〇 概要
嵐ヶ丘高校新聞部が、校内新聞で紹介するために取材に訪れた横浜市内の穴場スポット、丸美水族館で、「サメが飼育員と思われる男性に食らいつく」というショッキングな殺人事件が発生する。駆けつけた警察が関係者に事情聴取を行う。殺害現場の状況などを踏まえると、外部犯の可能性はなく、容疑者は水族館の関係者11人。警察は、最初は簡単な事件だと思って捜査を始めるが、11人のアリバイを調べたところ、全員にアリバイがあった。容疑者全員に犯行が不能!? なんらかのアリバイトリックがあるのか?警察(神奈川県警捜査一課の仙道と袴田)は、過去に、風ヶ丘高校の体育館で発生した密室殺人事件で「名探偵」ぶりを発揮した...続きを読む 裏染天馬に捜査を依頼する。
〇 総合評価 ★★★☆☆
些細な証拠から論理を展開する推理を楽しむべき作品。あと、袴田柚乃などの魅力的なキャラクターの言動を楽しむキャラクター小説という側面もある。サメに食べられるという殺人シーンの印象は強いが、それ以外はそれほどインパクトはない。将来的には、「水族館で被害者がサメに食べられた事件」とか、「トイレットペーパーでアリバイ工作をした事件」とか言われそう。それくらい、それ以外のところのインパクトが薄い。じっくり読んで、論理的な推理を楽しめる人、アガサ・クリスティより、シャーロック・ホームズものより、何よりエラリー・クイーンの論理が好き!という人なら評価が高いのだろうが、なんとなくミステリを読んで、サプライズを楽しむという人にとっては評価がそれほど高くなさそう。キャラクターの魅力と、全体の雰囲気が肌にあった点も踏まえた評価として★3としたい。
〇 サプライズ ★★☆☆☆
真犯人は淡水魚担当の飼育員、芝浦徳郎。物語では、「いい人」っぽく描かれているが、そもそも容疑者が11人しかいないので、誰が犯人でもふーんとしか思えない。サプライズはそれほどでもない。この作品は、些細な証拠から、論理を展開する推理の妙を味わう作品であって、サプライズには、あまり期待してはいけないのだろう。とはいえ、前作、体育館の殺人と同様、エピローグにちょっとしたオチが用意されている。殺人の動機が殺人だけでなく、水族館の人気者だったサメを始末すること。その結果としてイルカが水槽に戻るように仕向けること。そして、飼育下五世が誕生したときに、その世話をすることで世間の注目を集めたかったのでは?単にいい人ではなく、芝浦徳郎に、そのような自己中心的な動機があったことを示唆して終わるエピローグはなかなかえぐい。ちょっとしたサプライズといえる。それでも★2くらいかな。
〇 熱中度 ★★★☆☆
刺激的な事件ではあるが、殺人事件は一つしか起こらない。その殺人事件の捜査と推理が物語のメイン。袴田柚乃が所属する卓球部の練習試合の様子が描かれたり、トイレットペーパーを利用したアリバイトリックの実践を学校のプールで行うなどの描写があり、なかなか楽しめるが、先が気になって仕方がない…というほどの熱中できない。そこそこ。
〇 キャラクター ★★★☆☆
殺人事件を一つにした分、個々のキャラクターの個性はかなり掘り下げられている。探偵役の裏染天馬、ワトソン役の袴田柚乃はもちろん、野南早苗などの新聞部の面々もそこそこ魅力的に描かれている。唐突に現れた裏染天馬の妹、裏染鏡華もなかなか面白い存在であり、シリーズものとして、キャラクター小説的な楽しみができるようになってきた。しかし、11人の容疑者に、全くといっていいほど個性がない。ここがきちんと描かれていれば、このような作品でのサプライズが発生するのだが…。完全に推理を楽しむための記号のような存在になっている。容疑者Aとか、そういう感じ。総合的にみるとキャラクターは★3どまりか。
〇 読後感 ★★★☆☆
エピローグで、真犯人芝浦徳郎の自己中心的な動機が描かれているが、前作=体育館の殺人ほどのえぐさはない。水族館を舞台とした、青春ミステリ風な雰囲気であり、読後感はそこそこ。
〇 インパクト ★☆☆☆☆
容疑者に個性がなく、推理も、些細な証拠から論理的に展開されている。しかし、サメに食べられるという殺人シーンと、トイレットペーパーを使ったアリバイトリック以外は地味。犯人を絞り込んでいったポイントや、真犯人を決定付けた証拠(時計がすり替わっていたこと)などのインパクトは非常に薄い。
〇 希少価値 ★☆☆☆☆
人気シリーズになればいいな…というイメージ。創元推理文庫なので、そこそこ売れていれば絶版にはならないだろうが。