高橋健二のレビュー一覧
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ネタバレp.114 "「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生れようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向って飛ぶ。神の名はアプラクサスという」"
本文中では「アプラクサス」に見えるが、ぐぐると「アブラクサス」が優勢である。さておきこの言葉はウテナを想起させる。影響下にあるのだろう。
p.203 "巨大な鳥が卵から出ようと戦っていた。卵は世界だった。世界は崩壊しなければならなかった。"
『ムーンチャイルド』。『スター・ウォーズ』。レイストリン。押井守。
このような作品は好みではないはずだった。出だしは正直辛い。しかし、デミアンの登場から印象は一変する。読者たる乙女らはさぞかし胸をときめかせたのではないか。
いずれBLへ至る少女漫画の元型であり、道へと誘うメンターの存在という点でスター・ウォーズさえ影響下にあると思える。
遡ればどこに至るか。神曲か。フランケンシュタインか。カーミラか。セカイ系の祖でもあろう。
セカイ系っぽく見えたから、エヴァが本書の影響下にあると知っても頷くだけだった。しかし、残り十数頁でさらに直球の記述があるとは思わなかった。新人類、あるいは新たな時代への飛躍というものが描写されている。当時は哲学だと解釈されたかもしれないが、これはファンタジーでありSFであろう。
一人称の語り口調は好まない。くどい。読者を説得しがち。グダりがち。一人称を好んで使う著者がいる。なにが訴求するのか謎だった。ひょっとすると、本作品のような、悪くない意味で哲学的な文章に憧憬を抱いたのではないか。
これは、著者が読者を見ていないからこその味わいかもしれない。著者が読者を説得するのではなく、著者の論が読者に響いたのだ。 -
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ネタバレ校長の「疲れきってしまわないようにすることだね。そうでないと、車輪の下じきになるからね」という言葉が印象に残る。
読み終わってから思うと、この言葉がハンスの人生そのものだったように感じる。ハンスはずっと頑張っていて、期待に応えようとして、勉強もして、周りから認められようとしていた。でも、そのうちに何のために頑張っているのか分からなくなって、自分自身がどんどん疲れていってしまったんだろうな。
特に印象に残ったのが、楽しく人が集まっている飲み会のような場面から、最後にハンスが川を流れていくところまでの落差。さっきまで人間らしい楽しさがあったのに、そこから一気にあんな終わり方になるのがあっけない。
人って、何のために頑張るんだろう。 -
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ネタバレ周囲の期待に応えるために「本当に自分が好きなこと」を押し潰された結果、精神的に疲れてしまい
自殺に追い込まれるという少年の話。
冒頭の、「自分より下の貧困層の人は見下し、自分より地位が高い富裕層は「成り上がり」とさげすむ
父の説明から、タイトルの「車輪」は
「社会的な立場」を指しており、
もし努力が実ってエリートや高い地位になれたとしてもそれをいつまでも維持し続けることは難しく、時には社会や運命という「車輪」が回って
下層に転落する可能性もあるということを暗示しているのだと考えた。
話は変わるがこの本を読んで真っ先に思い出したのが「高学歴難民」という本である。その本でもハンスと同じように、社会的地位が高いところから急激に下がった方々の実話が書かれていた。
中でも印象に残っているのが、猛勉強の末に念願の役職につけたのに職場の雰囲気が合わず数年で退職された方の話である。彼女はその後今まで必死に勉強してきた自分のプライドを下げたくないために弁護士を目指した。そのために必要な司法試験の合格に向け一年中自宅で猛勉強を重ねたが、何度受けても落ちるばかりで身も心もすり減ってきて…という流れだっただったような記憶がある。
努力を重ねて、夢を叶えたり高い身分や役職についたり試験に受かること事態は素晴らしことであると思うが、
それだけではなく精神的・身体的に健康を保てるように定期的に休憩をとったり、
目指しているものが周囲の期待に応えるためだけではなく本当に自分に合っているかを確認することも
大事だと思った。
もしハンスが、周囲から大いに期待されていた「秀才」という概念にこだわることがなく、
自分が本当に好きだと感じていた釣りや自然の中でのびのびと過ごすことをもっと長く楽しむこと
ができていれば、また違う人生を歩めたのかもしれない。 -
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極めて美しい名作。
「鳥は卵の中から抜け出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアブラクサスという」という有名な一節は、本作の核心であり、文章としても圧倒的な美しさを持っている。
友人デミアンは、単なる理想的な友人ではなく、主人公シンクレールの内なる「本当の自分(明るい世界に生きる自分)」が擬人化された存在なのではないかと考えた。最後の描写も、彼自身の中に統合されて消えていったということではないだろうか。
デミアンの母であるエヴァ夫人については、人が真に願う「運命」や「願い」そのものの擬人化であると考えた。
哲学的で学びが多く、もっと早くに読んでおきたかった。何度でも立ち返るべきとして、生涯大切にしたい一冊。 -
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1章の1行1行が 全く 噛み砕けず自分に入ってこないので、挫折しかけました。
なんと、それをチャッピーに相談したところ
読みすすめるヒントをたくさんくれました。
1章はヘッセがあえて、退屈に見えるような色のない世界を文章化しているみたいです。期待からの
プレッシャー、州試験へのプレッシャー
その重圧があるからこそ、ハンスには
美しい川も山も感じなかったんですね。
そして、難しければ朝読5分でいいと、
1章2章は朝読 集中にしました。
すると、 なんと3章からは
かなり引き込まれ、ハンスのお母さんの気持ちになり読みました。
後悔、やり直しがきかない
結末は、社会や環境に対する 唯一の悲しくも最大の仕返しだったのかな。
詩人であるヘッセだからこそ、
景色を人々の心情も含めた見え方として
描いた文章など
かなり圧巻でした。
難しい本は 脳の筋トレと同じ
とか、 長く語り継がれてきた本には力があり魂が宿るとか
言われていますが、
たまには
こういう本も 自分にとって
大切だなと思いました。
読んだ方、コメントお待ちしてます
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『知と愛』
ヘルマン・ヘッセ著
『ナルチスとグルトムント』グルトムントの10代半ばで神学校に入りそこでギリシャ語の教師をしている若きナルチスと知り合う。グルトムントは神学校を抜け出してシャバの空気のなかで女に遊び愛し、彫刻家になる。領主の城に捕まり、殺されそうになるが、牧師に助けられる。その牧師こそ、教会の神学校の院長になったナルチスであった。全20章の17章から19章はナルチスとゴルトムントとの人生の過ごし方を知で行くか、愛で生き抜くかの修辞学的な対話である。若くしてであった2人はお互い理解しあえる深い友情で結ばれた友である。最後年老いてナルチスに看取られでゴルトムントはなくなるが、人生を生老病死を美しく描いた物語であった。 -
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ネタバレこの作品ほど、芸術とは何か、芸術家とはどのように生きる存在なのかを深く描いた小説を、私はこれまで読んだことがない。芸術が生まれるまでの長い修練や、人生の経験がどのように創造へと昇華されるのかが、非常に崇高なかたちで描かれている。
同時に、この物語には強くユング的な心理の視点を感じた。理性と精神の世界に生きるナルチスと、感覚と生命の世界を放浪するゴルトムント。二人はそれぞれ Geist(精神)とSeele(魂) を体現している存在のように思える。若い頃は互いに相手の中に自分にないものを見て憧れ、同時にどこか劣等感を抱いている。しかし長い人生を経て、二人は互いの影響を自分の中に取り込みながら、それぞれの天性を完成させていく。
ゴルトムントが修道院を離れ、放浪の人生を選んだのも印象的だった。職人として安定した生活を送る道もあったはずだが、彼はそれを拒む。おそらく彼にとってそれは魂を売ることに近かったのだろう。真実を求めなければ、人は闘うことすらない。彼の放浪は享楽のためというより、生命や母なるものの根源を探し続ける旅だったのではないかと思う。
若い頃ゴルトムントがナルチスに強く憧れたのも、母の不在と関係しているように感じた。自分の感性や創造性を十分に肯定されずに育った彼は、本来の天性とは異なる理性の人ナルチスを理想としてしまったのではないだろうか。
そして物語の終盤、死を前にしたゴルトムントに対して、ナルチスが初めて友情と愛を告白する場面には胸を打たれた。ナルチスはそこで、ゴルトムントの生き方と芸術が自分の人生をどれほど豊かにしたかを率直に語る。
その瞬間、二人はようやく気づく。
学問にもゴルトムントのような魂が必要であり、芸術にもナルチスのような精神が必要なのだということに。
理性で生きる者も、衝動の中で生きる者も、それぞれの方法で人生と闘っている。互いの存在を通して自分の欠けた部分を理解し、受け入れていく――この作品は、人間の内面的成長と個性化の過程を描いた物語なのだと感じた。 -
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ネタバレとても心に沁みた作品だった。森の中や川の情景描写がとても綺麗でうっとりとした。私は特にりんごの収穫の時の描写が好きだ。
ハンスは片親のため母親の愛情を受けることなく、父親を含む誰にも心を開くことが出来ずにいたと思う。そして子供らしい少年時代を過ごすことが出来ずにいた。そんな中、唯一心を開いていた親友との別れによってハンスは精神を病んでしまったのだと思う。そんなハンスも恋をすることで青年へと成長していく。しかし環境が変化しても自己矛盾や苦しさを持ち続けた結果、最後を迎えてしまったのだと考えた。
現代においてもこのような子供はいるのではないだろうか。受験戦争で子供の時から子供らしい生活を送ることが出来ず、精神を病んでしまうような子供達だ。そして一度の失敗で周りの視線が怖くなってしまったり、周りに馴染めなくなってしまう子供も多いのではと思った。
そんな現代だからこそ、この作品は不安を感じる若者に刺さる作品だと思う。 -
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のっけから
「今日では、人間とはなにか、を知っている人はほとんどいない。しかしそれを感じている人はおおぜいいる。それで、その人たちはほかの人よりは安らかに死んでいく。ちょうど私がこの物語を書き終えたら、いくらか安らかに死ねるように。」
と書かれ、ちょっとさせられる。本編は戦争中に執筆された。
「われわれはみんな同じ深淵から出ているのだ。しかし、みんな、その深みからの一つの試みとして一投として、自己の目標に向かって努力している。われわれはたがいに理解することはできる。しかし、めいめいは自分自身しか解き明かすことができない。」
タイトルの少年が主人公かと思われるが、主人公はエーミール・シンクレールという別の少年だ。子供社会にもいじめっ子といじめられっ子がいる。些細な嘘をついてしまったシンクレールは、絵に描いたような悪ガキクローマーから、わかりやすく金をせびられ、「姉を連れてこい」などと無理な要求をされる。両親にも相談できず困っていたシンクレールは、転校生のダミアンに救われる。ここでシンクレールは、これまで両親と共に暮らしていた善だけの世界とはちがう、もう一つの世界がある事に気づく。
ダミアンはシンクレールにカインとアベルの逸話や、明と暗の両者が存在している二つの世界について語る。つまり、彼は主人公に、気づきを与える存在である。最後に戦争という、個人の力ではいかんともし難い出来事が登場するが、それでも自己形成により、自分を保ち、常に新たな自分を作り出していくことによって、自身の人生を形成していく。