清水克行のレビュー一覧
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英雄不在の混沌の室町時代のサバイバルと
歴史学者になるためのサバイバル。
中世史学者が見出す史料と自身などについての、エッセイ。
・はじめに ―だらだら、チンタラ、室町人にまなぶ仕事術―
第一章 中世人との出会い 第二章 室町、遥かなり
第三章 歴史学者の作られ方
第四章 歴史学を社会にひらく 第五章 過去と今
・おわりに
参考文献有り。
戦乱、飢饉に飢餓など、混沌とした時代の中での、サバイバル。
一方、現代では自らの道を見い出し、突き進むために、
紆余曲折しながら人に、知識と出会い歩む、サバイバル。
そして日本史研究と教育の現状の中に見る、サバイバル。
もちろん、中世史学者の著者の見い出す
歴史の中のエピソードも盛り込まれている。
旧平安京の公道や川の上を不法占拠して、耕したり、
水上住宅を建てたりする庶民。無論、
女性も逞しいが、実はダラダラのチンタラの人々。
戦乱が長期化するので、実力者まで疲弊して、
尻切れトンボに陥る英雄不在だったり、
室町時代ってなんだかなぁと、苦笑してしまう。
特にくずし字と書き順の関係は面白かったし、
ムラやマチの共同体と“ご近所さん”の繋がりが
室町時代から続いてきたことも興味深い。
日本史の学習漫画の比較とか、光秀のスマホ制作秘話も
歴史の語り方という視線で書かれていて、愉しかったです。 -
Posted by ブクログ
面白かった!
幼い頃の妹との殴り合いの喧嘩で、よく親から喧嘩両成敗をくらっていたのを思い出すが、これは幼い兄弟だから通用した裁定だよなと大人になって思う。
本を読む前までは、事実よりも公平に損害を与える罰則的なものが喧嘩両成敗なのかと思っていたが、一般民衆や幕府被官たちの『お気持ち』を配慮したうえで、無用な騒乱を抑えるためのものだったのだと知って、当時の人達のエネルギッシュな復讐行動に震える思いがした。
目には目を。
命には命を。
しかし、失うのは騒乱の張本人でなくてもよいし、なんなら奪った本人でなくてもよいのだから恐ろしい。
どこに属しているか、誰に仕えているかで、個人の苦しみがみんなの苦しみになるし、個人の恨みがみんなの恨みになる。
みんなの苦しみであり、みんなの恨みだから、仕返しは復讐相手のいる組織や集団になって、そこに属する誰かでさえあればよいのだから、そりゃ、一度喧嘩が始まったらあっという間に合戦になってしまうよね。
なるべく早く騒乱を治め、双方の面目がたつように両成敗が採用されたのは、背景を知ると権力者側からしたら苦肉の策Ⅱなるのだな。
それにしても、室町時代の人達は面白い。 -
Posted by ブクログ
現代の日本人とは全く違う混沌とした室町時代の我らのご先祖たちは、過激で暴力も日常茶飯事のハードボイルドな生き方をしていた。
大河ドラマなどに出て来るような人気の有名人が思い当たらない室町時代。
戦国時代のちょっと前、為政者側じゃない普通の人たちってどんな風に生きてたのか?っていうことを少ない史料を研究する歴史学者の著者・清水克行さんが、教えてくれる。
実際にあったことをわかりやすく、ちょっとドラチックなストーリーで読ませてくれるので、小説読んでるみたいに楽しい。
室町時代の農業もするけど刀も持ってる地侍とかの話とか、桶屋のオジサンの話とか、映画の中で見るように、市井の人々が目の前にいるように感じるくらいです。
文庫版で、ヤマザキマリさんとの対談も収録されてて良かったです。
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以前読んだ「世界の辺境とハードボイルド室町時代」を思い出すなと感じつつ読み進めてたら、同じ作者の方だった。本書の中で、高野秀行さんと対談して書いた「世界の辺境とハードボイルド室町時代」の話にも言及してる。
高野秀行さんの「イラク水滸伝」を面白く読んだけど、本書でもアフワールの葦の原と、室町時代の新潟の葦の原に住む「ワタリ」の人々との比較をしてるコラムもあって、世界の辺境とハードボイルド室町時代第二弾感がある。
室町時代の面白いエピソード、現代と繋がる価値観、現代と遠く異なる価値観を感じる話が盛りだくさんで夢中になって読んだ。
「棺桶裁判」のコラムに出てる、誰かわからない頭蓋骨に血を染み込ませて、親なら血が染みる。他人なら血を弾く。って判別する通説があった話。南総里見八犬伝にもあったエピソードだなと思った。
「ある高僧の波」の章のエピソードが切ない。高僧の客観的で冷静な日記が、愛した稚児が暗殺され、容態がだんだん悪くなってなくなる1週間の記録で人間味や自分の悲しみの感情を書き綴ってるところ -
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室町将軍も、戦国武将も、戦うときはタイマン勝負で殴り合ったわけではなく、多くの配下を引き連れ、軍勢を作り、軍勢対軍勢で戦った。
その軍勢を支える兵站部隊もあり、その兵站とて作る人、運ぶ人がいたのは、現代と同じなのだろう。
だとすれば、教科書には載らず、小説の登場人物として取り上げられなくとも、泣き笑い食べ排泄し、恋し愛され、嫌われ憎んだ人たちがいたはずだ。
彼らの影響力は、室町将軍や管領や武将のように、多くの人や多くの場所まで及ばす、身の回りの人たちと影響し合って生きていただろう。
いわゆるどこにでもいる平凡な人たち。
でも、彼らなくして将軍の栄華も武将の活躍もない。しかし、彼らがどんな生活をして、どうして愛を育み、どうやって人生を謳歌したのかは教科書からはわからない。
自分と同じように、泣いて笑って調子にのって挫折した人たちの、温もりや熱量が伝わってこない。
でも、この本を開くと知りたかった人たちがいる。
裁判に敗れてヤケになって他人の畑の稲を勝手に刈り取ってしまう武士。相撲に熱中して殴り合いの喧嘩をする観衆。自分の意見を息子に軽んじられて家出する母親。悪意ある二次創作にさらされる美女。弟子や同業者から恩を仇で返され怒る芸術の大家。お国自慢をしたいあまりにほかの国をサゲまくる執筆者。
面白い。
暴力(物理)が物を言う時代でありながら、屁理屈理屈言い放ち、大暴れをする平凡な人たちの暮らしがこんなに面白いとは!
もちろん名のある人たちも、この本には出てくるけれど、英雄や偉人というよりこの時代に「生きた人」として見れて、人肌の温度を感じることができた。
流れの行く先を指し示した人は、歴史の偉人だけれども、その流れは凡人たちの集合体で出来ている。彼らの生活をもっともっと知りたい!
室町時代というアナーキーな時代を、もっと知りたくなった。
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Posted by ブクログ
なんとも刺激的な本。
辺境作家の高野秀行さんと「喧嘩両成敗の誕生」が出世作となった歴史学者清水克之さんの対談集。
高野秀行さんはデビュー作の「幻獣ムベンベを追え」から注目している好きな作家さん。一方清水克之さんは日本の中世の民衆史が専門の学者さん。
普通に考えると共通性もないお二人がソマリランドを媒介にして出会い、社会や国の在り方、果ては人間の思考のあり方の根源にまで想いを巡らせている。
その論考は新たな発見に満ちゾワゾワと今までの常識を揺さぶられる。
高野秀行さんの辺境作家としての行動力にばかりに目が行きがちだが、高野さんの緻密な思考回路や斬新な歴史解釈に、清水さんがインスパイアされて知識と事実に裏付けられた確固たる解釈や解説を的確に与え、それに対して高野さんが自らの体験を元にして話題をどんどん深め発展させていく。
なんとも面白く楽しい対談集であるのだ。
今は文庫でも出ている様なのでぜひ興味のある方は読んでほしい。良質なブックガイドの側面もある。
私もますば「喧嘩両成敗の誕生」を積読本の山から掘り起こし読んでみたい。た -
Posted by ブクログ
日本における耳鼻削ぎの刑罰とは?
その歴史と、各地に残る耳塚・鼻塚についてを
様々な史料や文献から解き明かしてゆく。
・はじめに 耳塚・鼻塚の伝説を訪ねて
第一章 「ミミヲキリ、ハナヲソギ」は残酷か?
第二章 「耳なし芳一」は、なぜ耳を失ったのか?
第三章 戦場の耳鼻削ぎの真実
第四章 「未開」の国から、「文明」の国へ
第五章 耳塚・鼻塚の謎
終章 世界史の中の耳鼻削ぎ
参考文献有り。
中世の耳鼻削ぎの刑は女性に。次いで僧侶や乞食に。
その対象になった理由と宥免刑。
人命救済の措置であったこと。でも非人中の非人への転落。
戦場での耳鼻削ぎ。遥か古代からあったが、
鎌倉時代時代以降は「つわものの道」と呼ばれる行動規範や
倫理の形成で、女性に手をかけることが忌避され、
無益な殺戮も白眼視されるようになる。
しかし室町・戦国時代、戦功の証となった耳鼻削ぎ。
遠隔地や季節を鑑みての、首の代用品となった耳と鼻。
合戦のスケールが大規模になり、動員された庶民の戦意を
喪失させるためもある。しかも耳削ぎ・鼻削ぎのルールも。
秀吉の朝鮮出兵で鼻削ぎが行われた理由。
国内でも見せしめにした耳鼻削ぎ&磔。
それは江戸時代初期にも。
だが、生類憐みの令での変化。
見せしめの懲罰主義から人命尊重の宥免化へ。
そして「未開の国」から「文明の国」へ。
古代から現代のユーラシア大陸に耳鼻削ぎ刑が
存在しているけれど、こんなに耳鼻削ぎ刑が多くあった
日本の歴史のカオスさが際立っていて、スゴ過ぎます。
でも、耳鼻削ぎの伝承がある耳塚・鼻塚は、
史実伴わなくとも耳鼻削ぎの記憶の残滓であり、
それをご利益がある民間信仰に繋げていった一般庶民の
逞しさにも、感慨深いものを感じました。