中室牧子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「データを利用して分析する」なんて誰でも思いつく発想ですが、その「分析」とはの部分を深く考えるきっかけになれる良い本だと思います。
この本でも紹介されましたが、因果関係と相関関係をごっちゃにしている事例は多々ありますね。
それがテレビとかのちょっとした話題で取り上げるならまだ良いですが、政策を打ち出す時、企業が事業としてお金を使う時にこの2つの関係を理解せずに動くと大きな損失になることを学びました。
反事実というのが個人的には興味深かったです。
今はマーケティングのような部署に所属しているのですが、「もし」をたくさん考える機会が多く、この本を読んでいて非常に楽しかったです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ◯まとめ
①幅広な学び、他領域の経験を重ねることで、優れた結果、成績を残すことができる(スポーツから学術領域まで)
②専門に特化すると、得意な領域に関する知識、経験のみで判断する近視眼的思考に陥りやすくなる。結果、誤った結論が導かれることがある。別領域の観点から物事を俯瞰するアナロジー思考によりたどり着く答えもある
③科学や企業活動におけるブレイクスルーの元となるアイデアは、専門外の別領域との掛け合わせで生まれる(グラフェンや枯れた技術の水平思考の事例)。それらを起こすには、分野同士の接点を増やす機会を増やすことが必要。
◯意識の変化
早期に専門特化をしなかったことによる「遅れをとった」という意識は不要
興味と経験、学びの幅を増やすことが、結果的に全く別の分野で役に立つことになる
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Posted by ブクログ
はじめに タイガー・ウッズvsロジャー・フェデラー
第1章 早期教育に意味はあるか
2009年に、カーネマンとクラインは通常はあまり見られない手段を取った。それは、論文を共著し、それぞれの見解を述べて、意見が一致する点を探るという方法だった。そして二人は、「経験が専門的な能力につながるかどうかは、それがどんな領域かによる」という点で意見の一致を見た。経験はチェスやポーカーのプレーヤーや消防士の能力向上には効果があるが、金融や政界のトレンドの予測、従業員や患者の能力の予測では効果がなかった。
クラインが研究した領域は、直感的なパターン認識が強力に働く領域で、心理学者のロビン・ホガースが「親切な」学習環境と名づけた領域だ。同じパターンが繰り返し現れ、非常に正確なフィードバックが、通常はすぐに提供される。
ゴルフやチェスでは、ボールや駒が定められた範囲の中でルールに従って動かされ、その結果はすぐに明らかになり、同じような問題が繰り返し起こる。ゴルフでボールを打つと、飛びすぎたり、飛距離が不十分だったり、スライスしたり、曲がったりする。選手は何が起こったかを見て、欠点の修正を試み、もう一度試し、これを何年間も繰り返す。
これこそがまさに「意識的な練習」の定義であり、「1万時間の法則」や、早期に専門に特化して技術的なトレーニングができるようなタイプである。学習者がシンプルにその活動に取り組んで努力すればうまくなれるので、学習環境は「親切」と言える。
ところが、カーネマンがフォーカスした領域は、ちょうどそのコインの裏側だった。ホガースはその領域を「意地悪な」学習環境と表現した。
意地悪な学習環境では、通常はルールが不明確か不完全で、繰り返し現れるパターンがあったりなかったりし、フィードバックはたいてい遅くて不正確だ。意地悪さが最も強烈な学習環境では、経験により間違った学びが強化されていく。
狭い分野への専門特化が「意地悪な」領域と組み合わさると、「よく知っているパターンに依存しがち」という人間の傾向が大きく裏目に出る。たとえば、熟練した消防士が、慣れない構造の建物の火災に直面した時、突然、誤った選択をしてしまう。
チェス以外の分野でも、狭い範囲での大量の練習が、グランドマスターのような直感を生み出す分野はある。外科医もゴルファーのように、同じプロセスを繰り返すことで上達する。会計士や、ブリッジやポーカーのプレーヤーも、繰り返し経験を積むことで直感が正確になっていく。カーネマンはこれらの領域の「強固な統計的規則性」を指摘する。
しかし、ルールがわずかでも変更されると、エキスパートは柔軟性を失ってしまうようだ。研究では、ブリッジのルールを変更すると、ブリッジのエキスパートはそうでない人と比べて、新しいルールへの適応に苦労する。また、別の研究では、経験豊かな会計士が、控除額に新しい税法を適用するよう言われると、新人よりもうまくできなかった。
ライス大学教授で、組織行動学を研究するエリック・デーンは、この現象を「認知的定着(cognitive entrenchment)」と呼ぶ。それを避ける方法としてデーンが提案するのは、「1万時間の練習」で推奨されることとは正反対だ。すなわち、一つの領域内で取り組む課題を大幅に多様なものにすること。そして、デーンの共同研究者の言葉を借りると「片足を別の世界に置いておくこと」だ。
第2章 「意地悪な世界」で不足する思考力
第3章 少なく、幅広く練習する効果
セッチーニは話すのをやめて、椅子に背中をもたせかけて天井を見つめた。少し時間を置いて、彼はこう言った。「誰かが何年も指板をいじくり回してやっと見つけたことを、僕は2分でやってみせることができるが、僕もその誰かと同じように何年もかけていろんなことを見つけてきたんだ。何が正しくて何が間違っているのかはわからないし、答えは頭の中にはない。やるべきなのは、問題の解決の仕方を見つけようとすることだ。そして、50年たってようやく、すべてがつながり始める。すごく時間がかかるんだよ。でも、そうやって学ぶことに意味があると思う」
第4章 速く学ぶか、ゆっくり学ぶか
「アメリカの高校生の知識レベルが国際的な水準で見てあまり高くないのは、生徒が授業中によくできすぎるからだ、という意見がある」。こう私に話したのは、ウィリアムズ・カレッジの認知心理学者、ネイト・コーネルだ。「生徒たちは、うまくやりたいと思って、簡単にしたいと考える」
コーネルはこの時、「望ましい困難(desirable difficulty)」について話していた。それは、学習における障壁を指し、短期的には学習を難しく、より苛立たしく、時間のかかるものにするが、長期的にはより高い効果をもたらすという。先ほど紹介した中学2年生の数学の授業のように、ヒントを与えすぎるとその反対の影響が生じて、短期的な成績は高まるかもしれないが、長期的な進歩は妨げられる。
もし冒頭で紹介した中学2年生のクラスが、1年間を通じて典型的な学習計画に従ったとしたら、恐らく1週間で一つのトピックを終え、次の週にまた別のトピックを取り上げるという形で進んでいくだろう。これは、永続的な学びのために科学者が勧めるやり方とは正反対だ。企業の研修の多くもそうだが、短期間だけ特定の概念やスキルに特に集中し、次の期間は別のことに集中して、振り返ることはない。この構造は直感的には納得がいくが、ある重要な「望ましい困難」を失っている。それは、「間隔を空けた練習」や「分散した練習」だ。
これらは文字通り、時間の間隔を空けて、同じ内容の練習をすることだ。意識的練習の間に、意識的に練習をしないこととも言える。コーネルは言う。「空ける間隔の長さに限界はあるが、それは普通に考えられるよりは長い。外国語の単語の学習、飛行機の操縦など、何でもこの練習の対象となり、それが大変であればあるほど学習効果は高い」
練習の間隔が「大変さ」をつくり出し、それが学びを強化する。
冒頭で紹介した中学2年生の数学のクラスでは、授業の最後にプリントの問題を解いていた。このように、同じことを、同じプロセスを用いて繰り返し練習することを、心理学者は「ブロック練習(blockedpractice)」と呼ぶ。ブロック練習をすれば、その時の成績はとてもよくなる。しかし、知識を柔軟にするためには、さまざまな状況で学習しなければならない。その手法は、「多様性練習(varied practice)」と呼ばれ、研究者は「インターリーブ」あるいは「インターリーピング」と呼ぶ「本来の意味は、本に白いページなどを挟み込むこと]。
インターリービングにより、帰納的推論[複数の事象をもとに一つの結論を導き出す推論方法]の能力が高まることがわかっている。さまざまな例が混ざった状態で示された時、生徒たちは抽象的な一般化の方法を学び、それによって、今までに出会ったことがない状況に対して、学んだことを応用できるようになる。
第5章 未経験のことについて考える方法
リッチランド(第4章)が研究した「関係を認識する」問題でも、フリン(第2章)がテストした幅広い概念でも、ゲントナーが評価した構造的な類似性でも、レンジの側、あるいはゆっくり知識を身につけるべきと考える側では、互いに利益を巡って競うようなことはない。しかし、早期教育や早期の専門特化がユーザーにとってひどい長期戦略であっても、それを売り込もうとする勢力が世の中にあふれている。これは問題だ。なぜなら、あらゆることの中で最も重要な知識や見聞は、ゆっくりと身につける必要があるからだ。その重要な知識とは、「そもそもあなたは何に取り組むべきなのか」「何があなたに合っているのか」だ。
第6章 グリットが強すぎると起こる問題
まっとうな人であれば、情熱と忍耐力が重要ではないとは言わないだろう。ひどい日が1日あったとしても、それがやめるべき合図だとは思わない。しかし、もし関心やフォーカスの対象が変わるのは欠点であり、競争上不利と考えるなら、それは単純なタイガーのストーリー、つまり、できる限り早く対象を決めてそれを続けるという話にたどり着く。しかし、ファン・ゴッホが繰り返したように、またウエストポイントの卒業生がナレッジ・エコノミーの夜明け以降やってきたように、実際の経験に応じて方向を変えるのはとても重要だ。そのためには、自分に最適な対象を見つける確率を高める行動が必要になる。ただし、その行動は、人生の戦略としては一見よくないように思えるかもしれない。なぜなら、その行動とは「短期計画」だからだ。
第7章 「いろいろな自分」を試してみる
私がパラダイスガーデンを訪れると、コンクリートブロックの壁に固定されたフィンスタの巨大な自画像が、入り口で出迎えてくれた。絵の中のフィンスターは赤紫色のスーツを着てニヤリと笑っている。その絵の下にこう書かれていた。「1976年1月に、俺は絵を描き始めた。絵を習ったことは一度もない。これが俺の絵だ。やってみるまでは、自分に何ができるかなんてわかりっこない。自分の才能を見つけるには、とにかくやってみることだ」
第8章 アウトサイダーの強み
専門家が情報をたくさん生み出すほど、好奇心の強いシロウトが、広く公開されているが分散している情報をつなぎ合わせて貢献できる機会が増える。スワンソンはそれを「未発見の公的知識」と呼んだ。人間の知識が拡大し、それにアクセスしやすくなるほど、好奇心のあるアウトサイダーが最先端の分野で知識を結びつけるケースが増える。 イノセンティブのような事業は、最初はがあったとしても、世の中で専門特化が進むほど、成果が上がっていく。
専門外のアウトサイダーにとってのチャンスをつくり出すのは、新たな知識の拡大だけではない。最先端を目指す競争の中で、役に立つ多くの知識がすぐに忘れ去られ、朽ちていく。だが、そこから新たなチャンスが生まれる。それは、創造や発明をしたいが、最先端のことはできない、あるいはしたくない人にとってのチャンスだ。その人たちは、過去を振り返ることで、肌に進むことができる。古い知識を発掘し、新たなところで活用する。
第9章 時代遅れの技術を水平思考で生かす
横井が大きく成功したのは、水平思考をした時だ。だから横井が心配したのは、プロジェクトに専門家は欠かせないが、会社が成長して技術が高度化していくと、垂直思考の超スペシャリストばかりが大切にされ、水平思考のゼネラリストが重視されなくなることだった。「(アイデアがない時には)コンピューター能力の領域で競うのが近道です。そうなると(中略)スクリーンのメーカーや、優れたグラフィック・デザイナーが有利になり、任天堂の存在意義は消えてしまう」。横井は、たとえ技術的に高度な分野でも、水平思考の人と垂直思考の人が一緒に仕事をするのが最もよいと考えていた。
ユタ大学教授のアビー・グリフィンは、現代のトーマス・エジソンとも呼べる人たちを研究した。グリフィンと二人の共同研究者は、そのような人たちを「シリアル・イノベーター」「何度も連続してイノベーションを起こす人」と名づけた。その人たちの特徴を以下に示すが、本書をここまで読んできた読者にはどれも聞き覚えのあるものだろう。「不確実性への耐性」「システム思考」「隣接する分野についての技術的な知識」「今入手できるものの使い道を変えて使う」「類似の領域をうまく活用して、イノベーション・プロセスの材料となるものを見つける」「バラバラの情報を新たなやり方で結びつける」「さまざまな情報源からの情報をまとめる」「複数のアイデアを次から次へ飛び回る」「興味の幅が広い」「他の技術についてより多く(また、より幅広く読み、専門外のことに幅広く関心を持つ」「複数の領域にまたがって、学ぶ必要を感じる」「自分の領域以外の専門知識を持つ多様な人々と、コミュニケーションをとる必要を感じる」。どんな人たちか、だいたい理解できただろうか。
第10章 スペシャリストがはまる罠
テトロックの20年間の研究では、キツネもハリネズミも、予測に成功すると自分の信念をアップデートして、さらに強化する。しかし、予想が外れた場合、キツネは自分の考えを修正する可能性が高いが、ハリネズミはまず見方を変えない。ハリネズミの中には、自信満々の予測がひどく外れると、自分の信念を間違った方向に強化する人もいる。その人たちは、自分のそもそもの信念にさらに自信を持ち、やがて道に迷う。テトロックによると、「自分の信念をうまくアップデートできる人は、よい判断ができる」。その人たちは、賭けをして負けたら、勝った時に信念を強化するのと同じように、負けたロジックを受け入れ修正する。
このことは、一つの言葉で表すことができる。「学習」だ。学習では、経験をすべて脇に置かなければならない場合もある。
第11章 慣れ親しんだ「ツール」を捨てる
かつてないほどの専門特化が進んでいる現代でも、幅(レンジ)の広さの指針となる人たちがいる。歴史学者のアーノルド・トインビーは、「万能のツールなどない。すべてのドアのカギを開ける、マスターキーもない」と言ったが、その言葉のように生きる人たちがいる。一つの道具だけを振り回すのではなく、彼らは道具を集めてそれが詰まった道具小屋を守る。超専門特化が進む中で、彼らはレンジの力を示している。
第12章 意識してアマチュアになる
エンジニアのビル・ゴアは、デュポンを退職して、ゴアテックスを発明することになる会社を立ち上げた。会社は危機の中では組織の境界線が消え去るので、その時に最もインパクトのあるクリエイティブな仕事ができる、とゴアは考えていた。だから、設立した会社にもその考えを応用した。「自動車で相乗り通勤をする時に、よいコミュニケーションが起こる」とゴアは言う。ゴアが心を砕いたのは、「ちょっと手を出してみる時間」を新しい会社の文化の中心にすることだった。 -
Posted by ブクログ
専門性に特化した教育vs多様性の教育
経験が役に立つ分野では
専門性に偏る意味はあるかもしれないが、
世界のほとんどは急速に変化していて
新しいアイデアを結びつけたりする必要がある。
経験が役に立たないから多様性の方が大切。
やり抜く力が強すぎると
多様性は身につかず専門性だけ高くなる。
選択肢を全力で試し、それが自分に合っているか
できるだけ早く知ろうとしないといけない。
ゴッホみたいに何度も職種を変えていくのが例
早く学ぶ方法では、
誰もができることを人より早くできるように
なるかもしれないが
それは遅いか早いかでみんなできる。
大切なことを学ぶには時間がかかる
目の前の問題を解決するには、
かけ離れた分野で根底の構造が似てる状況を
活用するべき。
1つの領域の経験で考えることはリスク -
Posted by ブクログ
「知識の幅が最強の武器になる」というキャッチコピーに惹かれて手にした本。幅広いあらゆる経験が自分の中で消化される、経験値を貯めていくような感覚の裏付けになるような論旨であり、まさに期待していた内容だった。スポーツ選手や芸術家から色んな分野の研究まで、根拠としてあげるエピソードの多種多様さにも驚いた。
できるだけ早期に狭い領域に専門特化すべきという考え方は、過大評価されている。より複雑化した現代社会では、従来のパターンに頼らず新たなパターンを導き出して変化に対応することが求められ、1つの問題や領域の概念的な知識を全く別の問題や領域に適用する、「知識移転」の能力が求められる。多くの文脈で学べば学ぶほど学習者は抽象的なモデルをより多く構築することができ、これまでに見たことがない状況に知識を応用することかでき、クリエイティビティを発揮できる。経験の「幅」が重要。
ある人の能力や性質と仕事との相性を表す「マッチクオリティー」という言葉が出てきていたが、早くから1つの領域に特化して成功した人はこのマッチクオリティーが高かったというだけで、マッチクオリティーが低い人は専門特化しても効果は低いのだと思う。これまでのどんな経験もこの先に活かしていける、遅れを取っていると考える必要はない、という前向きなメッセージを感じた。 -
Posted by ブクログ
内容的にはとても面白い。
今ピンポイントな課題ではないなあという観点から4点。
この本自体は大学在学中に経済学部界隈で話題になっていたので前から気になっていたもの。今回漫画化されているのを発見して購入。
「その教育にエビデンスはありますか?」
今まで曖昧な基準の中で行われてきた子供の教育を経済学で読み解いた一冊。
最近のあらゆるものがデータで読み解かれて行く流れはとても興味深い。
#コロンビア大学のミュラー教授の実験。
子供に対して「能力を褒める(あなたは良くできる)」グループと「努力を褒める(あなたは良く頑張った)」グループを作って検証したところ、努力を褒めたグループは長期的にIQテストの点数が向上し、能力を褒めた場合には下がることを発見した。能力を認められてしまうと、できなかったときには「努力しなかったんだ」ではなく「能力がなかったんだ」で終了してしまう。
#男女共学より男女別学の方が成績が高くなる。
韓国のソウルでは決められた高校に進学しないといけない。その環境下で実験したところそう言った結果が出た。
男性と女性で性質に違いがあることが原因ではないかと言われている。本来はそれぞれに会う指導法があるはずだが、共学ではそれができない。
例えば、男性は競争環境で成長するが、女性は競争環境よりも自分との勝負ができる環境のほうが成長する。またリスク態度に関しても女性の方がリスクを取らない
#マシュマロ実験。
子供にマシュマロを1つ渡す。
大人が戻ってくるまでマシュマロを食べなければマシュマロを2つあげるね、と言って15分後に大人が入ってくる。
この実験では2/3の子供が食べてしまう。
この子供たちを追跡調査すると、高校生くらいの年代では差が顕著で、SATの点数が大きく差が出る。
#背筋を伸ばしなさいと言われて真面目に背筋を伸ばしていた人は他の人に比べて成績が高い傾向にある。これは背筋が伸びている→勉強ができるようになるという関係ではないが、背筋を伸ばすという意識しなければできないようなことをすることでその子供の忍耐力(非認知能力)が向上したからではないかと言われている
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ネタバレ因果関係か相関関係か。
全くの偶然ではないか、第3の変数(交絡因子)が存在していないか、逆の因果関係(原因と結果が逆方向ではないか)。
反事実を証明できればいいが、実験できなければ不可能。
回帰分析で交絡因子の影響を取り除く=重回帰分析
事前実験と類似実験=偶然の出来事で生じた数値を活かす
ランダム化比較試験=対象をランダムに割り当てて実験する。
メタアナリシス=複数のランダム化実験を結果を統合する。メタとは、高次の、という意味。
統計的に有意=95%以上の確率で。表が4~5回連続で出る程度の確率。
健診に長生きとの因果関係はない。特定の検診は別。国立がん研究センターの「科学的根拠に基づくがん検診推進」
ホスピタリスト=外来患者を診療せず入院患者に専念する。ランダムに割り当てられる。内科医は女性のほうが基本治療に忠実なため長生きできる。
出生時体重は重いほうが健康状態はいい。小さく産んで大きく育てるは母体のため。
胎児起源説「オリジンズ」
認可保育所を増やしても母親の就業率は上がらない。祖父母、民間保育所の代替えになるだけ。
なだらかに最低賃金を上げても雇用は減らない。企業は価格を上げる。
母親が大卒だと子供の健康状態はいい。(健康に気を使う)
無理して高偏差値の学校に行っても学力に差はない。
高齢者の医療費の自己負担を増やしても死亡率は変わらないが、病院に行く回数は減る。
女性取締役を法令で無理やり増やすと企業価値が減る。
A/Bテスト=広告の文字を変更する、写真を変える、など。女性の写真と、簡素な広告、が効果がある。
ルービンの因果推論モデル。「因果推論」
政策評価、疫学に応用された。
分析の内的妥当性と外的妥当性。
再読記録ーーーーー
因果関係をチェックするポイント=全くの偶然ではないか、第三因子はないか、逆の因果関係ではないか。
反事実における結果が必要=原因がなかった場合に結果がないこと。
回帰分析<自然実験と疑似実験<ランダム化比較試験<メタアナリシスの順。
チョコレートの消費量とノーベル賞の受賞者数は、裕福度合いが第三因子になっている。
医療費を高くすると受診を控える。貧困層以外の健康状態は変わらない。
外生的なショックを利用して、ランダム化比較試験を行ったような状況を利用する。
女性医師が担当すると死亡率が低くなる。
疑似実験=差の差分析、操作変数法、回帰不連続デザイン、マッチング法。
年が違うと広告の有無は正しく測定できない=景気がtoshiによって違う=差の差分析。
認可保育所を増やしても就業率はあがらない。私的保育サービスを代替しただけ。
最低賃金の上昇が雇用に与えた影響=州ごとに最低賃金が違うことを利用した自然実験。最低賃金を上げても雇用には影響しない。差の差分析。
操作変数法
結果には直接影響を与えないが、原因に影響を与えることで間接的に結果に影響を与える。広告料の割引があれば広告を出すお店が増える可能性がある。
テレビを見るから学力が低くなる、か学力の引き子どもは良くテレビを見ている、か。貧困家庭では、テレビを見ると成績が上がる効果がある。
教育は株式や債券よりも利回りが良く次の世代まで影響する。
回帰不連続デザイン
友人の学力と自分の学力の間に因果関係があるか。連続した学力の子どもが、進学した学校によって違いがでるか。ほとんど関係はなかった。
高齢者の医療費の自己負担割合が増えても、死亡率は変わらない。外来受診は減る。
マッチング法
同じような店舗を比較する。よく似た対照群を選ぶ。何を似たものとするか=共変数はなにか。いくつかの共変量をひとまとめにするプロペンシティスコアマッチング。
偏差値の高い大学に入っても収入は上がらない。
簡素で情報が少ないDMのほうが顧客を増やす効果があった。
交絡因子の影響を取り除く重回帰分析。
内的妥当性と外的妥当性。同じ集団で同じ結果が再現されるか、アメリカの結果が日本でも同じか。
因果推論のステップ=原因は何か、結果は何か、反事実はどうか、比較可能なグループか確かめる。
メキシコのプログレッサ計画。ランダム化比較試験で政策効果を示した。マサチューセッツ工科大学の貧困アクションラボ。