清水克行のレビュー一覧
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室町将軍も、戦国武将も、戦うときはタイマン勝負で殴り合ったわけではなく、多くの配下を引き連れ、軍勢を作り、軍勢対軍勢で戦った。
その軍勢を支える兵站部隊もあり、その兵站とて作る人、運ぶ人がいたのは、現代と同じなのだろう。
だとすれば、教科書には載らず、小説の登場人物として取り上げられなくとも、泣き笑い食べ排泄し、恋し愛され、嫌われ憎んだ人たちがいたはずだ。
彼らの影響力は、室町将軍や管領や武将のように、多くの人や多くの場所まで及ばす、身の回りの人たちと影響し合って生きていただろう。
いわゆるどこにでもいる平凡な人たち。
でも、彼らなくして将軍の栄華も武将の活躍もない。しかし、彼らがどんな -
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なんとも刺激的な本。
辺境作家の高野秀行さんと「喧嘩両成敗の誕生」が出世作となった歴史学者清水克之さんの対談集。
高野秀行さんはデビュー作の「幻獣ムベンベを追え」から注目している好きな作家さん。一方清水克之さんは日本の中世の民衆史が専門の学者さん。
普通に考えると共通性もないお二人がソマリランドを媒介にして出会い、社会や国の在り方、果ては人間の思考のあり方の根源にまで想いを巡らせている。
その論考は新たな発見に満ちゾワゾワと今までの常識を揺さぶられる。
高野秀行さんの辺境作家としての行動力にばかりに目が行きがちだが、高野さんの緻密な思考回路や斬新な歴史解釈に、清水さんがインスパイアさ -
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日本における耳鼻削ぎの刑罰とは?
その歴史と、各地に残る耳塚・鼻塚についてを
様々な史料や文献から解き明かしてゆく。
・はじめに 耳塚・鼻塚の伝説を訪ねて
第一章 「ミミヲキリ、ハナヲソギ」は残酷か?
第二章 「耳なし芳一」は、なぜ耳を失ったのか?
第三章 戦場の耳鼻削ぎの真実
第四章 「未開」の国から、「文明」の国へ
第五章 耳塚・鼻塚の謎
終章 世界史の中の耳鼻削ぎ
参考文献有り。
中世の耳鼻削ぎの刑は女性に。次いで僧侶や乞食に。
その対象になった理由と宥免刑。
人命救済の措置であったこと。でも非人中の非人への転落。
戦場での耳鼻削ぎ。遥か古代からあったが、
鎌倉時代時代以降は「つわもの -
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歴史は相性が悪く、読んでいてすぐ眠くなってきてしまうが、この本は実に面白い。一見、現代の日本人からするととんでもない、室町時代の日本人がコミカルに紹介される。
一見、と書いた。たしかに今の尺度からするととんでもないが、当時の尺度からすると当たり前の行動、合理的な、至極真っ当な考え方だったのであろう。
日本史上の大転換点にあった室町時代の日本人の考え方や行動原理を知り、私が現代で当たり前とするものや考え方もまた絶対の当然のものではないと再確認させられる。色々な考え方の人がいて、色々な正しさがある。こういう考え方って、今の、視野狭窄とも感ぜられる世の中には大事なものなのかな、と。
そして、一見我々 -
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現在、最高裁判所を頂点とする民事・刑事の法体系があり、何か有れば弁護士を通じて裁判所にということが当たり前に存在しているが、室町時代の昔は自力救済が基本の世界だった。しかも苛烈な名誉意識を持ち、集団の構成員が受けた痛みは集団全体のものとして内部化するという中世人の心性。
そうなると、室町時代における紛争解決とは、放っておけば任侠の世界と同等で、抑止力を効かせつつどどで引くかという話になってしまう。時の支配者たる幕府が、これに権威ある仲裁を行おうとして四苦八苦、荒ぶる人々の公平意識に会う様に様々な制度が出てくる。
最終的に行き着くのが喧嘩両成敗だが、意図は喧嘩両成敗として喧嘩そのものを抑止し -
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辺境作家の高野さんと中世史家の清水さんの対談。最初は、本書の表題のように、それぞれが専門とする室町とソマリランドの生き方が似ているというところから話が始まるが、後半はそこから離れて人生論、作家論、文化比較論、日本人論・・と様々な話題に及んで飽きさせない。お二人の教養の深さも物凄い。
一つ言えるのは、価値観はもとより多様だが、それは辺境にも転がっているし、過去にも転がっていて同様に面白いし、やはり今の価値観が絶対ではないことを常に相対視できるようにすべきということなんだろうと。
30年前と今と、かなり価値観は変わってきているが、それもそれ、古代から中世、織田信長を経て江戸、そこから明治、戦前 -
購入済み
語り口が良い
現代日本の歴史観は儒教 朱子学で固まってしまったような江戸時代を経ているせいか、どうしても忠孝に基づいた道徳観に縛られがちである。この本はそのような先入観をバッサリと削ぎ落としてくれる。単に中世のことを解説した類書はたくさんあるが、この本は著者の語り口が大変に平易で面白くどんどん読み進めてゆくことができる。
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ネタバレ解説で高野氏が称賛しているように、キャッチーな話題で読者の興味を惹き付けながら史料引用と考察を重ねていく、著者の筆力が本作でも冴え渡っている。
耳鼻削ぎというグロテスクな話題から、日本中世~近世の文化を著述する手腕はお見事の一言。
柳田國男と南方熊楠といった二巨頭の論戦を冒頭に記すことで一気に引き込まれる。
中世の事例より、耳鼻削ぎは女性や僧侶に対して、死刑相当の罪一等を減じる宥免罪としての地位を持っていた。女性は一人前の判断能力がないと思われていたため、僧侶は聖界の人間のため。また日本中世の荘園での刑罰は、犯罪によって生じたケガレを除去することに重点が置かれたため、犯罪人は領域外へ追放すると -
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喧嘩両成敗、って喧嘩した両方を死なせるって意味だったんだね?というレベルの知識のない人間にもわかりやすく室町時代の人々の倫理観や価値観を伝えてくれる本。研究によると、室町時代を生きた人々の倫理観や正義感はだいぶ現代の個人主義的感覚からかけ離れたものだった…ということで、ある種のSFを読んでいるかのような興味深い内容だった。
現代的感覚から見ると、警察や刑務所にあたる公権力がない分、問題が起きたときに自己責任で解決しなければいけない領域が大きい。だが基本的に一人では何もできないので、何かしらのグループに属してそのグループの威を借りたり、グループの連帯責任で生活していく必要があった…という部分が一 -
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めっちゃ面白い。非武装の平和な国に慣れてしまって、完全に忘れてしまってるけど、昔の日本は、村や所属団体ごとに武装して、頼れる国や警察もなかったから、自分たちで落とし前をつけなければならなかった。喧嘩が始まり、2人殺されたら、同じ数だけ死んでもらわないと収まらず、エスカレートするほど好戦的なそんな時代に、最終的な決着をつける、みんなが同意できる法理論が、日本独自に育っいった。それがこの喧嘩両成敗であり、ハラキリだった。明治になって、欧米の法律を輸入していなかったら、どうなってたんだろう。今だに日本人のバランス感覚に根深く残ってる気がする。
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ネタバレ読んだのは半年ほど前のことになるが、感想を思い出しながら書くことにする。
この本は中世に漠然と興味を持っていたころ、中世人の考え方を理解するのにおすすめの本という評価を見て、読んでみることにしたものである。
この本は法制史の本で、室町時代の中世人という現代と異なる価値観をもつ集団の中で、喧嘩両成敗という有名な法がいかに誕生したかということが書かれている。
私の中で印象に残っていることは2点ある。
一つは、中世人の異質な価値観である。中世人は非常に短気で名誉を少しでも傷つけられたらすぐに喧嘩に発展し、殺傷事件に至ることも珍しくない。個人間の争いに留まらず、その人たちが属している集団同士