河合祥一郎のレビュー一覧

  • 不思議の国のアリス

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    今更ながら初めて読みましたが、アリスの思考がぶっとんでてクラクラする。少女だし仕方ないけど同化はできず。夢野久作作品読んだとき以来の混乱。
    好きなのはチェシャー猫。安全圏で引っ掻き回す役回り、好きです。

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    2022年02月07日
  • シェイクスピア 人生劇場の達人

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     前半の3章はシェイクスピアの生い立ち、経歴。後半の4章はシェイクスピア劇の背景や特徴、思想について。
     シェイクスピアが生きた時代について、シェイクスピアの家族や生活について知ることができるが、シェイクスピア作品さながら、固有名詞も多いので頭に入りにくいが、何となくは分かった。当時のことを知らないと色々誤解してしまうものの中には、例えば「紳士」。「当時の『ジェントルマン』は現代で言う『紳士』とは意味が違い、貴族階級と市民階級のあいだ―正確には、騎士より下位、郷士より上位―の紳士階級に属する身分を指す」(p.7)という、世襲の身分のことを言うらしい。『ヴェローナの二紳士』というのは、2人のそういう身分のことを言うんだ、ということを知った。そしてシェイクスピアがカトリックという少数派だった、という話は、確か同じ著者の『シェイクスピアの正体』という4年半くらい前に読んだ本の内容で覚えていることだが、そこからまず「少数派の見方も否定しない」(p.49)、具体的には「『ヴェニスの商人』では、当時蔑視されていたユダヤ人の視点も入れ、キリスト教徒たちの偽善性が暴かれる」(同)という作品にも表れていることが分かった。それにしても、カトリック弾圧の拷問の生々しさという部分がこの本の中にもいくつか出てくるが、その部分は否が応でも記憶に刻まれてしまう内容だった(ここでは書かないけど、p.27の内容とか、本当に気持ち悪い。いくら争うような憎い相手だったとしても、こんなことをやる文化?時代性?が全く受け入れられない)。あとあまりシェイクスピアの話で語られることがないと思うけれど、「二人のウィリアム」(pp.70-3)の話はとても面白く、日本史と絡めた視点というのは、日本人こそ知っておくべき内容だと思った。具体的には、シェイクスピアと同い年(!)のウィリアム・アダムズの話だが、長女の名前(スザンナ)も同じ(p.70)という、ものすごい偶然。(ちなみに、p.71の「ヤン・ヨーステン記念碑」ってたぶん見たことないなあ。これだけ東京散歩しまくっているのに。「ヤン・ヨーステンの和名『耶楊州』の屋敷のあった場所が『八代州』と呼ばれ、のちに『八重洲』となった(p.71)」というのも知らなかった…)南蛮人(カトリック、スペイン・ポルトガル人、布教目的)と紅毛人(プロテスタント、オランダ・イギリス人、実利重視)、という構図もあんまり理解していなかった。あとはやっぱり何といっても、疫病、つまりペストの話かなあ。この本は2016年に書かれたから、当然今のコロナの状況を知らない段階だった訳だけれど、当時のペストの状況が良くなったり悪くなったりする様子が、とても生々しく感じる。例えば「一六〇三年四月からロンドンには疫病が蔓延して、五月二六日以降、市内の劇場はすべて閉鎖され、あらゆる劇団は地方巡業に出ざるを得なかった。」(p.73)というところから、「一六〇四年三月一五日、市内に戻っても安全なまで疫病がおさまったと判断され」(p.74)という状況の変化、なのに「一六〇六年七月一〇日までにロンドンで疫病の死者が週三〇名を突破し、国王一座は再び巡業を余儀なくされた」(p.86)とか、この感染者数の波のような感じ、週〇名みたいな数字が、今と同じだなあと思い、遠い過去のお話とも思えない現実味があった。
     ただ個人的には前半部よりも、後半部の作品の話の方が面白かった。実は今日も、新宿ピカデリーで期間限定で上映されているデンゼル・ワシントンとフランシス・マクドーマンドの『マクベス』を見てきたところだが、やっぱり面白い。「『マクベス』は、魔女に異様な関心を示していたジェイムズ一世のために書かれた作品」(p.85)で、ジェイムズ自身が嵐に逢ったのを魔女のせいにしたとか、クロノスとカイロス(「時計が刻む規則正しい客観的な時間(クロノス)とは別に、夢中で過ごし、いつまでも記憶にとどめておきたくなるような重要な時間(カイロス)があって、人の人生を意義深いものにするのはカイロスなのである。(略)シェイクスピアはそのことがわかっていて、あえてクロノスを超越するような主観的なカイロスの流れを設定する」(p,104))の例として、マクベスの王殺害や宴会の場面が出てくるのも納得した。時間の話と呼応して、空間も、まったく舞台装置のないところで、観客の想像力によって場所がコロコロ変わるというのは能舞台と同じ(p.108)という話だけど、なんかIQ5000という劇団の芝居みたいだなあとか思った。
     最後に分かりやすかったのは何が喜劇で、何が悲劇なのか、ということ。「喜劇の世界ではいろいろな人たちがいろいろなことを言い、そのいずれもが肯定され」(p.130)、「まじめなのかふまじめなのかわからないという曖昧さが、シェイクスピア喜劇の神髄」(同)であるのに対し、「他者に自らの価値観を押しつけようとすると、悲劇になる」(同)ということらしい。そして当時の「ルネサンスの時代思想としての人文主義」(p.131)の話が出てくるが、2015年に東大の自由英作文で出た有名な「鏡」の問題は、「エラスムスの著書『痴愚神礼賛』に掲げられた挿絵《愚者の鏡》」(p.134)であり、鏡のなかの人物は「道化」であり、「自分がまじめで賢いつもりでいる人に『己の愚かさを知れ』と言ってやる」(同)ということだそうだ。なのでそれを知ってしまうと、これの解答としてIt must be a magic mirror.とかやったら、それこそアホみたいな解答だなあと思ってしまう(もちろん、その解答で点はもらえると思うけど)。「褒めちぎるべきすばらしいもの」(p.159)に触れて、「『おめでたく』なれる人こそ幸せになれるのである。逆に、『正しさ』を絶対視して、自分の愚かさやまちがいが認められない人は幸せになれない」(同)ということを、喜劇は教えてくれるらしい。あとは嫉妬、は「緑色」というのはシェイクスピアの英語でも有名だけど、「『緑の目をした嫉妬』におそわれた人は緑色のメガネをかけてすべてを緑と思ってしまう」(p.198)というところで、Wickedという作品のエメラルド・シティはこのことを表しているのか?とか、今更に思ってしまった。最後に、『ロミオとジュリエット』はなぜ四大悲劇に数えられないのか、という話(p.178)も納得。
     ということで、河合先生は訳だけでなく、こういう解説本を読んでもやっぱり面白いなあということが分かった。(22/01/03)

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    2022年01月03日
  • 不思議の国のアリス+鏡の国のアリス 2冊合本版

    ネタバレ 購入済み

    解説を読んで驚き

    本編を読んでいた時は不思議な世界をただ歩き回るだけの話で内容に意味は無いと思っていたが、実際のチェスに対応した話にしていると分かり鏡の国のアリスはより凄い作品に感じた。

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    2021年11月28日
  • 不思議の国のアリス

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    2度目読み終わり。
    アニメ、映画とは全く違う不思議な世界観。
    読んでると頭おかしくなりそうな時もあるけどこの不思議な世界がクセになる。

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    2021年10月21日
  • 心を支えるシェイクスピアの言葉―――日本語訳と原文で味わう人生に効く110の言葉

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    CSIでグリッソムが、口にするのがカッコいい!と思ったので、私も。

    口にするシーンは、なかなかないけど、あれ?このフレーズはリスペクトしてる?と、思えるのが、楽しい。


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    2021年08月17日
  • 若い読者のための文学史

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    イギリスを中心とした文学史。残念な事に古典的名作を読まずに来てしまったので、大まかにでも作品に触れたいと思い若くないけど読んでみた。名の知れた大作が並び読んでみたい作品も多い。本として読んでいなくても古典的名作は映画化されている物が多く、映画の印象が頭に残っていたりする(原作に忠実かはさておき)。若い人向け(中高生?)との事で読みやすい。
    村上春樹の名前は出てくるけれど、作品作風等一切触れられていない。

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    2021年05月26日
  • 不思議の国のアリス

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    改めて読むと文学よりは絵本もしくは映像に向いている作品と痛感。登場するコミカルなキャラクターやシニカルなやり取りも文字にすると毒気が強く支離滅裂な印象を受ける。

    私が童心を失ったのか単なる想い出補正か、ここまで世界的名作足り得る作品かというとかなり微妙。

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    2021年04月10日
  • シェイクスピアの正体

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    別人説を、一見トンデモな見解のものも一つずつ解きほぐしていく面白さがある。肖像画、胸像、改めて見ると、なるほど!?ん!?の繰り返し。歴史を証明する文献の読み解き方として楽しく読める。

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    2021年04月01日
  • 鏡の国のアリス

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    『鏡の国のアリス』は、イギリスの数学者チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン(1832~1898年)が、ルイス・キャロルのペンネームで発表した『不思議の国のアリス』の続篇ともいえる作品である。
    『不思議の国』は、キャロルが、オックスフォード大学在学中に所属していた学寮の学寮長の娘であるアリス・リドルのために即興でつくって聞かせた物語(1862年、アリスが10歳のとき)をもとに、1865年に書籍化されたが、本作品はその後に書かれ、1871年に出版された(アリスは19歳)。
    アリスが、見る見るうちにあどけない少女から、大人の女性に成長していく中で、本作品はもはや実在のアリスのためにというより、自分の心の中にいる小さなアリスのために書かれた、思い出の世界、夢の世界の出来事であったといえ、それは、『不思議の国』ではどんなにサイズが変わってもアリスが少女であることは変わらなかったのに対して、『鏡の国』ではアリスが少女(ポーン)から大人(白のクイーン)へと変貌し、いつの間にかキャロル(アリスをエスコートする白のナイト)に別れを告げてアリス自身の人生を歩み出すというストーリーに、象徴的に表現されている。
    本シリーズは、聖書やシェイクスピアに次ぐ数の言語に翻訳された、世界で最も読まれた児童小説とも言われており、『不思議の国』の白ウサギやチェシャー・ネコ、『鏡の国』の赤のクイーン(「ここではね、同じ場所にとどまるためには、思いっきり走らなければならないの」という赤のクイーンの言葉は、「生物の種は絶えず進化していなければ絶滅する」という進化に関する仮説の比喩に使われ、それは「赤の女王仮説」、「赤の女王効果」などと呼ばれている)や、「トゥイードルダムとトゥイードルディー」、「ハンプティ・ダンプティ」などのマザー・グースからの引用は、あまりにも有名である。
    また、この角川文庫の挿絵は、出版当初の、当時風刺漫画で有名だったジョン・テニエル(1820~1914年)によるものであるが、1907年に英国で作品の著作権が切れて以降、アーサー・ラッカムなど、世界中の挿絵画家によるものが出ている。
    本シリーズは、松岡正剛氏が有名書評「千夜千冊」(1598夜/2016年1月)で取り上げているのだが、この作品自体の評価はなかなか難しい。松岡氏は、「ルイス・キャロルには、むろん何か格別に天才じみたところがあったにちがいありませんが、この人は全体としてはもともと変な子であり、長じても変な大人だったと思います。まずは、そう思ったほうがいいでしょう。・・・案の定、へんてこ世界のアリスを誕生させた。」と書いているのだが、このシリーズは、大人の理屈を持ち込んで読むのではなく、子どもが子どもの感性で楽しむ世界なのだろう。
    また、『鏡の国』については、上述のような、キャロルが、どんどん成長して自分から遠ざかっていく実在のアリスを思いながら執筆したという背景を知ると、大人にとっては、少し異なった印象を与える作品になるのかもしれない。
    (2021年2月了)

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    2021年02月03日
  • 新訳 お気に召すまま

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     “All the world's a stage. And all the men and women merely players." でお馴染みの、シェイクスピアの、最後は大団円で終わるドタバタ恋愛劇。
     登場人物は他のシェイクスピア劇に比べても特別多いという訳でもないけど、やっぱり一生懸命読まないとゴチャゴチャして分からなくなる。始めに河合先生の『あらすじで読むシェイクスピア全作品』であらすじや登場人物の関係なんかを予習してから読んだ。
     うーん、河合先生の訳はびっくりするくらい面白いし、もうこれを台本にして今すぐ芝居を始めようという気にすらさせられるが、話自体はそんなに…。おれが恋愛モノ苦手だからだろうけど…。
     印象的であったところのメモ。まず女性同士がめちゃくちゃ親密にやり取りをするというところにちょっとどぎまぎしてしまうが、この点は「訳者あとがき」にも書かれている通り、「当時はシーツを容易に洗えないという事情もあって、同性で同衾するということはよくあり、(略)同性間の親密性が文化的に支えられていた。」(p.147)ということらしい。それからやっぱり名台詞の「この世はすべて舞台」(p.60)は来た来た、と思うのだけど、まったくその前後を知らないというか、その前の部分、「見ろ、不幸せなのは、我らに限ったことではない。この広大な劇場では我らが演じている場面より遥かに悲惨な芝居が演じられているのだ。」(同)という公爵兄の台詞の方が、スッと頭に入って来る感じがした。
     あとは河合先生の訳がすごい。元の文の解説もされているところがあって、よくこんな訳思いつくなあとしみじみ思いながら読む。あんまり言うとネタバレになっちゃうので、2つだけ気に入ったやつを。「その木にボケナスを、つまり、おまえを接ぎ木しようか。それからミカンでも接ぎ木しよう。おまえの言うことは無ミカン燥だから。」(p.71)、「前世はネズミで、しょっチュー歌われてたのかもしれないけど、よく覚えてないのでありマウス。」(p.74)。それから原文で韻を踏んでいるところはちゃんと印がついていて分かるようになっており、訳も韻を踏ませている。これもたっくさん秀逸なのがあるけど、1つだけ。「おいで、オードリー。結婚したらやり放題だよ、裸おーどり。」(p.87)。ちなみにここは注釈によれば「Audreyとbawdry(猥褻)で押韻している。」(同)らしい。すごい。裸おーどり。だって。
     あとは関係ないところで、「ディンガディンガディング」(p.130)といって歌うところがあるが、カーペンターズのYesterday Once MoreのEvery Shing-a-ling-a-lingというのを思い出した。わりと古くからある擬音?なのだろうか。
     下の注を読むのも面白い。「シェイクスピアより先に大活躍していた劇作家クリストファー・マーロウが、一五九三年五月三十日午後六時、ロンドン郊外デットフォードにある小さな居酒屋で、勘定書きをめぐるケンカがもとで刺殺されたことへの言及か。」(p.84)ということがあったらしい。「エリザベス朝時代、舞台上に藺草を敷きつめることがあった。殺人の場面などで血しぶきを飛ばしたあと、藺草をのけてすぐ舞台にできた。」(p.92)なるほど。イグサを使っていた、なんて意外。あとは最後のシーン。「シェイクスピアの喜劇には(略)大団円から立ち去る人物たちがいる。Kill-joyと呼ばれる彼らの存在は、浮かれ騒ぎが一時的なものでしかないことを明確にする。」(p.141)なんて、実生活でもこういうkill-joyみたいな人いるよなあ、おれもその気があるんだけど…。
     という感じで、薄さに騙されずに、もっと気合を入れて読めばもっと楽しめる話だろう、と思った。逆に言うとやっぱりシェイクスピア作品はダラダラしながら読む話ではなかった…。(21/01)

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    2021年01月27日
  • 暴君 シェイクスピアの政治学

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    正直、シェイクスピア作品に明るくない私はあんまりついていけていなかったと思うが、もう10年以上見ている舞台の2幕冒頭シーンがどういう意図をもってつくられた場面なのか、やっとわかった気がして嬉しかった。
    ついていけないながらになんとなく既視感を感じつつ読み進める中で、make England great againとの記述にぶつかり、ああ、そういうことかと。ホワイトハウスに群がる暴徒たち、Twitterという現代のやり方で扇動する暴君よ。結部の最後の一行を読み、この決して穏やかとは言えぬ現代を生きる我々も良識ある人民として襟を正さなければと思わされた。

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    2021年01月18日
  • 暴君 シェイクスピアの政治学

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    シェイクスピアの各作品での「暴君」の描かれ方をうまく抽出してあると感じた。
    項目立てが絶妙なのか、各論的になりすぎず、一貫した書きぶりで読みやすい。
    シェイクスピア作品に目を通したうえで再読してみたい。
    トランプ政権誕生を明らかに意図しているはずだが、本文に指摘のシェイクスピアのやり方と同様、「直接的な状況から遠くへ想像力を飛ばし」て書かれていたため、自らの政治主張の押し付けめいたものはそこまで感じられなかった。
    暴君を放置、時には支持してしまう民衆らへの指摘についても、なるほどと思わされた。

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    2021年01月16日
  • 暴君 シェイクスピアの政治学

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    ネタバレ

     最高権力者の心に宿る矜持と巣食う不安。最高権力者は、最高権力者がゆえに常に孤独である。自らの地位を危うくすることには誰よりも神経質で、その不安が抑えきれないほど強くなれば、暴君となる可能性が高まる。最高権力者には、権力にすり寄ってくるものたちが多く出て、その追従は、権力者に自信と自己満足をもたらす。ただ、それは躓きの石でもあり、自らを最高権力者にしてきた冷静な観察力と判断力を失わせることにつながる。権力をえる過程で行使した手段は、その強みを知るがゆえに、自らの権力を奪う有力な手段であるとの認識をもつ。暴力で地位を奪ったものは暴力を恐れ、権謀術数で地位を奪ったものは権謀術数をおそれる。強みが自縄自縛となって、権力失墜の崖に自らを追い込んでいく。
     シェイクスピア研究の大家が、シェイクスピア作品を解説しながら暴君の姿を追う。

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    2020年12月03日
  • あらすじで読むシェイクスピア全作品

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    「じゃじゃ馬ならし」や「から騒ぎ」や「真夏の夜の夢」など、普通生活しているうえでもよく聞く言葉の内容を知りたかった。
    シェークスピアの全作品を網羅してしるので、手軽に知りたい人には良い。
    登場人物が多いので、何度も前のページを見返さないとわからなくなる。

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    2020年10月13日
  • 鏡の国のアリス

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    ノスタルジーをナンセンスで隠した作品。
    実世界のアリス・プレザンス・リドルとの関係性を知ったうえで読むと、より楽しく読めるように思えました。
    そもそもアリスのためだけに作られた『地下の国のアリス』から派生したもの。というのはかなり有名な話ですが、子供から大人になっていってしまうどうしようもなさ、遠い存在になっていくアリスとの距離感を思うと、かなりノスタルジックな内容のように思えてきます。冒頭の詩や最後の言葉遊びも含め、本の形式をとった手紙のようです。
    ルイス・キャロル、ロリコン説、非ロリコン説は色々と言われていますが、アリスとの関係なしにこの作品を語ることはできない、作家にとっても、パーソナルな物語だと思いました。

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    2020年05月29日
  • こんなに面白かった「シェイクスピア」

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    章の間や説明の中にあるプチ情報がいい。
    シェイクスピアのお話の説明だけだと、人名が読み慣れないからか眠くなる。

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    2019年10月06日
  • 新訳 夏の夜の夢

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    韻を踏んでいるのが面白い。日本語に訳すと仕方ないのか、踏み切れてないところも面白かった。ディミートリアス(ヘレナを無下に扱う)とヘレナ(片思いでストーカーチック)の掛け合いが面白かった。
    惚れ薬で別の女性に気が移った途端、辛辣ー!好きじゃないからってそんなdisる!?好きor嫌いの2択しかない極端さ。身分の高い観客に、舞台でこの辛辣な態度がウケてたのかなと思うと微妙な気持ちになる。
    豆の花 、蜘蛛の巣 、蛾 、芥子の種という四人の妖精が出てくるくだりが好き。なぜこのラインナップなのかと。
    全体的に夏の暑さでゆだってお祭り騒ぎ、的な印象を受けた。

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    2019年08月26日
  • あらすじで読むシェイクスピア全作品

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    著者はシェイクスピア研究者。
    シェイクスピアという名前は知ってるし、ロミオとジュリエットとか作品名も知っているけど、ではその物語の内容はというとよくわからない。そういう人に助かるニッチな本。
    それぞれの作品の複雑な人間な関係を紐解き解説し、あらすじを書く。
    自分が今住んでいる地理の利をいかしていつかは劇場に足を運ばないと、とは思うが、近そうで遠い…

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    2019年03月11日
  • あらすじで読むシェイクスピア全作品

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    タイトルの通り。

    本書を読んだからと言って原著が読みやすくなるのかは不明。。。
    登場人物の関係図だけが参考になるかな。

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    2018年12月10日
  • あらすじで読むシェイクスピア全作品

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    今までも、これからもシェークスピアさんを読むことがないのでザックリと全作紹介助かります。これで英国人はじめアングロサクソン系の人々と議論できるかも、そんな知り合いはいませんが

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    2018年10月07日