【感想・ネタバレ】異邦人(新潮文庫)のレビュー

あらすじ

母の死の翌日海水浴に行き、女と関係を結び、映画をみて笑いころげ、友人の女出入りに関係して人を殺害し、動機について「太陽のせい」と答える。判決は死刑であったが、自分は幸福であると確信し、処刑の日に大勢の見物人が憎悪の叫びをあげて迎えてくれることだけを望む。通常の論理的な一貫性が失われている男ムルソーを主人公に、理性や人間性の不合理を追求したカミュの代表作。(解説・白井浩司)

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Posted by ブクログ

ネタバレ

 何度か読んだことがある作品だけど、シーシュポスの神話を読んで改めて異邦人を読み直した。シーシュポスが繰り返し岩を持ち上げるように不条理を生きるという姿がここではどのように描かれているのかという視点を持って。

 主人公ムルソーは太陽、自然、夕暮れ、女、世界の色々な物事の美しさを感じ取る能力はある。しかし物事へのこだわりは極度に薄い。ほとんど全てのものが彼にとってはどうでも良いことだ。母の死すら彼の心に大きな感動を与えることはない。その感情の薄さや、「太陽のせい」で人を殺す論理の通らなさは、字義的には「不条理」という言葉に沿った人物のようにも見える。しかしカミュのいう不条理は単なる意味の通らなさではない。カミュのいう不条理は「世界は何の答えも返さず沈黙を守り続けることをわかっていながら、それでも世界に対して意味を求め続けて明晰な意識を保って生きていく人間と世界の間の摩擦」、のことだ。

 しかし物語前半のムルソーは、そのような不条理を明晰に生きる人間には見えない。彼は感情を外に表すことはなく、物事に強いこだわりを持つこともなく、事務所で日々を過ごすある意味一般的な社会人だ。感情や「社会常識」が欠落しすぎているところはあるが、取り立てて他の人々と見分けがつくわけでもない。宗教的なところも一切ない。内面では、感覚的に得られるもの以外にこの世の人生に対してこだわりがなく、思うままに、あるいは感覚にコントロールされるまま行動する。カミュの称賛するアルジェリアの太陽、海、夕べ、友人、女、感覚を満たすものに、意味を求めるのではなく身を委ねる人物だ。

 だから彼の殺人にも、明晰な思想や意味づけは存在しない。そこには太陽の熱、光、不快感、疲労といった感覚の積み重なりがあるだけだ。ムルソーは意味を求めた結果として人を撃つのではない。意味に至る前の感覚の世界に押し流されるようにして、一人の人間に必要のない五発の弾丸を打ち込む。

 しかしムルソーは、死刑によって自分の死を明確に意識した後に変わる。彼の思考は雲が晴れたように急激に明晰になる。死刑制度とは、死刑を執行される側までもが、それに協力してうまく進むよう振る舞わなければならない滑稽な仕組みであることを見抜く。シベリアでのドストエフスキーのように死刑直前に赦免される可能性への期待も理解しているが、それに縋ろうとはしない。死刑によって命が奪われることも、普通に生を全うすることも、究極的には同じ死へ向かっているという事実を受け入れていく。この死への向き合い方は、明晰な意識を持った不条理な人間の態度だろう。

 司祭との対決の中で、ムルソーはさらに自分の立場をはっきりさせる。彼は神のような、実態のない許しを与えてくれるかもしれない存在には「関心がない」。司祭の「人は皆いずれ死ぬ」という言葉も、彼にとってはすでにわかっていることだ。彼は、死へ向かう確実な道筋に、幻想のような意味を与える「神」という同伴者を求めない。人は誰もが生を経験する存在であり、同時に死へ向かう有限な存在である。そのことを受け入れた時、ムルソーは初めてカミュのいう不条理な人間に近づいていく。

 シーシュポスの神話で描かれていた不条理とは、沈黙する世界に対して意味を求め続けながら、それでも生き続けることだった。そしてその出発点には、必ず死の認識がある。死は誰からも平等に生の意味を剥ぎ取ってしまう。しかしムルソーは死刑宣告によって死を見つめたことで、この世界で生きる時間には、神のような他者に評価されるような「意味」はなくても、それを経験する自分が感じ取ることのできる「価値」はあることを知る。だからこそ最後の瞬間まで生から得られる経験を汲み切ろうとする。

 最後にムルソーが感じる「世界の優しい無関心」と、処刑の日に観衆の熱狂を求める心は、不条理を生きる人間の姿そのものだ。死と世界の無意味を明晰に受け入れながら、それでも最後の瞬間まで生の激しさを求めようとするその姿は、シーシュポスに重なって見える。

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2026年05月17日

Posted by ブクログ

ネタバレ

僕は言葉の上では絶望したがりなので浅はかにもカフカが好きなんだと思っていたけれど、もしかするとカミュのほうがよっぽど性に合っているのかもしれない。"どうしてこんな悲しいことが起きているのに自分は泣けないのだろうか"と考えた夜があったけれど、あの日の僕が少しだけ慰められた気がした。言葉にすることは、自分を取捨選択するというよりも、自分を言葉のとおりにすることなのかもしれない。だからこそ、ムルソーの極度な誠実主義は彼に黙ることを最善とさせたのだろう。

僕は極度に自己を中心とした世界に生きている。そのおかげか、所謂倫理観というものを人並みほどは持ち合わせていないらしく(友人に指摘されて気が付いた)、世間とチューニングがズレやすい。自分としては楽しく生きているつもりだが、ラクそうに生きているように見えるのだろう。知らぬ間に反感を買っていることが多い。どうせならいっそ僕のことも強い感情を以って殺してくれればいいのに!君たちの世界に僕を閉じ込めてくれ!Innocent World。

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2026年04月04日

Posted by ブクログ

ネタバレ

 人は行為ではなく、「社会にとって理解できるか」で裁かれるのではないか。
 ムルソーが問題視されたのは殺人そのものよりも、母の死への無感情や神を信じない態度であった。このことに強い違和感を覚えた。
 太陽や光によってムルソーの内面を外の世界で可視化しているようで好きな表現だった。

 最終的にムルソーは「意味のない世界」を受け入れるが、それは絶望ではなく、他者の価値に依存しない在り方の選択であるのか。

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2026年05月03日

Posted by ブクログ

ネタバレ

実存主義を調べていたところ、アルベール・カミュの「異邦人」が出てきたため読んでみた。
この世界に意味などなく、だから自分で生きる意味を切り開いていける。
この主人公は嘘をつくのを嫌っていた。母が死んだ翌日に笑い転げて、人を殺した理由を太陽のせいと言う。裁判の時も嘘をつかなかった。最後は処刑されて幸せだと言った。嘘をつかないことが幸せだったのかはわからない。
不条理に抗っている。死を悲しみ、人を愛しているかと聞かれて「愛している」とは言わない。演技をしない主人公だ。
どれだけ私という生が無意味かを自覚さねばいけないと思った。私は不自由であると自覚するところから自由は始まるのではないかと。

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2026年04月05日

Posted by ブクログ

ネタバレ

背表紙に書いてある概要がそのままこの小説の起承転結。
母の死、殺害、処刑。

この主人公に私は共感できない。できないけれど、でも、ムルソーが自然から受け取る感動は美しい。太陽と海と光から彼が紡ぐ言葉や感情は代え難い。感受性が豊かで、それを羨ましくさえ思う。
手を伸ばし愛を求めたら、ぴしゃりと拒否されてしまうとしても。

異邦人は、
人間の複雑性を描いている作品なのかと思った。
もしくはサイコパスと私たちの距離を。
でもそうではなく、なぜか読後、
感じてしまうのは、
社会側の、秩序側の、複雑性、寛容性のなさだった。

道徳とは?という問いよりも
人間とは?という問いに帰結する。

読み終えて、ああ面白かったと、言えるようになるまで、少し時間がかかった。
でも、ああ面白かったな。

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2026年06月10日

Posted by ブクログ

ネタバレ

ザ・現実主義みたいな。
真実はいい!事実はこう!みたいな。
え、サイコパス?
何で4発後で発砲したんやろ…
何が面白かったって、最後の年譜が面白かった。

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2026年06月10日

Posted by ブクログ

ネタバレ

裏表紙のあらすじ全部がネタバレでショックだった。

この本は、第1部と第2部に分けられて構成されている訳だが、第1部の文章が読みづらくて頑張ってざっくりと理解しながら読んだ。
老人がショートカットを駆使して葬儀の列に追いつく逞しさが滑稽でお気に入り。
第2部では刑務所で主人公が生活に順応していくさまが淡々と描かれていて、罰をうけている風に感じさせなくてちょっとだけ独房で過ごしてみたくなった。

その後の裁判シーンの罪の基準が人間性に重きを起きすぎているように感じでいまいち入り込めなかった。

不条理さにもあまりピンとこず…
共感能力の薄い順応力の高い男の話?
あまりに全体にピンとこなかったので、また再読してチャレンジしたい。

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2026年04月17日

Posted by ブクログ

ネタバレ

主人公は倫理的に欠落しているところがあり、それが結果的に彼を処刑台に送ることになる。彼は人と違うところを持つことで(異邦人であることで)この世界に居場所がなくなったことを最後に受け入れ、救いを拒否する。何ならそれが彼にとっての救いであると言わんばかりの最後。テーマは不条理であるとのことだが、同じくカミュのペストがそれに抗い、最後は克服しながらも常に不条理はそばにあるという終わり方をしたのと比べると対照的な終わり方。異質なものを排除しようとする社会と、不条理を受け入れることによる救いを描いた作品と解釈。

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2026年03月29日

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