あらすじ
郊外の住宅地にある築七年の中古マンションで、夏実は夫と小三と幼稚園児二人の息子と暮らしている。専業主婦の暮らしに何といって不満もなく、不自由があるわけでもない。けれど蛇口から流れる水を眺めているときなどに覚える、放心に似ためまい――。
1990年代の東京。「中産階級」の変わることのない日常? 2023年にポリー・バートンによって英訳され、ニューヨークタイムズやアトランティック誌で書評されるなど話題となった。
生活という日常を瑞々しく、シニカルに描いた傑作中編小説。
ケイト・ザンブレノ
「あまりに退屈で売春を始める主婦たちの話が気の利いた挿話として登場するように、たとえばブニュエルの、たとえばゴダールの、たとえばシャンタル・アケルマンの、売春する主婦たちについてのあらゆる映画への目配せがこの小説には見られるのだが、ただしこの小説の中では何も起こらず、退屈そのものがポイントで、じゃがいもの皮はただ剥かれ、皿はただ洗われ、けれど時々、ほんの時折、家事にまつわる瞑想的な瞬間、クラクラするような、あるいはぼうっとするような感覚がふと訪れることがあり、たとえば洗い物をしているとき、蛇口から紐のように絶え間なく流れ出す水や、流れていく水のきらめきに心を奪われてしまう、それこそがポリー・バートンによって「軽いめまい(ルビ:マイルド・ヴァーティゴ)」と訳出された感覚で、この言葉は小説の八番目のセクションのタイトルにもなっている。」
「解説」より
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Posted by ブクログ
やっぱ金井は凄い。中産階級の専業主婦の具体に支配された平坦な思考を美しく言語化し、めまいという映画論へと結びつける。これが『家庭画報』に連載されていたのもすごいし、英語版の解説を読んでも生活の問題が万国共通であることが伺える。ところどころで金井節の毒舌が光る。
Posted by ブクログ
金井美恵子作品に触れるのは初。
2023年にポリー・バートンによって英訳されてからニューヨーク・タイムズやアトランティック誌に書評され話題になった。
自分も手に取ろうとは思っていなかったのだが帯の文章で、引き合いに出されている映画監督にシャンタル・アケルマンの名前があり興味が湧いた。
読んでみると確かにこれはシャンタル・アケルマンの大傑作『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』っぽさがある。そして同様に引き合いに出されていたルイス・ブニュエルの『昼顔』の感じもある(こちらは本文で明確に目配せされている)
だが『軽いめまい』の主人公の夏実はジャンヌやセヴリーヌのように売春をするわけではない。
郊外の住宅地に中古だが良い感じのマンションを購入し、夫と子供2人、専業主婦の夏実は暮らしている。生活に不平不満があるわけではない。愚痴や文句はあっても満ち足りた毎日を過ごしている。
しかし、日常のふとしたときに軽いめまいに襲われる瞬間がある。
そんな90年代の日本の中産階級の日常描写が描かれているが、この描き方が興味深い。
いわゆる”意識の流れ”小説だが、読点を多用し、意識があちらこちらへと行き交う様子がとても長いセンテンスで語られていく。
そしてあるかもしれない別の日常を他者を通して夢想していく。
ちなみに2024年のブッカー賞のノミネートに『軽いめまい』は入っていたが、2025年は市川沙央『ハンチバック』がノミネートされている。どちらも訳者はポリー・バートンで、英国ではとても人気のある訳者とのこと。柚木麻子の『BUTTER』もこの方の訳で、大きな話題になってるんだとか。
あと巻末にエッセイ集『重箱のすみ』に収められている『めまいの映画史』の再録エッセイが素晴らしくて、金井美恵子の映画評をまとめて読みたくなった。
Posted by ブクログ
最近まで金井美恵子と言う名前は聞いたことが無かった。
海外で評価が高く、ノーベル賞の候補に名前が有り、気になって初めて読みました。
大きな出来事などは起きず、主婦の日常を描いている。
読み進んでいると、だんだん面白くなってきました。
ただ、正直ノーベル賞候補になっているのは良くわからないですね。