金井美恵子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
「愛の生活」「夢の時間」「森のメリュジーヌ」「永遠の恋人」「兎」「母子像」「黄金の街」「空気男のはなし」「アカシア騎士団」「プラトン的恋愛」を収録。
どの話も、緻密に組まれていながらどこかに獣臭さや血なまぐささの漂うような、まるで丁寧に掃除され壁際にはドライフラワーの吊るされた部屋の真ん中に、生血の滴る獣の肉が手つかずで置いてあるような、あるいは誰かが食べたのであろう獣肉の匂いが残っているような、そんな雰囲気を持つ話たちであった。どれもおもしろかったが、黒猫が出てくる「永遠の恋人」と、柔らかで冷たい、微かに獣くさい匂いのする「森のメリュジーヌ」が特に気に入った。逆に「母子像」「黄金街」は近親相姦的要素を持っており抵抗感があった。
星5としてもよいくらいの完成された世界観であったのだが、読後の満足感がそこまで強くなかったため星4とする。実際には星4.5程度というところであろうか。 -
Posted by ブクログ
金井美恵子の小説を読むということは体験。
この小説も。
そして、でもそれはよく言われる読書は間接体験だというのとは違う。
もっと直接的に、読むこと自体が体験そのもの。
読み進めるうちに、右へ曲がり、左へ曲がり、その回り道での細々としたできごとや回想を取り込みながら登場人物や物語の解像度が徐々に上がってゆく。
微に入り細にわたり描写されるこの小説は、祖母や伯母、母の語る話にしても、父の話にしても、出て行った恋人の話にしても、つながり、繰り返す。
たとえばわたしたちの頭の中で過去のできごとはふとした拍子に思い出され、その一つの記憶の細部から別の記憶へ、その細部からまた別の記憶へとつながって、ときに繰り返す。
その意味でこの小説は頭の中で繰り広げられる回想や追想といったものに親和性があるのかもしれない。
独特の魅惑的な文体は息継ぎの仕方のこつを掴んでしまえば、心地よく泳いでゆける。
読み終えて、素晴らしい体験だった。 -
Posted by ブクログ
すごーく綺麗な本で、手にとるとシアワセな気持ちになる。ビジュアル本のようなしっかりした紙に、金井久美子さんの絵がたくさんのっている。エッセイと同じページにも挿入されているのが新鮮。いつもはがさつな速読派の私だが、ゆっくりじっくり至福の時間をすごしたのだった。
あらためて、金井美恵子さんの文章が好きだなあとしみじみ思った。私も本当はこんな風に書きたいんだよなあなどと、恐れ多くも考えてしまう。思考の流れに乗って、ゆらゆらと続く、それでいてシャープな書き方。金井美恵子さん唯一無二の文体だ。この「天然生活」連載のエッセイは、切れ味鋭いところと、そこはかとなくオカシイところが混在していて、そこがとても良いと思う。
・かつて身の回りにごくありふれたものとしてあったのだが、今では失われてしまった細々としたものの描写が大好きだ。「手芸用品と洋裁用品を売っている店」にあった「髪飾り用のリボンや、木製やセルロイド、それに新製品の透明プラスチックのパッチンどめ」「リリヤーン、下着の裾やブラウスの胸のピンタックの端に縫い付ける、いろいろな柄のテープ状のレース」「家庭科の時間に使うセルロイド製の裁縫箱、小さな象牙(か、どこの物とも知れない馬の骨)やセルロイドの和裁用のヘラ」「いくらでも品々を思い出してしまう」とあり、自分も一緒に記憶の引き出しを開けて陶然となる。
・「天然生活」での連載だというのに、こんなこと言ってて、笑ってしまう。
「薬膳というのは、もちろん自然派的なものに決まっていて、体を温める食べものとか冷やす食べものとか言われると、チッ!うるさいね、体を動かせばすぐ、あったまって汗をかくだろ?と野蛮に鼻を鳴らすタイプなのだが」
・四十年前の思い出として、原宿の駅から乗り込んできた「見るからにブランド品のバーゲン目当てに溜めたお金をフトコロに、地方から上京して来たという様子の二人連れの女の子で、お目当ての服を買うことが出来た幸運と幸福に頬をバラ色に上気させ微笑みあう」のを見ていたら、「私は熱いものがこみあげるのを抑えるのに苦労した」とある。そう、金井さんにはこういうところもあるのだった。
「ブランド品のセールに、若い娘たちが物欲を丸出しにし、血相を変えて我武者羅に押し寄せるということが、さも愚かなことであるかのように滑稽視されてテレビで伝えられていた時代だったのだが、幸福そうなバラ色に上気した顔を見ていると、マスコミ関係のアホ男たちがアレコレ言うことはないだろ?と、つくづく思ったのだった」
まことにごもっとも。
・NHKのおかしな番組名への言及も、ほんとそうだよねと思った。「グレーテルのかまど」って魔女を焼いたヤツだし、「ダーウィンが来た!」は意味不明。
・定番の猫話もいつも通り楽しい。愛猫トラーが死んじゃって何年になるのだろうか。久美子さんの絵にも登場するが、実に威風堂々としているのだ。 -
Posted by ブクログ
読んでいると頭がおかしくなりそうというか、
時間や物質の関係性があやふやになり、酩酊状態になる。
目の前文章と思考が矛盾をおこし、さらには「書かれていないこと」を読んでいるような錯覚にまで陥る。
ほとんど初めての読書体験であった。
メモ
・私には盲従的に自然を写し取ることはできない。自然を解釈し、それを絵の精神に服従させるようにせざるをえないのである。私の色調のあらゆる関係が見出されたとき、そこから生きた色彩の和音、音楽の作曲の場合と同じような調和が生まれてくるに相違ない。
・滑らかな色彩の流れ、視覚→嗅覚→触覚→想起という目まぐるしい運動
-
Posted by ブクログ
タイトルの「たのしい」は、てっきり金井美恵子一流の皮肉な言い回しだと思って読み出したら、意外や、これがほんとに結構ほのぼのした、生活のあれこれをマイルドに綴ったものだった。今度は何をバッサリ斬ってるかなと期待していたものだから、最初は、チェッつまんないの、なーんて思ってしまったが、さすがに金井美恵子、どんどんひきこまれて読み進めることになった。
鋭い美意識の持ち主である金井姉妹だが、生活ぶりは意外に庶民的。もちろん、日常の生活用品は、その厳しいお眼鏡にかなったものとなるわけだけど、とにかく高級なものが良いというわけではなく、むしろ、バカ高いものには批判的で、そこがいい。また、雑なやり方は好まないが、いつ頃からかよく聞くようになった「丁寧な暮らし」などという、したり顔のこざかしさとも無縁だ。
金井さんは昔ながらの酸っぱい夏みかんが好きだそうだが、それを「ムッキーちゃん」でむくと書いてあって、なんだか笑ってしまった。ムッキーちゃん!私も使うし、前に伊藤理佐さんが漫画で描いていたが、金井美恵子とムッキーちゃんとは、なんともすごい取り合わせみたいな気がする。
「あそびの記憶」と題された章で書かれた、かつての子どもたちの遊びがとても懐かしかった。金井さんの小説でよくある、記憶の具体的な細部を鮮やかに描き出す書き方で、ああそうだった、こんな風に遊んでいたなあと、子どもの頃がよみがえってくるようだ。古いアズキを入れたお手玉、小さな豆板のようなおはじき、シロツメクサの花かんむり、七夕飾りには「折りたたむとぴたりと平べったくなる」蜂の巣細工の薬玉やら小さな中華風のランタンやら、「なかでも、紙のクサリ飾りこそは、子どもの参加する行事の華やかな万能グッズだった!」。ああ、本当にそうだったよなあ。
金井姉妹の愛猫だったトラーの絵がいくつものっていて嬉しい。見開きになっている、花の中で寝そべるトラーの絵にみとれてしまった。トラーがいなくなって七年だそうだが(もうそんなになるのか!)、何かにつけて思い出すのは、その手触りだそうだ。「柔らかくてしなやかで生あたたかい弾力のある敏捷な、鼻の頭が冷たく濡れている生き物を、人間は触りたいと思う存在なのだ」とある。これに続けて、「だからといって、『猫カフェ』という場所に行ってみたいという気になれない」「つい、キャバクラとか、もしくは『おさわりバー』などという昔の風俗営業を連想してしまう」と書くのが、金井美恵子であるなあと思う。
このトラーの絵のほかにも、金井久美子さんの作品がたくさんのっている。装幀も金井久美子さんで、ちょっと昔風のとても素敵なつくりだ。しっかりした紙に、ゆったりと活字が組まれていて、贅沢な気持ちになった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ小説と思って読み始めたら、金井さんらしい批評的なエッセイで、それもまたよしと思いつつ読み進めるといつの間にか小説になっており、形としてはエッセイに挟まれた短編集というところなのだが、エッセイとつながっている短編もひとつひとつが完全には終わらす、次へと続くという、まことに不思議な作品。金井美恵子は金井美恵子にしか書けない作品を完成させつつあるのかも。
金井さんの小説を読むと、女たちの間で片手間に続いてきた手芸がたまらなく魅力的で、10才の少女と、妻子ある男と恋愛して別れさせられたということは多分二十歳は越えている女が、刺繍をしながら映画や男の話をするのが、とてもいい。
また、銀幕の名にふさわしい、映画の数々、とりわけべティ・デイヴィスの話は、私はこの映画はみていないが、べティ・デイヴィスのあの大きな白目勝ちの目や、小さく薄いへの字形の、くっきりと口紅の引かれた唇が作り出す表情が、目に浮かんで、殆ど映画を見たような気持ちになる。
映画館の入り口に貼られたスチール写真、海辺の近くの家で過ごす単調な毎日、チャイナドレスの妖艶、サーカスのうらぶれた様子。
幼い頃から無意識に、ときには意識的に取り込んだものが、血と肉となり、何十年もかけて、こういう文章ができるので、そこいらのペラペラの情報を適当に継ぎ接ぎしてできたものとは比較にならない。
まさに、読むことでしか得られない喜びがある。
金井美恵子の文章を読みにくいという人もいるが、私は30年くらい読んで、一度も読みにくいと思ったことはない。
まあ、()の中の文章が長い上に魅力的で、つい()の前の文章を忘れてしまい、読み直すということはあるのだが。
幸せな時間が過ごせた。
久美子さんによる装丁もとても美しい。巻末に使った紙の種類と量が記されていて、これ、増刷するのも大変だろうなと思った。
赤は褪せやすいからカバーは外さず、暗いところで保管したい。 -
Posted by ブクログ
毒舌家というか、皮肉屋というか、ひとこと多い人というか・・・
イヤミな初老の女性。
こんな人とは友達付き合いできないなあ、でも、学生時代からのくされ縁みたいになってしまうのだろうと思いながら読んだ。
辛辣で、批評も鋭いのだけれど。
母親というのは、娘の相手を見るといつだって、もっと出来の良い青年が(いくらでも、とまではいわないけれど)いたはずだ、と考えてるような気がします。 127ページ
大した用事でもなんでもないのに、なんか妙にアタフタと小忙しい日々が続くと、なにしろ、もう年が年ですから、そのあと反動で何もしないでぼうーっとしている日が何日か続くことになるわねえ(少し、オーヴァな言い方ですけど)。162ページ