。
光と波のしぶき のためにきらめくようなまろい暈に包まれた岩の小暗い影が遠くから見えた 私は 岩陰の涼しい泉を思った。
その水のつぶやきを聞きたいと思い 太陽や骨折や 女たちの涙から逃れたいと思い それから 影といこいと そこに見出したいと願った。ところが そばまで行った時 私は 例のレエモンの相手がまた来ているのを見た。
彼は一人だった 首の下に手を組む 顔だけを岩陰に入れ 体は日を浴びながら仰向けに寝て休んでいた。
P62
男は 私を見つけると少し 体を起こし ポケットに手を突っ込んだもちろん私は上着のままでレエモンのピストルを握りしめたそこでまた彼はポケットに手を入れたまま 後ずさりしていった 私はかなり離れて10m ばかりのところにいた彼の半ば閉じた瞼の間から時々 ちらりと視線の漏れるのがわかった でも ひっきりなしに彼の姿が私の目の前に 踊り 燃え上がる大気の中に踊った。波音は正午よりも もっと物憂げでもっと穏やかだった ここに広がる 同じ 砂の上に同じ 太陽 同じ光が注いでいた。もう2時間も前から日は進みを止め沸き立つ金属 みたいな海の中に錨を投げていたのだ。水平線に小さな蒸気船が通った それを 視線の端に黒いシミができたように感じたのは私がずっとアラビア人から目を離さずにいたからだった。
自分が回れ右をしさえすれば それでことは終わると 私は考えたが 太陽の光に打ち震えている砂浜が私の後ろに迫っていた。泉の方へ 56歩歩いたが アラビア人は動かなかった。それでもまだかなり離れていたおそらくその顔を覆う影のせいだったろうが 彼は笑っている風に見えた 私は待った日の光で方が焼けるようだった 眉毛に汗のしずくがたまるのを感じた それはママを埋葬した日と同じ太陽だったあの時のように 特に額に痛みを感じ ありとあらゆる 血管が皮膚の下で 一どきに脈打っていた。焼けつくような光に耐えかねて 私は一歩を前に踏み出した。私はそれが馬鹿げたことだと知っていたし一歩 体を移したところで 太陽からは逃れられないことも分かっていた それでも一歩、ただ一足私は前に踏み出した。すると今度はアラビア人は身を起こさずに 匕首を抜き光を浴びつつ私に向かって構えた。光は刃に跳ね返り きらめく 長い刀のように私の額に迫った。その瞬間 眉毛にたまった 汗が一度に瞼を 流れ 生ぬるく熱いベールで瞼を包んだ 涙と塩のとばりで私の目は見えなくなった額になる太陽のシンバル それから 相 口から ほとばせる 光の刃の相変わらず目の前に ちらつく 他は何一つ 感じられなかった。やけつくような剣は私のまつげをかみ、痛む 目をえぐった その時すべてがゆらゆらした海は 重苦しく激しい息吹を運んできた空は 端から端まで避けて火を降らすかと思われた。私の全体がこわばり ピストルの上で手が引きつった 引き金はしなやかだった。私は銃尾のすべっこい腹に触った 乾いた それでいて 耳を聾する 高音とともに全てが始まったのはこの時だった私は 汗と太陽とを振り払った 昼間の均衡と、私がそこに幸福を感じていた、その浜辺の異常な沈黙とを打ち壊したことを悟った。そこで私はこの身動きしない体になお 4 たび打ち込んだ。弾丸は深くくい入ったがそうとも見えなかった それは私が不幸の扉を叩いた4つの短い音にも似ていた。
P68
健康な人は誰でも、多少とも、愛するものの死を期待するものだ。
P76格子と格子との間に距離があるので面会人も囚人も共に大声で話さなければならなかった中へ入っていくとこの部屋の広い 裸の壁に跳ね返る人 声 のざわめきと空から窓ガラスへと降り注ぎ 広間にほとばしる 荒々しい光のために私は何か めまいのようなものを感じた 私の独房はもっと静かで暗かった この場所になれるのに数秒を要したが しまいには白日の中に浮きだした各人の顔をはっきりと見られるようになった。
P80海へと降りて行きたいという欲望にとらえられた 足元の草に寄せてくる 磯波の響き 体を水に浸す 感触 水の中での解放感こうしたものを思い浮かべると 急に この監獄の壁がどれほど せせこましいかを感じた これが数ヶ月続いた それから あとはもう私には囚人の考え方しかできなかった私は中庭での毎日 お決まりの散歩や 弁護士の訪問を待っていた 残りの時間は うまく処理した その頃私はよく もし生きたまま 枯れ木の幹の中に入れられて頭上の空に 開く花を眺めるより他には仕事がなくなったとしても だんだん それに慣れて行くだろうと考えたそうすれば過ぎていく鳥影や行き違う雲の流れを待ちもうけるのだろう。今ここで 弁護士の妙なネクタイの現れるのを待っているように またあの もう一つの世界で マリーの体を抱きしめるのを期待しながら土曜まで我慢していたように ところでよく考えてみると 私は 枯れ木の中に入れられたのではない 私より不幸なものだってあった これはまたママンの考え方でママンはよく口にしていたものだが 人間はどんなことにも慣れてしまうものなのだ。
P81
刑務所に入るとベルトや 靴の紐屋 ネクタイは取られ またポケットに入れているもの一切 特にタバコは取り上げられてしまった。一度 独房で返して欲しいと頼んだが それは禁じられていると言われた。最初の何日かはひどく つらかった。私が一番打撃を受けたのはおそらくこのことだったろう 自分のベッドの板を剥がしてその木片をしゃぶった1日中絶え間なく吐き気がついて回った 誰にも害を与えぬものを なぜ取り上げられてしまうのか わけがわからなかった。後になって これもまた懲罰の一部をなしていることがわかった
P82
こうした辛さを別にすればそうひどく不幸ではなかった問題はかかってもう一度言えば、時を殺すことにあった追憶にふけることを覚えてからはもう退屈することもなくなってしまった時には自分の部屋に思いを馳せたりした 想像の中で私は部屋の一部から出て 元の場所まで一回りするのだが その途中に見出される全てを一つ一つ 心の内に数え上げてみた 最初はすぐ済んでしまったが だんだんとこれを繰り返すたびに少しずつ 長くかかるようになったというのは私は 各々の家具を思い出しその一つ一つの家具についてはその中にしまってある一つ一つのものを思い出し一つ一つのものについては どんな細かな部分までも思い出しその細かな部分 象眼ひびや口の掛け 落ちたところなどについては 色合いや 木目を思い出したからだ 同時に 私は自分の財産目録を失わないようにして完全作り出そうと試みた その結果 数週間経つと自分の部屋にあったもの一つ一つ数えるだけで何時間も何時間も過ごすことができた こういう風にして私が考えれば考えるほど無視していたり忘れてしまっていたりしたもの 後から後から記憶から引き出してきた そしてこの時私はたった1日だけしか 生活しなかった人間でもゆうに 100年は 刑務所で生きて行かれるということがわかった その人は退屈しないで済むだけの思い出を蓄えているだろう ある意味では それは一つの強みだった。
P84
眠りの時間 思い出 記事を読むこと 光と闇との交代 こうしたことのうちに時は過ぎた 牢獄にいると時の観念を失ってしまうということを確かに読んだことがあったが これは 私には大して意味を持たなかった どうして 日々が長くて同時に短くなるのか 私には分かっていなかった もちろん 生きてゆく には 長いもの だが膨れ上がって日々 お互いに溢れ出してしまう 名前をなくしていた 私に対しては 昨日とか明日とかいう言葉だけだった。
ある日 看守が来て私がここへ来てからもう5ヶ月になると言った時にもその言葉は信じたがよく理解できなかった。私にとっては 絶え間なく 同じ日が 独房の中へ 打ち寄せて来、同じ 努力を続けていたりすぎない その日 監視 の出て行った後で 私は 鉄製の椀に移った自分の姿を眺めた 私の肖像はそれに向かって 微笑んでやろうとしたにも関わらずなお 真面目な顔をしているように見えた私はそれを目の前で 揺り動かした微小 したが 顔の方は相変わらず いかめしく悲しげな様子だった 日が暮れかけていた これは私の語りたくない時刻だったこの名のない時刻に沈黙を連ねた 刑務所の各階という階から夕べの物音が立ち上っていく。私は天窓に近寄り最後の光の中でもう一度自分の姿を映して 眺めた。相変わらず 真面目な顔だったが この時 なお私が 生真面目だったからと言って何の驚くことがあろう?しかしそれと同時に またこの数ヶ月来初めてのことだったが 私は自分の声音をはっきりと聞いたその声がもう長いこと 私の耳に鳴り響いている 声だと聞き分け この間 独り言を言っていたのに 了解した そしてママンの埋葬の時看護婦が言った言葉を思い出した本当に抜け道はないのだ そして 刑務所内のゆうべ ゆうべがどんなものか 誰にも想像がつかないのだ。
P85
要するに その夏は早く過ぎてまた時期に次の夏が来たということができる
最初の初夏の上記とともに私についても何か新しい事態が到来することを私は知っていた
P90 いよいよ暑さは上っていた。部屋の中で 傍聴人が新聞で風を入れているのが見える しわくちゃの紙の立てる小さな音が絶え間なく響いていた
P92 私は同じ 法廷の同じ顔の前に自分を見出したただ暑さだけが一段と猛烈になっていて まるで一つの奇跡のように どの陪審員も検事も私の弁護士も 新聞記者たちも いずれも 麦藁のうちわを手にしていた
若い記者も小柄な女も相変わらず そこにいた しかし その二人だけは うちわを使わず 相変わらず 物も言わずに私を見つめていた
P102
検事と私の弁護士の弁論の間 大いに 私について語られた おそらく 私の犯罪よりも私自身について語られたということができる それにしても両者の言い訳はそんなに違うものだったろうか 弁護士は腕を上げて有罪を認めたが ただそれに 言い訳をつけた検事は手を伸ばして有罪を告発したらそれに 言い訳をつけない それでもあることが漠然と私を困らせていた 私は十分注意はしていたものの時には口を入れたくなった すると 弁護士は黙っていなさい その方があなたの事件のためにいいのです と言った いわば この事件を 私抜きで扱っているような風だった私の参加なしに全てが運んで行った私の意見を徴することなしに私の運命が決められていた時々私はみんなの言葉を遮ってこう言ってやりたくなった それはともかくとして一体 被告は誰なんです 被告だということは重大なことです それで私にも若干 言いたいことがあります しかし よく考えてみると言うべきことは何もなかった それに人々の心を閉めるということは長くは続かなことを認めなければならない 例えば 検事の弁論はじきに私を退屈させた 私の心を打ち私の興味を目覚めさせたものは 断片化 仕草 かあるいは全体から切り離された長広舌そのものだけだった
P104 「悔恨の上だけでも示したでしょうか?諸君影もないのだ 余震の最中にも一度といえども この男は自らの憎むべき 滞在に感じた様子はなかったのです」
P105
「我々は彼を咎めることもできないでしょう 彼が手に入れられないものを彼にそれが欠けているからと言って 我々が不平を鳴らすことはできない しかしこの法廷について言うなら 寛容という消極的な 徳はより容易ではないが より上位にある正義という特に変わるべきなのです とりわけ この男に見出されるような心の空洞が社会を飲み込み かねない 一つの深淵となるような時には」それから私の母に対する態度を論じた
...
あまりに長々しくてしまいには この朝の暑さを私が感じなくなったほどだった
...
この男の不感無覚を前にして 感ずる 恐ろしさには及びもつかないだろう とはばからずに言い切った同じく彼によれば 精神的に母を殺害した男はその父に対し 自ら 教皇の手を下した男と同じ意味において 人間社会から抹殺 さるべきだった いずれにせよ、前者は後者の行為を準備しいやはそれを予告し 正当化していたのだ
P107
弁護士の陳述を聞く前にあなたの行為を呼び起こした動機をはっきりしてもらえれば幸いだと言った私は早口に少し言葉をもつれさせながら そして自分の滑稽さを承知しつつ それは太陽のせいだと言った法内に笑い声が上がった弁護士は肩をすくめた
P108 〜
私はただ一つ覚えている 終わり頃に弁護士が喋り続けている最中に町の方から この法廷の広がりを渡って アイスクリーム売りのラッパの音が私の耳元まで届いてきたのだ もはや私のものではない 一つの生活しかし その中に私がいともを貧しいがしつこくつきまとう喜びを見いだしていた一つの生活の思い出に 私は襲われた 夏の匂い 私の愛していた 界隈 夕暮れの空 マリーの笑い声 その服 この場で 私のした1歳のことの くだらなさ加減がその喉元まで こみ上げてきて私はたった1つ これが早く終わりそして 独房 へ帰って眠りたいということだけしか願わなかった
P111
独房が変えられた その部屋で長く寝そべると空が見える そして空しか見えない その空の表に昼から夜へ移る色彩の凋落を眺めることで1日が過ぎていく 横になり手枕をして私は待っている
P113
そんな時に私はママンから聞いた父の話を思い出した父は私の記憶にはない父について私が正確に知っていたことと言ってはおそらくママンが その時話してくれたことだけだろう 父は ある人殺しの死刑執行を見に行ったのだ それを見に行くと考えただけで 父は病気になった それでも父は見に行き帰ってくると朝のうちは秋に入ったのだ それを聞くと私は少し 父が嫌になった しかし今となると それがごく当たり前だということがわかった 死刑執行 より重大なものはない ある意味までは それは人間にとって真に興味がある 唯一のことなのだそんなことがどうして これまでわからなかったのだろう いつか 刑務所を出たとしたら 私はありとあらゆる 死刑執行を見に行こう いや こうした可能性を考えるのは間違いだったと思うというのはある朝早く警戒線の後ろにいわば 向こう側に私が自由な姿を現すことを考え 見に行った後で吐いたりするかもしれぬ 一人の見物人になることを考えると押し殺されていた 喜悦の波が胸に登ってきたからだ しかしこれは道理に合わなかった こうした家庭に身を任せたりするのは間違いだったなぜならそのすぐ後で恐ろしく寒気がして私は毛布の下に体を縮めていたのだから こらえようがなくて私は カチカチ 歯を鳴らしていた
P116
彼らがやってくるのは夜明けだ私はそれを知っていた結局私の夜々はあの夜明けを待つことだけに過ごされた私は驚かされることが嫌いだった何かが起こる時には身構えていたいそういうわけで私は昼間少ししか眠らず夜は夜もすがら暁の光が空のガラスの上に生まれ出るの辛抱強く待った一番苦しいのは通常彼らのやってくることを私の知っているあのどうも怪しい時刻だった真夜中を過ぎると私は待ち構え見張っていた私の耳がこれほど物音に敏感になりこれほど低い響きを聞き分けたことはなかったのみならずこの間決して足音が聞こえたことはなかったのだからある意味では私には運があったということができる人間は全く不幸になることはないとママンはよく言っていた空が色づいてくるときや暁の光が私の独房に忍び込んで来るときママンの言葉は本当だと思った 足音が聞こえたとしたら私の心臓は破裂しただろうからどんなかすかな 軋みにも 戸口のところへ飛んで行き 板に耳を押し付けて 夢中になって 待ち構えていたのでしまいには 自分の息遣いが聞こえてきて しかも それがしわがれて犬の息切れに似てはいないかと気になったりした
そんなことはあったにせよ結局のところ 心臓は破裂しなかったし 私はまた 24時間を手に入れたのだ
...
他の人より先に死ぬそれは明白な こと だがしかし 人生が 生きるに値しないということは誰でもが知っている 結局のところ 30歳で死のうが70歳で死のうが大した違いはないということを私は知らないわけではないというのは いずれにしたところでもちろん 他の男たちや、他の女たちは生きていくだろうし それにもう何千年もそうしてきたのだから 要するに これほど 明らかなことはないのだ 今であろうと20年後であろうと 死んでいくのは 同じく この私なのだ この時こうした推論の中で多少 私を苦しめたのは それはこれから先の20年の生活を考えた時 私が胸に感じた ひどい 興奮だった しかしそれは20年経ってやっぱり そこまで行かねばならなくなった時 自分がどう思うかを想像することによって息のね 止めてしまいさえすればよかった 死ぬ時のことをいつとかいかにして とかいうのは意味がない
P118
私はただ一つ覚えている 終わり頃に弁護士が喋り続けている最中に町の方から この法廷の広がりを渡って アイスクリーム売りのラッパの音が私の耳元まで届いてきたのだ もはや私のものではない 一つの生活しかし その中に私がいともを貧しいがしつこくつきまとう喜びを見いだしていた1つの生活の思い出に 私は襲われた。
夏の匂い 私の愛していた 界隈 夕暮れの空 マリーの笑い声 その服 この場で 私のした いっさいのことのくだらなさ加減がその時 喉元まで 込み上げてきて私はたった一つ これが早く終わりそして 独房 へ帰って眠りたいということだけしか願わなかった
P123
司祭は長いこと 脇を向いたままでいた彼の姿が 私には重荷となり 私をイライラさせていた 私は彼にもう帰って 私を一人にしてほしいと言おうとしたがその時私の方を振り向きながら不意に 彼は大声で溢れるように喋りたてた「いいや私はあなたが信じられないあなただってもう一つの生活を望むことがあったに違いない」
もちろんだ しかし 金持ちになったり早く 泳いだり 形の良い口元になることを望むのと同じように意味のないことだと私は答えたそれは同じ次元 に属することなのだ しかし彼は私の言葉を留めてそのもう一つの生活というものをどういう風に考えているのかとお尋ねた その時 私は「この今の生活を思い出すような生活だ」と叫び すぐ付け加えて もう飽き飽きしたと言った彼はなお 神について語りたがっていたが 私は彼の方へ進んで行ってもう一度自分には時間が残り少ないことを説明しようと試みた 私は神のことで時間を無駄にしたくなかったのだ 彼は話題を変えようとして自分のことを ムッシュウと呼んで わが父と呼ばないのはなぜかと尋ねた
それが私をイライラさせたあなたは他の人たちには そうかもしれないが 私には父ではないと答えたいや 我が子よと彼は私の肩に手を置いていった 私はあなたと共にいます しかし あなたの心は盲いているから それがわからないのです私はあなたのために祈りましょう
その時なぜか知らないが 私の内部で何かが裂けた私は大口を開けて怒鳴り出し 彼を罵り 祈りなどするなといい消えてなくならなければ 焼き殺すぞと言った私は法衣の襟首を掴んだ喜びと 怒りの 入り混じったもののけと共に彼に向かって心の底をぶちまけた君は まさに自信満々の様子だそうではないかしかし その新年の どれをとっても女の髪の毛1本の重さにも値しない君は死人のような生き方をしているから自分が生きているということにさえ 自信がない 私と言えば両手は空っぽのようだ しかし私は自信を持っている自分について 全てについて 君より強く また私の人生について来るべき あの死についてそうだ私にはこれだけしかない しかし少なくともこの心理が私を補えていると同じだけ 私はこの心理をしっかり 捉えている私はかつて 正しかったし 今もなお 正しい いつも私は正しいのだ 私はこのように生きたがまた別な風にも生きられるだろう 私はこれをしてあれをしなかった こんなことはしなかったが別なことはしたそしてその後は?私はまるで あの瞬間 自分の正当さを証明される あの夜明けをずっと待ち続けていたようだった 何者も何者も重要ではなかったその訳を私は知っている 君もまたそのわけを知っているこれまでのあの虚妄な 人生の営みの間中 私の未来の底から まだやってこない 年月を通じて 一つの暗い息吹が私の方へ 立ち上ってくるそのくらい いぶきがその道筋において 私の生きる 日々ほどには現実的とは言えない 年月のうちに私に差し出される全てのものを等しなみにするのだ他人の死 母の愛 そんなものが何だろういわゆる 神 人々の 選び取る生活 人々の選ぶ宿命 そんなものに何の意味があろう ただ一つの 宿命がこの私自身を選び そして 君のように 私の兄弟と言われる無数の特権ある人々 私とともに選ばなければならないのだから君はわかっているのか一体君はわかっているのか?誰でもが 特権を持っているのだ 特権者しかいわしないのだ 他の人たちもまたいつか 処刑されるだろう 君もまた 処刑されるだろう 人殺し として 告発されその男が母の埋葬に際して涙を流さなかったために処刑されたとしても それは何の意味があろうサラマノの犬にはその女房と同じ値打ちがあるのだ 機械人形みたいな小柄な女もマソンが結婚したパリ女と等しくまた 私が結婚したかった マリー と等しく 罪人なのだ セレスとは レエモン より優れてはいるが そのセレストと等しく レエモンが私の仲間であろうと それが何だろう?マリーが今日もう一人の無理そうに接吻を与えたとしてもそれが何だろう この死刑囚ね君 会いたいわかっているのか 私の未来の底から......こうした全てを叫びながら私は息が詰まってしまった しかし すでに 司祭は私の手から引き離され 看守 たちが私を脅かしていた でも 司祭は彼らをなだめ 一瞬 黙って私を見たその目には涙が溢れていた彼は踵を返して消え去った
彼が出て行くと 私は平穏を取り返した私は精魂尽きてベッドに身を投げた 私は眠ったらしかった顔の上に星々の光を感じて目を覚ましたのだから田園のざわめきが私のところまで登ってきた 夜と大地と 潮の匂いが こめかみを爽やかにしたこの眠れる夏の素晴らしい平和が 潮のように私の中に染み入ってきた この時 夜の外れでサイレンが鳴った それは 今や私とは永遠に無関係になった1つの世界への出発を告げていた本当に久しぶりで 私はママのことを思った1つの生涯の終わりに なぜママンが許嫁を持ったのか また生涯をやり直すフリをしたのか それが今わかるような気がした あそこ いくつもの生命が消えていく あの 養老院の周りでもまた 日暮れは憂愁に満ちた休息のひと時 だった 死に近づいてママはあそこで解放を感じ 全く生き返るのを感じたに違いなかった 何ぴとも 何人といえども ママンのことをなく権利はない そして私もまた 全く生き返ったような思いがしている あの大きな憤怒が私の罪を洗い きよめ 希望を全て空にしてしまったかのようにこのしるしと星々に満ちた夜を前にして 私は初めて世界の優しい無関心に心を開いた これほど世界を自分に近いものと感じ 自分の兄弟のように感じると私は自分が幸福だったし 今もなお 幸福であることを悟った全てが終わって 私がより孤独でないことを感じるために この私に残された 望みと言っては 私の処刑の日に大勢の見物 人が集まり 像の叫びを上げて 私を迎えることだけだった。
情婦 レコ
「愛人(じょうふ)」を指す隠語
アンサンブル
素材や色、デザインに共通性を持たせ、セットで着ることを想定して作られた服の組み合わせ
卓布 たくふ
食卓を覆う布のことで、テーブルクロス
夜気 やき
夜の(ひえた)空気。「―にあたる」。夜の静かなけはい。
女衒 げぜん
女性を売春行為へ誘導したり、売春雇用者に斡旋して対価を受け取るブローカー
練兵場(れんぺいじょう)
兵士が訓練を行うために設けられた場所
かさっかき
皮膚病にかかってかさぶたにまみれた人
細面 ほそおもて
ほっそりした感じの顔。
烈日 れつじつ
強く照りつける太陽。夏の太陽が強く照りつけるような、激しい勢い。
合口 あいくち
鍔のない小刀
柄と鞘の口が合うことから来ている
銃尾 じゅうび
徒刑 とけい
懲役のこと