あらすじ
母の死の翌日海水浴に行き、女と関係を結び、映画をみて笑いころげ、友人の女出入りに関係して人を殺害し、動機について「太陽のせい」と答える。判決は死刑であったが、自分は幸福であると確信し、処刑の日に大勢の見物人が憎悪の叫びをあげて迎えてくれることだけを望む。通常の論理的な一貫性が失われている男ムルソーを主人公に、理性や人間性の不合理を追求したカミュの代表作。(解説・白井浩司)
...続きを読む感情タグBEST3
Posted by ブクログ
1. 象徴的なキーワード:「理由のなさ」と「界隈」
• 「理由がない」ことの衝撃: 世の中や裁判所は「原因と結果」のロジックを求めるが、ムルソーの行動にはそれがない。殺人の動機さえ「太陽のせい」という身体的感覚のみ。この「理由のなさ」こそが、世界の不条理そのものを象徴している。
• 「界隈」というノリへの違和感: 養老院、裁判所、あるいは友人たちのコミュニティ。それぞれの「界隈」が持つ独自のルールや正解に馴染めないムルソーの浮遊感は、現代社会における孤独やシステムへの違和感と重なる。
2. 死生観:希望を捨てた先にある確信
• 司祭との対峙: 「希望を持たず、完全に死ぬと考えて生きているのか」という問いに対し、震えることなく「そうです」と答えるムルソー。不確かな「救い」という仮説を排除し、死という「絶対的な確定値」だけを直視する潔さが、理系的な誠実さとして響く。
• 極限状態の等価性: 死というリミット(極限)の前では、どのような生き方(変数)を選んでも、最終的な解は同じであるというニヒリズムに近い境地。
3. 言葉への誠実さ:愛と意味の剥離
• マリイへの回答: 「愛しているか」という問いに「たぶん愛していない」「それは何の意味もないことだ」と答える。言葉を感情の装飾として使わず、事実を記述する「記号」としてのみ扱う。
• 意味の拒絶: 世間が「愛」や「悲しみ」というラベルを貼って安心しようとする中で、ムルソーだけはラベルのない「生のデータ(感覚)」をそのまま生きようとした。
4. 脇役たちが照らす「人間らしさ」
• サラマノ老人と犬: 罵り合いながらも犬を失って泣き崩れる老人の姿は、執着の中に生きる一般的な人間像を象徴している。母の死に泣かなかったムルソーとの対比によって、「人間らしさの定義」が揺さぶられる。
5. 結論:最後の叫びと世界の受容
• 最後の爆発: 物語終盤の激しい叫びは、自分の「無意味な人生」を他者に否定させないための尊厳の表明。
• 優しい無関心: すべてを吐き出した後に訪れる、世界との和解。世界が自分に無関心である(意味を押し付けてこない)からこそ、自分は自由であり、幸福であるという逆説的な結末。
Posted by ブクログ
ムルソーにかなり深く共感できた。全てを読み取れた気はしないので私の一方的な考えだが、自分の人生が感情に深く入ってこない感覚。
例えばムルソーは母の葬式で母の顔を見ようともしなかったが、死なない方が良かったと述べている。
周りのあれこれはこの小説の本質ではないと思う。ムルソー自身も彼の人生に対し執着していなかったし、むしろ彼にとって人生はただそこにあるものでしかなかったから。
しかし最後にムルソーが自分が正しいと確信し、弁護士や牧師に対し考えを誤魔化さなかった姿勢から、彼の自分自身への忠実さを感じた。
Posted by ブクログ
読み出してすぐに不安定さを感じる。それは別に冒頭でママンが亡くなったことから話が始まるからではなく、その周辺を淡々と描写していくムルソーの一人称がそう思わせたんだと思う。判決まではどこか他人事のような一人称だけれど、判決後はある種の興奮状態のように思考が鋭くなっていく。判決がでるまで、愛するママンが亡くなったことを受け入れられず、ずっと彷徨っていたのかもしれない。
ムルソーの人間性は、証人尋問が終わったあとに彼が捉えた街の様子にあるんじゃないかなと思って思わず涙が出てしまった。
ママンのこともマリイのことも絶対大好きだったよね。言葉で表現されなくても伝わってきたよ。愛する表現が一般的な人と違うだけなんじゃないか。それをも込みの『異邦人』なのかな。
また読みたい。
Posted by ブクログ
素晴らしかった。
最初の方は何も事件も起こらずつまらなかったけれど。
母親の葬儀で涙を流さない人間は、すべてこの社会で死刑を宣告される恐れがある、という意味は、お芝居をしないと、彼が暮らす社会では、異邦人として扱われるほかはないということである。
解説より。
主人公は、こんな世界でも嘘をつかずに生きた。
その結果、死刑判決を下された。
私はどう生きたらいいんだろうと考えさせられた。
嘘をうまくつく人たちが普通の人で、嘘をつかないASD の人が宇宙人と呼ばれるのにも似ているなとか思った。
Posted by ブクログ
アルジェリアの太陽と海の描写が美しかったです。
ムルソー氏の思想も、最後の司祭の思想も、あるいは検事や陪審員の思想も、それぞれの実存により形成されたものなので、本来的には、宇宙的に見れば優劣はない。
あくまで、私の価値観から見れば、ムルソー氏には、太陽や海を愛し、友や彼女、隣人を、そしてママンのことも大事していたように思えるし、誠実な面も多いにあった。だから、殺人は犯して欲しくなかったし、犯すべきでなかった。しかし、彼にはそうしてしまうような危うさが常に付き纏っていたように感じた。それは虚無感や気怠さであり、希望の欠如でもあると思う。
作中の最後に彼が見た希望は、出来れば、私的には、別の形での希望として、見出して欲しかった。
Posted by ブクログ
深い小説だ。そして人間存在に対する深い救済の小説だ。
そう思った。
アルベール・カミュ『異邦人』を読んだ。よく読後の感想で語られるように、確かに不条理といえばまことに不条理な話である。アラブ人殺しの罪ではなく、ママンが亡くなった時に涙ひとつ見せなかったことを理由に有罪、しかも死刑を宣告される主人公。死刑執行の方法は公衆の面前での斬首刑。被告人の主張はろくに聞き入れられず、国家によって罪を一方的に作られ、彼はただただ執行の日を待っている。
不条理といえば、殺人の動機を「太陽のせいだ」と主人公が主張するのもまた、不条理なのかもしれない。誰かを恨んでいるとか、仕返しをするとか、そうした明確な殺意とは遠く離れた動機だから。しかし最後まで読み切った時、「太陽のせい」としか言い得ないムルソーの心境はいくらか分かったような気がした。朝から夕方まで海辺でギラギラと照りつける、どこに隠れても照りつけてくる、その逃れられない太陽から逃れるために思わず引き金を引いたとすれば。
彼はとにかく逃れたかったのだろう。
ギラギラの太陽から。そう、逃れられない息苦しい社会から。
ママンのいた養老院しかり、理不尽な裁判体しかり、兄弟だと言って馴れ馴れしく言い寄ってきて抱擁まで求めてくる見知らぬ司祭しかり、彼を幾重にも取り巻く社会の襞からムルソーは逃れたかったのだろう。文庫版の末尾の解説に「母親の葬儀で涙を流さない人間は、すべてこの社会で死刑を宣告されるおそれがある、という意味は、お芝居をしないと、彼が暮らす社会では、異邦人として扱われるよりほかはないということである」というカミュ自身の言葉が紹介されているが、都合の悪い真実はあえて見ず、道化のように芝居をしながら表層的に取り繕って動いているバカバカしい社会から、ムルソーは逃れたかったのではなかったかということである(この意味ではムルソーは覚者である。覚者であるがゆえに、彼は虚無的である)。
この作品が描かれたのは1940年という。第二次世界大戦の真っ只中であり、フランスの隣ではドイツのヒトラー、イタリアのムッソリーニが台頭し、混迷極まってゆく息苦しい世界情勢がこの作品の背後にはあるのだろうと思う。
だが、もう少し敷衍して考えてみると、この小説は80年前の歴史物語ではなく、まったく現代性を帯びていることに驚かされる。
忖度。マスコミによる強引な世論形成。本質を見ない雰囲気だけの投票行動。人気選挙。捜査機関による犯罪創作。事実隠し。
今私たちのこの社会には、薄黒く不穏でバカバカしい風が轟々と音を立てて吹いているが、この作品を読むと、この風は少なくともカミュの頃から(あるいはもっと以前から)ずっと吹いていたと知らされる。
さて、冒頭で私は、これは救済の小説だと書いた。
本作品末尾の「すべてが終わって」の部分が、解説が言うようにヨハネ福音書の「わがことすべて終わりぬ」に通じ、磔刑にかけられたイエス・キリストに繋がるのかどうか私にはわからない。しかし、訳のわからない理由で有罪を被せられ死刑宣告をされ、鬱々とした気持ちで執行の日を待つムルソーと同じく、鬱々とした気持ちで読み進めてきた私にとっては、ここへ来て一つの光明を見た気がした。カミュは(ムルソーも)人間という存在を深く信頼していたことを知ったからである。
L’Étranger。異邦人。
それは、マジョリティがマイノリティに対して使う言葉としてではなく、社会の真実を見、真理を見る者という意味で、人間存在に対するカミュの、限りない信頼の表現であった。
Posted by ブクログ
私を含め多くの人は、自分と違う感覚を持つ人を怖いと認識する。お母さんが死んだら涙を流すものだし、結婚は好きな人とするもの。終盤まで、ムルソーの心情が描かれず、淡々とした描写が続くが、最後の最後に本音を聞くことができて、どこか安心した自分がいた。最後のページ、もっと理解したい
Posted by ブクログ
4.5/5.0
ひたすらムルソーの内省が描かれている小説なのに、全くムルソーの「心」が見えない。
ハードボイルドで、ある種ロボットのような主人公は、何を思い、人を殺し、その理由を「太陽のせい」だと答えたのか。
ただ、この上手く言えない、自分でもよく分からない感じが凄く人間の本質を突いているように感じた。
そして、翻訳の文体がめちゃくちゃかっこいい。(なるほど、中村文則さんの文章は完全にここがルーツだったのか!)
Posted by ブクログ
読後感はあるが、釈然としない。表現は好きだが、何が言いたかったのかうまく掴めなかった。しかし文章からとんでもないパワーを感じた。
主人公が母を養老院に入れ、年齢を知らず、死に際し涙を流さなかったがために、不本意な殺人事件で死刑になってしまう裁判の不公平性と死刑の確実性を痛烈に批判していることは分かったが、なぜ殺害理由を太陽のせいにし、多くの人に憎悪を持って見送られたいと思ったのかその本意を掴み取ることができなかった。もう一回ゆっくり読みましょう
1日経って2回目読んだ。
やはり終盤のムルソーの言葉のパワーは凄まじい。検事の身勝手な推測で理不尽に死刑にされ、人の生に対して何かを悟り、一貫して自分のことを達観して主体性を持っていなかった主人公が感情を爆発させる。しかし、太陽は何のメタファーだったのだろう、なぜ何人もママンのことを泣く権利はないのだろう、なぜ、残された望みは処刑の日に大勢の見物人が集まり、憎悪の叫びをあげて欲しいのだろう。
なんとなくは分かるが、はっきりとは掴めない。うーんもどかしい。解説読みます。
解説なるほどすぎる。内田樹先生が古典は曖昧なところが多いと「先生はえらい」にて語っていたが、カミュもその定義でいくと間違いなく古典。研究者の解説を読んでもまだ突っ込めそうなところがある。面白い。
Posted by ブクログ
人間誰しもが主人公のような所があるんじゃ無いかな。
倫理、ルール、道徳、宗教、空気感で役割を無意識に演じてるけどピュアな人間って主人公みたいな思考をするのでは無いかな。そのせいで見えてるものが見えなくなってる気がする。
彼女に愛してるかって聞かれて愛してないと思うと答えるシーンがすごく印象的だった。自分の感情に嘘偽りが無いんだなぁと。自分だったら反射で愛してるって答えちゃうなぁ笑
Posted by ブクログ
めっちゃすきだった。うむむ。こーゆーことってあるよね
すべての行動に意味があるわけじゃないんだよね
言う必要ないことは言わない、これは人らしくないけど人らしいんだよな
Posted by ブクログ
結構よかった
太陽が常に眩しいような日常が穏やかでいい。
死を前にして「ありとある親しい物音を味わう」
自分目に見えるものをもっと大事にしたい
23歳で「世界をのぞむ家」に住む
Posted by ブクログ
主人公ムルソーは自分の母親の死についても無関心
母親の年齢すら知らず、ガールフレンドとの結婚についても「どうでもいい」と言う
友人から言われるがままに行動したり、全く主体性がない。
彼はこの世界からの異邦人であり、虚無的でその自覚すらない。
ある日浜辺でアラビア人を撃ち殺し、裁判にかけられる
その法廷を持って初めて世界からの疎外感が芽生えるのである。
そして下された判決は死刑
なんとも皮肉だが「死の到来」をもって初めて「生」を実感し、
またこの世界との繋がりを感じ始めたのである。
前半部は淡々と綴られる情景描写が多いが、非常にシネマティックなシーンがある。
ガールフレンドに取り残され、朝を迎えたシーン「ベッドに彼女の髪の毛が残した塩の香りを求めた」 がとても美しい。
Posted by ブクログ
不条理=世間が道理としている論理が通らない
と言う意味で使われるので、ここでは
世の中の道理としている人間らしさがムルソーに通じない、という意味に見える。
が、そこではなくてこの本の不条理とはちょっと違う意味で、
世の中の当たり前とか道理とされてるものが、そもそもそんなに意味を求めても仕方ない=不条理
と言うふうに捉えた方がいいと思った。
そう解釈すると、ムルソーに問われる
なんで悲しまない?なんで殺した?そんなような問いに人間らしい答えが出てこないのは
そもそも別におかしいことじゃない
意味を求めること自体が無意味
というメッセージに捉えられるのかな
と思った。
まぁただあんな男を生かしておいたら人間社会がある意味壊れると言うふうにも捉えられるからそこは別問題なのかもしれないけど。
Posted by ブクログ
裏表紙に書いてあるあらすじでネタバレを喰らった。
しかし、あらすじを読んだ時と物語を読み終わった時とでは、主人公の印象がだいぶ変わった。最初にあらすじを読んで良かったと思った。あえてネタバレしているのかもしれない。
あらすじだけ読むと、主人公がすごく冷酷な人間に思えるが、本編を読むと彼が嘘をつかないまっすぐな人間だとわかる。彼の自分に対しても他人に対しても嘘をつかないところを少し見習いたい。
Posted by ブクログ
当たり前を演じることを強要する社会に対する不条理を訴える作品。
ムルソーは多分、自分を生き続けたのだろう。求められる行動や信仰をせず、その様子は周りからすれば異邦人だったのかもしれない。ただ、皆が死刑囚、死を待つ定めの中で、自分を生きることがどれだけ大切でどれだけ難しいか。そんなことを考えさせられる作品であった。ムルソーの思想とカミュの思想は近しいのだろうが、自分には、それらを言語化する能力がないことが悔やまれる。
Posted by ブクログ
当初、本作で書かれる不条理は、ムルソーの性格を指しているのだと思っていた。ムルソーの日常のシーンでも所々垣間見える異常さ。そこを取って不条理を描いたのだと。
たが、不条理なのは社会の方であった。
当たり前の人間性を当たり前のように強要し、異端を認めず、理解できないものは排除する。
ムルソーの言動が自分たちの尺度では理解できないから死刑にする。不条理は異常な主人公てはなく、それを取り巻く社会を構成する人々だ。そして、読者である私自身もその社会を構成する一員であることに気づかされる。
解説ではカミュ自身の言葉が引用されておりその中で「お芝居をしないと彼が暮らす社会では異邦人と見なされる。ムルソーは嘘を拒否し、演技をしなかった。嘘を付くとは、無いことを言うだけでなく、あること以上のことを言ったり、感じること以上のことを言ったりすることだ。我々は生活を混乱させないために毎日嘘を付く。」ということが書いてあった。
私自身も日々嘘をついているの側の人間だ。ムルソーの言動こそ嘘のない魂の表出であるというのなら、私の言動は嘘ばかりで、感じること以上のことを平気で言ったりしているのではないか、本当の自分とは何なのかを考えさせられる。
Posted by ブクログ
薄い本のわりに読むのに時間がかかってしまった。一文一文が短く区切られていて読みやすい印象を受けた。特にムルソーがアラビア人を殺すシーンでは、短い文と、人を殺すときの、思考が高速回転するようなリズムがマッチしていてよかった。しかし、発言にかぎかっこがあったりなかったり、自分にとって難解な思想が語られていたりと、同じところを読み直すのが多かった。
自分は、ムルソーないしはカミュの思想に関して以下のように考える。彼は、いずれ訪れる「死」の立場から見れば、それまでの人生で何を信じ、どんな行動をするのかは、すべて同じ価値である、という風に考えていると思った。だから能動的に選択することは無意味であり、人生とは、たったひとつの「死」という宿命から立ち上ってくる暗い息吹の道筋をたどることである。
たしかにこの考え方だと、「幸せになるためには正解の選択肢をとらなければならない」という自分と周りからのプレッシャーからの解放を感じることができるし、そういう意味で、「世界の優しい無関心」というフレーズはとてもしっくりきた。
Posted by ブクログ
母親の死に反応悪かっただけで、裁判で不利な印象に持ち込まれる空気、小説の中の表現かもしれないけど、ありそうな話だし、心の中の閉塞感が自分もわからなくはないので、憂鬱に感する共感が残った。
難しいこと考えてるうちにもう疲れたぁってなる心象描写がめっちゃわかるなと思った。
Posted by ブクログ
冒頭「今日、ママンが死んだ。」が有名すぎて、逆に読んだ気になっていた一冊。実家のトイレに置いてあり、薄いので読もうとしてみたことは何度もあるが、当時はいい歳をしてクールぶった男の「ママン」呼びにウケてしまって、まったく先に進めなかったのを覚えている。
まさに「異邦人」と呼ばれてしかるべき特異性を持った主人公と、そのまわりの人々との生活が描かれており、よほど冷めた性格の人間でなければ「新鮮である」と感じられるだろうし、私としてもとても面白かったのだが、エンタメとして見たときに、主人公が恋に落ちたり、会話をしたり、人を殺したりと盛り上がる場面で、さあここから盛り上がりのテッペンへ行くぞ!とこちらがワクワク思うと、その度に主人公は「まあ、いいか」とひとりで落ち着いてしまうのが、特色でもありひっかかりでもあった。そんな、冷めてしまう主人公が変わっててオモシロい!と思える人もいれば、盛り上がりに欠けて萎える、と思う人もいるだろう。
後半につれて主人公の死刑も決まり、冷きった人間が、生命共通の恐怖である【死】に立ち向かう際の、たとえば突然の絶望や発狂を期待したものの、主人公は結局、内々で感情を飲み込み、解決し、理屈をつけてスンッ……としてしまった。私が死刑執行人であれば、なんと殺しがいのない!と死ぬまで酒場で嘆いたことだろう。
Posted by ブクログ
主人公は倫理的に欠落しているところがあり、それが結果的に彼を無実の罪で処刑台に送ることになる。彼は人と違うところを持つことで(異邦人であることで)この世界に居場所がなくなったことを最後に受け入れ、救いを拒否する。何ならそれが彼にとっての救いであると言わんばかりの最後。テーマは不条理であるとのことだが、同じくカミュのペストがそれに抗い、最後は克服しながらも常に不条理はそばにあるという終わり方をしたのと比べると対照的な終わり方。異質なものを排除しようとする社会と、不条理を受け入れることによる救いを描いた作品と解釈。
Posted by ブクログ
『今日、ママンが死んだ』『太陽が眩しかったから』などのフレーズが有名な作品。不条理文学の一つとして、人々に理解されない主人公の内面も含めて魅力的。しかし、難解かつ人によっては釈然としない内容である。
解説・再読が必要かもしれない。
Posted by ブクログ
久々にこういう名著読んだ
初カミュ。1942年の本。難しかった
個人的には、独特な思考回路を持つ人間の一生の物語だと感じた。世間からみたら異質だけど彼本人からしたら極めて当たり前。そんな人間も、結局は普通の人間と同じように生きて死ぬ。『人間が生まれながらにして無意味で無償はゴールではなく、出発点なのだ』
こういうタイプの本だと別はカフカの変身のみ履修してるんだけど、
カフカにとって宇宙はしるしに満ちているが、カミュの見方は地上的である。
という解説の一文がとても分かりやすかった
ペストも読んでみたいと思う!
Posted by ブクログ
難しかったです。何が描かれているのかはわかりましたが、なぜ、そうなるのかわからないところが多々ありました。
なぜ、主人公が殺人を犯したのか、主人公が母親が亡くなった時に涙を見せなかったことが非道と捉えられるのか、時代背景や国の違いもあるのかもしれませんが、自然に受け止めることができません。
Posted by ブクログ
感情が読めない男の、感情にフォーカスしない物語。
不条理に抗うでもなく、解釈し、受け入れていく姿はカミュ自身を表現しているのだろうか。
ところでタイトルは「異邦人」だが、これはどう言う意味だろう
Posted by ブクログ
カミュは1957年当時史上2番目の若さでノーベル文学賞を受賞したフランスの作家。本書『異邦人』はサルトルの『嘔吐』とともにフランス小説史上の傑作である。そんな世界的名著をたまたま家の本棚で見つけたので読んでみた。
第一章は小説のストーリーとして面白くも可笑しくもない...それが第二章になるとがぜん読むスピードが上がる。人殺しをしたのは太陽のせい、斬首刑が言い渡されれ司祭に向かって、いま死のうが100年後に死のうがどこに違いがあるのかなどなど...この辺りがカミュが実在主義と言われた所以なのかな。
Posted by ブクログ
自分の実力不足で半分も魅力を理解できなかったが、犯罪の重さが常識的感覚の有無に左右されるという不条理を描いているのだろうか。
自分を貫くというか取り繕わない姿勢や、普段の主人公の感覚に違和感を覚えるなど、多様な感覚、価値観が得られるように思った。
村田沙耶香さんの本を読んだ時の感覚に似ている。
Posted by ブクログ
「きょう、ママンが死んだ」という有名な冒頭から始まる本作。主人公は友人のトラブルに巻き込まれて人を殺し、その動機を「太陽のせい」と答える。母を悼むこともなく、理解不能な態度のせいで死刑判決を受けてしまう。
彼は社会的な「心の証明」や「物語化」に価値を置かず、ただ事実を受け入れる。
母の死を悼まなくても、生前に交わした時間は揺るがない。殺人の動機が太陽であろうと憎しみであろうと、起きた事実に変わりはない。しかし、その答弁が冷徹で心が欠落した人物に映り、話の通じない異邦人のように見えてしまう。
その思想が鮮やかに露わになるのが、ラスト近くの司祭との対峙。
司祭に「心が盲いているから生を諦めている」と憐れまれたムルソーが激しく怒りをあらわにし、逆に死んでいるように生きているのはお前だと、断じてからの怒涛の叫びのシーンが素晴らしかったです。
自分には死しか残されていない。だから生きていられる。いつだって私は正しかったし、誰もが処刑されるのだ。という事を滔々とまくしたてるシーンで初めて、ムルソーという人物を少し理解できたように感じました。
本作は同じ言葉を話しながらも、根底にある価値観がまるで異なる人間同士は、互いに理解不能な「異邦人」たり得ることを描いています。そしてその断絶が、時に社会からの排除や不条理へと繋がっていく。読み手に、普遍的で根源的な問いを突きつける一冊でした。
Posted by ブクログ
主人公ムルソーは、現実世界に幸せを見出せていない(出来ない)人間のようです。宗教を信じておらず、無関心な感情が浮き彫りになっていますが、亡くなったママンに対する気持ちの複雑さが不条理を引き立てています。
本人はなかなか難しい性格の人物。けど、愛しているから結婚しようと言ってくれる女性もいるのに何故?
登場人物の全員があまり賢くはありません。事の成り行きを深く考えず、行動を起こしています。
それでも、人間らしい感情に魅力を感じるのはフランス文学ならではかもしれません。