綾里けいしのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ久々のラノベ。ホラーでファンタジーでミステリ。
ちょっとグロ要素強いけどその辺はライトノベルなんでそこそこの臨場感。
ファンタジー要素が少しでも入ってる作品ってここぞの時の予定調和に使われがちだけど、この作品はその辺りの自制がしっかり効いていると思う。1巻ラストのストーリーは作者の筆力が存分に発揮されていて引きこまれた。
主人公繭墨あざかがルックスやしゃべり方や能力までかなりの完璧キャラだからそう感じるのかもしれないけど男ももうひとくせ強いキャラの登場を望む。
それにしても片桐翻弄されすぎ…
グロだから地上派ムリっぽいけどCSとかOVA化してほしい。 -
Posted by ブクログ
最初の人魚の話はすごい。醜悪さと幻想的な表現を効果的に使っており、綾里氏の描く世界があっという間に読み手を包む空気を変えていく感じ。更に溺死した彼女の思いを知った時や、小田桐が牧原に浴びせた言葉が与えた結果が分かった時など、久しぶりに読み浸れる内容に出会えた気がした。
第2、第3と続くエピソードも悪くはなかったが徐々に最初に感じたインパクトが弱まった気がする。ひとつは仕掛けを作り過ぎて、やや分かりにくさが先行する瞬間があり、小説の世界から思考する現実に引き戻される感じ。この辺は読み手である私の能力不足であり作品を批判することはできないが、どこかでここまで思い通りに人が動かされるものなのかという疑念があるからかもしれない。
それはともかく、中盤以降小田桐の行動に偽善的で自己愛護的な匂いを感じ取ることもあったが繭墨からの容赦ない態度が気持ちよく、実に私の趣味にあった小説だと思う。個人的には小田桐を打ちのめす言葉がまだまだ弱い気がして、ラストにかけての不満のひとつだった。仕掛けられたことだったかもしれないが第2のエピソードでやらかしたことは失態以外になく、あの辺からすっかりアンチ小田桐になってた気がする。まあこいつも普通の人間じゃないよな、鬼が腹の中に住んでてなんで正気でいられるのかと第3巻になった今でも思う。
とりとめのない感想になってしまったが、まもなく4巻めが発売されらしく、長く積み本になってたことを後悔。 -
Posted by ブクログ
あらすじを軽く見た段階では本作ってバトルロワイヤル系かな?って思っていたのだけど、何もかもが壊れているような悪辣な作品だった……
話の大筋である「必要な聖女は1人だけ」とのフレーズだって本来は13人の聖女に分ける必要なんて無いだろう特異な立場や能力を敢えて分け与えた上で殺し合いを求める構図になっているのは本当に悪意しか感じられない。しかし、それが神様によって行われているなら、それは悪意ではなく世界の在り方そのもので
どうしたって聖女同士が殺し合う宿命は壊れているように感じてしまう
そんな世界に迷い込む斗真も一見壊れているように見える少年だね
彼が陥った地獄は断片的にしか語られないけれど、人間性を失い壊れてしまうには充分過ぎるものだと伝わってくる。だからこそ、最後に『彼女』の幸福を願った上で自死を選んだ彼は壊れていなかったのだと思える
だとしたら、壊れそうで居て壊れていない斗真に助けを求めたアデルも実は壊れそうで居ながら壊れる事を拒んだ人物なのかな
一族の者達を滅ぼされ大切なメイドや親族を身代わりに生き残った彼女の境遇は精神を壊すに足りるもの。特にその後に訪れる苦境を打破する手段を持ち合わせていない点も尚更に
けど、彼女は諦めていないね。無力ながらに聖女聖戦を止めようとしているし、その為に斗真を見捨てず斗真に見捨てられないようにしている
アデルが我欲の為に聖女聖戦を止めたい訳では無いという点は斗真に響くものとなるね
壊れた世界で彼女は理性に拠って、聖女聖戦に没入する聖女や人々の在り方を否定し調和を取り戻そうとしている。その為なら自分が壊れたって構わないと考えている。それはどうしようもない優しさ、利他的な思考
アデルのそのような思考は斗真に『彼女』を思い起こさせるものとなったようだけど、実のところアデルの発想は斗真に程近いものではないかと思える
だから二人はパートナーとして聖女聖戦へと立ち向かえたのかもしれない
構図としてはアデルが転生者である斗真を利用する形なのだけど、その一方で斗真にこの異世界を好きになって貰おうとする努力を重ねる点は印象的だね
斗真の能力は盤面を引っ繰り返す可能性があるもの。つまり最終局面で斗真がキャスティングボードを握っているかもしれない。そんな時に絶望だけを抱いた状態で選択を行えばそれこそ世界にとって斗真は善い存在ではなくなる
これは打算のようでいて、けれど不幸な身の上である斗真に良い思い出を作って欲しいという願いを籠めたものだね
というか、このアデルという人物は何処までが計略的で何処までが天然か判然とさせてくれない人物だね。命を奪い合う闘争の中でも他の聖女を殺したくないとのたまう姿勢は能天気な正義感かと思わせるが、その反面で斗真の罪を問うたりはしない
それは底知れない魅力として彼女を成立させるものとなり、余計に斗真はアデルを『彼女』に似ているというだけでは済まない理由で支えたくなったのだろうね
作中で聖女達の絶対的な敵対者として描かれるミーシアも負けず劣らず壊れた人物。聖女として取り立てられ、その上で人為的により聖女らしい存在へと書き換えられた
その在り方は哀れとしか言い様が無いが、対して斗真が言及するようにこの世の敵となるのであれば、事情はどうあれ許しておけない。もしかしたら足掻いて足掻いた先にミーシアに救われる余地が有ったとしても彼女は無機質で機械的に殺さなくてはならない
そう考えると打倒ミーシアの為に集まった聖女達も積極的にミーシアという個人を殺したがっていたかというと必ずしもそうではないのと似ているかも
彼女らは自分や庇護者達を守る為に聖王国と戦おうとしている。その聖王国の枢要がミーシアだから彼女を殺すという話になってくるだけで
似た話はミーシアの聖騎士であるドミニクにすら言えてしまうのかな
愛を求めた彼はミーシアという完璧な聖女に愛という存在を見出し彼女の絶対的な守護者になる事を誓った。けれど、ミーシアは人造的な聖女。仮面が剥がれ落ちてしまえばドミニクが守り奉りたい相手ではなくなる。結局は彼も彼女という個人を愛したのではなく、整えられた在り方に魅せられていただけ
このように捉えるとミーシアを死へと導き、ドミニクを殺害した斗真は聖王国を滅ぼした勝者足り得るのかという点もそうではないと気付けるね
彼は結局のところアデルを守りたかっただけ。その過程で聖王国やミーシアが障害となったから排除しただけ。「―――別に」という台詞には彼の虚無が詰まっている
また、彼はアデルという個人を積極的に守りたい動機を持つわけでもない。アデルを『彼女』と重ねたから代替行為としてアデルを救う気になっただけ
ラストに明かされるのは斗真が抱く虚無の正体
あれを見ると彼は壊れているようで実際は壊れていないのではないかと思える。彼は『彼女』より先に動けなかった事を悔やむけれど、それはつまり『彼女』程には壊れそうではなかったなんて考える事も出来て
むしろ壊れてしまった『彼女』の代わりに地獄へ堕ちる為に自死を選んだのならば優しい少年とすら捉えられるかもしれなくて
儚く優しい斗真に助けられたアデルの感謝にて締められたラストは先々への不安を消してくれるものではなかったけど、他方で満たされる事がなかった斗真の心が少しだけ癒やされたかのように思えたよ… -
Posted by ブクログ
最後の短編集でありシリーズ最終巻だけれど、収録されている話の半分が時系列に初期の初期である点は少し面白い
全てが終わり、小田桐とあざかが平行線のまま穏やかに終幕へと辿り着いた事を思うと、今にして初期における小田桐とあざかの関係性を見直す事で見えてくるものもある。そうした段取りを踏むからこそ、本編終了後のアフターストーリーも味が滲み出てくるのだろうし
『小田桐は今日も理不尽と戦う』と『七海は幽霊を信じない』は本編では明かされていなかった小田桐と七海の関係が始まる物語だね
七海が小田桐みたいなぬぼーとした人にどうして入れ込むようになったのか疑問だったのだけど、利用価値を見出した事が始まりだったようで。まあ、小学生相手に丁寧な物腰をし、彼女の発言にほいほい従って危険地帯へ、問題を解決してみせた(ように見える)小田桐ほどに都合が良い相手は他にいなかったろう
対する小田桐は残念な事に七海を完全に子供扱いしているし、七海が利用できると思っている程には賢くない
ただ、小田桐が七海を子供扱いしていたから、七海のかなりアレな面には気付かないまま交友関係を築き、彼女の傍に綾が居る状況も許容出来たのだろうと思えたよ
…もし、早い段階で小田桐が七海の性質に気付いていたら、二人の関係はどうなっていたんだろうね?
『繭墨は今日も僕の隣で微笑む』は短編らしさが有りつつ、同時に小田桐とあざかの関係性を象徴する話ともなっているね
あざかは陰惨な事件を好む、小田桐は平穏な日常を望む。何処までも平行線な二人、けれど小田桐が腹に鬼を孕む限りは望む望まないに関わらずあざかの傍を離れられない。彼女が鑑賞する陰惨な事件に巻き込まれ続ける
ただ、こうして本編が終幕を迎え、そして改めて時系列初期の物語が描かれる事であざかの側には小田桐を傍に置き続ける理由があまり無かったと気付かされる
当初こそ「腹に鬼を飼っているなんて面白い」という理由で傍に置いていたけど、そんな理由は長時間持つものではない。それでもあざかは小田桐を傍に置き続けた
空白となった理由を勝手な邪推で埋める事は可能だけれど、結局何を言ってもあざか相手なら正しくない気もする
どちらにせよ、厳然たる事実として存在していたのは、小田桐勤は繭墨あざかの隣に居て、繭墨あざかは小田桐勤の傍に居続けた点だけだろうね
そして本編終幕後の物語が小田桐達を見知らぬ者によって語られているのは印象的
ひかりはこれまでに小田桐達が辿ってきた地獄を知らない。その意味では本編終幕後に小田桐達にどのような変化が有ったかを知るには十全の役割を担えるとは言い難い
けれど、話の中心にいる小田桐が穏やかな態度で雄介やあさと達と関わり続けていると、ひかりを通して読者が知る事で今の彼らはとても幸せなのだと判る。こうした視点は何も知らないひかりだからこそ出来るもの
ここで気になるのは折角地獄から抜け出せたのだから新たな問題に関わるなど嫌なのではないかという点
けど、そんな認識は不要。本編の時点で不用意な程に他者と関わっていた小田桐が地獄を経験した程度で人助けを辞める筈がなく。それが彼の周囲に人が集まる理由となっているのだと判る
ひかりの問題は本編で扱われた異変と比べれば遥かに単純で問題の程度は低い。ただ、放置し続ければひかりの心が大いに傷つく未来が見えると云う話で
彼女の周囲に舞う蟲は拒絶の象徴。下手に関われば痛い目に遭うのは一目瞭然。ならば小田桐は関わる訳だ。自分が痛い思いをする程度で誰かを助けられるなら彼は迷わない
あさとが言うように小田桐の本質は異界から帰ってきても、鬼やあざかから引き離されても変わらない
そしてもう一人の主役と言えるあざかとて、小田桐が変わらないならあざかだって変わらない
異能をほぼ失っても己の楽しみの為に陰惨な事件に関わるのを辞めない。それはあれだけの目に遭った小田桐がそれでも人助けを辞めない行為に似ている気がするけれど、人死にと人助けならベクトルはやはり交わらないままで
平行線だった二人は離れた事で互いに思うが儘に過ごせる人生へと到達した。それは地獄のような物語の果てに辿り着いた境地としては充分過ぎるものと言えるのだろうね
人の狂気が何度も描かれ、道を踏み外した人が容易に死に、他者を死の運命に巻き込む悪意が跋扈し…
あまりに悲惨な物語で時に目を逸らしたくなるシーンも有ったけれど、それでも読み続けられ、そして今にして再読したくなる原動力となったのは偏に小田桐勤と云う人物が地獄に絶望しながらも地獄に抗い続け、時には地獄に自ら突き進んだ上で関わった者達を助けようと藻掻いた姿勢があまりに眩しいから
その反面、あざかが導く陰惨な事件をもっと見たいとの興味も薄れず有るから、小田桐だけでこの物語は構成できなかったとも思う
小田桐とあざかが同調した協力者ではないからこそ紡がれる、地獄の中で救いを求めるかのような物語には本当に魅了されましたよ
半年ほど掛けて再読したわけだけど、こうして読み終わってしまうと寂しい感覚に襲われてしまうね
いずれ本作を再び読み返すのか?それともここで読み返した事が新たな物語に出会うきっかけとなるのか?
やはり良い作品と接するのは良い体験だと思えますよ -
Posted by ブクログ
今回は短編集らしいエピソードが並ぶ構成となったね。日常成分に溢れていて血みどろ成分が珍しく薄い
特に小田桐の日常とあざかの日常が裏表で描かれた『繭墨あざかと小田桐勤の休日』は特に短編らしさに溢れている。小田切からはあざかが休日をどのように過ごしたかは見えないし、あざかの側から小田切がどのように日々を過ごしているかを見えはしない。小田桐は穏やかに友人に囲まれた日を暮らし、あざかは凄惨な依頼人が訪れる日を過ごす。対極的な2人の休日がほんの少し交差する内容は短編だからこそ出来るものと思えたよ
この巻の収録エピソードで面白いのは小田切に成り代わろうとした男、又は小田切かと誤認させる男がそれぞれ登場する点だね。
繭墨あざかの隣に見た目は普通な小田切が侍り続ける状況はあざかを知る者こそおかしいと指摘し続けてきた光景ではあるんだけれど、小田桐の役を狙ったかのような人間が2人も登場した事で尚更に小田切の特異性が強調された気がするよ
腹を裂かれた男はそもそもあざかの隣に居る資格が無かったタイプか
あざかの家に迷い込んだ点において、彼も特異だったと言えるのかもしれないけど、逃げた果てにあざかの家に辿り着いただけ。また、あざかに興味を持たれるだけの何かも持っていなかった
そこにあるのはただの偶然であり必然は無かった。だからあざかも彼を助ける理由を持たない
従者の男は様々な特徴が小田切らしさを持っているけれど、正体と共に指摘されるように彼とて逃げ出した人間だね
あざかと向き合えず、また弱い自分すら直視できなかった。それでいて自分の弱さから生じた問題をあざかに押し付けようとした。あざかが言うように彼は資格がない処の話じゃなく、そもそもあざかの傍に居るべきではなかった人間なんだろう
そう思えば、鬼を孕まされた後に望んであざかの手を取り、そして天使が巣食うビルの一件を経てなおあざかの傍に居ると決めた小田桐こそ、あざかの隣に侍るに相応しい人間かもしれないね
直接的には雄介編と関わり無いながらも、それに至る前日譚になっている『さよならの時計塔』。同時に梓が小田桐達の居る世界に一瞬だけ踏み込んでしまったエピソードでもあるね
友人を返り討ちにした事で自身を取り巻く偽七不思議は去っても友人まで去ってしまった梓は孤独
ここで雄介が彼女に絡み続けるのは梓が人に混じれない人間である為か出会った際に大泣きしていたからか
どちらにせよ、雄介のお陰で梓は孤独を紛らわせる事が出来ている。でも、学校という集団生活の場で孤独をものともしないかのような姿勢はそれこそ敵意の対象となってしまうわけで
それでも梓がいる場所が本物の日常で有れば、大事にはならなかった筈。なのに時計塔が怪異と繋がっていたのは不幸極まりないし、怪異の世界を垣間見てしまったのも一種の不幸か
そうして明らかになるのは梓の性質か。本編では自分を傷つけて他者を助けようとする小田桐の悪癖が散々に描かれてきたけど、梓もそれに通じる精神性を披露したね
ただ、小田桐が静香の死のショックから悪癖を発症したのに対し、梓は良い子ぶりたい、良く言えば日常に留まりたいとの精神から自分を虐めた人間をも助けようとした感じか
八重を助けたい気持ちに迷いはない。けれど、凛子や新島、顔も知らない生徒まで危険を冒して助けたいかと聞かれれば迷いは生じる。己のそんな心情を知りながら梓は異界に飛び込むわけだ。それは雄介の表面的な狂気と決定的に乖離する感情だね
梓の独善的な救出願望は日常を維持したいとの精神に基づいている。だから格好付けた装いなんて全く無い。だからこそ梓の頼りない抵抗に八重も凛子も同調できたと言えるのかもしれない
梓の近くから雄介は去ってしまった。代わりに訪れたのは友人達か
それは梓がようやく普通へと戻れたように思えて。そう捉えると雄介もいつの日か、日常を過ごす梓の近くに戻ってこれるのではないかと思えるようだったよ -
Posted by ブクログ
あさとは変わらず目覚めず仮初の平穏が続くかに見えた小田桐の日常。けれど、彼があざかの傍に居る以上は平穏に浸り続けるなんて不可能なわけで
StoryⅠの事件は通常通りの怪異が起きつつも、別の異変が向こうから侵入してくる形となっているね
このエピソード、依頼人が持ち込んだ異変は確かに恐ろしさを備えていたものの、それ以上にあざかの部屋に潜り込んだヒルガオの存在が奇異に映ってしまう。あの家を訪れる者は依頼人か知人ばかりだったから
依頼人である岬が探していた少女が都合よくあざかの家に潜り込むなんて不可解にも程が有る。まるでその状況は誰かがシナリオを描いたかのよう
ヒルガオという異物が紛れ込みながら何事も無かったかのように進行する舞台。それはまるであざか達が見えない何かに縛られているかのよう。そう考えると、岬の弟は他者を縛り付ける事に失敗した人間か
彼は金で買い付け自由を奪った少女達の首を括って楽しんでいた。なのに、自由を失った筈の相手に祟られて首を吊る羽目になった
このエピソードから見えるのは他者の支配なんてそう安易に出来る事ではないし、しても良い話にはならないという点
ならば小田桐とて他者を支配できない。その象徴と言えるのがあさとの復活であり、以前と違いすぎる彼の姿か
別に彼に反省や後悔をして欲しかった訳では無いだろうけど、他方で抜け殻のようになった彼を見たかった訳でも無いだろうね
自覚不可能な矛盾欲が駆け巡る小田桐の脳内は自身で制御できない領域。そこへ更にあさとを物のように欲しがる人間が現れれば、彼の不納得はより増す
そのように小田桐ではどうにも出来ない展開が続いた後で別の制御不可能な代物が飛び出す構成は妙な感じに容赦ないなぁ(笑)
本作において数少ないコメディリリーフとして君臨する『神』はそれこそ誰の支配も受け付けない存在。だからか、あざかだけでなくあさとですらビクつかせてしまう
こうした制御不可能な状況があさとの意外な一面を表出させるのは何とも愉快な展開
あさとは変わらず小田桐の支配できない相手かもしれない。けれど、あさとだって支配不可能な相手がいる。それは少なからず小田桐の中にあるあさとへの認識を変えさせるものとなったのだろうね
StoryⅣは支配者が誰かを誤認させるような話だったね
死者をモチーフにした人形と住む菱神はその芸術により死をも支配しているように見える。けれど、彼は本物の死者とは話せないし、死者を模した人形が壊れるだけで錯乱してしまう
また、彼は館の主人であるようで居て、主人は別にもう一人居る構図も混乱に拍車をかける。その上で菱神はどちらが本物の支配者かを忘れていたのだから厄介極まりない
人はせめて己自身の支配者で在りたいものだけど、菱神は安易に己をコピーしたが為に己の制御権を失ってしまった
それは支配からの脱却を行う上では決して手を出してはならない領域が有る事を示唆しているかのよう
だとしたら、ヒルガオが狐に願ってしまったものは不相応な願いだったのだろうね
ヒルガオは雄介の、ユースケのヒルガオになる為に失った領域を取り戻そうとした。でも、失った事には理由があって、そんな制御不可能な願いに手を伸ばすべきではなくて
雄介はヒルガオを大事にしていた筈だった。なのに、かつての家族を喪った瞬間を再現するかのような光景。狂気という不自由によって己をどうにか保っていた彼が堕ちた絶望は計り知れないね…… -
Posted by ブクログ
短編集だからとはいえ、ここまであざかの登場シーンが少ない巻って珍しいかも
それだけキャラクターやサイドストーリーが増えてきたと言えるのだろうけど
『白雪は「びきに」を知らない』
2巻のアフターストーリーであり、更紗と蝶尾のその後、水無瀬家の復興、白雪と兄の絆など本編で描ききれなかった諸々を補完する内容となっているのだけど、「びきに」要素がめっちゃノイズ……!
いや、良いんだけどね!大半のシーンを白い着物を纏って過ごしている白雪が布面積の少ないビキニを着用する展開のレアさを考えれば、短編だから出来る荒業と理解できる
けど、白雪が背負う水無瀬家当主の重責とか、忘れていた兄の優しさとか、シリアスでじ~んと来る描写とのミスマッチ感が凄い…
特に兄が遺した犬を抱きしめる大変良いシーンが、白雪がビキニ姿である為にシリアスブレイカーになっている状況は何とも言えない(笑)
『テディベアへ願うこと』
こちらは5巻のアフターストーリー。最悪な事件の果てに小田桐が決断した行動の是非を遠回しに問うている印象
自分が不幸を背負う事になったとしても誰かの幸を願えるか?
あまりに難しい問い掛けはけれど最後に幸仁が実践して見せた事を思えば不可能ではないと判る。しかし、あの女性がテディベアを小田桐に託したように、そう簡単に実現できるものではない。自分で不可能難題に挑戦するよりも他者に委ねてしまった方が楽
同様に小田桐が異界にあさと置き去りにしてしまった行為も他者に委ねた結果と見る事が出来るのかもしれない
一瞬はあさと相手に情けを掛けようとしてしまった。それをあざかやあさとの言葉に身を任せるようにしてあさとを異界に置き去りにした。それが自分の幸福に繋がると信じて
6巻で小田桐がした更なる選択は議論の余地が多分にある…というかむしろ確信を持って正しくないと言えるもの。けれど、あの選択こそ小田桐には自分やあさとの幸福を願えるものだったのかもしれない
『七海と雄介の危険な一日』
生きるため意識的にぶっ壊れて常識から外れている雄介、常識に留まる為に意識的に非常識を認識から外している七海
性格的には真反対で相性としても最悪な筈なんだけど、自分の行動に迷いがないという点では一致している
だから出逢えば罵りあう関係なのに、ひったくり犯を前にすれば流れるような連携を見せる
一方で精神面は雄介よりも小学生の七海の方が遥かに成熟しているね。というよりも、面倒なものに気付きつつもそれを意識に含めないという点には類を見ない精神性を感じられる
そういった精神性を持っているから、雄介が陥る地獄を察しながらも関わらず、それでいて情けない姿を見せる雄介を叱咤して彼に必要なバットを授けてみせる
雄介と七海の2人って相性は最悪である事は確かなんだけど、同時に相性最高でもある不思議な関係である点が見えてくる面白いエピソードでしたよ
『私と異分子な彼と彼女と狐』
作者が後書きで述べているように「人を呪わば穴二つ」という言葉がこれ以上ない程に似合うエピソード
話としては小田桐が地獄に陥る直前の時系列であるためか、小田桐とあさとの関係は非常に良好というか普通の高校生っぽい
けれど一人称の主体となる美和は2人や小田桐に纏わりつく静香を危険な存在と認識しているのが印象的。己を殺して生きる美和にとって、掘り返してはならない過去を探り当ててしまうかもしれない3人は恐怖を覚える相手
その意味では美和があさとを恐れる限り美和があさとの力に翻弄される事はなかった筈。彼女の安全圏が崩れたのはそれこそ彼女の所業によるもの
結局、殺した筈の過去は全く殺されてなど居らず彼女を脅かす為に訪れたというわけだ
興味深いのは、あさとは彼女に能力を使いながらもそれ以上はしなかった点か
後の時系列であさとが起こした様々な事件を思うと美和にあさとがした行為は非常に控えめ。破綻が判りきった願いを叶えただけ。それ以上の条件付けを彼女にしなかった
美和の破滅はあさとにとって娯楽では有るだろうけど遊びではないし、それを小田桐と関わらせる事もない。この点を無意味に深読みすれば、この後に生じた小田桐と静香の接近は目に見える以上にあさとの精神を揺らがした。そう考える事も出来るのかもしれないと思えたよ -
Posted by ブクログ
短編集という事も有ってか、本編よりも若干ライトな印象を受けるね
それでもあざかと出逢ったばかりの頃の小田桐を描いた過去編などは彼に容赦なく地獄を突き付けるのだけど
『僕が「繭さん」と呼ぶ理由』
腹に鬼を宿してから半月しか経っていない事も有り、このEPの小田桐は芯から厭世的。おまけにあざかへの信頼も特に無いものだから彼には寄辺となる何かすら無い
そんな彼がどうしてあざかの傍で生きると決めたのか、という小田桐の根源に関わる点が描かれているね
怪異自体はホラー風味で恐ろしさは有るのだけど、実害に繋がる危険性は低い為かこの話で主題となるのはどのように怪異の正体を暴くかではなく、自分の意志でどうとでもなる現実的な死を前に小田桐が何を選択するか?という点かな
あざかの本性を理解して、自分に救いなど無いと実感して…
その上で彼が選んだ生き方の本質はとても単純でありながら、彼という人がひとまず生を選ぶには揺るがしようがない程に強い感情であるように思えたよ
『私が先輩に恋した非日常』
読み終わって気付いたけど、サブタイトルで「恋した」って明言していたのか
本当に普通の女の子でしか無い梓が雄介と関わり始め、その繋がりを維持しようと決意するまでの物語
本作って出逢う事件がヤバすぎるものばかりである為か普通の子って中々居ないだけに吃驚するくらいに普通な梓は貴重に思える
そんな彼女だから出逢う怪異も普通の枠から踏み外したものとはなっていないね。学校の七不思議なんて本作で扱うにしては可愛らしい類
そんな印象を抱くだけに普通の梓が異常の塊でしかない雄介にどうして惹かれるのかは驚きを伴って興味を覚えてしまう
友達相手には話を聞いていないなんて呆れられる彼女が自ら動く形で近付いた金髪の不良。それは彼女の積極性であり運命的な望みなのかもしれないと思えたよ
『狐の生まれた日』
小田桐の旧友でありつつ宿敵と言えるあさとが今の形となるまでの物語
このEPを見ると、あざかは最初から繭墨あざかとして完成されていたが、あさとはあざかとしての生き方を失った事もあってか非常に中途半端で曖昧な存在だったようで
この頃の彼が何者であったのか、という点は終盤にあざかが存分に語っているね。それによって判るのはあさとが自分をどこまでも偽っている点
その意味ではこのEPで語られる彼のモノローグの大半が信頼ならないと云う話になる
面白いのは彼が己というものが無いと思い込んでいるのに、当初からあざかへの憎しみは持ち合わせている点
でも、己を偽る彼は自分の感情を認めない。だからこそ、外部から与えられた感情に則って行動しているという体裁を取れる状況をこそ欲したと言える。絹は最初の踏み台とするには丁度よい相手だったようで
ただ、一方であさとが絹に対して母性を見出していたのではないかと深読みすると更にあさとという人物が見えてくる気がしないでもない
実母から憎しみに似た願いを与えられながら叶えられず、親から普通の愛情は一切向けられず
そんな彼にとって思惑が有ったとしても、愚かなまでに愛を思わせる感情を向けてきた絹は特異な存在だったんじゃなかろうかと思ってしまう
けれど、あさとは自分を偽って他人で己を満たそうとするから絹を地獄に追い詰めて
ならば、得も損もなく手を取ってくれた特異な存在である小田桐に抱いた感情もあさとにとって、きっと間違えてはならないものだったのだろうなぁ…
けど、それを間違えてしまうからあさとは狐でしかないと……
最後の最後に自らの意思で小田桐を憎んだ彼は何だかんだ言って、小田桐という人間が好きだったんだろうな -
Posted by ブクログ
黒ゴスロリと唐傘で身を纏うあざか、白い着物で彩り扇子で会話する白雪というデザイン面で水と油並みに相性が悪そうなのに、その二人が空飛ぶ赤い金魚と関わる事で妙にバランスが取れているように思えるって不思議
第1巻が導入部として小田桐が自身の在り方とどう向き合うかを描いた物語だったなら、今回は彼が自身の在り方を踏まえて他者の異常とどう向き合っていくかが描かれた物語となったのかな
今回関わる事になった水無瀬の一族は能力者一族らしい集団だね
筆で描いた文字が浮き上がり動物としての実態を取り、敵に襲い掛かる
それだけなら格好良い能力者と言えなくもないけど、異能者を生み出す一族なんてまともである筈がなく。その異常性を一身に受けてしまったのが当主である白雪であり、その兄の白峰と言えるのかな
異常性を意図的に詰め込まれた白雪はそれこそ藻掻き苦しんでいる。望んで得たわけでもない境遇で、それでも責務だけは果たそうとする
その在り様はあざかとは真反対とさえ言える代物だね
自身は生まれながらの繭墨あざかだと宣う彼女は自身の境遇を嘆かない。白峰から命を狙われても恐れない
小田桐はそんな両極端な異能者を見比べる機会となったわけだ。その体験は異能者が味わう苦痛とは何かを考えさせる機会となる
そう捉えると亜城との出会いと衝突は彼にとって大きな意味を持つような
異質な人間性を持ちながら異能者ではない人間として異能者を利用する亜城は小田桐を異能者と呼び蔑む
亜城を嫌悪できる小田桐は確かに異質な人間性ではないだろうが、嵯峨がしたかもしれない罪には何も言わなかった。そもそも鬼を孕んでいる時点で普通とは呼べない
その様は多かれ少なかれ彼に異能者とはどのように生きるべきかを考えさせるものと成るね
その点が活きてくるのが最終局面かな
兄との戦いを通して死のうとした白雪を許さない小田桐の在り方は彼の信念を反映したもの
異能者としての生き方も一族の事情も安易な死も許す事なく、どこまでも普通な信念の下に白雪を庇ってみせた彼は自身がどのように他者を関わるかを定められたような気がするよ
だからこそのラストの台詞なのだろうし
ただ、それがどうしようもなく白雪を魅了してしまったのは今後においてどう活きてくるのかな?というか女性関係で酷い目に遭った彼は異能者としての白雪の前に、女性としての白雪とどう向き合うのかという問題も有るが
時折、コメディタッチな表現は含みつつも本作の大半は血みどろ成分過多な印象なのだけど、そんな本作において異質ながらにギャグの塊『神』が登場した一連のシーンにはやはり笑ってしまう
あれを生み出してしまった幸仁って別の意味で凄い気がするよ…(笑)