河合祥一郎のレビュー一覧
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神話と叙事詩の時代から、インターネットとSNSの時代まで。イギリスを中心に、時代ごとの文学史的ヒーローをピックアップし、コラム形式で解説。著作権という概念が生まれてきた経緯や、資本主義が文学に与えた影響なども取り上げる、軽い語り口で読みやすい文学史入門。
叙事詩を語るのにマーベル映画を引き合いにだしたり、かなりくだけた文章ですごく読みやすいし文学史としてフレッシュで楽しい。一つのトピックについて章内で現代への影響までコンパクトに語ってくれるので、時系列を追ってなくてもその章だけ読めば話がわかるコラム形式。目次通り読まず、つまみ読みでも面白く読めると思う。正直、表紙がとっつきづらいので、もう少しフランクな装幀になるとタイトル通り"若い読者"にプレゼントしたくなるんだけどな(今の表紙だと贈っても読んでもらえる気がしない(笑))。
注意点としては、「文学史」と名乗っているが、世界文学史でも西洋文学史でもなく、あくまで英文学史の本だということ。欽定訳聖書、サミュエル・ジョンソン、桂冠詩人などの章にそれが如実に表れている。ギルガメッシュやイーリアスについて話し、アメリカ文学にも章を割いてはいるけれど、〈文学〉を見る目が完全にイギリスに固定されている。ある種、この本自体が帝国主義的だとも言える(笑)。
訳者あとがきに書かれている通り、選外に漏れている作品を言いだしたらキリがないのは承知の上で、それでもサザーランドの選出はクセが強いと思うのだ。ブルームズベリーグループのモダニストに数章割いてシュルレアリスム運動には触れなかったり(これはわかるけど)、ロシア文学者は春樹のお気に入りとしてドストエフスキーが名前だけでてきて終わりだったりする。ポストモダンを扱う31章「仕掛けの箱」にナボコフくらいだしてくれ。
その代わり、ピューリタニズム、帝国主義、資本主義と文学の関係が丁寧にフォローされているのは良いと思った。児童書に一章割いて、〈児童書〉という概念が成立するには〈子ども〉という概念がまず発見されなければならなかったことを説明していたり、女性作家の自立の問題についても目配りが行き届いている。単に"こういう作家がいてこういう本を書いた"というだけじゃなく、そのときの社会情勢が作家にどう影響し作品にどう反映されたかを常に問うている。シェイクスピアが世にでてくる下地として、中世の街角でおこなわれた大衆演劇(ミステリー劇)を取り上げているのも丁寧。セクシャルマイノリティーや人種的・言語的マイノリティーの文学についてはいまいち踏み込みきれてない弱さがあるけど、原書が2013年刊なのでこの点は少し古くなっていると言えるのかもしれない。 -
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齋藤孝さんの「読書する人だけがたどり着ける場所」で紹介されていて読んでみた。
自身、文学に限らず古典にはこれまで全くと言っていい程触れる機会がなかったが、良いきっかけだと思って読んでみた。
まず何より、これだけのストーリー性のある話が、紀元前の時代に作られ、現代にまでその形を残している点に非常に感動した。
ストーリーはある程度わかった上で読んではみたが、それでも楽しく読ませていただいた。
オイディプス王自身が真実に気づいた後の狂気に満ちた行動もさる事ながら、解説にもある通り妻であるイオカステ妃が、いつどのタイミングでその事実に気づいたかという点において、諸説あるというところは非常に興味深かった。これは古典ならではの醍醐味であるのかもしれない。
もちろん現代の小説に比べれば、読みづらい点、理解しづらい点はあるものの、自身の古典への入り口として読むには、非常に良い本だと感じた。 -
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「不思議の国のアリス」から半年後のお話。
子ネコのキティとおしゃべりをするアリスは、暖炉の上の鏡をくぐり抜けて、鏡の国の部屋にかろやかに跳び降りてしまいます。
鏡の国では文字がさかさま。
赤と白のキングやクイーン、しゃべるお花たちや、卵のハンプティ・ダンプティに出会います。
小さな丘から見た田園は、大きなチェス盤みたいに仕切られていました。
次々と起こる不思議な出来事に想像力をかき立てられ、訳者のあとがきによって、この物語がより鮮やかものになりました。
「不思議の国」は、子どもの頃何度も繰り返し読んでいたのですが、「鏡の国」は初めて読みました。
もし子どもの頃にこの本に出会っていても、きっと今のようにに楽しめていなかったかもしれません。
韻を踏んだ詩の訳が、とても素晴らしく、挿絵も素敵です。 -
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嵐に遭遇し離ればなれになった双子の兄妹セバスチャンとヴァイオラ、妹のヴァイオラは男装し、シザーリオとしてオーシーノー公爵に仕える。シザーリオはオーシーノーの片想いの伝言役としてオリヴィアに伝えるが、オリヴィアはシザーリオに恋心を抱く。オーシーノーに興味はないが、シザーリオにまた会いたいオリヴィアの言葉が愛らしい。「でもまた来て。だって、あなたのせいで、あるいは、嫌いなあの方の愛が好きになるかもしれないわ。」”Yet come again; for thou perhaps mayst move That heart, which now abhors, to like his love.”
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リア王の悲劇の後は、軽い喜劇で心を中和。
序盤のビアトリスとベネディックの心を探り合うような辛辣且つ軽妙な掛け合いが楽しい。フェイクと姦計に振り回され一度は諦めながらもクローディオはヒアローを、ヒアローと侍女の作り話を聞かされたビアトリスはベネディックを愛することになる。二つの恋が悪意と善意のなかで撹拌されながら、やがて不純物が取り除かれ実を結ぶ。
「友情は不変といってよいが、色と恋が絡めば話は別になる。」”Friendship is constant in all other things,
Save in the office and affairs of love.”
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エピックって言葉がある。日本語だと叙事詩。
いろんな場面でよく聞く言葉。なんとなく意味は伝わるのだけど、なんでそんな偉大な文学ジャンルが今では書かれていないのか。
叙事詩は、過去の偉大な時代を舞台として、壮大さが過去のものになってしまった哀しさを描くらしい。
その意味では、アメリカから同じような作品が世に出ても、国として若すぎるために、叙事詩と認めることは難しいそう。
社会の変化の中で生まれてきた(西洋)文学の流れを、なんとなく知ることができる。どんな環境からどんな文学が生まれてきたのか知ることは、作品をより楽しむのに良いことなんだろうと思う。
いろんな本、ゆっくり読んでみたい。
若くなくてごめんなさいシリーズ、読むのはアメリカ史、経済学史、宗教史に続いて4作目。次は何を読もう。 -
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テレビドラマや小説、日常生活でもよく耳にしている『ドリトル先生』ですが、実は、ヒュー・ロフティングというイギリスの児童作家さんによって、第一次世界大戦後という古い時代に描かれた児童向けのシリーズ作品だったとは、恥ずかしながら知りませんでした。
このブグログの新刊情報で、新訳の最新刊を見つけた時に、「ん!?ドリトル先生!?」と思い、気になり、ドリトル先生シリーズを調べました。
そして、角川文庫から大人向けの新訳版が出版されたということにたどり着き、1巻を読んでみよう!と思いました。
これがドリトル先生かぁ~
想像以上に凄い先生だった!
こんなに動物の言葉が話せて、世界中の動物から愛されていて、誰にたいしても優しい心を持っている先生だったのか!
ドリトル先生のお金に対する危機感のなさは、もう笑えます。
そして、冒険小説でもあるんですね。
旅をしながら繰り広げられる、ドリトル先生と動物たちの物語が、とても愉快で楽しく、そしてなんといっても、ドリトル先生や動物たちの垣根を越えた温かさに、癒される作品です。
あとがきで、作者であるヒュー・ロフティングさんが、第一次世界大戦で戦線に赴き、傷ついた軍用馬が射殺されるのを見て心を痛めたのがきっかけで、この物語を考えたと知り、そこに作者の動物に対する思いや、助け合う気持ち、命の尊さも含めてこども達に伝えたいんだっていう気持ちが伝わってきて、後から染々と胸に沁み込みました。
そして、こうやって、世界中で、どの年代の人にも現代まで読まれ続けている作品なんだなと、切に思いました。私も出会えて良かったです。
2巻以降も読んでいきたいと思います! -
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ナルニア国物語シリーズ、
2冊目は新訳で読んでみた。
つばさ文庫版の新訳ともすこし違うらしい。
わたしは瀬田さんの訳が大好きだけれど、
新訳の河合さんもよかったです。
きちんと原作の雰囲気を残してくれているし、
解説からも愛が伝わる。
いまの子供たちは新訳と挿絵のほうが手に取りやすいだろうなあ。面白い作品なのでおすすめしていきたい。
個人的にはゲド戦記よりは読みやすさがあるシリーズだと思う。あちら自分との戦いだしな、、。
2冊目は「カスピアン王子」
4兄妹の世界では1年しかたっていないのに
ナルニアでは100年以上経過していた、という。
前作で出てきたあの角笛で
ナルニアに再び呼び戻される。
伏線(と言っていいのか)がまたお見事すぎて感服。
100年後のナルニアと
新しい王子をご堪能あれ。
この調子でシリーズ全部読んでしまいそうだな、、 -
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ドリトル先生シリーズを初めて読んだ。
なるほど、まさしく子ども向けのお話である。
ドリトル先生自体は、優しくて思いやりのある人。だが生活力は低い。ほとんどの問題は周りの動物たちが解決する。しゃべる鸚鵡の賢さ、フクロウの聴力、犬の嗅覚など、動物の特性を生かした活躍が楽しい。
新訳版は読みやすい。pattyのイラストはかわいらしく、今の子どもが読み進む助けになる。特にガブガブとジップが可愛い。まあ、原作のロフティングによる挿絵も味わいがあるのだが。
ストーリー展開は荒唐無稽というか、スケールがでかい。基本的にはトラブルがあり、動物の力により解決、というパターン。
ガブガブ、ダブダブ、ジップなど、動物たちのやり取りがわちゃわちゃしてて和む。
人種差別の話は、100年前のイギリスではそうだったんだな、という感想しかない。 -
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シェイクスピア研究の泰斗、と知っていた。
でも、自分の予備知識なんていい加減。
著者はアメリカ育ちで、所属もアメリカの大学。
そう思って読むと、四章冒頭の暴君の性格は、もしかして有名なあの人に当て書きしたのかと思えてくる。
(謝辞を見ると、その理解でよさそうだ。)
取り上げた作品は、『ヘンリー六世』『リチャード三世』『マクベス』『リア王』『冬物語』『ジュリアス・シーザー』『コリオレイナス』など。
これらの作品群を通して、暴君の特質、背景、そして周囲の人間のありようなどを分析する。
リチャードは、絵にかいたような暴君。
コンプレックスや愛情欠乏を権力で補償しようとする、ある意味わかりやすい悪者。
マクベスには「近代」的男性の悲劇が滲む。
妻から男性性を証明することを迫られ、正統な王殺害に追い込まれ王位を簒奪するが、狂気に陥る。
忠義の臣下や召使、親族は迫害される。
鶏まきは追従するか、沈黙する。
人々は、というと一筋縄ではいかない。
このあたりは古代ローマに材を取った『ジュリアス・シーザー』や、『コリオレイナス』から分析される。
混乱しながらも、民主制を守るためにシーザー殺害を決意するブルータス。
彼の理想主義は仲間のデマゴーグに踏みにじられ、肝心の市民から理解されることはない。
コリオレイナスは英雄軍人で、友人の貴族たちに執政官の候補として担ぎ上げられる。
彼自身は庶民を侮蔑しているが、貴族たちに選挙に勝つために、庶民に迎合せよと薦める。
しかし生来の性格から、その戦略を貫き通せず、結局ローマは内戦状態になる。
人々はコリオレイナスを憎んでいるはずだが、彼がローマを攻めてくると聞くと、彼の評価に「歴史修正主義」を適応しはじめる。
結局彼はローマから離れ、やがて死ぬことになるが、この暴君から民主制を救ったのは、庶民――とはならない。
私利私欲に走る俗物として描かれる護民官が、結果的には民主制を救う、という何とも皮肉な結末。
シェイクスピアの生きた時代の弾圧を思いやる。
けれど、「人民がいなくて、何が街だ?」というシェイクスピアのメッセージは、なかなか自分が作品から読み取ることは難しいとも思う。