あらすじ
あたしとまだ三つだったあんたを置いて、とうさんは家を出て行った。普段着でちびた下駄をつっかけ自転車に乗って、ちょっと出かけて来る、と言ってそれっきり帰ってこなかった──。過ぎ去った長い時間の濃密な記憶と、緻密な描写による重層的なコラージュが織り成す甘美な物語。
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Posted by ブクログ
はぁ~、もうただただため息が出るばかり。金井さんの世界にどっぷりつかってなかなか現実に戻ってこられない。こういう読書ができることの幸せよ!
二十一もの掌編を連ねた構成で、一人の男性の回想という形であるが、はっきりした筋立てがあるわけではない。一貫して流れているのは「失われたものへの痛み」であるように感じた。ただ、この作者のこと、そこに「ノスタルジー」などという甘ったるいものは一切ない。読者としては、克明に語られるディテールにそのような感情を揺さぶられずにはいられないのだが。
いや実に、この小説の細部の描写には参った。「ケースについている人絹のひもをクルクル回すガラスの体温計」とか「鉛筆の芯が折れないように脱脂綿がしいてある筆箱」とか。もちろんこういうものは少しも「重要な小道具」として登場するわけではないのだが、そういうものたちによって、確かにあった(すっかり忘れ去っていた)過去の「手触り」が蘇ってくるようだ。そういう意味でこれは金井版「失われた時を求めて」である、と言ってしまおう(おぉ、大胆!)。
描写として圧巻なのは、「伯母」の縫うドレスについてだ。繰り返し繰り返し語られる衣服のディテールは、作者(と姉の金井久美子さん)の美意識をくっきり反映して、うっとりするほど華麗だ。その衣服をまとう女性達たちへの、意地の悪い辛辣な評も金井ファンにはおなじみで楽しい。
読み終えて、タイトルの妙にも心底唸った。これはまさに「ピース・オブ・ケーキ(ケーキの一切れ)」であり「トゥワイス・トールド・テールズ(語りなおし)」である。あとがきで作者は「本書は意味的には、『楽々とできる語りなおし』という、あざといタイトルを持って」いると書いている。確かに、ここにあるのは切り取られた一かけらのものに過ぎないし、登場人物達はまるでなぞったようによく似た道をたどる。それは何度も何度も語りなおされてきたありふれた物語である。でも、それだからこそ「語られずにはいられない物語」であり、それ以外に人生に何があるというのか。そしてまた、「ピース・オブ・ケーキ」はこの上なくおいしいのだ。そんな思いが潜ませてあるのだと、勝手に一人で納得している。
Posted by ブクログ
時間ではなく場で記憶を語る。何度でも語る。
時に巧妙に逆らう小説。
タイトルがまた素晴らしくて。
ピース・オブ・ケーキは最初に慣用句的な意味を発想してしまったけどそれは山椒のようなもので直訳で受け取ったほうが素直に読めます。
場にとって「私」とはうつろうものだ。
Posted by ブクログ
時には数ページにも及ぶ長い文章だけれど、句読点がメトロノームのようにリズムよくかっちり打ってあるので流れるように楽しく読み進めるられた。しかし「私」がいつのまにか「わたし」「あたし」「僕」となり誰の話だか見事に迷う。思えば小さい頃は身近な人々と自分の境界など無かったなぁなどどふと思い出した。マッチ入れの陶器、貝殻のような耳に飾られる涙型の翡翠、ミモザのワンピース、結婚式に仕立てられたドレス、細部が緻密に執拗に描かれる。子どもの頃物を本当によく見ていた事もまた思い出された。父親不在の家庭だけれどやがて父親は手紙により姿を見せ、私の私生活や、隣りの若い旦那さんのエピソードと対になり重なっていく。同じモチーフの話を繰り返し変えながら語る事で、自分の記憶も時とともに色々書き直されている事に気がつく。やがてここに語られた話と、自分の記憶もどこかつながっている気持ちになった。
Posted by ブクログ
金井美恵子の世界、というより金井美恵子の品格の見本市で、アア、金井美恵子はずっと変わらず金井美恵子だなァと思う(おもわされる)ところまでワンセットで金井美恵子でした。
Posted by ブクログ
金井さんは、しばらく小説はお休みしているのだと思っていたので、久しぶりに本屋で金井さんの本を見かけて、心の中で小躍りしてしまいました。
最近は、ハウトゥー本とかマンガみたいな小説が流行ってるけど(否定しているわけではありませんよ!!)、こーゆーのがやっぱイイよね★
と、自分の好みを再確認。
小説に、なにかの答えを求めてる人や、意味とか筋を求めてる人にはオススメできません。布教しちゃうけど(笑)
Posted by ブクログ
ページを埋め尽くす文字。句読点や改行がほとんどなくつらつらつらつらと続く金井美恵子の世界。
意味がわからないのに不思議と絵が浮かびそれが次々移り変わって行く夢うつつ。