あらすじ
19世紀末フランスの夭折詩人ラフォルグ。象徴派が勃興する中、近代の倦怠を知的な抒情とした天才が遺した散文集『伝説的な道徳劇』は、若き日をヨーロッパで過ごした吉田健一にとって「前世か何かで自分が書いたことをそれまで忘れていた感じだった」と語らしめ、耽読して止まなかった魂の邂逅の書であった。同じく遺作の詩集『最後の詩』と共に名訳で贈る。
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Posted by ブクログ
やっと吉田健一譯『ラフォルグ抄』(小澤書店、1977)の中古本を購入した。
さっそく、ワクワクしながらページをめくる。
ありました、ありました、探していたラフォルグの「伝説的な道徳劇」(「伝説寓話」「モラリテ・レジャンデール」などとも表記される)が。
< (略)
――私の兄さんのヨリツクよ、私はお前の頭蓋骨を家に持つて帰る。私はこれを部屋の棚に、オフェリヤの手袋と私の最初の乳歯との間に飾つて置くことにしよう。あゝ、これだけの材料があれば、私はこの冬どんなに仕事をすることだろう。私には無限に書きたいことがあるのだ。
日が暮れていく。そろそろ行為に移らなければならない。ハムレットは夜になった街道の平凡な景色を余り気に掛けないで、もと来た道を城の方に戻る。彼は先ずヨリツクの頭蓋骨といふ貴重な記念品を置きに塔に登つて、暫く窓際に肘を突き、黄金色の満月が凪いでいる海に映つて、そこに天鷲絨風の黒と溶けた金の、その意味もなく美しい柱を屈折させてゐるのを眺めてゐる。
悲しげな水に映る月の光、……聖徒であつて堕獄の罪を犯したオフェリヤはそのやうにして一晩中漂つてゐたのだ。……
――併し私は自殺することは出来ない。私はまだ生きてゐたいのだ。オフェリヤよ、オフェリヤよ、許してくれ。そんなに泣くのぢやない、頼む。
ハムレットは窓を離れて、憑かれたやうに暗闇の中を歩き廻る。
(略)>
この散文の部分は、ガストン・バシュラールが『水と夢』(小浜俊郎・桜木泰行共訳、国文社、1969)の中で引用しているので、私は知ることができた。「天鷲絨」の読み方は、「てんがじゅう」または「ビロード」で、この言葉は、ポルトガル語の「veludo」に由来し、白鳥の織物を意味するとのこと。それはさて措き、『水と夢』では次のように記されている。
<彼はしばらく窓際に肘をつき、黄金色の満月が、凪いでいる海に映つて、そこに天鷲絨様の黒と溶けた金の、その意味もなく美しい柱を屈折させているのを眺めている。
悲しげな水に映る月の光、……聖徒であつて堕地獄の罪を犯したオフェリヤはそのようにして一晩中漂つていたのだ。……>
何度読んでも、詩情あふれる素晴らしい情景である。
参考に、マリ・ジャンヌ・デュリー夫人の『月とピエロの詩人 ジュール・ラフォルグ』(清水弘文堂、1974)の訳者・宮内侑子氏は、次のように訳している。
< (略)
――ぼくの兄弟ヨーリック、お前の頭蓋骨を家へ持っていこう、ぼくの奉納物の飾り棚の上の、オフェリアの手袋とぼくの乳歯の間のよい場所をそのために空けてやろう。ああ!この冬はこれらの物といっしょに仕事をすることになるんだな!僕は棚の上に無限なものを持つ。
日が落ちた!ああ!行動せねばならぬ!ハムレットは本街道の夜の日常性に大して侵されることもなくお城への道をもどる。まず自分の塔にのぼり、その頭蓋骨、その強力な置物を置く。一刻、窓に肘をついて、美しい金色の満月をみつめる、おだやかな海に姿をうつし、そこで黒ビロードと金の液体の折れ曲った魔法のそしてあてもない円柱をくねらせている満月を。
わびしい水の上のそれらの反映……聖なるそして地獄におちたオフェリアはこのように一晩中ただよっていたのだ……
――おお!でもぼくは自殺はできない。生きることをやめることは!オフェリア!オフェリア!許してくれ!そんなに泣くな!
(略)>
お終い