カミュのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
快不快、関心無関心をベースに皆生きているも、その内容が大多数と同じようにチューニングされていないと異邦人になってしまう
電車の軋み、夜がおりる前の空のざわめき、マリイとの触れ合い。主人公が思考を挟まずに五感レベルで味わっていた快感、不快感と同じように、社会が回りやすいように調節された場面-感情-行動の条件付けに従うことが五感レベルで皆には染み付いている
足で踏み締める砂の感覚が心地いい、焼けるような太陽の日差しが鬱陶しい、これらの感覚が肉体にとって真実でしかないのと同じように、さまざまな観念が知覚器官を通じて真にそこにあるものと判断される
一枚思考を隔てはするが、知覚の異なる他者の目にどう映る -
Posted by ブクログ
ネタバレ読む前にあらすじを知っていたが、いざ読んでみると印象がだいぶ変化した作品だった。
太陽が眩しかった、と言うシーンは詩的な美しさを感じていたが、通して読んでみると、それは、言葉に出来ないもの、諦めを前にした自身の正義に感じた。が、それがなぜか、とまではわからない。
審判を前に、前にせずとも彼は正直でいたんだろうな、という印象を受けた。
2部に入ってからは面白く、最後の数ページは圧巻。むしろ面白さを求めて読んだ際にはそこに至るまでが長い。
ママン=主人公の構図
養老院から出ることのできないママンと
牢獄から出ることのできない主人公。
それが重なる瞬間があった。
P118の描写は、引きこもり -
Posted by ブクログ
『異邦人』は、正直なところとても読みにくい作品だった。
文章は終始淡々としており、ムルソーの内面が語られることはほとんどない。だが、その抑揚のなさこそが、彼自身のアイデンティティなのだと感じた。彼の性格上、感情に大きな起伏はなく、仮に何かを感じていたとしても、それは文章の上では事実として平坦に述べられるだけだ。そのため感情移入はしづらく、読者として距離を感じ続けることになる。
しかし読み進めるうちに、外から見た自分自身もまた、ムルソーと似た存在なのではないかと思い始めた。人と同じことをせず、他人との距離を保ち、感情を積極的に表に出さない。淡々としているように見えるその在り方は、ムルソーと重な -
Posted by ブクログ
デフォーのペストの後に拝読。
デフォーのそれがドキュメンタリー的に語られるのに対し、カミュのそれは観念的で、なかなか入り込みにくい感じがした。
カミュのペストが出たのは1947年。第二次世界大戦後の荒廃からどう生きるか模索されていた時期であり、そういう社会情勢を鑑みれば、観念的であるのは当然と言えるだろう。
カミュといえばキリスト教ともコミュニズムからも距離をとった異邦人的な「第三の立場」を思い浮かべるが、その思想がいかんなく表現されている。
現代の私たちはコロナ禍でもネットがあり、コミュニケーションは取れるし、いくらでもエンターテイメントがあったので、多少息苦しさは紛れたが、100 -
Posted by ブクログ
ネタバレペストという不条理に対して、医師、キリスト教者や新聞記者など、さまざまな立場に置かれた人々がそれぞれの善を求めて奮闘する様が描かれている。各人が不条理に立ち上がるその動機が、ただ人が死んでいくからというような簡単なものではなく、それぞれの信念を汲んだ納得のできるものであるところに、分断された社会に生きる我々が希望を感じ得る要素があるのだと思う。限りなく装飾のない現実を反映した文体が、それを可能にしている。
感情的な部分を削ぎ落とした文体で書かれたペストの記録であり、キリスト教者や不条理人などの身近でない考えを持った人がたくさん出てくるので、とっつきにくく感じた。しかしその装飾のない文体の中に