ミシェル・ウエルベックのレビュー一覧

  • 滅ぼす 上

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    もはや一種の黙示録とも呼べる文学作品を作り続けているフランスの鬼才、ミシェル・ウエルベックによる新著であり、過去の作品と比べても単行本上下巻という大著。

    個人的に新著が出たら、迷わずに買うことを決めている現代作家の一人がウエルベックなのだが、迷わずに買ったことを全く後悔しないほど完成度高く魅惑的な作品であった。

    ウエルベックの作品は登場するテーマや意匠に強い共通性がある。デビュー当初は、カルト宗教やセックス/性の問題に始まり、ここ10年ほどは極めてアクチュアルな移民問題やテロリズム、資本主義の限界など政治・経済学的な側面が強まっている。本書はまさにウエルベックを構成するであろう様々なテーマ・意匠が総動員されることで、作家自らの代表作といって過言ではない文学世界が構築されている。

    正直、圧倒的な物語の面白さはありつつも、その陰惨たるテーマ・意匠の連続によって読み手の体力を著しく奪う書物に仕上がっている。そのような辛さを味わってでもなお先を読み進めたいという中毒性を与えてくれる作品というのは非常にレアであり、その黙示録的な現代社会の救いのなさの前でただ佇むことしか私にはできない。

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    2023年09月09日
  • 服従

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    イスラム化していくフランスを強固な政治的リアリズムで描くという実験的な試みが小説の主軸にはあるが、見落としてはいけないのがユイスマンスの存在。享楽に埋没していた中年男性が精神的にも身体的にも危機に襲われる。
    結末にやってくるのが、まさに主人公にとっての救い。
    これはまさにユイスマンスの人生そのものとも共鳴してる。

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    2023年08月15日
  • 闘争領域の拡大

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    ネタバレ

    23.3.25〜4.10

    この作品の語り手は、後のウエルベック作品の主人公とはちょっと饒舌さの趣向が違うように感じた。
    自分の中で死にゆくものへの愛が溢れ出てくる最後で感動した。

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    2023年04月27日
  • ある島の可能性

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    22.11.12〜12.19
    快と不快のバランスがゼツミョーだった。ウエルベックの作品はいつもそうかもしれないけど。
    Back2Backな構成だから形式は『素粒子』に似ているけど、この小説は構造として『人生記』があるから、全体的にカッチリしてる印象を受けた。
    アイデアとしての人生記の面白さと、書き手であるダニエル1たちが定義する彼の人生の滑稽さと悲しいまでの正直さ。人生記には書かれなかったダニエル1の顛末、ままならなすぎる。
    ネオヒューマンは自分自身のことが分かりすぎていてやけにサッパリしているから、その孤独な生き方に滑稽さも含まれているような感じがした。
    読んでいてウエルベックは正直な人だなと思った。

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    2023年04月27日
  • セロトニン

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    ネタバレ

    22.9.30〜11.11
    夜中にテレビを無音でつけると落ち着いて〜って描写、鬱の時から個人的な習慣化してたから、ここまで人間の行動とか心理は似るものなのかと愕然とさせられた。どうしようもなくウエルベックの作品に共鳴する部分が自分の中にあるなあと、読みながら何度も思った。

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    2023年04月27日
  • 闘争領域の拡大

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    初ウエルベック。インセル鬱病エンジニアの主人公が同僚の非モテ醜男と旅に出る。小説の形態をとりながらその中身はエッセイのような、論文のような、アジテーションのような。厭世的ではあるが世界を観察する眼差しを捨てることは決してできない。そんな哀しさに満ちている。皮肉たっぷりの持ってまわった言い回しは痛快で面白いけど物語として面白いかと言われると…??

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    2023年01月27日
  • 素粒子

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    この小説は天才的な科学者と典型的な文系人間の兄弟を両輪として展開する。1960年代より文化面で進行した個人主義と性の解放によって訪れたのは、人間の分離と欲望の無制限な増大だった。その社会を間近で観察し続けたミシェルは個人性を排除した新人類を生み出した。それは人類の緩やかな絶滅をも意味していた。

    行きすぎた個人主義の他から逸脱したいという欲求から生まれたセックス至上主義、エロチック=広告社会に対するアンチテーゼであり、現代社会への諦めを感じる。そこでは歴史上類を見ない規模で不均衡がばら撒かれる。エヴァの人類補完計画にも通ずる部分がある。みんな一個になっちゃえばいいじゃん。
    ミシェルとブリュノの半生を概観しつつ現代社会の限界を描き出す。個人主義と家庭の矛盾、性的解放と暴力etc。全体的に女性を主体として語ることには消極的である。
    ミシェルの作り出した新人類の社会は彼自身が批判したハクスリーのユートピア社会の問題を克服できているのだろうか?遺伝子コードが同じで増殖に生殖が必要ないだけで個人性を超えることはできるのかは疑問に感じた。ウェルベックは新人類の登場した世界をユートピアとディストピアどちらとして描いているのだろうか。ハッとさせられる一節がたくさんある小説だが、その中でも以下の二つの引用には作者の人間に対する愛憎入り乱れる感情が現れていると思う。

    P106 
    一九七四年七月の一夜、こうした状況のもと、アナバルは自分の<個的存在>について苦悶に満ちた決定的意識に到達したのだった。動物については身体的苦痛という形で啓示される個的存在が、人間社会においてその完全なる意識に到達するのはひとえに<嘘>を通してであり、嘘と個的存在とは実際上かさなり合う。

    P126
    人類についていくらかなりと網羅的に検証しようというのであれば、必ずやこの種の現象に注意を向けなければならない。歴史上、こうした人間もまた確かに存在した。一生のあいだ、自分の身を捨てて愛情だけのために働きづめに働いた人たち。献身と愛の精神から、文字どおり他人にわが命を捧げ、それにもかかわらず自分を犠牲にしたなどとは思わず、実際のところ献身と愛の精神ゆえに他人にわが命を捧げる以外の生き方を考えたこともない人たち。現実には、そうした人たちは女性であるのが普通だった。

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    2022年12月30日
  • 素粒子

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    "「唯物主義と近代的科学を生み出した形而上学的変動は、二つの大きな結果をもたらした。合理主義と個人主義だ。ハックスレ―の過ちは、それら二つの結果のあいだの力関係を測りそこねたことにある。とりわけ、死の意識が強まることによって個人主義が高まることを過小評価したのは彼の過ちだった。個人主義からは自由や自己意識、そして他人に差をつけ、他人に対し優位に立つ必要性が生じる。『最良の世界』に描かれたような合理的社会においては、闘いは緩和されるかもしれない。空間支配のメタファーである経済的競争は、経済の流れがコントロールされる豊かな社会ではもはや存在理由を持たない。生殖という面からの、時間支配のメタファーである性的競争は、セックスと生殖の分割が完全に実現された社会ではもはや存在理由を持たない。しかしハックスレ―は個人主義のことを考えに入れるのを忘れている。セックスは、ひとたび生殖から切り離されたなら、快楽原則としてではなくナルシシズム的な差異化の原理として存続するということが彼には理解できなかった。富への欲望に関しても同じことさ。スウェーデン流社会民主主義モデルが、ついに自由主義モデルを凌駕できなかったのはなぜなのか? それが性的満足の領域においては試みられることさせなかったのはなぜなのか? 近代科学によって引き起こされた形而上学的変動が、個人主義化、虚栄心、憎しみ、そして欲望をもたらしたからさ。欲望というのはそれ自体――快楽とは反対に――苦しみや憎しみ、不幸の源なんだ。これはあらゆる哲学者たちが――仏教徒やキリスト教徒だけではなく、その名に値する哲学者たちはみな――知っていたことであり、説いたところでもあった。ユートピア主義者たち――プラトンからフーリエ、ハックスレ―に到る――の解決法は、欲望と、それにまつわる苦しみを消すために、欲望を直ちに満たす方法を組織することだった。その反対に、ぼくらが暮らすエロチック=広告社会はいまだかつてない規模で欲望を組織し、肥大させながら、その満足に関しては個人的領域にとどめている。社会が機能し、競争が継続するためには、欲望が増大し広がって人々の暮らしを食い荒らす必要があるんだ。」" ISBN4-480-83189-4 P.174


    鼻面をひきまわされる、耳をひっぱられ否応なしにつれまわされる。この小説のはじめの印象はそんなふうだった。
    なにを見せられているのか、どこへ連れて行かれるのか、さっぱりわからない。90年代の映画風。はっきり言えば『パルプ・フィクション』や『トレイン・スポッティング』、『ファイト・クラブ』のようである。クール。フランスのいじめスゲー。

    気づけば、森山塔作品にも似た読み味になっている。なんだこれは。まったくもってわけがわからない。だが、読むのをやめようとは思わない。
    この物語がいかにして『素粒子』へとたどり着くのか、楽しみでならない。

    文学を語れるほど読みこなしていないが、本作品は文学であろうと思う。経験から、文学とはどちらかというとウェットなものという印象が強いが、本作品は非常にドライである。痛ましいほどに超越的である。

    エピローグ。これ以前は文学だった。
    エピローグの10ページ程度でSFになる。サイエンス・フィクションではなく、サイエンス・ファンタジー。なんでこのオチ?
    いかなる差別をも存在しない未来への憧憬か。

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    2022年11月04日
  • 地図と領土

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    ①文体★★★☆☆
    ②読後余韻★★★★★

     この小説の主人公は現代アーティストです。この主人公が物語のなかで作り出す芸術作品の表現描写がすばらしく、とても感銘を受けました。この作品群は視覚を主にしたものがほとんどといっていいのですが、文章でこれほど表現されているものを私は読んだことがありません。実際この作品を見てみたいと思いました。
     そしてそのお父さんが建築家、というか大手の設計会社の経営者というほうが近い人物なのですが、そのお父さんが彼の創作活動のひとつのキーパーソンにもなります。主人公の彼のお父さんとの会話からは、若い頃はデザイナーであるウィリアム・モリスにあこがれたはなしであったり、反対に近代建築の巨匠であるル・コルビュジェの考え方を批判などが触れられています。でもそれは自分が成し遂げれなかったことに対する嫉妬そいうか羨望も思わせます。建築好きとしては、この場面は話のなかで印象的なところのひとつでもあり、登場人物を通して繰り広げられる作者の考察や偏愛が多くをしめ、それはこの小説の中で様々な分野の視点で語られ、それがこの小説の魅力にもなっています。それらがストーリーの中でうまく整理されて語られているところに、この作家の力量の大きさを感じます。

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    2022年10月29日
  • 素粒子

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    終焉に向かう人類。それぞに「愛」の意味を探して苦悩する二人の兄弟。
    ストーリーが面白いので、序盤はどんどん読み進められました。途中から哲学や物理の考察が多くなり、どっちも疎い僕は読むのがキツかったですが、最後で納得!めちゃくちゃ深い伏線。
    読み終えてみると、かなり面白い作品!

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    2022年06月12日
  • 服従

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    全体的に大きな爆発的なエピソードはなく、ゆっくりと食べ物が腐っていく様を見ているような話だった。
    序盤は社会情勢についてどこか他人事で非常に呑気な振る舞いをしているがだんだん自身の生活が変容していき、なすがままに飲み込まれていく様子が異様にリアルだった。
    主人公が人生を通しての研究対象としたユイスマンスと彼自身の人生との相似形な構造が生きる事の奇妙さを際立たせるように感じ、惹きつけるものがあったし、宗教の力に国が飲み込まれていく様が流麗で恐ろしさを感じた。
    人は抗うよりも順応していった方が生きるのが楽だもんなぁ。それがヨーロッパでいち早く市民革命を起こしたフランスであったとしても。

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    2022年04月21日
  • 素粒子

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    フランス近代の変遷とともにあった異父兄弟の人生は背中合わせで、同じ光景を見ることはない。
    体を燃やす孤独、雪のように降り積もっていく孤独。欲望も快楽も幸福も愛も、個人主義がもたらした孤独を前にしては人はゆっくり狂いゆくばかり。
    人は滅んでいくのだろう、無抵抗に、音もなく。

    兄の人生は「これが延々と続くのか…」と思う描写ばっかりでそりゃ地獄だわと思うし弟の人生も自分では解決の術もわからない孤独に厚く包まれていてそれもまた内側から凍っていく絶望がただただ冷たい。エピローグのまとめ方はウェルベックの才能に唸るけれど、やっぱり何か怖いんだよねこの人は…

    明確に反出生主義の流れを汲んだ小説だと思う。べネターの誕生害悪論が近いところにある気がする(べネターちゃんと読んでないが)けどその思想を人間ふたりの誕生から終焉まで、そしてさらに続く長いスパンの小説に落とし込むのはすごい。

    でも怖いんだけどね根本的に!何かが!それがウェルベック!

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    2021年02月06日
  • ある島の可能性

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    性と老い、そして不死をキーワードに、現在と遺伝子コピーされたクローンが生きる破滅を迎えた世界を描いた、SFというかディストピアの向こう側のような作品。
    セックスから男と女の話、そして文明と広がる話の中で、男と女がそれぞれが求めるものをつきつめると、結局一夫多妻が正解だったのかもしれないと感じ、そして文明が崩壊していく中で、人生に居心地の悪さを感じた人々は、最終的にはイスラム的な共和国の建設を願うようになるの部分は、後のウェルベックのベストセラー「服従」につながるように思った。
    むしろ「服従」につながると思わせながらも、設定としては「服従」後の作品といえるようなのが面白い。

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    2020年10月21日
  • 素粒子

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    ミシェルウェルベック 「 素粒子 」 

    新しい人間学。形而上学(多数の人が共有する世界観)の変異から「人間とは何か」を考察している

    ショッキングなエピローグ。素粒子レベルまで物質化した人間像。性別と死がない新人類。未来の新人種が三人称的に語る構成。

    面白いけど 性描写がしつこい。

    祖母の遺骸や恋人との再会のシーンは、人間とは何か 考えさせられた

    人間とは何か
    *心の内に〜善と愛を信じることをやめない
    *生きることは 他人の眼差しがあって初めて可能になる〜遺骸となっても 生きていた頃を想像できる
    *お互い敬意と憐みを抱くのが人間らしい関係


    時代背景
    近代科学が キリスト教道徳を一掃し、男女の違いが 個人主義、虚栄心、苦しみ、憎しみなど不幸の源となっている

    アナベルとの再会。心地よさ、暖かさに包まれて〜世界の始まりにいた〜時間の根が生えてくる場所を見た〜あらゆるものの内に終末を見た

    空間に関する新しい哲学原理
    空間は自身が精神的に作り上げたもの〜その空間内で、人間は生き、死ぬことを学ぶ。精神的空間の中で別れ、遠さ、苦しみが作り出される

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    2020年10月20日
  • 地図と領土

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    ネタバレ

    ウエルベック2冊目は、芸術家(美術家)を主人公としたこの『地図と領土』。
    最初写真家として個展デビューし名声を博した後しばらく沈黙し、今度は古典的な油彩に戻って有名な職業家の肖像を手がける。すると2度目の個展で大ブレークする。
    やはり、芸術家小説というものは、このように成功談がいい。努力をしても最初から最後まで誰にも認められずに淋しく死んでいく芸術家のストーリーは、リアル(世界中で大多数)ではあるが、話としては退屈だし悲しすぎるのだろう。
    肖像画もまた止めて、主人公は晩年は動画作品を作るようになる。
    急激に変転する技法を通して、芸術家の世界観が徐々に成長していくことは読み取れるから、全編が芸術家物語として、成功していると言って良いだろう。
    この美術家ジェドが出会い、徐々に親しくなっていくのが、何と実名で登場する作家ミシェル・ウエルベック本人だ。そして、この小説の最大のスキャンダルは、そのウエルベックが何者かによって突如惨殺されるという小説内-出来事である。
    しかも、その殺害現場が凄まじく、スプラッタ・ホラー顔負けのおどろおどろしさなのである。
    芸術家小説としてのプロットはいきなりここで切断されるわけで、その効果は凄まじい。
    なかなか興味深い構成であり、最後は再び芸術家ジェドの視点に戻って長いエピローグに至るから、突然襲撃してきたノイズがやがて静まって、人生の続きが再び再開されたかのような印象がある。
    とにかく面白い小説で、やはりウエルベックはかなり実力の高い小説家なのだろう。
    次は彼の作品から何を読むか、楽しみになってきている。

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    2020年05月08日
  • 地図と領土

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    著者本人が登場して惨殺されるという突拍子もない設定だが物語は破綻することなく粛々と進んでいく。ユーモアと批評を散りばめた文体がクセになる。現代におけるアートのあり方をテーマに選んだこの作品がフランスで非常に高い評価を得たのは、そもそもアートに対する関心や批評性が高いからとも言えるだろう。肖像画を描く画家の心情は想像するしかないのだが、村上春樹による「騎士団長殺し」にも描かれていたように対象の姿からなにかを掘り起こすような内面的な闘争がそこにあるのだろうか。興味深い。

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    2020年05月04日
  • 素粒子

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    高校教師の兄と科学者の弟、異父兄弟がその身を滅ぼしていく過程が描かれています
    20世紀にかけて欧米で起こった社会制度、家族制度の変化、性の自由化の流れがわかり易く描写されています。
    下ネタだらけなので苦手な人は読まない方がいいです

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    2020年04月12日
  • 服従

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    ずっと前に書店で『素粒子』というタイトルの文庫本を見つけ、物理学系の読み物かと思ったら小説らしかった。変わった題のを書く作家だなと思い、その後もあちこちでウエルベックの名を見かけたが、ついぞ読まずに過ごしてきた。
    やっと初めて読んだのがこの本。
    現在のフランスの大統領選で、極右政党とイスラム教系の政党がぶつかることになり、フランス国民がイスラム教の方を選択することとなって、結果、女性のスカートがなくなったり、一夫多妻が一般的になったり、大学等の教員はイスラム教徒でなければならなくなる、という話。
    いま世界中で「あまり頭の良くない極右」が台頭しているので、それを受け入れない場合の選択肢は何が残るのか?という問題を提起している。
    実在の現役政治家等の名前が多数出てきており、これがベストセラーになったのだから、かなりリアルな小説なのではないか。
    イスラム教は、我々日本人にとってほぼ完全に未知の世界であるが、それよりは長い付き合いの筈の西欧人にとっても「異質な他者」であるようだ。
    イスラム教とは何か? ここではルディジェという登場人物が開陳する物語として示されているのみだ。素晴らしい文明ではあったが、結局は敗北した西欧というイメージ。
    とりあえず、小説として面白い作品だった。出てくるフランスの政治家の名前にまったく馴染みが無いとしても。
    ほかにはどんなものを書いているのか。ミシェル・ウエルベックの小説をまた読んでみたい。

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    2020年03月14日
  • ある島の可能性

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    「前例のない水準の繁栄と健康を確保した人類は、過去の記録や現在の価値観を考えると、次に不死と幸福と神性を標的にする可能性が高い。飢餓と疾病と暴力による死を減らすことができたので、今度は老化と死そのものさえ克服することに狙いを定めるだろう。人々を絶望的な苦境から救い出せたので、今度ははっきりと幸せにすることを目標とするだろう、そして、人類を残忍な生存競争の次元より上までアップグレードし、ホモ・サピエンスをホモ・デウスに変えることを目指すだろう」ー 『ホモ・デウス』ユヴァル・ノア・ハラリ

    不死をテーマにしたミシェル・ウエルベックの小説。遺伝子のコピーを世代を超えて記憶とともに引き継ぐことによって「不死」を実現した二千年後の世界。

    主人公のダニエル1は、名の知れた成功したコメディアンで映画監督。バツイチだが、監督を務める映画のキャストに応募してきた年の離れたエステルとグダグダな愛人関係。いつも通り、この人の性愛描写は、生々しく露悪的だが、唐突にその衝動が冷めたりする。要するに現実的なのだ。老化によって性愛欲やその能力以前にそこからはみ出してしまうことに対して、ダニエル1は抵抗する。一方、24世代/25世代後のネオ・ヒューマンであるダニエル24/ダニエル25からは性欲のようなものは消えている。少なくとも切実さは失われている。
    ダニエル25は最後次のようにつぶやく。

    「幸せが実現することはありそうにない。世界は期待したようなものではなかった」

    小説のはじめの方に、離婚した最初の妻が連れていった息子の自殺に触れる。
    「息子が自殺した日、僕はトマトのオムレツをつくった。『福音書』にも「犬でも生きていれば、死んだ獅子よりましだ」と書いてある。僕はその子のことを一度もかわいいと思ったことがなかった」

    未来の人間が「不死」を求めるとき、性愛はどのように扱われるべきなのだろうか。『ホモ・デウス』が避けた議論であるが、ウエルベックはそこから「不死」を考える。『ホモ・デウス』もセックスする。いや、もしかしたら、そうではないのかもしれない。

    近未来SF小説として見ると、準備した装置をうまく動かすことができずに、回収すべく置かれたものを放置して終わってしまったように感じる。小説なので、これはこれでよしとして、個人的なこれではない感がぬぐえない。うまく言えないが。

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    2019年12月15日
  • 闘争領域の拡大

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    ウエルベックの処女作。冒頭のデブス二人がミニスカートは男の気を引きたくて履いているわけではないと高らかに宣言するのに対し「くだらない。粕の極み。フェミニスムの成れの果て」と主人公が毒づくのは苦笑してしまった。ウエルベックは相変わらず差別的だが、ある種の絶望した男性を描くのは本当に上手い。

    自由主義が経済市場や恋愛市場に行き渡ること=すなわち闘争領域の拡大が本作のテーマである。Twitterでよく論じられるキモカネ論(キモくてカネのないおっさん)にも通じる内容で、それは主人公の観察対象であるティスランを見ているとよく分かる。彼は経済的には成功しているものの、性的行動は満たされていない。性的行動は一つの社会階級システムであると本書は語っているわけだが、生まれつき醜く容姿の悪い人間はそれを得ることができない。カネで代替することはできるものの、そこに愛はなく、狭い闘争領域の中に愛は存在しない。これは残酷な真実であり、どうしようもなさを感じてしまう。処女作ということもあって後の作品と比較するとやや淡々とした運びであり、救済も答えもないのだけれど、ウエルベックの暴きたい欺瞞がわりと露骨に出ている秀作である。

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    2019年05月30日