高橋健二のレビュー一覧
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『われわれは互いに理解する事はできる。しかし、めいめいは自分自身しか解き明かすことができない。』
本書を読んだ動機はアニメ「Ave Mujica」で主人公の豊川祥子が、社会の歯車に狂わされ、選択を迫られた際に本書を読んでいた描写が存在したからです。
本書では、はしがきに書かれている、冒頭に書いた一文が全てを物語っています。『アプラクサス』という神、すなわち自分自身の心に存在する意志に従え、さすれば何事にも覚悟を持って挑めるだろう、というところでしょうか。
キリスト教圏の絶対的な世界で、密かに神は居ない、自身の内から湧き出る衝動こそが従うべきものだという反キリスト思想に目覚めた主人公シンクレールの物語で、多くの物語が聖書から引用されます。(偶然キリスト教についてある程度知見を持っていたのでついていけましたが、何も知らないと度々調べることになりそうです)
物語が進む中で、シンクレールはデミアンとピストーリウスという友人と出会い、その中で内なる意志である『アプラクサス』を知るに至ります。この境地に至った人のみぞ知る『アプラクサス』という存在が神秘的かつ異端にならなければ知ることの無いワードという中二感溢れる存在でとてもわくわくしました。
『鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという』
そして、内なる衝動を知り、それに従うことはそれ即ち形骸化した社会の変化を望み、また時代の変遷における覚悟を持ち得ることだと知り、最後には時代の転換点である戦争に赴くところで物語は終わります。
自身を知ることが社会を知ることに繋がり、そしてそれを変える覚悟を持つものこそが、時代を進めるにふさわしい。とても力になる話で大変面白かったです。
最後に余談ですが、冒頭で述べたAve Mujicaのキャッチフレーズは『信じられるのは、我が身ひとつ。』
苦しい時こそ、自分を信じて覚悟を持つことが世界を変える為のきっかけとなるのです。 -
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『車輪の下』より断然こちらの方が好きと思えるのは歳のせいでしょうか。また、いい作品に出会うことができました。
あらすじ:
「それは私の愚かしい青年時代のもっとも愚かしい日だった」……幼い頃、クーンは音楽に惹かれていたこともあり、父の反対をよそに首府の音楽学校に進学します。しかし、学業の壁に阻まれ、喜びのない日々を過ごして三年、似た境遇にあるリディに恋をします。ある日、仲間とソリ遊びに興じていると、そのリディにそそのかされて急斜面をソリで滑り降りますが事故になります。クーンの左足は不具になり、彼女も去っていきました。
この事故をきっかけに故郷に帰って内省を深めたクーンは、音楽の創作に目覚めて復学し、そこで歌手のムオトに出会います。クーンはムオトの女性に対する扱いの悪さを聞くと距離を置こうとしますが、ムオトの方では積極的に交流しようとしてきます。それが功を奏してか、バイオリニストのタイザーやその妹ブリギッテとも友情が結ばれます。
ある日、金持ちの工場主のイムトルから、自邸での音楽会に招かれ、そこでイムトルの娘ゲルトルートにクーンは一目惚れします。彼女の美しい歌声に感化されたクーンは、彼女のためにオペラを書きますが、ソプラノの彼女の相手にムオトを選んだことにより、しだいに歯車が狂い始め……。
幼少期に感化された記憶が、生涯の職業に影響を与えることは多々ありますが、主人公の場合はそれが音楽であり、学生時代に恋と共に失われかけたものの、やはり音楽を友として救われて行く様子が良かったです。ただ、そこには主人公を再び音楽の道に向かい合わせてくれた友が、最後に一緒にいなかったのは残念ですが。
この小説は、主人公はもちろん周りの愛すべき人たちがいいですね。父親との会話、ローエ先生との哲学的な語り、母親と和解して距離を近づけるイベント、親切なタイザー兄妹や親身になってくれるイムトルの旦那など、皆が事故で不自由になった主人公を支えてくれています。その分、ムオトの孤独が徐々に際立っていくのが悲しいところ。なお、ゲルトルートの選択は、あんなに嫌がってたのに、あれ?と思うところはありますが、何となくクーンとムオトの性格の対比を目立たせるために必要だったのかも。同様に女性の対比としてブリギッテの存在がありますが、自分は彼女のような親身になってくれる人に惹かれますね。それにしても、ヘッセに愛を語らせると、なんで苦しく切ないものになるのやら……。
なお、ハッピーエンドではありませんが、読み終わった後に最初の第1章に戻ると、書き出しの主人公の回想から始まる物語が、より重みを持って感じられました。
正誤(93刷)
P84の14行目
人間はいかにして生長し、
↓
人間はいかにして成長し、
※翻訳が昭和25年と古いので、今と違って昔は植物は”生長”で人間や動物は”成長”と区別してましたが、その意味でもこの場合は”成長”ですね。 -
Posted by ブクログ
何十年ぶりかで再読。実らぬ恋のものがたり、との記憶はとても浅いものだった。
「自分の人生を幸か不幸かと問うのは愚かなことで、「私」には不幸な記憶こそ捨てられない」と言う趣旨の巻頭言に共感するのは老年になったからか。
消えぬ恋情と戦いながら、不幸な結婚に心身を病む女性を節度を保ちながら労る「私」。敬愛する友人に傷つけられ、敵意を抱きながらも、憧れや敬意も蘇ってくる。その才ある友人も奔放な自身の性格に振り回されている。これらが寄せては返す波のように繰り返される。これが人生なんだよ、とばかり。
アリアだけのオペラが無いように、緩徐楽章だけのシンフォニーはないように、幸も不幸も全て必要なことだったのだ、と我が半生を振り返る。静かに。 -
Posted by ブクログ
総じて、人生経験の中で重要だとはわかりつつも言語化の難しいトピックスを、小説形式で見事なまでにわかりやすく表現している。
知識と知恵は違うという文章が印象的だった。多分、言葉や思想を理屈で理解するだけでなく、実際に行動し体験することで初めて物事を習得することができるという意味。
実生活でも、頭で理屈をわかっているだけな事柄と、実際に体感する程度まで落とし込んだ事柄を比べると、やっぱり後者の方がより人生に影響を与えるからこれは非常に納得。
また、一度落ちぶれて初めてわかる大切さがあるのも印象的。自分も大学時代一度後悔するような生き方をしていた経験があったが、今思えばそれを経験したからこそ、これはやっぱりやりたくないんだと心から思えて、逆に自分の好きなもの、向かうべき生き方が明確化された。そういった経験と通ずるところがあり、非常に納得。
自己啓発という言葉ではまとめたくないんだが間違いなく生きることに対する勇気をもらえる小説。言葉でまとめるのが難しい、、 -
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ネタバレ数あるヘッセの著作の中で『知と愛』に続く、かなり上位の作品となった。
主要なテーマの一つとして、「青春と老い」があったと認識しているが、かつての青春の暗さもやがては心の内に定まるところを見つけ、私は今のところ否定的な言い方しか出来ないのだが、つまり人間は青春に限らず全ての過去を美化することしか出来なくなってしまうのか、という結末だった。その点で青春のうちに、愉しいうちに死ぬことを選んだムオトは私にとって最も美しく真実味を帯びている人物だったのかもしれない。しかし、私がもう少し年齢を重ねて再読した時は、この本は私にとって過去を掬いあげてくれる、綺麗にまとめられたものとなるのだろう。
私は主人公・クーンと感情の波や自分についての考え方(劣等感への遇し方など)が似ていると感じることがあったので、久しぶりに登場人物と自分を重ね合わせて、読後心が洗われたと思うような一冊だった。
美や音楽が作品の通奏低音となっていた。私には登場人物が音楽をやっているということ自体が興味深く感じられた。かなりてんこ盛りな作品と言えるのだろう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ聡明な、でも生きることに疑問を抱いている主人公が、さまざまなな体験を通して、ついには悟りを得る話。
主人公の名はシッダールタで舞台はインドだけど、あの仏教の開祖仏陀の話ではありません。仏陀は別人としてシッダールタの前に現れます。自分にはなかなか難しくて、読むペースもゆっくりになったけど、読んで本当に良かった。めっちゃいろいろ考えた。メモまで書きながら読んだ。
シッダールタは仏陀に教えを乞いながら、彼の元を離れる。それは「仏陀の教えは素晴らしいけれども、言葉ではそのすべてを伝えることは不可能=じゃあ自分で悟らなきゃダメじゃん」という理由だと読んだ。んで悟りを得るために?俗世に戻るも、元が聡明なシッダールタはそれでもダメだと絶望しかける。でも川のほとりで渡し守と暮らすうち、何事にも完全なピュアなものなどなく、さまざまな面を持ってるんだ、悪あってこその善なのだと気づき、悟りを得るために自分の人生はこれでよかったと最後救われて終わる。
話自体は短いのに、めっちゃいろいろ考えて、あー読んでよかったと心に残る一冊になった。
そしてこの感想も、言葉にした途端なんか陳腐になってしまい、でも書かずにはいられない、そんな切なさも感じた。
いいですね、ここまで考える読書。純粋に楽しむ話は大好きだけど、こういうのもこれからも読んでいきたいです。