吉田健一のレビュー一覧

  • 新装版 旨いものはうまい

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    居酒屋で一人酒しながら読むのにぴったり。数々の食べ物が出てくる中で、新潟の筋子の粕漬けが特に気になりました。粕漬けは苦手だけれど食べてみたい。検索したら有名店の商品で通販可能のものがあったけれど、一人暮らしではもし口に合わなかった場合が困るので、迷い中…。

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    2026年06月07日
  • ラフォルグ抄

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    やっと吉田健一譯『ラフォルグ抄』(小澤書店、1977)の中古本を購入した。
    さっそく、ワクワクしながらページをめくる。
    ありました、ありました、探していたラフォルグの「伝説的な道徳劇」(「伝説寓話」「モラリテ・レジャンデール」などとも表記される)が。

    < (略)
    ――私の兄さんのヨリツクよ、私はお前の頭蓋骨を家に持つて帰る。私はこれを部屋の棚に、オフェリヤの手袋と私の最初の乳歯との間に飾つて置くことにしよう。あゝ、これだけの材料があれば、私はこの冬どんなに仕事をすることだろう。私には無限に書きたいことがあるのだ。
     日が暮れていく。そろそろ行為に移らなければならない。ハムレットは夜になった街道の平凡な景色を余り気に掛けないで、もと来た道を城の方に戻る。彼は先ずヨリツクの頭蓋骨といふ貴重な記念品を置きに塔に登つて、暫く窓際に肘を突き、黄金色の満月が凪いでいる海に映つて、そこに天鷲絨風の黒と溶けた金の、その意味もなく美しい柱を屈折させてゐるのを眺めてゐる。
     悲しげな水に映る月の光、……聖徒であつて堕獄の罪を犯したオフェリヤはそのやうにして一晩中漂つてゐたのだ。……
    ――併し私は自殺することは出来ない。私はまだ生きてゐたいのだ。オフェリヤよ、オフェリヤよ、許してくれ。そんなに泣くのぢやない、頼む。
     ハムレットは窓を離れて、憑かれたやうに暗闇の中を歩き廻る。
     (略)>

    この散文の部分は、ガストン・バシュラールが『水と夢』(小浜俊郎・桜木泰行共訳、国文社、1969)の中で引用しているので、私は知ることができた。「天鷲絨」の読み方は、「てんがじゅう」または「ビロード」で、この言葉は、ポルトガル語の「veludo」に由来し、白鳥の織物を意味するとのこと。それはさて措き、『水と夢』では次のように記されている。

    <彼はしばらく窓際に肘をつき、黄金色の満月が、凪いでいる海に映つて、そこに天鷲絨様の黒と溶けた金の、その意味もなく美しい柱を屈折させているのを眺めている。
     悲しげな水に映る月の光、……聖徒であつて堕地獄の罪を犯したオフェリヤはそのようにして一晩中漂つていたのだ。……>

    何度読んでも、詩情あふれる素晴らしい情景である。

    参考に、マリ・ジャンヌ・デュリー夫人の『月とピエロの詩人 ジュール・ラフォルグ』(清水弘文堂、1974)の訳者・宮内侑子氏は、次のように訳している。

    < (略)
    ――ぼくの兄弟ヨーリック、お前の頭蓋骨を家へ持っていこう、ぼくの奉納物の飾り棚の上の、オフェリアの手袋とぼくの乳歯の間のよい場所をそのために空けてやろう。ああ!この冬はこれらの物といっしょに仕事をすることになるんだな!僕は棚の上に無限なものを持つ。
     日が落ちた!ああ!行動せねばならぬ!ハムレットは本街道の夜の日常性に大して侵されることもなくお城への道をもどる。まず自分の塔にのぼり、その頭蓋骨、その強力な置物を置く。一刻、窓に肘をついて、美しい金色の満月をみつめる、おだやかな海に姿をうつし、そこで黒ビロードと金の液体の折れ曲った魔法のそしてあてもない円柱をくねらせている満月を。
     わびしい水の上のそれらの反映……聖なるそして地獄におちたオフェリアはこのように一晩中ただよっていたのだ……
    ――おお!でもぼくは自殺はできない。生きることをやめることは!オフェリア!オフェリア!許してくれ!そんなに泣くな!
     (略)>

    お終い

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    2026年02月06日
  • 舌鼓ところどころ/私の食物誌

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    戦後の非常に苦しい日本の再成長への道、その中で、食そのものを楽しみ、人々に興味と日本が古来から持つ食の素晴らしさを集めた珠玉の食に関するエッセイ集。丁寧に取材し、食し、語られる文章がネットも、Social Mediaもない時代に、唯一の情報源だった人たちもいただろう。それを考えると、写真のない、文章のみで構成された、インスタと言えるだろう。これを想像し、その時代の人たちの生き様を感じる非常に貴重で、非常に意義深い。苦しかっただろう世代、乗り越えていく高揚感、新しいものを取り込む粋な人生を思い描き、必死に戦っていた強いアイデンティティ。
     特に、ワインを葡萄酒とし、赤も白もロゼも、とにかくブルゴーニュとかそういう産地でしかない表記に、希少価値と非常にお高いワインに触れることで、食通としての地位を維持しようとする努力もまた涙ぐましい。ビールでなんとかやっていきたいという部分がなん度も出てくる。
     お寿司については、もはや数百軒はあるであろう東京のお寿司屋さんだが、闇市と配給時代からくらべたら、なんと素敵な状態にあるのだろうか。お金を払えば食べられる。贅沢ですらある。
    噛み締めるように、各地方の特産や郷土料理が出てくるので、お腹が空いてしまう。うなぎ、すっぽん、などなど実際に食べている姿もとても想像がつく。今でこそ、新幹線でも、東京にいればほぼ全て手に入るであろうことも、当時は本当に貴重でこの食レポをもって、想像して楽しんでいた人たちが多かったことだろう。改めて、食べることという本質的な部分に触れるとともに、豊かになった現在もまた、数十年前にはそうではなかったという事実にハッとさせられる作品である。
     わさび、すだち、塩昆布などの食材自体にも目を向けて、そのおいしさを力説してくれるのだが、ハム、ベーコンなるものがある、ということもあって、なんとも言えないうまさを感じたのだろう。今でこそ当たり前の食材たちもまた、海外から入ってきて、日本で成長し、発展し、ここまできたということでもある。日本の食卓に、お米があまり上がらなくなってきたというふうに聞いた、という部分もまた、パンが一気に入ってきた証拠でもある。今でこそ、小麦の弊害を言われ始めているのだけれども、その当時は小麦の中毒性に一気にやられたひとが多くいたことを物語る。アメリカでは、すでにグルテンフリーと言われて久しい、こうした中毒性の高い、胃に負担をかける食事を控える文化圏が一定のレベルで存在していることになる。日本の食事も発展していっているが、世界の食もまた次の世代に入っていく。

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    2024年02月19日
  • 吉田健一随筆集

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    今まで著者の作品は旅と食のエッセイしか読んでいなかったので上流階級出身のおぼっちゃまかと思っていたが大間違い。
    とんでもない文人だった。
    西洋文学、歴史に関する深い教養に圧倒された。後半はいつもの食と酒の紀行文になったので安心した。本当の教養人とはこういう人だな。

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    2023年11月30日
  • 酒談義

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    酒にまつわるエッセイは数多くあると思う。その中でも名作まちがいない本作は、書かれている背景は若干時代を感じるものの、作者が酒にどのように向き合って付き合ってきたか?非常に考えさせる要素がある。まぁとにかく飲んで学びましょう。

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    2021年11月14日
  • 父のこと

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    ネタバレ

    “再軍備は蟷螂の斧、そんなものを作って貧乏するくらいなら、しないほうがマシだ。これに代わるものとして集団防備なりを考えていけばいいので、日本一国で軍備をするなんて、バカの骨頂だよ。”

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    2017年11月16日
  • 汽車旅の酒

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    酒が好きな人は、そのディティールを細かに表現しようとするが、この著者には一切ない。とにかくぐいぐい飲んで、ぐいぐい書く。本当にかっこいい。

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    2019年10月11日
  • 吉田健一

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    あるとき朔太郎を読んでいて、文学とはまず第一に批評である、と書かれていて驚いたことがある。それまで文学といえば真っ先に思い浮かべるのは小説だったから、なぜ批評がその上に位置するのだ、と疑問に思ったものだ。当時、批評とは「他人の書いたものをあれこれ論じて価値を定めるその時々のジャッジ」のことだと思っていたからだ。しかし、それは文芸時評(review)というもので、批評(criticism)ではない、と解説を読んではじめて腑に落ちた。それでは批評とは何か。池澤によれば「批評は文学の原理を明らかにし、文学を導くもの」だそうだ。なるほど、それならよく分かる。朔太郎のいう批評とは、(criticism)のことだったのだ。

    当時すぐにそう思えなかったのは、こちらが未熟だったことは勿論だが、そう言われて思いつく批評(criticism)らしきものを読んだことがなかったからでもある。じゃあどんなものがそれにあたるのかといえば、この本の巻頭に置かれた「文学の楽しみ」を読めばいい。これこそ、文学の原理を明らかにし、文学を(本来そうであるべき方向に)導いてくれる文章というもので文学といえば何故小説を思い浮かべてしまったのか、そのわけが説き明かされるだけでなく吉田健一特有の思考の流れを丹念に追いつづける悠揚迫らない息の長い文章が、丸谷才一が言うところの女が着物に帯を合わせるように絶妙に配された絢爛たる引用と綯い交ぜになって読むものを文字通り「文学の楽しみ」に導いてくれる。

    日本で文学といえば小説、それも自然主義の小説や私小説が主流となり、詩や批評が中心の位置に来なかったのか、なぜ世界を苦しいものと見たり、文学の中に思想その他何か別のものを求めたがるようになったのか、それを一口で言うのは簡単だが、レシピを読んでも料理の味が分からないのと同じで、早急に答えを求めるのでなく、古今東西の文学に深く親しみ、その詩をフランス語や英語の原文で諳んじることを日常とした文士の語りに耳を傾けるのが最もよいのではないか。文章には独特のリズムというか調子があって、一度その調子に乗ることができれば苦もなく長時間の講義を聴きつづけることができる。ときにはその辛辣なヒューモアに思わず噴きだし、次々と繰り出される名詩に酔い、意気軒昂たる啖呵に胸のすくのを覚える。

    「文学の楽しみ」と並べるように置かれた「ヨオロッパの世紀末」も日本の近代文学成立とヨオロッパの19世紀とのかかわりの深さについて鮮やかに説き明かしてくれる。吉田によれば、ヨオロッパは18世紀にその絶頂を迎え、英国ヴィクトリア朝が代表する19世紀は偽りの世紀である。ボオドレエルやワイルドが代表する世紀末芸術が興ったことにより、ヨオロッパは再び息を吹き返す。こういう考え方や見方を身につけた文学者はその当時の日本には皆無であった。つまり、何も知らない日本の文壇を相手にギリシアにはじまりユダヤ教(キリスト教)を経由して生まれたヨオロッパというものを説くと同時に表層的な理解によって輸入した文学なるものの本来の根源を指摘したものである。

    吉田健一ひとりで一巻としたところに池澤夏樹編の日本文学全集がいかに画期的な試みであるかが明らかになっている。これは池澤本人も書いているが、丸谷才一、吉田健一を指標としてこの文学全集は編まれている。旧来の小説偏重の文学全集とは批評重視という点で一線を画しているというわけだ。重量級の批評二篇に続いては、自身の翻訳書について触れた「『ファニー・ヒル』訳者あとがき」と「ブライズヘッド再訪」(小説そのものではない)が控えている。初めての読者はここから読み始めることを編者はすすめている。肩の力が抜けて気楽に読めるからだろう。

    酒と食味随筆でも知られる吉田である。「食い倒れの都、大阪」や「酒談義」などの読んでいるだけで酒が飲みたくなってくる軽めのエッセイや「酒宴」「辰三の場合」などの短篇小説もちゃあんと用意されている。晩年に到ってようやく全開される「金沢」等の本格的な小説世界に導くための心遣いというものであろう。全集中の一巻という縛りのあるなかで、吉田健一という日本には稀な贅沢で幸福な文学者を紹介するという容易ではない仕事をさすがに若い頃吉田健一全集編纂に携わった経験を持つ編者ならではの目配りでやりとげていると思う。「ロンドン訪問紀」のなかでさりげなく触れられているイアン・フレミングとの交遊など読むほどにケンブリッジ帰りの文士のあの顔をくしゃくしゃにした笑顔を思い浮かべ陶然となる。

    批評の中にも自身の翻訳によるラフォルグやディラン・トオマスの詩が引用されているが、「君を夏の一日に喩へようか」で始まる「シェイクスピア詩集 十四行詩抄」が原詩つきで末尾に付されているのは嬉しい。先に訳詩集『葡萄酒の色』を愛読していたが、原詩を読みたく思っていた。因みに冒頭部分原詩では“ Shall I compare thee to a summer’s day? ”である。シェイクスピアがぐっと身近に迫ってくるのを感じないだろうか?

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    2015年06月05日
  • 汽車旅の酒

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    代表作になるとは思えないのだけれど、旅、酒、汽車と揃うとどうしても点が甘くなる。休日に気持ちいい読書ができたので5☆。そもそも金沢について書いている人なので不思議ではないが、このタイミングでの刊行は北陸新幹線開業に合わせてたものでないかと勘ぐってしまう。まあ、それはそれで。

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    2015年03月24日
  • ロビンソン漂流記

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    もし自分が無人島に流されたら、この小説での知識をそのまま活用できそうなくらいリアルだった。とにかく面白い。

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    2010年08月23日
  • 作家と酒

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    かなり昔の作家から現代の作家まで、幅広い作家の酒に関するエッセイ集。古くは1883年生まれ高村光太郎、新しくは1974年生まれ金井真紀まで。
    皆短い、そして面白い。笑える話が多い。出典も幅広い。これだけのものを集めるのは大変だろう。
    丸谷才一のエッセイに酒に関するエッセイがぼんぼん出てくる。皆名作らしい。読んでいるのが当然という調子で出てくるのはどうかとも思うが、それでも何冊かは注文してしまう。

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    2026年08月23日
  • ハムレット! ハムレット!!

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    シェークスピアが開けた小窓から無限の宇宙が広がっていく。16-17世紀に書かれた作品が現代でもこれほど人の心を掴んでいることに鳥肌が立つ。文学の持つ底知れなさを思う。

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    2026年03月28日
  • 東京の昔

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    良くも悪くも高等的。著者独特の文章スタイルや難解な用語は私にはちょっと難しいのだが、それでも案外すいすい読み進められるのは、著者の力量なのだろう。
    1930年代の東京を舞台にした小説を、1973年に著者が発表し、2026年に自分が読んでいる、つまり100年前の東京の知的雰囲気の一部を回顧するというのは確かに興味深い。とはいえ、近代西欧それもパリを鏡にして日本を眺め、考えるというのも時代を感じる。

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    2026年01月24日
  • 新装版 旨いものはうまい

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    独特な文章のリズムに慣れるまで少し時間がかかったが、読み進めるうちにそれがむしろ味わい深く感じられた。
    自分が生まれる前の時代の話なのに情景が自然と浮かび、食いしん坊な人だなあとたびたび頷きながら楽しく読み終えた。
    吉田健一の硬すぎずフラットな語り口に惹かれ、読むたびにお腹がすいてしまうような一冊。
    食いしん坊な方におすすめ。

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    2025年10月13日
  • 余生の文学

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    #平凡社ライブラリー #吉田健一 

    「余生の文学」 言葉、批評、近代の豊富と無秩序をテーマとした文学論


    「批評と文芸時評」
    詩は、人間がいい気持ちになったから作る
    小説は、人に話をして聞かせたいから書く
    批評は、あることについて自分の態度を決めたいから書く

    「文章論」
    言葉は生きものであるから同じ一つの文章でも同じ顔つきをしているとは限らない

    「時評」
    人間は言葉を使って考える〜言葉と考えは同じ

    文学で求められているものを一言で言い表すなら、真である

    文学はもっと泥臭いもの〜人の心を満足させるもの

    言葉が我々を動かし、揺さぶる時に〜何度繰り返し読んでも〜我々はその言葉を新しいと感じる

    「文学は道楽か」
    人生の叡智〜文学でしか出来ないもの、言葉でしか表せない

    「言葉」
    文学の特徴の一つ〜何の役に立つ保証もなしにその世界はどこまでも拡がり、その拡がり方が限界がないことを感じさせる

    言葉に魅せられることから始めなければ文学と付き合うことはできない

    言葉で表現されたものをそのもの自体と見るならば、言葉には愛も、情熱も、ダヴィンチも〜自殺もある。何でも言葉で表されたものはそこにあることになり〜一切のものは言葉になった時に始めて実在するということが成立し、言葉だけが実在する

    人間は言葉を使って考え、その考えるというのは言葉を探すことである

    文学は言葉を組み合わせたものであり、そうして組み合わせる技術である文学は、我々の精神活動に何か役に立つか

    善悪の区別でなく、我々が生きていくのに道を照らしてくれるもの〜叡智がある言葉を伝えるために文学がある〜文学のほかにそれを伝えるものはない

    「批評」
    何かと取り組んで、それに対する自分の態度を決めるに至る言葉の作業が批評

    批評は、ものを書く場合の基本的な態度、形式

    「近代と頽廃」
    極度の豊富は虚無と同じ〜豊富が無秩序を呼び、無秩序が豊富を収拾がつかないものにした 

    「余生の文学」
    自分に何ができるか解らなくて、それでも何かやってみたいというのは厄介な状態であるが、若いうちはその状態にある

    どうにもならない目に会っている人間に対しては、見て見ない振りをするのが礼儀である

    年をとって自分に何が出来るか解るのは、自分の限界を知ることであって〜それだけ仕事の狙いを定め易くする

    何かはっきりした目的があって、それが他のことに優先している間は文学の仕事はできなくて〜もの欲しげな所がないというのが文学の一つの定義になっている









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    2024年02月15日
  • 作家と酒

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    ネタバレ

    小説家や詩人や漫画家たちによる、お酒にまつわる44編。
    大酒呑みの話が読みたいと思って手に取った。きっと何名かはそういう作家がいるに違いないと。
    結果的に想像以上の面白い話が読めて満足した。お酒での失敗談も、お酒にまつわる思い出も、作家の表現力で楽しく読めた。時代の空気まで伝わってくる。
    困るのは、読んでいるうちに自分もお酒を飲みたくなってくるところだ。お酒専用の業務用冷蔵庫が心底羨ましかった。

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    2024年01月21日
  • 英国に就て

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    吉田健一氏は日本では最後と言えるかも知れない古き良き時代の香り漂う文士である。「文化などということが念頭にないのが、英国の文化に一貫した一つの性格だ」とは大見得を切ったものだが、氏の見た実用主義という英国文化の特質は、実は取り立てて新鮮でもない昔からある観察だ。その実用主義が、人間はいずれ死すべき存在であるがゆえに束の間の現世をとことん味わい尽くすべしという、英国人の生き方に根ざすものだというのは確かにその通りかも知れないが、ではその現世志向がどこから来るのかということに氏の関心は向かわない。ウェーバー風の宗教社会学を奉じる講壇知識人なら物足りなさを感じるだろうが、社会科学的あるいは歴史学的な分析なんぞは学者に委ねておけばよろしいという、ある種の開き直りともとれるし、逆に言えば、己が眼で見たものしか信用せぬという文士の自負が垣間見えて爽快である。英国の近代化を推進したのはピュリタニズムかジェントルマンかなどという詮議も、畢竟観念の遊戯に過ぎぬと高を括っているかのようでもある。ジェントルマンなるものに氏が見たものは、旧貴族に対する新興階級の劣等感と裏腹の空威張りでしかない。本書の白眉はやはり文士としての力量を遺憾なく発揮した「英国の四季」であろう。移ろいゆく自然への研ぎ澄まされた感受性は、英国文学をその風土の中において深く理解した氏ならではの冴えがある。四季を味わうことに天賦の才を有する今ひとつの国民、日本人であればこそ、英国人以上に英国の四季を味わい尽くすことができたという気がしないでもない。英国文化の基調をなす実用主義というものも、ありふれた日常の生を美しく生きることと解すれば、多くの差異を孕みながらも、そこに日本文化との共通点を見出すことも可能ではないだろうか。

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    2023年12月29日
  • 舌鼓ところどころ/私の食物誌

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    吉田さんの著作は全て好きなんだけどこれはどーですかねという作品でした。
    でも読み進むとやっぱり良いんです。

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    2023年11月13日
  • 作家と酒

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    酒という媒介によって、執筆者に対する誼の深さを問わず、ある種の古き良き時代を醸し出す文化の中で各人が実態的に肉付けされていく行程は、人類史を通じて連れ添ってきた存在の重みを改めて見せつけるものとなっている。

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    2023年03月27日
  • ロビンソン漂流記

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    「ダニエル・デフォー」の冒険小説『ロビンソン漂流記』を読みました。

    「高橋大輔」の著書『ロビンソン・クルーソーを探して』を読んで、久しぶりに『ロビンソン漂流記』を読みたくなったんですよね。

    -----story-------------
    ひとりで無人島に流れついた船乗り「ロビンソン・クルーソー」 ――孤独と闘いながら、神を信じ困難に耐えて生き抜く姿を描く冒険小説。
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    初版の正式なタイトルは、

    『「自分以外の全員が犠牲になった難破で岸辺に投げ出され、アメリカの浜辺、オルーノクという大河の河口近くの無人島で28年もたった一人で暮らし、最後には奇跡的に海賊船に助けられたヨーク出身の船乗りロビンソン・クルーソーの生涯と不思議で驚きに満ちた冒険についての記述」(The Life and Strange Surprizing Adventures of Robinson Crusoe, of York, Mariner: Who lived Eight and Twenty Years, all alone in an un‐inhabited Island on the Coast of America, near the Mouth of the Great River of Oroonoque; Having been cast on Shore by Shipwreck, wherein all the Men perished but himself. With An Account how he was at last as strangely deliver’d by Pyrates)』

    という、ムッチャ長い名前だったようです。


    子どもの頃に読んだ記憶では、ワクワクドキドキする冒険物語という記憶があったのですが、改めて読んでみると随分イメージが違っていました。

    難破した船から独りだけ生き残り、孤独に耐えながらも、生き抜くために衣食住について知恵と工夫と努力で自給自足の仕組みを作り上げ… そして野蛮人(人食い人種)から襲撃に怯えながら過ごす無人島の生活、、、

    神の存在や正義について真剣に考え、苦悩したり、喜んだり、悲しんだり等、精神面の描写が克明に描かれていて、単なる冒険小説ではなく、哲学的、宗教的要素も強い作品でしたねぇ。


    考えに一貫性がなく、支離滅裂に思案したり、自分に都合の良いように利己的に考えたりするところは、ちょっと苛立ちを感じながら読みましたが、、、

    よくよく考えてみると、それが真剣に物事を考えている際の、人間の思考なんだろうなぁ… と感じました。


    子どもの頃は、きっとダイジェスト版のような作品を読んだんでしょうね。
    この内容は、子ども向けじゃないですねぇ。

    28年と2ヶ月と19日に及ぶ無人島の生活は、ワクワクドキドキする内容ではなく、自分の生き方を見つめ直すような内容でしたね。


    そして、本書を読んで改めて感じたのは、衣食住を全て自分独りで行おうとすることの困難さ。

    小屋を建てたり、テーブルやイスを作ったり、食器や籠、農機具等の様々な道具を作ったり、衣類を縫ったり、パンや乾物等の加工食品を作ったり… 何も無いところから、全てを行うなんて、自分にはできないだろうなぁ。

    自分が住んでいるところ、着ているもの、食べているもの… それらが、多くの人(職人)の手を経て作られていて、様々な器具や工具、道具等によって加工されているということを改めて感じました。


    それから、モノを多く持つことのムダについても、考えさせられましたね。

    「この世にあるどんないいものでも、我々が使用できる範囲でしか、我々にとって価値がないことを知った。」という「ロビンソン・クルーソー」のコメント… 自分の生活を振り返る、良いきっかけになりそうです。

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    2022年05月25日