渡邊ダイスケのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
復讐という行為の本質は、「バランスを正す」ということなのだろう。それをビジネスとして行う以上、ブレックファーストクラブの榎加奈子の譲れない規範があるということなのか。加奈子の人間性をさらに掘り下げていくエピソード。外道シリーズになってから、焦点が犯罪者の在り方(どういうふうにして犯意が形成されてくるのか)にシフトしてきているのだが、この巻に収録されているのは先述のエピソードともう一つのものと、どちらも歪んだ身勝手な自己愛が犯行動機となっている。彼ら犯罪者の意識に渦巻くのは「バランスを正せ」「バランスを正してやる」という、これも復讐なのだ。ブレックファーストクラブもカモトラの行為も復讐が加害者の
-
Posted by ブクログ
隣人トラブルを扱ったメインのエピソードは、他人や社会との共感性を欠いた反社会性パーソナリティ障害の、いわゆるキ〇ガイ親子が登場。騒音や汚物を撒き散らし、何得かわからないただ周囲への恨みやあてつけを行動規範とした迷惑住人。以前は民事不介入で警察が対応してくれないことも多かったが、ストーカー規制法、侮辱罪、威力業務妨害罪の罪状解釈の拡張や、各自治体の迷惑防止条例の強化、またスマホでの録音録画による証拠の収集が容易くなったことなどにより、「嫌がらせ」にもだいぶ警察が動きやすくなっているようだ。この親子たちもきちんと法で裁かれればカモトラに〇〇されないでも済んだかも知れない。そう、法律がきちんとその悪
-
Posted by ブクログ
前半のエピソードは、娘と同じ幼稚園に通う娘の友だちを殺害した母親の起こした文京区音羽の幼女殺害事件を思い出す。この事件自体はママ友仲間の人間関係への恨みが起こしたものだったが、本作は、他人より優位に立つことで自己実現を果たしてきた女性というキャラクターを創造し、より逆恨み度の高い歪んだ殺害動機の芽生えを丹念に描いていく。社会や家庭の中でそれまでの自分がどんなに辛い目にあってきたかと、犯行の一分を主張する加害者をカモが身勝手の一言で一蹴するいつもの展開だが、こうやって実在の事件などを参考にしながら、人間の歪んだ自己愛の在り方を俯瞰し、読者と一緒にどうあるべきだったかを考えて行こうとするのが第2部
-
Posted by ブクログ
前巻で殺人者側の犯行にいたるまでの心理を始めて描いたのは、犯罪者の行う殺人と主人公たちの行う復讐という殺人の双方を描くことで、「殺人」という手段(とそれをテーマに描いている作品)に対する作者の、方針の再確認の作業のようなものだったのかなと思った。往々にして殺人犯はその自らの殺人の正当性を主張する。多少の差はあれど、おおむね自分の生まれ育った環境、社会のありかた、そんな中で自分がどれくらい苦しみを味わったかを反芻し、自分がどんなに可哀想だったかを改めて確認し、そしてその哀れな自分のために社会へ復讐したのだ、というような理屈に落ち着くのだろう。その殺人者の理屈をカモが「なぜふつうの人はそんな理由で
-
Posted by ブクログ
時代を超え「目には目を」的な復讐話が存在するのは、量刑への不満が解消されないからだろう。被害者側がどんな報復をしたところで、結局奪われたものが元に戻ることはないのだからしょせん奪われ損、奪い得なのだ。現行の法律は言うまでもなく、主人公カモたちが行う残虐な報復代行でさえ、被害者側の依頼人の心は晴れない。どんなに酷い仕返しをしたとしても、復讐からはカタルシスは得られないことを本書は描く。復讐執行を行うカモの加害者顔負けの残虐行為について、相棒のトラが再三そこまでする必要があるのかと異議を唱える場面が出てくるのは、本書が復讐という免罪符でもって残虐行為自体に愉悦を感じさせることを企図したくないことの