齋藤慎子のレビュー一覧
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ネタバレトレバーノアの生まれる前から20歳ぐらいまでが描かれている。私が過ごしてきた日常や当たり前とは何もかもが違い、驚いたり、悲しくなったり、感情がジェットコースターだった。唯一あるあるってなったのはクラスの子に片想いする話。
読んだきっかけ
友だちのインスタを見て。
お母さんの逞しさ
この本の根底にはずっとこれがあったと思う。イエス様に言及するたくさんのシーンを読んでいくうちに、信仰深いってそれだけ自分の力で一生懸命生きている証拠なのかなと思った。自分でできる限りのことはしている、でもうまくいかないから、神様に祈るしかない。実際お母さんの周りには、家族も警察も頼りになる人が全然いなかった。私は -
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メランコリーで生きる
ふむふむ。そうなのかも。
メランコリーな感じが外に出ていると、いろんな場面で、負の印象を持たれガチだけれど、
この本は、メランコリーな生き方は悪くないんだと勇気づけてくれる。
特に印象に残った箇所は↓
「メランコリーな人は、・・・この世界がほとんどの場合、恐ろしくてどうしようもないほど残酷なのを知っている。心をしめるさまざまな苦しみがまだ当分続くことを知っている。それでもなお、絶望してしまわないよう必死にがんばっている。・・・心身が弱っている時は、メランコリーな状態が結局は唯一理にかなっている。苦しみに対する最前の心構え、そして、希望や楽しさを残している何かへと疲弊した心 -
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MBTI診断で一度でも内向的と診断された人、特にINFJの人は絶対読んだ方がいい。
自分のことが書かれていると思うだろう。
良い人のように見られがちだけど心の中じゃ案外毒づいてる、そんな自分の性格をずっとやだなと思ってたけど、それを「メランコリーな人」としてひとつの人生のありかたとして肯定くれる本だった。
ひとつひとつ章ごとに短く区切ってあるし、絵とか写真の資料もカラーでたくさん載ってるから読みやすい。文章もなかなかズバッと切ってくれるから読んでて気持ちいい。訳者さんが面白いのかな?
原題:varieties of melancholy(様々なメランコリー)を「メランコリーで生きてみる」っ -
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期待して手にした本で、期待以上でした。これまで自分のことをメランコリーだとは認識していなかったけれど、まさにメランコリーでした、私。私が見えていないだけで、みんなメランコリーな一面があって、だけどもそれを隠しているのかもなぁと思いました。気づかずにメランコリーを隠している、見ないようにしている、ということもあり得るなぁなんて思いながら読みました。邦訳のタイトル、秀逸かも。少なくとも私はタイトルに惹かれて手にしました。
意外に日本に関連するところが出てくるのも、読みやすさ、とっつきやすさに弾みをつけました。メランコリー、今の時代に必要かも。右肩上がり、成長志向、ポジティブ全開な時代は過去のもので -
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チームリーダーとして、今よりもより良いチームにするためのヒントを得たいと思い、手に取る。
「儀式」というと、宗教的な意味合いも感じるが、本書で定義されているのは、「個人または集団が、毎回同じような形式や台本に従って繰り返し行う行為であり、象徴的な意味や意図が込められている」となっている。
また、本書の儀式は、「職場文化(ワークカルチャー)を意図的に創造する手助けになる」となっており、チームにどのような文化を根付かせるかを具体的に考えるためのヒントを得ることができた。
本書には、儀式を効果別に下記5つのカテゴリに分け、全50種の儀式が書かれている。
・クリエイティビティやイノベーションを引き出す -
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2019年にSlate誌「この四半世紀の最も優れたノンフィクション50作」に選ばれた作品。初出は1997年で、15年後の改訂版を日本語訳したもの。
長距離フライトの往復で読み切った。初めて飛行機の中の時間が速く過ぎたと感じた。
モン族という現在のラオスやタイ、ベトナムの山岳地帯を起点とする家族と、その家族の一人である「患者」を診る米国の医療者たちの関係が中心に描かれる。読み終わった後には、立場の違いなく、様々な登場人物に畏敬の念を抱いた。
モン族の生活や背景、歴史事情、医療行為など、高度で入り組んだ理解が必要なテーマがいくつも折り重なっているのに、ほとんどの前知識を必要とせずにこの本を読む -
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ツイッターでバズっていた動画で著者を知りました。著者が、男性が弱さを語ったり表明したりできる様になる事の大切さや、有害な男性性について話す内容でしたが、聡明な人だなと興味が出ました。
著者は現在アメリカで番組の司会者をやってたりする売れっ子ですが、この本は彼が生まれ育ったアパルトヘイトの影響下での南アフリカでの体験や、進歩的な価値観で彼を育てた信心深いお母さんとのエピソードが語られています。アパルトヘイト政策については学校でも習ったけれども、私は全然「知らなかった」と痛感しました。実体験として語られるアパルトヘイト政策の卑劣さに衝撃を受けます。
映画化が決まってるそうですが、文章で読んだだ -
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ネタバレ怒涛の人生に衝撃。
南アフリカはW杯のイメージくらいしかなかったから、1984年生まれでそういう状況だったというのが衝撃だったし、色々なことが感覚が違いすぎて驚きっぱなし。
アフリカを語るのを見ることはあっても、アフリカの人の話をここまで詳しく聞くことはほぼないし、混血ながら現地にい続けたという特殊な状況はより稀少。
元々彼に好意を感じていたけど、この先、彼の見え方がまた変わってきそう。
教会ってシュワちゃんと一緒に競っていたボディビルダーが牧師で、座席はアリーナで、ロックバンドが演奏してるようなところもあるんだ笑
天使にラブソングをがかすむんだけどw
時間かければいいと思う感覚って文明の進 -
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とてもおもしろかった。前のめりで読んだ。
最新刊、と思って読んでいたけど、これは「15周年記念版」の訳で、最初に出版されたのは、1997年なんですね。
帰化や難民受け入れについては、ずっとほぼ鎖国の日本ではまだまだ実感すら追いついていないテーマなんですが、アメリカではもうおなじみのテーマなんだろうか。それとも、やっぱりアメリカでもまだまだなんだろうか。そんな疑問を感じながら読んだ。
でもたぶん、こういうのはどこの地でもどの歴史でもどの民族にとっても、きっと永遠にいつまでも新しいテーマであり続けるんだろうな。
しかし、異文化受け入れに対して、自分は柔軟な方・・・と思いたいのはやまやまだが、こ -
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ネタバレアメリカにはラオスやベトナム、タイ北部に住むモン族が難民となって住んでいる。
モン族は中国では苗(ミャオ)族として知られる山岳民族である。無文字で、山地で農業、狩猟をして暮らしている。
家も自分達で建てる。薬草で病気を治療する。
そして精霊信仰をしており、生活の節々で精霊が顔をだす。
この本はアメリカに亡命したばかりのモン族の夫妻に子供がうまれ、その何番目かの娘がてんかんの症状を発症しアメリカの病院に運ばれ、治療、退院を繰り返すなかで不可避的におこった文化の衝突のあらましを、多くの関係者者に9年にわたりインタビューをして書かれたものである。
アメリカ人からみたら原始的で頑迷でコンプライアン -
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タイトルでナメてかかると痛い目を見る本。仕事人生でずっとモヤついていた、「こうしたほうが良くないか?」という職業倫理が解放された気持ちと、「なぜその声に今まで従わなかったのか」と思わされる気持ち半々です。
「訊かれたことに答える」組織に、答えない組織は置いていかれるだろう。業種業界を問わないし、政治や非営利、教育も、人間関係も同じだと思う。なぜなら「少なくともわたしにとっては、これは常識問題に過ぎな」いから。理由を突き詰めていったとき「常識だから」と言う人を、私は信用する。
自分メモのために、本書の限界を検討する。
まず、訊かれたことに答えるアプローチ、またはその類似は、本書から受ける印象よ -
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コトラーによる、「予測不能時代」にどのようなマーケティングを行い、マネジメントをしていくべきか、の新たな指南書。
世界とつながり、情報が瞬時に拡散する、不確定要素が多くなってきた現代で、いったいどんなマーケティング手法を取っていくべきか、のヒントを得たくて手にした1冊。
前半は、「ビジネス乱気流」が大きくなってきた時代的背景を考察した上で、「カオティクス・マネジメント・システム」が必要であることを強く説く。
でも、「カオティクス・マネジメント・システム」って何?
また、マーケッターとして、何をしたらいいの?
そのヒントは、第5章「カオティクス・マーケティング戦略」に記されています。時間 -
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ネタバレトレバー・ノアの半生、南アフリカのアパルトヘイト、そしてその地が如何に人種の坩堝あるのか。
すべての視点はトレバー・ノアが目にしたままに語られる。しかし、文章は軽妙でありながらトレバー・ノア自身は淡々としており、彼の客観性に信頼を置いて読み進めることができる。
パトリシア・ノア(ノンブイセロ)、彼の母親は、彼にとってパートナーであり、共に歩む仲間。
アパルトヘイト、南アフリカの人種差別どころか女性というだけで聞く耳を持たない世界で彼女がトレバーに与えた最初の愛は“意味を持たない”名前だった。何も背負わせたくなかったから。
彼女が生きる世界で、彼女は他人を憎まなかった。そして息子にもそのように