藤本タツキのレビュー一覧
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ネタバレ常識的な考え方が答えそのものだったのか。氷の魔女とか祝福者とかファンタジックな単語が並んでいたから見事に騙されたよ
魔女に追いつめられた人類の逆襲を描く作品ではなく既に滅亡しかかった人類の足掻きを描いた作品だったんだねぇ
ただ、そうなるとどうやったってハッピーエンドにたどり着くことは無理な気がする。それにアグニの目的も誰かを救うことではなくて復讐にしか目が向いていないことを考えると作中で生産的な行為をしているのって誰だろうとさえ思えてしまう。
ドマへの復讐、そして氷の魔女を倒す展開へと前巻では思っていたけど、その復讐は面白くないと言われ魔女も居ない状態。更には味方のはずのトガタがアグニ討伐に -
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人間は極限状態まで追いつめられると何を仕出かすか判らないものだけど、この作品では世界そのものが世紀末状態なせいで登場人物の殆どが思考焼き切れてるな~
主人公のアグニにとって最も安息できる場所であった寂れた村ではアグニの腕が主食になっているというのも世が世なら仕方ないと取るべきか、これも狂った結果の一つと取るべきか
主題は復讐譚になるわけだけど、世界を追い詰めた氷の魔女が相手ではなく、魔女に対抗している組織の人間が標的というのはちょっと変わってる。今後この構図が変わることは有るんだろうか?
アグニにとって妹が最期に遺した「生きて…」という言葉は果たして願いになるのか呪いになってしまうのか、現時 -
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アニメーション映画を見てから原作を読みました。
これから実写映画化もされることが決まったので、先に原作も読めて良かったです!
この藤本タツキさんの作品は初めてで、だから、有名なチェーンソーマンも私は知りません。
最初はあまり絵が好きじゃなかったんですけど、目標が出来てから真っ直ぐに努力する主人公の姿に、すぐに引き込まれました。
普段、漫画はあまり読む方じゃないんですけど、1作完結で読みやすいから面白かったです!
ただ、小学生時代の藤野さんが、生意気すぎてイキってて可愛くないなと思いました、、w
この作品は、主人公は女の子だからちょっと違うけど、原作者の漫画家として売れるまで?をフィクション -
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勝手にもっと青春っぽい感じなのかと思っていたんだけど、確かに青春ではあるけど、ある意味リアリティがあるというか、爽やかな読後感ではないなと感じてしまったかも。
思っていたよりもちょっと小難しい感じというか、読み手にゆだねる部分もある作品なのだなと感じた。
ある種のSFのようでもあるし、内省的な物語にも思えるんだけど、現実の物語としても成立するような、しっかりしたストーリーもある。
その一方で、絵だけで時間経過を見せていくような表現だとか、漫画の中で漫画が扱われる劇中劇的な表現だとか、けっこう工夫が凝らされている作品。
映画っぽくもあるけど、漫画っぽくもある。
今の自分にとっては、どこか突き放さ -
ネタバレ 購入済み
二部自体は、、、
二部はデンジの恋愛が描かれたと思っていますが二部から描かれた内容は二部の中で完結されないまま終わりました
話の流れ的に三部は今までにデンジが会ったキャラがみんな出てくると思っていて一部の伏線は三部で回収されるかと想像しています -
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ネタバレまさに「どちらを選んでも地獄」としか言いようがない。
チェンソーマンが死の悪魔を喰らえば、世界から「死」が消える。だがそれは救済ではない。どれほど傷ついても終わることができず、壊れたまま生き続けるしかない地獄だ。
では、戦争の悪魔を喰らえばいいのかといえば、こちらは「戦争」が消えるかもしれない代わりに、その先には死の悪魔による破滅が待っている。
どちらを選んでも、まともな未来は見えない。
そんな絶望の中で始まるのが、チェンソーマンと戦争の悪魔の最終決戦である。
正直に言えば、読んでいて何がどうなっているのか、よくわからなくなる。
だが、それは今に始まったことではない。
『チェンソーマン』は -
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チェンソーマン17巻は、第2部の物語が外側からの圧力と内部の葛藤が同時に噴き出す巻として構造化されている。公安がチェンソーマン教会の拠点を次々と制圧する状況の中で、教会の計画の核心が明かされ、それが物語全体の軸を大きく揺さぶる展開になっている。戦闘や混乱は単なるアクションではなく、登場人物たちの選択と価値観がぶつかる装置として機能する。 
この巻の中心にあるのは、「普通の暮らし」と「運命としての戦い」の対立だ。デンジは一時的に平穏な時間を過ごしているようにも見えるが、外部からの脅威と教会内部の力学が次第に彼を再び引き戻す。自分がチェンソーマンとして存在することの意味と、それを望む自分自身の -
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チェンソーマン16巻は、単純なバトル漫画の続きでも、本格的なクライマックスでもない。デンジが「チェンソーマンになる人生」と「普通の生活を送る人生」の間で揺れ動く姿を中心に据え、人生の選択と物語世界の「祭り」のような混沌」が同時並行で進む巻だった。公式あらすじでも、デンジが「普通の生活を続けるか、チェンソーマンとして生きるか」という究極の二択に向き合うことが示されている。 
巻の主眼の一つは、デンジの日常生活の描写だ。ナユタや仲間たちと過ごすシーンの中で、彼は“普通の幸せ”を享受しながらも、「これでいいのか」という自問を繰り返す。いわゆる戦闘展開は抑えられ、日常の中に侵入してくる外部勢力との -
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『チェンソーマン』第15巻は、物語の流れを一気に「日常巡りの延長」から「根源的恐怖との衝突」へと移す巻だった。冒頭から“落下の悪魔”と呼ばれる恐怖の悪魔が姿を現し、アサとヨルの関係に深刻な亀裂を生じさせる。この悪魔は対象の過去の嫌な記憶をフラッシュバックさせる力を持ち、戦闘における物理的な危機だけでなく精神的な揺さぶりをもたらす。これは単純な怪物との戦いではなく、人物の内面の脆さや関係性のズレを露わにする装置として機能している。アサはこの圧力の中で、これまで以上に自分自身と向き合う必要に迫られる構造になっている。 
デンジは依然として単純な欲望を軸に行動するが、この巻では“誰かを救う”とい