高橋健二のレビュー一覧
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『車輪の下』。中学時代からずっと本棚に並んでいたのに手にとらなかったヘッセの小説。
私も、「受験戦争」という言葉や「偏差値」という言葉が世間を騒がせていた時代に青少年時代を過ごした。片田舎で育ち、中学、高校、大学受験を経験したからハンスの境遇には少し近い。都会への憧れはあったものの自然の中で育った環境や思い出を否定することはなかった。
主人公ハンスは、周囲の期待を一身に背負い、神学校というエリート養成機関で過酷な競争にさらされ、精神的に追い詰められていった。学校を追われた友の影響を受け、成績も心も落ちていった。
エリート意識の揺らぎが思春期の揺れと重なり、繊細なハンスはどんどん病んでいく。
社 -
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裕福で光しかない世界に産まれた少年が密かに闇に憧れを抱く。嘘の悪さ自慢をしたらシンクレールに脅されて1時不幸に陥ったが転校生の年長者で神学校にいながらも聖書の内容を先生が教えるものと反した解釈をする不思議なデミアンに救われた。その後主人公はデミアンに惹かれっぱなしだったがある日デミアンが思考の深みに入った時から話さなくなり高校生になった。高校生になってから主人公は酒を飲んだり途中デミアンと出会ったもずっと堕落していたが途中自分にとって神と言えるような少女を見つけ絵を描き神と名付けピアノ奏者に出会い別れてからまた元に戻った。その頃にデミアンと再開し、デミアンの母と出会えた。母は主人公が信仰してた
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ヘッセの『車輪の下』が突きつける最大の問題は、教育制度が〈子ども〉を「人格ある一個人」として認めず、都合のよい記号へ還元してしまう点にある。多くの物語が〈従順な優等生〉か〈反抗児〉に子ども像を二分するなか、ヘッセはハンスを欲望と不安、優越感と傷つきやすさを併せ持つ等身大の存在として描いた。川辺で魚を眺める彼は順位や身分を忘れ、五感で世界を確かめるが、神学校合格直後にはまだ机に向かう同級生を見下し、成績表が貼り出されるたび密かに胸を張りながら怯える。この二面性こそ、人が成長過程で抱える本音と矛盾そのものだ。
その揺らぎを歪めたのが寄宿制神学校という装置である。生活の隅々まで統制された環境で -
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シッダールタ=ゴータマだと思っていたら、そんなことはなかった。全時代のシッダールタさん失礼しました。
本作はどこかで、ヘッセによる東方の神秘を描いた作品、というような謳い文句で紹介されていた。
さて実際はいかがか、と楽しみに読んでいくと、そのエロティシズムと聖人とは程遠そうなシッダールタの所業に、結局ヘッセもヨーロッパ人か…といくらか落胆する。
しかし終盤に差し掛かり、シッダールタが川の声を深く聞く頃から、話に深みが増し面白くなる。
それは作中にもあるように、初めから読んできたからであり、そしてこの私が感じた面白さを真に言葉に表すことはできないのだと思う。
さて、ここまで書いてこの感じ方を -
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ネタバレ15歳の頃、学校の推薦図書のような雰囲気でやむを得ず読み、とにかくつまらない本だと思った。
「果たしてあの本はそこまでつまらなかったのか」と30歳の頃に思い、再び購入して読み直してみたが、やはりつまらなかった。
「あれから30年、今読んでもつまらないのか?」と思い3たび読んだ45歳。
とうとう興味を惹かれ面白いと思った。
それは、私が親になったから。
ハンスが自分の息子だと思ったら、実に切ない。
未来に満ち溢れた若者を、大人たちが寄ってたかってだめにする。
自分が若い頃は、この本の大人たちへの反感が強すぎて胸糞が悪く、つまらなく感じたのだと思う。また田舎の牧歌的な情景の描写が長すぎて退屈 -
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現代の話と言ってもいいほどの本だと思った。
教育の問題、教育現場での問題は、変わらないんだと感じた。
教育に限らず、少年から青年への移行期に自分が考えていたことがそのまま書かれていたりして、普遍的な問題なんだなと再評価できたりした。
自分が高校生の頃読んだことがあるけど、まったく覚えてなかった。子供を踏み躙る側の大人になった後の方が受け取るものが多いのだろうか。
悲しいかな、教育者の側の考えもすごくよく分かると思ってしまう。自分が少年から青年への移行期から遠く離れてしまったからだろう。成長期の人間を信じてあげることができないんだろうな、と自分自身を振り返った。
教える側である教師たちの欺瞞が -
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もっともヘッセらしい作品と高い評価がある作品。27歳の時の処女作とは思えない、高い完成形を見せる。
大昔読んだ記憶では【遠きにありて故郷を思う青年の哲学的な心の揺れ】的なものと思っていた。
今回、じっくり読むと些か様を異にしていた。
山と水、そして取り分け雲を愛する筆者がカーメンチントに乗り移って故郷~スイス、アルプスに囲まれたエリアを思わせる地を基に、イタリアフィレンツェなど各地を旅する。
愛しい人を想い、想われた人をも思い、若くして水死した知人を想い、縁あって身障の男性の最期を看取って人生の旅の先はふるさとへ戻ってきた。
ペーターが口ずさむのは伊を始めとした歴史や広い精神の回想、詩歌。