ミシェル・ウエルベックのレビュー一覧
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ネタバレ下巻の方が動きがあって飽きずに読める。不穏なタイトルから結末は壮絶な破局が描かれると思っていたけど、ポールとプリュダンスの愛が肯定的に描かれていて意外だった。
老いによる性的な魅力の減衰、病気といった年齢を重ねることの肉体的なネガティブな面と価値観の多様化や急速な変化、インターネットテクノロジーの隆盛によって齎された精神的な満たされなさ、孤独、年齢を重ねることの空虚さといった現代社会を生きる壮年の人のリアルを描いている。
ウエルベックの人間や世界に対する露悪的だったり、皮肉的な眼差しだけじゃなく、オカルト的だけどウィッカの輪廻転生を信じるプリュダンスのように滅びることの別の可能性みたいなものを示唆することが一味違ったウエルベック作品だと思った。
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人は、自らの美学を体現する領土を立ち上げながら生きる。それは、家庭であったり、アート、小説であったり、思想であったり、建築物であったり。そして、納得如何に関わらず、領土はいつのまにか画定されていて、そのうちに死が訪れる。
美を追うことは、しばしば政治やマーケット、いわゆる「社会」的な障壁によって阻まれる。領土がつねに道に面しているように、私たちは社会から逃げることはできない。
ただ、そこにいて、何もせず、不安に駆られながら、プロセスがひとりでに動き出すのを待つ。
また、人は、移動を繰り返しながら生きる。多くの土地に出向いて、多くの他人と出会い、そのたびに草が踏み分けられ、足跡が増え、道ができた。
地図は全てを説明する。地図には、いくつかの行き止まりがあり、いくつかの合流が描かれている。あるいは、領土の分割があり、統合がある。どうしようもない不安も、どうしようもない断絶も、全てが地図に描かれる。
地図は何度となく改訂され、私たちはそれを見ながら、再び移動を繰り返す。
死ぬとき、私たちは一人で自分の領土に戻らざるをえない。画定してしまった領土、完成された領土に戻って、何枚かの地図のバックナンバーを畳んで、死を待つほかない。ただ、その孤独は、美に長く忠実にいた人ほど、不可欠で豊かなものになると思う。そして実際、そのような人々にとって、死はもはや恐怖ではないのだ。 -
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難しいところと、
分かりやすいところが、
ねじねじと巻かれて
出来上がった作品という感じ。
生物学と化学と物理学の区別さえ
はっきりとつけられない私にとっては、
とにかくそのあたりの描写がよく分からなかった。
(一般教養が足りない自覚があります。
読み終わってからAIに聞いて、少し学びました!)
でも「そんなのは分からなくても全然平気〜」と、
読みながらはとりあえずバンバン切り捨てて
読んでいきましたが、
問題なくストーリーを追えました。
そしてストーリー、面白かった。
フランス特有の暗さ、
救いようのなさ、
タブーという概念は存在するのか?
と疑いたくなるほどの過激さが
私は好きなので、
とても興味深く最後まで読みました。
読むきっかけとなたったのは
YouTubeの『バキ童チャンネル』。
(インスタで教えてもらった)
どうして気になったかというと、
正直に言います!!
主人公が自分のお◯ん◯んを
定規で測るシーンがあったり、
そんなことをヨーロッパ人男性が
気にするようになったのは
アメリカ人のせいだ!
というような説明がされていたりすると、
動画の中で紹介されていたから笑
(確か)
それですごく気になってしまって笑
差別的な言葉はめちゃくちゃ出てくるし、
主人公の性欲の異常さは普通にアウトだし、
犯罪だし、
沢山の人には全然おすすめできないです。
バタイユさんの『眼球譚』ほどではないけど、
やはりフランス文学の
そこまでやっていいの?的な
挑発的なところが私は好きです。
刺激的です笑
そしてフランスではとにかく
性欲について色々な思考を
巡らせているのだろうか。
そんな中でも、
弱者に焦点を当てる言葉や、
この世の根本がどのようにして世界大戦後から
ひん曲がって育ってきたかを
辛辣に指摘する言葉が、
この本の重要さを物語っていると思う。
(ヒッピーの時代とか本当に何だったの?)
切ないし苦しいけど、
読めて良かった。 -
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ネタバレ『クトゥルフ神話』の創造者として今日まであらゆる分野で影響を与えている怪奇幻想作家のH.P.ラヴクラフトの作品と生涯を独自の目線で語った、小説家ミシェル・ウエルベックのデビュー作。
1991年に発行した本文に、作者本人による「はじめに」(1999年)とスティーヴン・キングによる序文「ラヴクラフトの枕」(2005年)を加えた普及版を底本にしているとのこと。
怪奇幻想文学を読む上でラヴクラフトは外せないとのことで、最近発売されていた新潮文庫のシリーズを読んでみたがいまいちノリが掴めず断念していた。魅力を知る人の感想は作家の世界に入る足がかりになるものなので、ラブクラフトを「熱烈な偏愛で語る」という裏表紙の文句に縋るように購入。しかし、キングの序文で早々に心配になる。嫌な予感は当たるもので、呪いの何たるかを知りました。元気な時に読みましょう。
端的に言ってしまうと、時代と社会に徹底的に合わない人間の不運の物語だった。副題は世界と人生に「抗う」というよりは「呪う」が相応しい気がする。ラブクラフトは『クトゥルフ神話』という呪われた物語を世に出すつもりはなかった。ラブクラフトにとって創作というのは、居場所のない類稀なる想像力を慰めるための場所であって、誰かのために書かれた物語ではない。故に多くの共感を得たというのも、あまりにも皮肉な話である。本書を読む人は、救いのない人生にとって死こそが唯一の救いなのだという絶望と正面から対峙することとなる。
人生に希望の光を当てることが創作物の役割の一つであるが、現実問題として夢も希望も失くした人々は世界に山ほどいる。夏休みが明ける頃に自殺をするこどもたちがいる。光に怯えるようになった人をどうやって救うことができるのかわからないが、『クトゥルフ神話』には絶望と親しむような力があるのかもしれない。これも人間なんだなと本書を読みながら何とも言えない気持ちになった。
「幸」とういう字は、手枷の形が字源であるという説がある。なぜ手枷が「幸せ」なのかというと、死罪は免れたからだそうだ。それを思えば随分と幸せな時代を生きているのだが、『クトゥルフ神話』が多くの人の救いになるような時代がまた来るのかもしれない。などとだんだん悲観的になってくる。
少しでも前向きに捉えるなら、歴史には決して残らない闇に消えていった人々の代弁者と言えるかもしれないが、そんなものは気休めにもならないか。しばらくは引きずりそうな本でした。 -
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愛をテーマに書かれる異父兄弟の物語。美しい幼馴染と相互に惹かれながらも結局は愛への興味を持たず、研究に没頭する天才科学者の弟ミシェルと、学生時代に壮絶ないじめを受け、モテない青春時代を送ったことで、性愛に卑屈になりながら執着する文学教師の兄ブリュノ。
兄弟の物語がそれぞれ章ごとに語られ、時に交差する様な構成となっている。兄は性に振り回され人間性が壊れた様な人物像として描かれ、一方で弟は知的だが、奥手すぎてタイミングを逃しまくる。どちらも最終的には恋仲になりそうになった人を亡くす。愛に対して全く異なる向き合い方をする兄弟が、結末では同じ様な着地を迎える点が印象的だった。
エピローグの書き方が面白った。この小説自体がミシェルの研究をもとに誕生した「新人類」が、旧人類=人間へ向けて記した記録であることが明かされ、小説自体の現代社会への批評性みたいなものを感じた。小説の中でちょこちょこ研究や人に関する補足説明がカッコ書きで入るので、読みながらフィクションなのかノンフィクションなのかが曖昧に感じていたが、エピローグを読んでなるほどと思った。 -
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ネタバレ光合成によるエネルギー自己生成が可能となったクローンと、そのオリジナルの生き様の物語。
オリジナルは成功者だけど、愛を知らない。
シニカルに人を魅力する才能の裏返しで、自分は冷めている。その虚しさを紛らわすためか、極めて廃退的な生活を送る(性描写が多く疲れる)。
そのなか、新興宗教にのめり込み、重要な立ち位置を占める。
殺人事件を教祖転生に仕立てて逃れ、奇跡があるわけではないが、それが世間に受け入れられる。信じてDNAを保存すれば入信。代わりに死後の財産は教団に寄付となり、豊かな財源でクローン技術開発を行う。
フィクションだが、なぜかリアリティーを感じた。
長いし重いし疲れるし、でも読んでしまった。 -
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イスラムの文化が現在の資本主義、キリスト教的世界に広がっていく様を、惰性や諦めと共に受け入れる主人公が印象的だった。大きな歳の差のある一夫多妻を最初は軽蔑していたのかと思ったら、最後は期待も込めて受け入れている。
ステータスのある男性目線ならあるかもしれない。一方で、女性の教養、社会進出への抑制が強くなるが、幸福の定義次第で受け入れられる、リアリティーのある内容なのか?分からなかった。
初めてのウェルベック作品。
文体の印象は、性的な描写が多い村上春樹。
なんとなく感じていたが、明文化されるとハッとする表現が多い。
現実的で直接的。表現がシャープで遠慮なし。
比較すると村上春樹のファンタジー性が強調される。 -
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謎の組織によるテロ行為はエスカレートし遂に犠牲者が出る。
その煽りを受けながら大統領選は終結する。
家族内での不幸。もっとも若い息子が死に、体の不自由な父親は生き延びる。
主人公は妻との関係を修復するも過酷な運命が待ち受けていた。
上巻から物語の重要な要素と思われていたテロとの戦いや大統領選は尻すぼみに終わり、家族の話、そして主人公個人の生死をめぐる話へと収束していく。スケールの縮小。
弟オーレリアンはともかく、妹セシルや義妹インディーは最後まで活躍するかと思ったが。イラストまで用いたテロ組織の正体は投げっぱなし。
大統領選もあれだけ騒いでおいていざ終わればあっけない。その終わり方も味気ない。
ウエルベック作品の割には強烈な毒や怒りはない。諦念と悲哀のトーンが全編に漂っている。世界は混乱し、人は死に、運命には抗えない。
「自分が耐えられなかったのは、無常そのものであると、彼は不安な気持ちで気づいた。無常とは、この世のものは何であれ、いつか終わるという考えである。彼が耐えられなかったもの、それは生きることの本質的条件のひとつにほかならなかった」。 -
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作家ミシェル・ウエルベックの最新刊。時は2027年、大統領選挙を間近に控えるフランスを舞台に、経済財務大臣補佐官のポールを通して同国および世界の抱える病理と苦悩を見つめた大作。
相次ぐ国際テロ事件、選挙に向けた候補者応援活動、そしてパラレルに進行するポールと彼を取り巻く親族の家庭問題が、筆者の皮肉やジョーク、近現代の哲学思想をふんだんに交えて展開される。
ポピュリズムに支配される政治ゲーム、晩婚化と少子高齢化、過酷な介護の現場、メディアによる暴露など日本とも無関係ではないトピックに彩られながら、救われたいと願いつつ運命に翻弄される現代人を浮き彫りにする。滅び行く世界の中で、ポールと妻プリュダンスが行き着いた風景とは。サスペンスであり、恋愛小説であり、はたまた医療ドキュメンタリーであり。多彩な側面を示しながら、物語は静かな余韻を残して締めくくられる。 -
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ネタバレ-くだらない、下衆の極み、フェミニズムのなれの果て-
-神が望まれたのは不平等であって、不当ではない-
-退屈というものは長引くと、退屈のままではいられなくなる。それは遅かれ早かれ、よりはっきりとした痛み、確固たる痛みの感覚に変わる-
【性的行動はひとつの社会階級システムである】
・ウェルベック作品の主題は「自らとその周囲の解明」
・第三者目線からの観察的な記述が多い
・傍観者的な主人公。でも対象化には失敗している
・ショーペンハウアーに毒されただけの事はある
(感想)
現代日本に非常によく当てはまる。
オフパコYouTuberを批判している人も多いが、彼らはこの自由主義社会のヒエラルキー上、頂点に位置するのは間違いない。
また、語り部を自分自身と重ねてしまう部分があった。
傍観者気取ってるものの結局無意識に愛を渇望しているのだと思う。(結果うつっぽくなった事もある)
うつの退院後って燦々とした陽光が凄まじく不愉快に感じられるんだよね。
寓意的な動物小説も彼自身の哲学が現れているようで面白かった。
けれども、やっぱり闘争領域にはうんざりだ! -
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ネタバレ3年ぶりに読み返したことによって、より落ち着いて考えられた気がする。
「仲介」(本ではインターメディエーションとなってる)として人間を捉えることができると思う。ネオ・ヒューマンは確かにダニエル1の時代の人類と、未来人を橋渡しする存在であったかもしれないが、ダニエル1も結局は「遺伝子の乗り物」という意味で、各世代を繋ぐ存在にすぎなかった。
ダニエル1が自覚しつつも直視できない老いは、自身が「遺伝子の乗り物」としての役割を果たせなくなりつつあることを意味する。子供を捨てた経験のある彼は、生殖としての性に入れ込んでいたわけでもないが、愛と結びつく性の意味でも、機会を逸してしまった。イサベルとは愛はあったが性はなかったし、エステルとは性はあったが愛がなかった。ダニエル1の中で両者は切り離されないまま老境を迎え、ダニエルを愛を持って再び迎えたイサベルとの生活も長くは続かなかった。
そこで人類から老いをなくし、不死の存在にするエヒロム教団の活動にダニエルは関心を持つ。が、預言者の「再生」を通し、世間に若さと快楽の永続を約束した教団がもたらしたのは、来世への期待を胸に自死を選ぶ人々の大群だった。ネオ・ヒューマンと呼ばれる人類は、自身のオリジナルの記録を、注釈を通じて次世代に仲介するだけの存在になってしまった。
ダニエル24・25が生きる世界は、それぞれが個として分立し、電子的なやり取りを持って他者と関わる世界である。肉体的な終わりがあるがそれは精神の断絶を意味せず、入れ物が変わるだけである。個としてのネオ・ヒューマンは、<至高のシスター>の教えに従い、来るべき未来人の到来を待つ。だがその生き方は、限りある時間からくる一切の感情を人類から奪ってしまい、仲介としての存在を一層強めただけだった。かといって、ダニエルにはもう野人として生きることもできない。結局「人間は一人で生まれてきて、一人で死んでいく」運命を受忍するしかなかったのか。 -
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ネタバレウエルベックの処女小説。批判的な描写が多く、はじめは読みづらかったけど、半ばくらいから面白くなって一気に読んだ。
内容は、自由競争に疲れた(あるいは敗れつつある)者の独白となっている。ときどき哲学的な思弁が入ってきて面白かった。
勝手に要約すると、経済、セックスといった自由を求める競争はさらなる戦いを生み、戦線は日々拡大している。そして、その戦いから押しやられ落ちこぼれた者たちはどこへ向かうのか――といった感じだろうか。
つまらない街並み、退屈な仕事、派手派手しい広告、頻発するデモやテロ、実りのない異性へのアプローチ、主人公はもうなにもかもがうんざりといった様子だ。うだつの上がらない男女に対する軽蔑はまるで自己嫌悪そのもので、その逆に美男美女に対してはあっさりとへりくだる。「ちょくちょく気づかされるのだが、並外れて美しい人々というのは、たいてい慎ましく、優しく、愛想がよく、思いやりがある。」もう諸手を挙げて賞賛している。
要するにここでウエルベックは世間の敗者の潔い代弁(あるいは彼自身の告白)をしているのだ、と思うことにした。自分より下のものは徹底してこき下ろすが、自分より上の物には素直に羨望のまなざしを送っている。その羨望は「到達しえないものへの飽くなき聡明な憧れ」であって、彼が唱える社会階級システムを土台にしているように思える。
「性的行動はひとつの社会階級システムである」と主人公は言い切る。そしてまた「どうあれ愛は存在している。その結果が観察できるから。」と言う。彼に言わせればこの二つの間に矛盾はない、ということだろう。そしてつまるところ彼自身は愛されたいのだ。あるいは彼の同僚である同じく敗残者であるティスランも、誰かから愛されたい。しかしそれが叶わない。苦渋の世界で、彼らの心はさまよい、変化してゆく。
はじめはつまらない小説だと思ったけど、最後には共感してしまった。(ちゃんと理解できてるかわからないけれど)この小説に共感して評価することは僕にとっても一種の告白のような気がする。それほど物悲しく恥ずかしい小説だ。まるで現代社会の孤独を予言しているかのような作品だった。