清水克行のレビュー一覧

  • 喧嘩両成敗の誕生

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    誤解されやすい古典の言葉。
    ・天は人の上に人を作らず
    ・健全な精神は健全な肉体に宿る
    ・初心忘るべからず
    そこに僕の中でもう一つ、「喧嘩両成敗」が加わりました。
    確かに「喧嘩したものは理由によらず両方成敗にする」という意味自体は合っているのですが、「成敗」とは「死刑」なのであって、積極的に運用するものではなく、諍いがこじれて解決の目処が立たない時の窮余の策という位置付け。
    つまり「お前ら、争いが起こったらちゃんと法廷で解決しようとしろよ。私闘で解決しようとしたら両方死刑にするからな」という「見せ札」な法として生まれた、ということ。私闘、過剰な復讐を防ぐという観点で「目には目を」のハンムラビ法典に通じるものがある。

    何でこんな法が必要になったか。室町時代の京都での例。
    【例1】
    北野天満宮の僧侶が金閣寺を訪れる
    ↓
    僧侶に連れられてきていた稚児が、金閣寺の小僧が門前で立小便をしているのをみて笑う
    ↓
    笑われた金閣寺側の僧侶が、負けじと天満宮の僧侶を罵る
    ↓
    天満宮の僧侶が怒り、金閣寺の僧侶を追い掛け回す
    ↓
    金閣寺の老僧が騒ぎを抑えようと天満宮の僧侶をなだめる
    ↓
    天満宮の僧侶の怒りは収まらず、金閣寺の老僧に刀で切りかかる
    ↓
    金閣寺の老僧は、これは手が付けられないと寺の鐘を乱打する
    ↓
    大乱闘になり、一説によれば3人死亡
    ↓
    そのまま天満宮と金閣寺の全面戦争になりかけるが、将軍足利義教の派遣した奉行によってなんとか事が収められる

    【例2】
    店に元結を取りに来た下女、品物が出来ておらず店主を罵倒
    ↓
    店主が逆ギレし、下女を店から叩き出す
    ↓
    怒った下女、主人の侍に訴える
    ↓
    侍が店主を手討ちにしようとしたところ、その行動を予測した店主が仲間を引き連れ市中で矢を射かける
    ↓
    侍、店主たちを返り討ちにするも力尽きる
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    店主のバックにいた関口家の集団が出張る
    ↓
    侍が仕えていた三条家の侍たちも出張る
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    洛中で軍勢同士の喧嘩発生
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    吉良家が裁定してどうにか解決

    【例3】
    ある侍が馬で出かけたとき、道中でちょっとした用事があり下馬
    ↓
    そこに通りがかった別の侍、下馬している侍に気づき「下馬している侍には自分も下馬して礼を表す」という当時のマナーに従い、こちらも下馬
    ↓
    最初に下馬した侍、「俺は別の用事があって下馬しただけで、お前に用はない。なのに下馬しやがって。これじゃあまるで俺が目下のお前に対して先に挨拶したみたいに見えるじゃないか。俺を見下す気か(意訳)」と激怒
    ↓
    目下の侍、「ただあなたが下馬しておられたので礼儀に従って下馬したまでです」と弁解
    ↓
    目上の侍、弁解を聞かず刀を抜いて目下の侍に切りかかる
    ↓
    目下の侍も応戦した結果、刺し違えて両者死亡

    こんな具合に、当時は極めて些細なことがあっという間に殺し合い、それも集団同士のものまでに発展するほど、現代から見れは異常に喧嘩っ早く、異常に面子に重きを置く時代だったようです。
    ネットの表記を借りると、当時を構成する人々は「『シグルイ』の虎眼流門弟と、『北斗の拳』のモヒカン、あとは福本伸行の漫画や『闇金ウシジマくん』あたりに出てくるどうしようもないダメ人間」しかいない世紀末状態だったようで、そりゃあ末法思想が流行って浄土真宗や日蓮宗のような新仏教が起こる訳だと。「トラブルが起こったら裁判しなさい」を定着させるためにいかに当時の為政者が心を砕いたか、という苦労話に見えてきて、実に興味深かった。

    ちなみにこの著者、清水克行氏の他の著作には「現代のソマリランドと室町時代って似てるよね」という趣旨らしい「世界の辺境とハードボイルド室町時代」というどっかで聞いたようなタイトルの本もあり、心惹かれるものがある。その路線で今度は「足軽大将殺し」みたいなタイトルでも書いてくれないかな。

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    2017年02月26日
  • 世界の辺境とハードボイルド室町時代(集英社インターナショナル)

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    「北斗の拳」の舞台のモデルとなったのは室町時代であるということを、辺境ジャーナリストの高野さんと、タイムスクープハンターの清水さんが討論を通して浮き彫りにする。

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    2016年12月02日
  • 世界の辺境とハードボイルド室町時代(集英社インターナショナル)

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    いかもにパクリ(失礼!オマージュなんでしょうね)っぽい題がいけてないけれど、内容はなかなかのもの。ただし、ソマリランドのことは余り詳しく触れられていないので、事前に高野氏の著書を読むことをお勧めする。
    内容は、別の視点から日本の中世を捉える、という感じ。清水氏の歴史観が新鮮で面白いと思う。

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    2016年09月04日
  • 世界の辺境とハードボイルド室町時代(集英社インターナショナル)

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    対談形式は苦手なのだけど、これは読みやすかった。へぇ〜という歴史トリビアや歴史の見方、学者の世界の舞台裏などが語られ、教養本として楽しく読める。歴史が苦手な人間でもさらっと入り込める。

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    2016年08月25日
  • 喧嘩両成敗の誕生

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    高野秀行さんとの対談本「世界の辺境とハードボイルド室町時代」が非常に面白かったので、これも読んでみた。いやあ、面白いなあ。そうなのか!という指摘の連続で、実に興味深かった。対談での著者の言葉通り、内容がギッシリつまっていて、とっても濃い。一般向けにわかりやすく書かれているけれど、中味を咀嚼するにはゆっくり読む必要がある。当然ながら対談ではかいつまんで面白いところが話題になっているので、あっちを読んでからこっち、というのは正解であった。

    対談で、この本が世に出た経緯や、ここに込めた著者の思いが語られていた。しみじみ心に残る話だった。「生涯で一冊一般向けの本が書ければいいな、これで研究活動は店じまいにしてもいいやという気持ちで書いた」のが本書だそうだ。そういう気迫が静かに伝わってくる。

    つくづく思ったのは、「日本人の伝統」とか「受け継がれてきた日本人らしさ」などという言葉は、よほど慎重に眉にたっぷり唾をつけて聞かないといけないなあということだ。せいぜい明治以降の傾向であったり、中には戦時中くらいに元があるものを「日本人は昔からこうだった」と考えてしまうことがよくあるように思う。清水先生は丹念に一次資料を読み解いていくことで、かつての日本人の姿を浮かび上がらせる。研究者って素晴らしいなあとあらためて思う。

    今の私たちからはおよそ「異文化」としか思えない室町時代のありようを知ることで、今現在の「異文化社会」を理解する手がかりになるという、高野・清水両氏の考え方にはとても説得力がある。と同時に、それでもやはり厳然としてある日本の独自性にも目を開かされる。出てから十年にもなる本を今頃読んで言うのも何ですが、いい本でした。

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    2015年09月17日
  • 喧嘩両成敗の誕生

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    喧嘩両成敗法――紛争当事者の”理非を問題にせず”双方を処罰するという世界的に特異な法律が、なぜ近世日本に登場したのか。その源流を中世社会に求め、室町から戦国期の膨大な文献から紛争事案を引用しつつ、その時代の人々の心性、倫理観、法慣習を明らかにしていく。
     読んで驚くのが中世の人々の異常な喧嘩っ早さと人の命の軽さ。下人同士のちょっとしたいざこざが大名同士の全面戦争に発展するとか、トラブルの報復のために無関係な周辺住人ごと焼き討ちとか、公道を歩く者(特に女)は誰のものでもないから拉致ってもOKとか、「修羅の国」どころの騒ぎではない。そしてそれらは決して社会規範からの逸脱的行動でも一部の階級独特の規範でもなく、庶民から貴族まで当然かつ正当な行動であった。
     さらに、当時の人々の感覚として、紛争当事者の一方が損害を受けたならもう一方も同等の損害を受けなければ釣り合いが取れないという信念(衡平感覚)や一方の損害はもう一方の同等の損害によって贖われるという信念(相殺主義)が極めて強いかたちで共有されていたこと、さらにその均衡の感覚があくまでそれぞれにとって主観的なものであったことが、状況を一層苛烈な方向へと導く事となる。つまり、紛争により一方が損害を受けたなら、損害を受けた側は損害を均衡させるだけの損害を与えるべくもう一方へ報復を行う。しかし、報復を受けた側がそれを均衡ではなく過剰な報復であり釣り合いがとれないと感じたなら、再びの報復が行われる。さらに報復を受けた側は……と、報復の連鎖はどんどんエスカレートしてゆく。
     こうしてみれば、十七条憲法の「和を以て貴しとなす」に象徴される穏やかで理知的な農耕民族イメージの日本人像などは、ほとんどファンタジーみたいなものだということがよくわかる(ちなみに、室町期よりも古い鎌倉期やさらに時代をさかのぼった古代はさらに好戦的で残酷な記録を多く見ることができるから、ほんまに恐ろしい「修羅の国」なのだ)。狩猟民族で好戦的な西欧人と農耕民族で温厚な日本人といった古典的で素朴なステレオタイプでは描くことのできない中世日本人像がみえてくる。現代の目から見れば、西欧人は西欧人で、日本人は日本人でやはり相応に残酷かつ凶悪なのだ。
     この苛烈な自力救済的な社会規範の中で、紛争を解決する方策として喧嘩両成敗法が成立していく。衡平感覚と相殺主義を前提とすれば、双方の損害が釣り合うことが紛争解決の必要条件だと言える。だとするならば、その釣り合いを強制的に生み出してしまえばいい。紛争当事者のどちらに理がある非があるといったことは完全に議論の埒外において、とにかく双方の損害を一緒にしてしまう。つまり、紛争当事者の両方が等しく処刑されることで均衡をとる。これにより、有無をいわさず紛争は治められ、社会秩序は回復される。喧嘩両成敗法とはいわば、中世の社会秩序を守り維持していくための、ひとつの知恵なのだといえる。
     やがて戦国期、安土桃山期を経て江戸期へと移行するにつれて、こうした喧嘩両成敗は影を潜めるようになる。法の支配と裁判による解決という近世の社会体制が確立していくわけだが、それでも喧嘩両成敗的なものを求める心性はそうそうなくならない。その最たるものが赤穂事件だといえる。忠臣蔵が今でも人口に膾炙しているのは、こうした心性が今の日本人にも少なからず受け継がれていると言えるわけで、そう考えるととてもおもしろい。

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    2014年09月20日
  • 日本神判史 盟神探湯・湯起請・鉄火起請

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    [ 内容 ]
    神仏に罪の有無や正邪を問う裁判―神判は、前近代の世界各地で広く見られ、日本では中世、湯起請や鉄火起請が犯罪の犯人捜しに、村落間の境界争いにと多用された。
    熱湯の中に手を入れ、あるいは焼けた鉄片を握り、火傷の有無で判決が下される過酷な裁判を、なぜ人々は支持したのか。
    為政者、被疑者、共同体各々の思惑をはかれば、神の名を借りた合理的精神すら見え隠れする―豊富な事例から当時の人々の心性を読み解く。

    [ 目次 ]
    第1章 参篭起請―鎌倉時代の神判
    第2章 湯起請―室町時代の神判
    第3章 ムラ社会のなかの湯起請
    第4章 当事者にとっての湯起請
    第5章 恐怖政治のなかの湯起請
    第6章 そこに神はいるのか?
    第7章 鉄火起請―戦国から江戸初期の神判
    おわりに―世界文明のなかの中世日本

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

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    2011年04月06日
  • 日本神判史 盟神探湯・湯起請・鉄火起請

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    近江の日野の馬見岡綿向神社へ「鉄火起請」の古文書の所在を確認するための旅から物語りが始まります。山相論の決着に神慮を求めていた日本人が描かれ、そして神慮を信じなくなっていく日本人が語られます。ここにも滅び去った文明を考えるヒントがありました。
    あとがきの鉄火巻きと鉄火起請の関係についての考察も面白く読ませていただきました。

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    2010年06月25日
  • 室町ワンダーランド あなたの知らない「もうひとつの日本」

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    500年前の日本社会は、いまとまったく違っていた!しかし一方では・・・、ホームパーティーの費用はワリカン。新興宗教の教祖さまは有料でお悩み解決。人間、500年経っても、あまり変わっていなかった!ホームレスから豪商への大出世もあるような、ダイナミックな社会に生きる人々は、何を考え、どんな暮らしをしていたのか。
    表紙とタイトル買いでした。室町時代がテーマなんだけど、江戸などに比べるとマイナーで私も学生ぶりのジャンル。でも全然硬くなくて全体的に読みやすい。結構今につながるシステムそのものがあったりして面白い。あとこれは学者さんあるあるなのかもしれないけど、事実と異なることをTV向けにねじまげて発言するように言ってくる奴っているんだなーー。そんなくだらないことして恥ずかしくないんですかね。メディアは反省してほしい。

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    2025年05月25日
  • 室町は今日もハードボイルド―日本中世のアナーキーな世界―(新潮文庫)

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    「世界の辺境とハードボイルド室町時代」という書籍で、著者の高野秀行と対談をされていた大学教授の清水克行さんの著書。

    出典の古文書を明らかにした前書よりもアカデミックなアプローチで室町時代のやばさが紹介されていた。改めて室町時代は面白いと思ったし、本書に室町時代はドラマ化しやすいヒーローがいないため人気がないとあったか、きっとその分普通の人たちが面白かったのだろうと勝手に想像した。

    特に面白かったのが、今アメリカで使われるMother Fuxxerなどの母親の性を愚弄した罵倒語が、室町時代に日本語として存在していたこと。母開(ははつび)というらしい。ぱっと見激しい印象はないが、その言葉が発せられたために命をかけた喧嘩や裁判にまで発展していたらしい。ということは、600年後のアメリカではそのスラングは廃れているのかもしれないし、今アメリカが辿っているフェーズを日本はすでに600年前に経験済みなのかもしれない。

    あと当時、裁判において湯起請(ゆぎしょう)という、熱湯に手を入れて火傷の重い方を敗訴とする嘘みたいな神頼みが取られたこともあったらしい。常に用いられたわけではなく、長い目で見て両者が互いに遺恨を残さないための解決策として上手に使われたらしいが。

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    2025年04月28日
  • 喧嘩両成敗の誕生

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    昔の人は命が軽すぎるなぁ…恐ろしい
    喧嘩両成敗は喧嘩するならお上に訴えろって法なんですね〜知らなかった…

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    2025年04月05日
  • 室町社会の騒擾と秩序 [増補版]

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    御所巻とは
    ①1389~1610に使用された室町時代語
    ②室町殿権力への異議申し立てを目的に諸大名が室町御所を包囲する行為
    ③その行為は主従の秩序を乱す不吉なコトと考えられた
    ④諸大名が一味・一揆して一同の連署数カ条を提出・訴訟し、室町殿はこれに御点を加えて是非の御使で答える
    ⑤類似の出来事は室町期に幾度か確認され一定の定着をみたと考えられる
    ⑥ほとんどが幕府内の有力者の失脚を意図して実行される

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    2025年03月27日
  • 室町は今日もハードボイルド―日本中世のアナーキーな世界―(新潮文庫)

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    少し前に購入したのですが、読み終えるまで時間がかかりました。面白いんですが、1章読み終えるとなんとなく満足しちゃって次へ次へとならなかったので。

    住んでいる場所や納める管轄によって枡の大きさが違うって面白い。とは言え一般庶民もなかなかしたたかに生きていたんだな、というのも垣間見えて面白かったり。寺院が個人を呪う制度ってのも昔からあったんだな、とか。

    日本人が温厚でおとなしいというのは、コメ作りとか集団で行動しなくてはならない作業があり、そのための協調性なんだろうなぁと思いました。一方、集団になるとその集団の意向によっては暴力行為も辞さないという性質があるんだなぁとしみじみ思いました。集団に属することにより、その中から異質とはじき出されないために行動するというのは、今の子供たちのいじめ問題とかそういう行為にもつながっているのかななんてことを思いました。面白かったです。

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    2024年10月31日
  • 喧嘩両成敗の誕生

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    読みやすく頁数も少ないが中身は非常に詰まっている。
    一見命が軽いかのように思えるが重さがあるからこそ成り立つ部分もあり判断が難しい。あまり好きではない「価値観の違い」という言葉を使いたくなる。
    古い法を司法として読み解くのはやはり面白い。

    最後の最近の判例から司法判断として妥当な判決が結果的に喧嘩両成敗に当てはまる結果になった小咄は良いオチだ

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    2024年10月10日
  • 室町ワンダーランド あなたの知らない「もうひとつの日本」

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    文春の連載コラムのまとめか。

    一つ一つのエピソードは短くて分かりやすい。のだが、それだけやなあ。
    特段、室町がどれだけワンダーランドだったかってのが見えてくる内容でない。実際、何も残ってない。

    歴史エピソードを、昔とは通説が違って来てるところもあるよって視点で軽く読めばいい本だと思う。

    日本文化、伝統ってのが実は室町以降の近代までに出来上がって来てて、このところはむしろそれが失われているので、「近代までが室町時代」でそれを記録しないと的な一文には惹かれたが、そこはあまり効いてない。

    最後の方にあった、歴史学者の分類、情熱と、史料と、研究の文脈にどう関わるかで、優れた歴史学者、歴史ファン、業界通、職人、学者バカ、バカ学者、エセ学者と呼称するところが実は一番面白かったかも。
    最近のSNSで見るセンセイ方の顔を思い浮かべながら。別に歴史学者だけではないような気がするし、その辺で一冊書いていただいてもいいように思った。

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    2024年09月05日
  • 室町は今日もハードボイルド―日本中世のアナーキーな世界―(新潮文庫)

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    当たり前のことだけど、どんな時代にも色んな人がいたんだなぁと。こう言う話を補足的に聞きながら日本史の勉強をしてみたかったなぁ

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    2024年01月18日
  • 辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦

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    ずっと積読だったんだけど、もっと早く読めば良かった。誰かと同じ本を読んで語り合うって、すごく豊かな時間の使い方だなあ。

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    2023年09月24日
  • 世界の辺境とハードボイルド室町時代(集英社インターナショナル)

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    この本では、
    「現代の辺境地域」と「日本の中世」に共通する
    行動や習慣を面白がる所から
    対談が繰り広げられていきます。    

    日本の中世と
    アジア・アフリカ諸国の共通点で
    興味深かったのが、

    1.倫理観
    日本の中世では複数の法秩序が重なっていたように、
    現代のアジア・アフリカ諸国でも
    近代的な法律と伝統的・土着的な法や掟が
    ぶつかり合い、それが相反しながら社会で成立している。

    2.未来の概念
     日本語の【先日・後回し・先々・後をたどる】は、
    「アト」「サキ」を使った言葉で
    未来と過去を指す正反対の意味がある。

    ソマリ語でも同じように使う「アト・サキ」に当たる言葉がある。

    日本の中世では未来はアトで背中側、サキは過去の意味しかなかった。

    3.恋の歌
    日本の平安貴族のように
    ソマリ人は恋愛の作法としての詩歌が伝統として残っており、
    歌を詠むことが男性のたしなみとなっている。

    放牧中に少し離れた所から歌を投げかけているらしい。



    まったく離れた時代や国で
    起こる人間の行動が
    似通ってくるということが面白く紹介されています。


    世界の辺境と呼ばれる人たちや
    中世の人が何故そう考え、
    行動するのかがわかってくると
    少し親近感が湧いてきました。

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    2022年11月18日
  • 室町は今日もハードボイルド―日本中世のアナーキーな世界― 無料お試し版

     

    購入済み

    良

    強烈な個性がぶつかり合う、最も「日本らしくない」時代へようこそ。後藤正文、赤江珠緒、楠木建推薦。 想像の斜め上を行く、驚愕の日本史エッセイ。

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    2021年07月31日
  • 喧嘩両成敗の誕生

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    喧嘩両成敗は他国では見られない。
    最初に現れるのは駿河の今川氏親の分国法8条にある。

    現代の喧嘩両成敗
    田中真紀子外相と鈴木議員、
    田中角栄の後の総理に大平、福田以外に三木、など。

    室町殿とは将軍と同義ではない。前将軍が実権を握っている場合など室町殿と呼ばれる。

    中世日本人は切れやすい。笑われて殺傷事件。強烈な自尊心を持っている。
    江戸時代は、切腹は武士だけに許された自害方法。室町時代は、女性も僧侶も切腹している。

    名誉意識を持ちつつも、怒りを深く隠している=仇討ちにつながる。突然殺害する、など。

    復讐行為を法律によって克服する過程=法律進化論『復習と法律』
    仇討ちは違法行為ではなかった。自力救済社会故の慣習。法慣習が多元的だった。
    女敵討が横行(鎌倉時代は禁止であったにもかかわらず)。違法な行為という認識はなかった。のちに分国法の一部に取り入れられた。

    室町時代は個人の命は軽視、死は身近なこと、復習としての自害、誇りや家のために命を捨てることをいとわない。
    指腹という習俗=自ら自害した刀を遺恨のあるものに送り付ける。その刀で自害する必要があった。
    忠臣蔵は、その指腹を実現しようとしたドラマ。

    自害をもって相手に復讐する習慣は、アジアにもある。メラネシアのトロプリアント諸島、明・清の図頼という習慣。死をもって潔白を証明する、など。
    一方、欧米では死は敗北を認めたもの、とみなされる。
    ことの是非より、どれだけ思いを込めているか、を基準にする。
    p51

    エピローグ
    喧嘩両成敗=白黒はっきりさせず、まるく収めようとする価値観。
    痛み分け思想=民法の過失相殺。世界的にはかなり特異なもの。一般には、過失があれば一切損害賠償は受けられない=日本の痛み分け思想、欧米の勝ち負け思想。
    明治の旧民法にさかのぼる。オーストリア法典しか見当たらない。
    日本人の気質に合致した紛争の解決方法として、正邪の判断より、体面や損害の均衡を重視する痛み分けが必然となった。その延長に喧嘩両成敗がある。

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    2021年01月27日