【感想・ネタバレ】異邦人(新潮文庫)のレビュー

あらすじ

母の死の翌日海水浴に行き、女と関係を結び、映画をみて笑いころげ、友人の女出入りに関係して人を殺害し、動機について「太陽のせい」と答える。判決は死刑であったが、自分は幸福であると確信し、処刑の日に大勢の見物人が憎悪の叫びをあげて迎えてくれることだけを望む。通常の論理的な一貫性が失われている男ムルソーを主人公に、理性や人間性の不合理を追求したカミュの代表作。(解説・白井浩司)

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Posted by ブクログ

ネタバレ

 何度か読んだことがある作品だけど、シーシュポスの神話を読んで改めて異邦人を読み直した。シーシュポスが繰り返し岩を持ち上げるように不条理を生きるという姿がここではどのように描かれているのかという視点を持って。

 主人公ムルソーは太陽、自然、夕暮れ、女、世界の色々な物事の美しさを感じ取る能力はある。しかし物事へのこだわりは極度に薄い。ほとんど全てのものが彼にとってはどうでも良いことだ。母の死すら彼の心に大きな感動を与えることはない。その感情の薄さや、「太陽のせい」で人を殺す論理の通らなさは、字義的には「不条理」という言葉に沿った人物のようにも見える。しかしカミュのいう不条理は単なる意味の通らなさではない。カミュのいう不条理は「世界は何の答えも返さず沈黙を守り続けることをわかっていながら、それでも世界に対して意味を求め続けて明晰な意識を保って生きていく人間と世界の間の摩擦」、のことだ。

 しかし物語前半のムルソーは、そのような不条理を明晰に生きる人間には見えない。彼は感情を外に表すことはなく、物事に強いこだわりを持つこともなく、事務所で日々を過ごすある意味一般的な社会人だ。感情や「社会常識」が欠落しすぎているところはあるが、取り立てて他の人々と見分けがつくわけでもない。宗教的なところも一切ない。内面では、感覚的に得られるもの以外にこの世の人生に対してこだわりがなく、思うままに、あるいは感覚にコントロールされるまま行動する。カミュの称賛するアルジェリアの太陽、海、夕べ、友人、女、感覚を満たすものに、意味を求めるのではなく身を委ねる人物だ。

 だから彼の殺人にも、明晰な思想や意味づけは存在しない。そこには太陽の熱、光、不快感、疲労といった感覚の積み重なりがあるだけだ。ムルソーは意味を求めた結果として人を撃つのではない。意味に至る前の感覚の世界に押し流されるようにして、一人の人間に必要のない五発の弾丸を打ち込む。

 しかしムルソーは、死刑によって自分の死を明確に意識した後に変わる。彼の思考は雲が晴れたように急激に明晰になる。死刑制度とは、死刑を執行される側までもが、それに協力してうまく進むよう振る舞わなければならない滑稽な仕組みであることを見抜く。シベリアでのドストエフスキーのように死刑直前に赦免される可能性への期待も理解しているが、それに縋ろうとはしない。死刑によって命が奪われることも、普通に生を全うすることも、究極的には同じ死へ向かっているという事実を受け入れていく。この死への向き合い方は、明晰な意識を持った不条理な人間の態度だろう。

 司祭との対決の中で、ムルソーはさらに自分の立場をはっきりさせる。彼は神のような、実態のない許しを与えてくれるかもしれない存在には「関心がない」。司祭の「人は皆いずれ死ぬ」という言葉も、彼にとってはすでにわかっていることだ。彼は、死へ向かう確実な道筋に、幻想のような意味を与える「神」という同伴者を求めない。人は誰もが生を経験する存在であり、同時に死へ向かう有限な存在である。そのことを受け入れた時、ムルソーは初めてカミュのいう不条理な人間に近づいていく。

 シーシュポスの神話で描かれていた不条理とは、沈黙する世界に対して意味を求め続けながら、それでも生き続けることだった。そしてその出発点には、必ず死の認識がある。死は誰からも平等に生の意味を剥ぎ取ってしまう。しかしムルソーは死刑宣告によって死を見つめたことで、この世界で生きる時間には、神のような他者に評価されるような「意味」はなくても、それを経験する自分が感じ取ることのできる「価値」はあることを知る。だからこそ最後の瞬間まで生から得られる経験を汲み切ろうとする。

 最後にムルソーが感じる「世界の優しい無関心」と、処刑の日に観衆の熱狂を求める心は、不条理を生きる人間の姿そのものだ。死と世界の無意味を明晰に受け入れながら、それでも最後の瞬間まで生の激しさを求めようとするその姿は、シーシュポスに重なって見える。

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2026年05月17日

Posted by ブクログ

文章表現は少し難しかったが、ここまで人生観を考えされられる作品を初めて読んだ。日本の集団主義的な文化や昨今のSNS普及により同調圧力がより高まっていると感じる。

田舎のような閉塞的なコミュニティでは、「正解」は周囲が決めるものだったが、大学時代から都市部での生活に変わり、良い意味で他人の関与がなくなり、自身の価値観で成り立つようになった。今まで気づかなかっただけで、不条理を感じていたのかもしれない…

これから豊かな人生を送るために、
自身の本音に従って正直に生きたいと思った。


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2026年04月24日

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「Il faut imaginer Sisyphe heureux」と彼が「シーシュポスの神話」にて述べたように、世界の捉え方は一切、その捉える主体であるその個人の意思によって定められるのだと自身は感じるのである。死という有限、別れ。それら事情に涙が付随するのはそこに我々主体が悲しみをもたらす意味を付随するからであり、その付随する行為は無意識的に思われるようで極めて能動的な営みなのかもしれない。すなわち彼が「慣れ」という言葉を多用するように、世界に溢れる制約=不条理は決してその事象そのものが不条理たるわけではなく、むしろ不条理と捉える我々主体の上に成り立つ概念であり、したがって慣れてしまえば、その不条理は不条理と感じられなくなる。といってもそれはあくまで不条理でないと自身を信じさせているに過ぎぬとの見方もできるがゆえに、それを不条理でないと信じ続ける営みは必要になる可能性はあるであろう。自由意志という言葉を自身が深く理解できていないためその使用は憚られるものの、やはり自分の意思で世界を捉える意味づけをなすその行為こそが自身の生命に煌めきを与えると信じているし、そのような営みを自身の生命活動を通じて継続していきたいものだ。それは自身の終焉である死に対しても同様であり、死という有限こそも自身で意味付けをなしむしろ能動的にその終焉を設計する営みこそおそらく自身の生命の煌めきを最大化するのであろうと感じるのである。

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2026年04月12日

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君は死人のような生き方をしているから、自分が生きているということにさえ、自信がない。私はといえば、両手はからっぽのようだ。しかし、私は自信を持っている。自分について、すべてについて、君より強く、また、私の人生について、来たるべきあの死について。そうだ、私にはこれだけしかない。しかし、少なくとも、この真理が私を捕えていると同じだけ、私はこの真理をしっかり捕えている。

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2026年04月11日

Posted by ブクログ

ネタバレ

僕は言葉の上では絶望したがりなので浅はかにもカフカが好きなんだと思っていたけれど、もしかするとカミュのほうがよっぽど性に合っているのかもしれない。"どうしてこんな悲しいことが起きているのに自分は泣けないのだろうか"と考えた夜があったけれど、あの日の僕が少しだけ慰められた気がした。言葉にすることは、自分を取捨選択するというよりも、自分を言葉のとおりにすることなのかもしれない。だからこそ、ムルソーの極度な誠実主義は彼に黙ることを最善とさせたのだろう。

僕は極度に自己を中心とした世界に生きている。そのおかげか、所謂倫理観というものを人並みほどは持ち合わせていないらしく(友人に指摘されて気が付いた)、世間とチューニングがズレやすい。自分としては楽しく生きているつもりだが、ラクそうに生きているように見えるのだろう。知らぬ間に反感を買っていることが多い。どうせならいっそ僕のことも強い感情を以って殺してくれればいいのに!君たちの世界に僕を閉じ込めてくれ!Innocent World。

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2026年04月04日

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人が人を裁く時、人間はこうあるべき、という倫理のもと理由をつける。人が神を信仰するのも、何か理由を求めてのことだろう。弱さゆえ、こうすれば救われると信じたい。主人公のルムソーはそんな弱さを超越した自身の真理をもっている。強い光だと思った。夏の太陽みたいに。

ルムソーの生き様、わたしはめちゃくちゃかっこいいと思ったし憧れすら感じたけど、実際にこんな人間がいたら理解されないんだろうな。悲惨な事件があったとき「何でこんなことが出来るのか理解できない!」という声をよく聞く。犯人の動機、背景を突きつめていく。みんな理由がほしいんだ。

理由って本当に必要なんだろうか、って考えてしまうね。太陽のせいだと、なんで駄目なんだろう。ふと、いつもと違う帰り道を辿ったって、そこには理由を求めたりしないのにね。

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2026年03月11日

匿名

購入済み

カミュの代表作を読めて良かった。ムルソーと同じことがいつ誰に起こるか分からないことを改めて思い知った。

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2025年12月13日

Posted by ブクログ

高校生の時の課題図書。当時は全く良さがわからなかったので、いつか再読してみたいと思っていたら高校生の息子が課題図書として持っていたので再読。

当時意味のわからなかった主人公。日々の安らかな生活や欲望に忠実な人間らしさを備えている普通の人間にもかかわらず、母の死に対する悲しみや人への興味や愛情を対外的に示さなかっただけで、偶然の正当防衛とも言える殺人に対しても極刑をうけてしまう。誰しもが自分の感情や欲求を素直に現して生きることは難しく、人の目線や評判を気にして自己を曲げている中で、誰よりも自分に正直な主人公が裁かれることは、我々がいかに不条理な世界に生きているかを痛感させてくれる。SNSが盛んな現代にも通じるテーマ。
終盤の、死に臨んでそれを受け入れる主人公の悟りはすごいものがあります。

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2026年05月31日

Posted by ブクログ

母の死にも動じず社会の常識に無関心な青年ムルソーは、ある日アラビア人を射殺する。裁判で問われたのは犯行理由ではなく、母の葬儀での冷淡さなど「人間性の欠如」だった。世間の理不尽な論理で死刑宣告を受けた彼は世界の不条理を受け入れ、最期を迎える。

ムルソーは建前や嘘を嫌い自分に正直に生きる一方で、他者の痛みに無関心な冷酷さゆえの孤独や、社会の枠組みを無視することによる制裁を突きつけられます。彼の生き様が孕む矛盾を通して、社会に調和しながらも自分らしく生きることの難しさを問われる一冊でした。

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2026年05月24日

Posted by ブクログ

特に何の違和感もなく淡々と読み進めてしまいましたが、それは母の死よりコーヒーが美味しいことに関心が向いてしまうこと、その後女性と海水浴など楽しんでしまうこと、など普通の人であれば違和感を持つことに違和感を持てない、私もまた異邦人側の人間だからだと気付きました。。

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2026年05月15日

Posted by ブクログ

読みづらさは感じなかった。
ペストは挫折しちゃったけど。

怖かった。自分の考えが人と違って、誰もそれを聞いてくれなくてどんどん先に進んでいっちゃって。
比喩的表現とか根本的なテーマとかは全く分からないけど、単純に面白かった。

人として生きていくには、人にならないとダメなんだ。
人のフリをしていないと。
そうじゃない人は異邦人として扱われ、阻害されちゃうのかな。多分そうだと思う。
けど、ある程度集団でやっていくには仕方ないって思う。
私も親が死んだ翌日映画を見れちゃう気がするけど、私は人をするのが上手いと思う。

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2026年05月09日

Posted by ブクログ

ネタバレ

 人は行為ではなく、「社会にとって理解できるか」で裁かれるのではないか。
 ムルソーが問題視されたのは殺人そのものよりも、母の死への無感情や神を信じない態度であった。このことに強い違和感を覚えた。
 太陽や光によってムルソーの内面を外の世界で可視化しているようで好きな表現だった。

 最終的にムルソーは「意味のない世界」を受け入れるが、それは絶望ではなく、他者の価値に依存しない在り方の選択であるのか。

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2026年05月03日

Posted by ブクログ

主人公は結婚、罪、死、愛情など多くの一般的な人が心を動かされるもの、意味付けをするものに、意味を見出さない。
それは周りから見たら無感情で冷酷で残酷な人間に見えるのだろう。けれど主人公は意味を見出さないだけで、その時に「面白い」「可哀想」「抱きしめたい」などの感情や欲求はあるように見える。そして共感性は無いに等しい。

裁判の場面ではひたすら主人公が亡くなった母親に対して薄情であった、感情のない残酷な男だということが主張されていた。
彼が犯した「殺人」ということより、感情の無いこと、冷酷な人間であることが繰り返し主張され、その部分を糾弾されていた。
人々はその主張を聞いて、また彼のありのままの飾らない言葉を聞いて「こいつは人を殺してもおかしくない男だ気狂いだ」と判断する。
感情的で無いことはそこまで糾弾されて然るべきことなのか?大罪なのか?

主人公は無感情な人間ではあるが、残酷な人間では無いと思う。犬を探す老人に共感はできないけれど話は聞くし、怒る友人の気持ちは理解できないけど協力はする。彼は嘘も付かない。自分の気持ちに真っ直ぐで、自分を良く見せようとしたりしない。
しかし世間一般は、共感性を持たないもの、無感情な人間のことを、異端と判断する。
世間に馴染む嘘が付けない人間を異邦人とする。
そんな不条理を訴えかける作品だったように思う。
無感情であることと残酷であることは切り離して考えるべきだとは思うけれど、私自身も含め、「無感情な人間は怖い、何を考えているか分からないから何をするかもわからない」と思う。そして人間はそういう分からないものを排除したい。

それにしても私が中学2年生の時に読んでいたら「私も無感情な人間だから主人公に共感できる…」と、一行矛盾みたいな感想述べて悦に浸ってそうで危なかった。

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2026年05月01日

Posted by ブクログ

友人に突然プレゼントされて、事前情報なしに読んだ。

全編にわたってムルソーの独白で進行していくので、読みながらムルソーの人物像を把握しようとしたけど、妙に違和感を抱いたり道理に合わないことを言っているような気がしていて、読み違えているのかな...?と思ったりしたけど、元々そういう人物として描かれていたというわけで。

主体性に欠けるというか、自身に関することを自分事として捉えられず(客観的に捉えることしかできず)、そしてあまりにも純真すぎる(ので「太陽が眩しかったから」という、嘘偽りのない事実だけれどもそのままでは理屈に合わない供述をする?)、ということぐらいしか掴めなかった...

タイトルの異邦人について、最初は字面通りに解釈して中盤に出てきたアラビア人のことを指しているのかと思ったが、結局は、通常の人間と共通した価値観をほとんど持ち合わせていないムルソーのことを指していたのだと気がついた。

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2026年04月26日

Posted by ブクログ

説得力が凄い文章だった、主人公の生きていく行動は非常にフラットに描かれていたのが最後あたりになるとそれまでの反動、生きていることに対する感謝が爆発し物語は美しい結末を迎える。

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2026年04月12日

Posted by ブクログ

太陽や暑さの描写はよく伝わってきたけど、母の死で泣かないところとか、死刑を前にしても絶望しない主人公から心情を読み取るのは難しかった。でも、実際人間の気持ちなんて本人にしか分からないのだし、その状況になってみないと分からない。無いものを想像することと相手の立場を想像することは別で、想像力の在り方について考えさせられた。

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2026年04月12日

Posted by ブクログ

短い割に読み終えるのに時間がかかった。ムルソーは大多数の人にとって嫌な奴じゃないしむしろいい奴の部類に入るんだけど、結果的に損するタイプ。裁判の時にムルソーがありのままを話すのか嘘を重ねるべきだったのか正解はわからないけれど、就活してる身としてはこいつはどこにも就職できないだろうなと感じると同時に、少し羨ましくも思った。あとがきにも述べられていたが、一見ムルソーの回想録の様にも思われるけどもし自分で書いたならレトランジェという題名には違和感があるので私も別人が書いたものじゃないかなーと感じている。

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2026年04月07日

Posted by ブクログ

ネタバレ

実存主義を調べていたところ、アルベール・カミュの「異邦人」が出てきたため読んでみた。
この世界に意味などなく、だから自分で生きる意味を切り開いていける。
この主人公は嘘をつくのを嫌っていた。母が死んだ翌日に笑い転げて、人を殺した理由を太陽のせいと言う。裁判の時も嘘をつかなかった。最後は処刑されて幸せだと言った。嘘をつかないことが幸せだったのかはわからない。
不条理に抗っている。死を悲しみ、人を愛しているかと聞かれて「愛している」とは言わない。演技をしない主人公だ。
どれだけ私という生が無意味かを自覚さねばいけないと思った。私は不自由であると自覚するところから自由は始まるのではないかと。

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2026年04月05日

Posted by ブクログ

本屋さんで冒頭を読み気になり、名作と知り購入
人としての道徳、倫理観というか禁忌みたいなものを侵しまくっている正直な主人公。拒否反応を感じるのは、自分もそうあれたらという羨望からなのかそうであってはいけないと信じたいからなのか
彼が裁かれている理由が殺人ではなく、彼の人間性にあるところ。人が社会で生きていくために適応していかざるを得ない部分を削ぎおとした彼の存在が、自分達の立場やこれまでを揺るがす不安はよく分かる
殺人の理由は「太陽のせい」。あの描写を読んでいたらそうとしか言えないのも頷ける。
感情、感覚は言葉より先にあってこの世には言葉にならないことばかりなのに、全ての事柄に言葉での説明を求められるは疲れるよね。全ての行動に理由があるとは思えない、理由なんて相手に安心してもらうための後付けなことが多い。言葉にすると、全く違う感じがするのに、求められるから言葉にしなきゃいけなくて。でも自分の感情を相手に届けるにはやっぱり言葉が必要で。うーーん、ジレンマ。心理学の事例を読んでいるみたいな小説。この感情を描いている人が何年も前に存在したのか、人間って不思議

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2026年03月26日

Posted by ブクログ

かなり内容が難しかったのでもう一度読みたいと思う。ムルソーと同じ様に自分の母親が死んだ時、悲しくないわけじゃないけど涙を流さなかったし、次の日には遊んだりしていたので自分自身にもムルソー的な何かがあると思う。

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2026年03月22日

Posted by ブクログ

昭和29年発刊の本なのに、翻訳に違和感がなく、読みやすかった。本筋じゃないけど、犬がどこに行ったのか気になる。カフェオレのことを、ミルクコーヒーと訳しているのが逆に印象的。

ある視点では真実の連続で、それに運が重なると死さえも導いてしまう。今の時代に照らして読むと、ひとつの視点だけの正しさに凝り固まると、別の面が理解されず見えなくなってしまう危うさへの警鐘でもある気がしてくる。

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2026年03月21日

Posted by ブクログ

「きょう、ママンが死んだ」
通常の行動ではない、不条理の認識として社会から糾弾されるムルソーの心情について少しわかる気がする。サイコパスには思わなかった。

第二部、ムルソーは殺害ではなく母親の死に対して悲しみを見せなかったことや懺悔しなかったことを主な理由に死刑判決を下される。最後の場面で祭司に怒りを爆発させ死を覚悟した瞬間、ムルソーは自分の心を信じることがもっとも幸福だと受け入れる。ここまで極端な話じゃなくても、わたしも周りに流されるのではなく自分を信じて素直にそして後悔しないように生きたいと思う。

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2026年03月05日

Posted by ブクログ

ネタバレ

あらすじに書いてあることがまさにそのまま起きる。
ただ、あらすじを読んだ感じではワルでサイコパスなよくあるエンタメ小説の殺人鬼みたいな主人公なのかとおもってたけど、実際は淡々としている主人公だった。

あらすじには一貫性がない男、と書かれているけど、私には一貫して無関心で他者に共感する心がない無神論者というようにかんじた。

他人がどう思おうがどうしたかろうが、まぁ自分に不都合がなければそれでいいのではないかというような徹底した無関心。
他人を理解しようとも理解されようともしないから、最後の牧師のようにズカズカ心に踏み込んでくる他者は煩わしい以外の何者でもないのかとおもった。
彼のなかには彼しかいないのだとおもう。
有名な『太陽のせい』というところも、特に深い裏の意味などなくそのままの意味じゃないかと。
私も暑さが相当に苦手で、それだけでイライラしたり心が荒くなったりする。
そんな思考力が低下している時にあんな煩わしい問題が目の前にあって、手元に銃があるならば、無関心を極めた無神論者の男なら撃ったとしても不思議でもないような気がする。

日本人にはあまり宗教に馴染みのない人が多いので(私も含め)、そのへんのことは理解しづらいけど、無神論者であるということはこの男を表す上で結構なポイントで、その辺にも意味があるとは思うのだけど、やっぱり理解が薄いのでよくはわからない。

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2026年03月10日

Posted by ブクログ

今の私には正直難しかった。筋書きは単純だけど、とても重厚で深い。
もう少し年齢を重ねたときに読み直せば、また違ったふうに感じるのだろうなと思う。

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2026年05月25日

Posted by ブクログ

 周りの人たちは主人公を受け入れるために、自身が理解できる範疇で様々な解釈を押し付けていたけれど、欲しかったのはそんなものではなくて、受容も理解もいらないから、ただありのままに存在させてほしかったのかな。

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2026年04月28日

Posted by ブクログ

私には難しかった。

裁かれたのは、実は殺人そのもの以上に
「普通じゃないこと」だったとも読める。

ラストのムルソーの爆発した感情が理解できなかった。
ムルソーは感情がない訳では無い。
人にコントロールされる事を極端に拒んでいる。
・遅かれ早かれどうせみんないつか死ぬ
・結局において、人が慣れてしまえない考えなんてものはないのだ
・私に死刑を与えたのは、人間の裁きだ。
罪というものは何だか私には分からない
ただ私が罪人だということを人から教えられただけだ
・私は初めて、世界の優しい無関心に心を開いた。
・君は死人のような生き方をしているから、自分が生きているということにさえ、自身がない。わたしはといえば、りょうてはからっぽのようだ。しかし、わたしはじしんをもっている。自分について、全てについて君より強く、また、わたしのじんせいについて、来るべきあのしについて。そうだ、わたしにはこれだけしかない。しかし少なくとも、この真理が私を捉えていると同じだけ、私はこの真理をしっかり捉えている。私はかつてただしかったし、いまもただしい。いつも、わたしはただしいのだ。私はこのように生きたが、また別なふうにも生きられるだろう。

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2026年04月02日

Posted by ブクログ

 やっぱ難しい…。
 
 自分自身の感性に正直に、社会の規範や期待、共感という同調圧力に屈せず、「太陽のせい」で人を殺したと語る主人公ムルソー。
 
 人間の生への不条理に抗した、論理一貫性がない、などとされているが、社会の規範や期待に抗うという点で、実は社会の枠組みに囚われているのはムルソー自身では?これは自分の頭が悪いせいかな…頭のいい人、教えて。
 
 まあでもなんかわかるようでわからず、淡々と展開される雰囲気には何か惹かれるものがある。この点が古典的名作とされているの理由の1つかもしれない。

 おじいさんの愛犬は見つかったのかな…。

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2026年03月28日

Posted by ブクログ

手元にあったこと、犯罪小説を強化して読もうと思っていたこと(無論、犯罪事態に興味があるわけではなく、勉強の必要性があり……と言う背景)から読んだ。古典的名作であること以外は知らなかったが、思った以上に読みやすいというのが第一印象。

ムルソーは母親が死んだ翌日に女を抱き、「太陽がまぶしいから」という供述のもと人を殺す。これだけ読むと異常者に見えるのがこの本を読んでいる間の彼の行動は極度に異常なものではなく、一般的な人の思考様式のひとつ……と思えてしまう側面もあるのだ。

ただ、彼のなかには激しい欲求があり、それを抑えることのできない人間である、ということはひしひしと伝わっている。女に感じる性的衝動の激しさは、殺人への刹那的欲求をそのまま爆発させてしまう手早さにもつながっている。

作品自体は不条理ではない。ムルソーという人間のなかに生じる不条理が徹底的に描かれている作品である。読み手のなかに確固たる条理、道徳、倫理規範があると信じられたうえで紡がれた作品であると受け取った。

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2026年03月17日

Posted by ブクログ

ネタバレ

裏表紙のあらすじ全部がネタバレでショックだった。

この本は、第1部と第2部に分けられて構成されている訳だが、第1部の文章が読みづらくて頑張ってざっくりと理解しながら読んだ。
老人がショートカットを駆使して葬儀の列に追いつく逞しさが滑稽でお気に入り。
第2部では刑務所で主人公が生活に順応していくさまが淡々と描かれていて、罰をうけている風に感じさせなくてちょっとだけ独房で過ごしてみたくなった。

その後の裁判シーンの罪の基準が人間性に重きを起きすぎているように感じでいまいち入り込めなかった。

不条理さにもあまりピンとこず…
共感能力の薄い順応力の高い男の話?
あまりに全体にピンとこなかったので、また再読してチャレンジしたい。

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2026年04月17日

Posted by ブクログ

第二部を読み始めてすぐ、第一部は第二部のための前振りだったのだなと気づいた。これは、第一部だけでも十分、不条理小説として成立すると思う。そして普通は第一部で終わるところを、第二部を書いたところがこの小説の独自性だと思った。
うっすらと全てがどうでもよく、うっすらと絶望していて、けれどやろうと思えば仕事も人付き合いも異性関係もできてしまう主人公の、たまたまそうなった人生の一つの分岐を書いたものと感じた。

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2026年03月07日

Posted by ブクログ

ネタバレ

主人公は倫理的に欠落しているところがあり、それが結果的に彼を処刑台に送ることになる。彼は人と違うところを持つことで(異邦人であることで)この世界に居場所がなくなったことを最後に受け入れ、救いを拒否する。何ならそれが彼にとっての救いであると言わんばかりの最後。テーマは不条理であるとのことだが、同じくカミュのペストがそれに抗い、最後は克服しながらも常に不条理はそばにあるという終わり方をしたのと比べると対照的な終わり方。異質なものを排除しようとする社会と、不条理を受け入れることによる救いを描いた作品と解釈。

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2026年03月29日

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