金井美恵子のレビュー一覧

  • 重箱のすみから

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    ネタバレ

    やー、相変わらず胸がすくというか、意地悪というか。溜飲が下がる快感。重箱のすみまでほじくり返されるような文章は、ちょっと中毒性あるよね。

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    2026年04月11日
  • 愛の生活・森のメリュジ-ヌ

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    収録されている順番がもたらす痺れあった
    まじかよ全部良かったけど、プラトン的恋愛、アカシア騎士団はすげえ特に好きだ、夢の時間はちょっと集中力足らずでもっかい読もう

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    2025年10月23日
  • タマや 新装版

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    相変わらず主述分かんねーし会話文の区切りも不明だけど、めちゃくちゃ良い文章。まどろみのなかで部屋の些細な事物と対峙する瞬間とか、桜湯とか、見つめているものがすばらしい。あと悪口のバリエーションがすごい。幼児の口唇期に近い形でチンチンをイジイジする男を「ペニス•グルーマー」と呼んだり、自分で髪を切る女を「自己懲罰的」だと言ったり、コンサバばばあであったり。

    単語メモ 
    薔薇刑 三島由紀夫的切腹。
    熟寝 共寝のこと。「うまい」と読ませる。

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    2025年06月26日
  • 軽いめまい

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    やっぱ金井は凄い。中産階級の専業主婦の具体に支配された平坦な思考を美しく言語化し、めまいという映画論へと結びつける。これが『家庭画報』に連載されていたのもすごいし、英語版の解説を読んでも生活の問題が万国共通であることが伺える。ところどころで金井節の毒舌が光る。

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    2025年04月05日
  • 軽いめまい

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    金井美恵子作品に触れるのは初。
    2023年にポリー・バートンによって英訳されてからニューヨーク・タイムズやアトランティック誌に書評され話題になった。
    自分も手に取ろうとは思っていなかったのだが帯の文章で、引き合いに出されている映画監督にシャンタル・アケルマンの名前があり興味が湧いた。
    読んでみると確かにこれはシャンタル・アケルマンの大傑作『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』っぽさがある。そして同様に引き合いに出されていたルイス・ブニュエルの『昼顔』の感じもある(こちらは本文で明確に目配せされている)
    だが『軽いめまい』の主人公の夏実はジャンヌやセヴリーヌのように売春をするわけではない。
    郊外の住宅地に中古だが良い感じのマンションを購入し、夫と子供2人、専業主婦の夏実は暮らしている。生活に不平不満があるわけではない。愚痴や文句はあっても満ち足りた毎日を過ごしている。
    しかし、日常のふとしたときに軽いめまいに襲われる瞬間がある。
    そんな90年代の日本の中産階級の日常描写が描かれているが、この描き方が興味深い。
    いわゆる”意識の流れ”小説だが、読点を多用し、意識があちらこちらへと行き交う様子がとても長いセンテンスで語られていく。
    そしてあるかもしれない別の日常を他者を通して夢想していく。

    ちなみに2024年のブッカー賞のノミネートに『軽いめまい』は入っていたが、2025年は市川沙央『ハンチバック』がノミネートされている。どちらも訳者はポリー・バートンで、英国ではとても人気のある訳者とのこと。柚木麻子の『BUTTER』もこの方の訳で、大きな話題になってるんだとか。

    あと巻末にエッセイ集『重箱のすみ』に収められている『めまいの映画史』の再録エッセイが素晴らしくて、金井美恵子の映画評をまとめて読みたくなった。

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    2025年03月25日
  • 愛の生活・森のメリュジ-ヌ

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    初の小説で太宰治賞次席となった「愛の生活」、泉鏡花賞の「プラトン的恋愛」など、金井美恵子の傑作10編の短編集。

    収録されているのは60〜80年代の初期作品。あとがきにある「処女作にすべてが含まれている」ではないが、ほぼ彼女の世界観は完成されていると思う。

    表題作や受賞作、また「夢の時間」「アカシア騎士団」などは幾重もの観念、言葉世界が折り重なり、難解な印象。

    個人的に好きなのは、作品群の中でも短い「兎」「母子像」「空気男のはなし」。迷いのない筆致と幻覚的な世界がいい。

    彼女の観念的な世界と虚無感は心地良い。物語と現実の境目が曖昧で、ふわふわとした感じ。言葉によって世界が認識され、その危うさに弄ばれている快感に浸れる。

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    2024年02月23日
  • 愛の生活・森のメリュジ-ヌ

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    大学の先生に勧められて手に取ったけれども、とんでもない世界に足を踏み入れてしまった気がする。ずいぶん好きでした。描写や比喩がちょっとグロテスクな感じがするので、そういうのが平気なひとはぜひ読んでみて欲しい。繊細な言葉が連なっているので、グロテスクなものも美しく見えてくるのが不思議。

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    2024年02月20日
  • 迷い猫あずかってます

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    猫を飼ったことがないのでこういう日常の観察からの気づきは知らないことばかりでとても良かった。トラーも良かった。
    動物を飼うことについて考えてしまう

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    2024年02月20日
  • たのしい暮しの断片

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    同時に目に止まった『シロかクロかどちらにしてもトラ柄ではない』を先に読んでしまったので遡るかたちで、一作目である本書を読む。
    「天然生活」に連載された著者のエッセイと、姉の久美子さんの作品の組み合わせが懐かしく楽しい。特におふたりの愛猫トラーの毛並みの美しさにはため息が出てしまうほど。
    猫派には特にたまらないエピソード満載の一冊。

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    2023年05月20日
  • 鼎談集 金井姉妹のマッド・ティーパ-ティーへようこそ

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    例えば大岡昇平との鼎談の回で、久美子さんが大岡昇平に〈(マックス・)エルンストなんかいかがですか?〉と聞くくだり、〈エルンストは好きですよ。〉と言われて〈ああ、良かった(笑)〉と喜ぶ所を読むと、なんだか久美子さんがとてもかわいらしく思えるし、姉妹が本当に〈気に入ったお客さましか〉呼んでいないことがわかる。読むことにせよ書くことにせよ見ることにせよ、そこから決して快楽を締め出さないやり方をすると言うか、そこにある快楽や欲望や楽しさと言うものに対して常に敏感で繊細な人たちばかりである気がする。そして今、絶えざる今と言うものに対しても。語り下ろし対談にて姉妹はこれらの鼎談を、「古びてる」と言う。きっちり古びてしまうタイプの、常に今である鼎談。いずれにせよ紋切り型でないことは確かである。紋切り型でないと言うことは、瞬間的であると言うか、その時々やその瞬間瞬間のことであって、普遍的なことを語ろうとしないと言うか、そう言ったことにはそもそも興味がないと言うか、非常に刺激的なことでもあるのだ。それは大変楽しいことでもあるのだ。
    けれどもまあ、なんと言っても武田百合子が最高である。圧倒的に魅力的である。〈日記なんて、ウソですよねえ。〉と言う言葉の強さ。目が覚めるような素晴らしさである。武田百合子のこういった言葉を読むと、嬉しくなってしまう。姉妹の武田百合子評、特に〈百合子さんの紀行文というのは、自分が生きているという感覚そのものが、ブリ・コラージュだという面白さがある〉と言う言葉によって、かの文章や本がまた輝き出す。
    姉妹がゲストの印象を語る毎回のまえがきとあとがきも面白い。西江雅之評の〈たまたま人間に生まれたから自分も人間として人間と付きあっているだけ〉や、大岡昇平評の〈いわゆる完成を喰い破って、常に生成して行く非個体的な個体が、大岡昇平であり、その作品〉など。山田宏一に対しての〈必死の快楽主義者といったふうの凄味〉があるとか〈度のすぎた幸せのため〉に〈禁欲的ですらある〉とか。ここに呼ばれている人たちは、姉妹にとって本当に〈気に入ったお客さま〉であるのだなあと。
    そしてそして語り下ろし対談である。〈だから、あの鼎談は、大江健三郎しか読んでなかったっていうことね(笑)〉に笑う。山尾悠子の話題や阿佐ヶ谷姉妹の名前があがったりすると、一気に今!この現在!という感じがして嬉しい、楽しい。タイガー立石の回の日曜美術館など、極めて個人的でささやかで陳腐なことではあるのだけれども、読むことで金井姉妹と同じ今を共有できることを、祝福したくなる。

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    2022年06月28日
  • 『スタア誕生』

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    例えば〈薄いピンクで厚地のデシン風のカーテン〉とそこに〈丁度、星空のようにちりばめて縫いつけて〉ある〈ガラス玉〉に、〈夕日かそれとも朝日に染って淡い透明なバラ色に薄く光っている空の下にある池の噴水からとびちる水の飛沫に光線があたって、透きとおるまばゆい七色に輝いている様子を連想すべきなのかもしれない〉空間。或いはその〈無数のガラス玉〉の振りまく〈光の飛沫〉(〈天井や壁の照明を反射させて透明に輝く青や紫や赤やオレンジの…〉)と、〈光の飛沫〉が開いて行くスクリーンの白い輝き、〈シネマスコープの深紅色の絹地を背景に〉〈濃いブルー、紫、輝く黄色、緑色、濡れたような赤、透明な光線のようなオレンジ色にきらめきながら次々と音もなく、宙をゆっくりと舞う雪のように〉降りしきりふりつもる〈イミテーションのガラス玉のダイヤ〉…。それらを読むことで、と言うか、読みつつそれらを生きることで、自分はまず、かつて作者から映画へと捧げられた一冊の本、『愉しみはTVの彼方に』のことを思い出すのだし、その書物が〈ささやかな映画へのオマージュ〉として書かれ、作られたものであるのだということ、かの書物それ自体がまさに映画へのオマージュであるのだということをも当然、思い出すのだし、また今一度、鮮烈に思い知らされもするのだ。甘く、痛切なオマージュ。映画という魅惑に対する、その魅惑を生きるという体験に対する。愛であり、実践であり、オマージュそのものとして、書かれることになった書物と、小説のこと。その息苦しいまでの快楽について。(…〈バラ色〉は例えば〈薄い水色とごく薄い灰色と白の濁った空に輝いている〉雲のものであれば、それは〈短い束の間の時間、幸福感で充たされる美しさで、私を呆然とさせてしまう〉色でもあるはずだ。)

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    2022年06月28日
  • お勝手太平記

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    母の周りのあの人この人を思い起こしながら読んだ。ミッション系という設定がなんともはまる。よろしうございました。

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    2015年04月05日
  • お勝手太平記

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    インテリ・無知・有名・無名・金持ち・貧乏人・悪人・善人に関わらず、愚かさに対して、まったく平等に容赦ない。それが小気味よい。スッとする。

    「読み聞かせ」「気づき」という言葉に、「なんて、いやな言葉なの?」と…まったくね、なんでこんな気持ちわるい言葉がうようよしてるのか、と思っていたのでスッとする。

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    2014年10月26日
  • 愛の生活・森のメリュジ-ヌ

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    ネタバレ

    金井美恵子が、今の私よりもずっと若いうちから私が考えていることを小説のうちにきちんと体現し、かつ、同じようなものを書くのだとしても、それでもあなたではなく私が書く意味、あるいは私ではなくあなたが書く意味があるだろう、ということについても力説してくるので、至れり尽くせりっていうかなんというかもう、スミマセン、と思ってしまう。

    私が初めて金井美恵子を読んだのは「道化師の恋」だったのだけれど、この彼女にとってのデビュー作である「愛の生活」の時点から、様々な既存の映画、絵画、音楽が、惜しみなく作中に使われている。

    アニエス・ヴァルダの「幸福」という映画は、アントニオーニの「赤い砂漠」よりも、それが「幸福」の名の元に描かれているが故に、ずっとゾッとするだとか、ジム・ダインの歯ブラシを使った絵には、シュルレアリスムのデペイズマンなどという小賢しい(というのは私の表現)技法を超えたものがある、「表現は象徴なんかでなく、もっと本質的な意味で、直接的、行為的なものだ」と語られる…もっともこれは「デペイズマン」があったからこそはっきりと捉え得る感覚なのだろうと私は思うのだけれど…、とにかく彼女はほんとにオリジナリティだとかいうものを信仰していない。19歳の時点でそれを見抜いているのは私からするともう感心するしかないのだけれど、それだけ彼女が真剣に絵を見、音楽を聴き、映画を見るのは、「あなたが何を言わんとしているのか」知りたくて、出来るかぎり肺の痛むのも厭わずに深く深く沈潜していくだけの度胸と好奇心と寂しさがを持っているからだろう。
    「愛の生活」では、続く毎日というものを「何を食べたか」という事実(しかしそれさえも本当に確かではない)によってしか区別できない、認識できない、という不確かさへの不安が冒頭から表されながら、夫であるFについての不確かさをテーマにしている。

    私はFについて何を知っていると言えるだろう、毎朝食べる朝食のメニューや、習慣をしっていることで、「知っている」と言えるのだろうか? Fを愛しているということはどういうことなのだろう、私はFを愛しているのだろうか、という疑問は、疑問の提示で終わっているようだけれど、彼女の「私はFを愛しているのだろうか」と疑問を持ちながら、Fの所在について思いめぐらし、事故にあった女の子を見て泣きながら、多分おそらくは、もしFが事故にあっていたら?ということを具体的に思い描いたが故に涙しつつ去って行く主人公は、まあ十分にFを愛しているように見えるのだけれど、金井美恵子の問題はそれだけに収まらない「愛」の問題である。

    そしてこの問題は続く短編の中で次第にはっきりしてくる。「夢の時間」では不確かな「あなた」を探すアイ(三人称でありながら、あるいは一人称かもしれないこの名前)が登場し、「森のメリジューヌ」で主人公が、愛の対象を感じる為の全ての感覚を奪われ、愛の先の死を予感させ、この音楽のような「森のメリジューヌ」は、舞台が暗転したようにして唐突に終わり、そこに続く「永遠の愛」では、「愛するあなた」は「死」だと描かれる…。
    「兎」の中のあるくだりもすごくて、「あとは発作がおさまるのをじっと待っている以外にはないのです。そして発作が本当におさまるのは、死ぬことなのだということを、父親もあたしもわかっていました」(p.174)
    今のところの感想としては、ここまで悟っちゃってて、どうやって生きてくんだろうこの人、という感じなので、時代を追って読む楽しみができました。

    この短編集は、どこを読んでも「デジャヴュ」への意識を持たされるものばかりで、それだけで通常の女性作家(すみません)をゆうに超え出ている。「オリジナリティ」を嘲笑するように、彼女は作中の言葉遣いも簡単に変える。

    「愛の生活」の中で面白かったのは、「あの頃のことは、懐かしさという優しい感情で思い出すのに、一番ふさわしいじきだった、などとわたしはいわない。」というところで、いわない、と言いながら部分的に言っているところなんか、最高でした。ここだけで、この人もう一筋縄じゃいかないな、と。最高のひねくれ正直者。

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    2013年07月19日
  • ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ

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    はぁ~、もうただただため息が出るばかり。金井さんの世界にどっぷりつかってなかなか現実に戻ってこられない。こういう読書ができることの幸せよ!

    二十一もの掌編を連ねた構成で、一人の男性の回想という形であるが、はっきりした筋立てがあるわけではない。一貫して流れているのは「失われたものへの痛み」であるように感じた。ただ、この作者のこと、そこに「ノスタルジー」などという甘ったるいものは一切ない。読者としては、克明に語られるディテールにそのような感情を揺さぶられずにはいられないのだが。

    いや実に、この小説の細部の描写には参った。「ケースについている人絹のひもをクルクル回すガラスの体温計」とか「鉛筆の芯が折れないように脱脂綿がしいてある筆箱」とか。もちろんこういうものは少しも「重要な小道具」として登場するわけではないのだが、そういうものたちによって、確かにあった(すっかり忘れ去っていた)過去の「手触り」が蘇ってくるようだ。そういう意味でこれは金井版「失われた時を求めて」である、と言ってしまおう(おぉ、大胆!)。

    描写として圧巻なのは、「伯母」の縫うドレスについてだ。繰り返し繰り返し語られる衣服のディテールは、作者(と姉の金井久美子さん)の美意識をくっきり反映して、うっとりするほど華麗だ。その衣服をまとう女性達たちへの、意地の悪い辛辣な評も金井ファンにはおなじみで楽しい。

    読み終えて、タイトルの妙にも心底唸った。これはまさに「ピース・オブ・ケーキ(ケーキの一切れ)」であり「トゥワイス・トールド・テールズ(語りなおし)」である。あとがきで作者は「本書は意味的には、『楽々とできる語りなおし』という、あざといタイトルを持って」いると書いている。確かに、ここにあるのは切り取られた一かけらのものに過ぎないし、登場人物達はまるでなぞったようによく似た道をたどる。それは何度も何度も語りなおされてきたありふれた物語である。でも、それだからこそ「語られずにはいられない物語」であり、それ以外に人生に何があるというのか。そしてまた、「ピース・オブ・ケーキ」はこの上なくおいしいのだ。そんな思いが潜ませてあるのだと、勝手に一人で納得している。

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    2012年04月17日
  • ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ

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    時間ではなく場で記憶を語る。何度でも語る。
    時に巧妙に逆らう小説。

    タイトルがまた素晴らしくて。

    ピース・オブ・ケーキは最初に慣用句的な意味を発想してしまったけどそれは山椒のようなもので直訳で受け取ったほうが素直に読めます。

    場にとって「私」とはうつろうものだ。

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    2012年03月11日
  • ピクニック、その他の短篇

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    幻想的な世界観を現実に見せてくれる短編集です。素敵過ぎです。

    『窓』の主人公の感覚は特にフィットするものがあって好き。『月』『木の箱』『ピクニック』
    暖かくて詩的です。最後でいい意味ではずしてくれるのに、違和感無くキレイにまとまっている。

    『鎮静剤』はがらっと文体が変わって、初期の村上龍氏を思い起こさせますね。

    金井美恵子さんの描写は上品に少しエロいです。
    『桃の園』と『既視の街』は特につやっぽい。

    一人称と三人称、倒錯してますがそれが逆にこういう世界を作り出す良いエッセンスになってます

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    2009年10月07日
  • 愛の生活・森のメリュジ-ヌ

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    『夢の時間』と『黄金の街』が特に好き。

    『愛の生活』これ、19歳で書いたの?ってちょっとびっくり。他の作品も読もう。
    とても昭和の作品とは思えません

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    2009年10月07日
  • 愛の生活・森のメリュジ-ヌ

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    森のメリュジーヌやばい
    ていうか美恵子やばい!

    「彼女の微笑の意味の最大の意味は愛であり、その中にしのび寄って来る死、悪意とからかいの針、優しさ、苦痛、空虚、悲しみ、それから燃えあがる意志――。」
    「きっと、何かいいことがあるかもしれない。疑わしいことだけれど、何かいいことがあるかもしれない。信じはしないけれど、何か、いいことがあったって、かまわないじゃない?!」
    「十全な愛。わたしには愛することが出来るのでしょうか?本当にわたしは愛してしまったのか?わたしが愛しているとしたら何故なのか?わたしは何故愛するのか?わたしが愛しているのはFなのですか?」

    いちいち響くことをかく。「愛の生活」をいまのわたしとおなじ19でかいたとは。脱帽。
    痛いくらいに愛してみたいとおもった。
    窮極の愛をわたしは今生で獲得できるのだろうか(無理だろうなぁでも希望は捨てたくない!)
    自分の身体を、心を、完全に犠牲にしてまで誰かを愛してみたい。

    「恐ろしいくらい。恐ろしいくらいあたしは墜落して行く。」

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    2012年10月15日
  • 愛の生活・森のメリュジ-ヌ

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    どことなく考えがあちらこちらに行く感じ、太宰の女生徒に似ているような感じもする。本文中に出てくる固有名詞は、ちょっとツンとしているけど厭らしくなくて私は好きだ。

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    2009年10月04日