あらすじ
「超専門化」よりも、知識の「幅(レンジ)」のある人が成功する
■世の中は、ますます複雑さを増している。それを反映するように、ビジネスでも、研究開発でも、大学教育でも、スポーツでも、さらには幼児教育でも、分野を狭い範囲に絞って深掘りする「超専門化」がもてはやされるようになっている。ところが、こうした「超専門化」が成功しやすい分野は、実は非常に限定されている(ゴルフやチェスなど、ルールが明確で、迅速かつ正確なフィードバックが得られる「学習環境が親切」な領域だけだ)。世の中の大半の領域は、状況が刻一刻と変わり予測不能な出来事が起きる「不親切な学習環境」にある。そこでは、「超専門化」した人よりも、多くの分野に精通し知識と経験の「幅(レンジ)」のある人のほうが成功しやすいことが、さまざまな調査や学術研究で裏付けられている。
幼い頃から英才教育を受け、若くしてプロゴルファーになり世界を席巻したタイガー・ウッズのようなサクセスストーリーにあこがれ、学ぼうとする人は多い。ところが、大半の人にとって、それは誤ったロールモデルであることを、本書は明解に示す。
■自分のキャリア形成を考えるとき、「1万時間の法則」「グリット」「早期教育」「ストレングス・ファインダー」などに目を奪われやすい。これらがもてはやされるのは、「効率が高い」「時間のムダがない」「近道」とされているからだが、実はこれらの手法がそぎ落とそうとしている「非効率な学習」「ムダな時間」「まわり道」にこそ、長期的に「真の価値」があることを、本書はさまざまな事例と科学的根拠をもとに解き明かす。
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ゴッホがこれほど苦労していたと知らなかった。自分を信じる大切さを改めて知った。あと任天堂。ゲームボーイがどのようにできたのか。横井さんに敬服します。
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10000時間の法則というのは、いわば狭い領域の話である。この理不尽な世界においては、一点特化だけでなく様々なアイディアを組み合わせた上での取り組みが重要。そして試行錯誤とトライアンドエラーを繰り返していくことで、最もフィット感のあるペアが誕生する。
また専門家は自分の専門外のことに弱くなる。
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とても良かった。
不確実性の高く、かつ生産性を求められる(効率的という意味合いの強い)時代に生きる上で、重要な「レンジを持つ」ことがまとまって書かれていた。
今年の4月からメーカー社会人1年目になる自分にとって専門特化を急がず、自分にマッチしたキャリアを自分なりに探索していこうと思えるいい機会になった。
また読む
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実は幅が大事!!一つのことを狭く深くよりも、広く浅くさまざまな体験を積んでおく方が後々、道が開けやすい。人生において無駄なことなどないのである。
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様々な事例を用いながら、早期の専門化による影響と、様々な経験を経る(寄り道する)ことで、新たな発見や特出した成果を残すことを説明している。
早期に専門化が決して悪いという観点ではなく、専門化が遅くなっても、決して悪くはないし、様々な道を通ることで、成功した事例を紹介している。1つの分野にとっては、当たり前なことでも他の分野に適用した際には、新しい発見を生み出すこともある。
任天堂の枯れた技術の活用
フェデラーのテニスへの専門化の時期など、
いくつか刺さる部分があった。
チャレンジャー号の例を見ていると、数値やデータだけに頼るというのが間違いというわかる。
* 何かが違っているのであれば、そこには何かがある。
多様な視点、様々な経験、知識の幅(レジン)を得ることがこの不透明で不確実な現代を生き抜く上で重要な考え方だということだ。
最初から自分にあった仕事や、スポーツをやっている人は本当に恵まれている人だ。たいていの人(自分もあなたも)は何度も挑戦して失敗して、そこから学んで自分のやりたいことを徐々に見つけていければいい。そのためには、自分の経験の幅(レジン)を非効率で地道で遠回りしながら見つけていこう。
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様々なスポーツを経験することで運動能力や反射神経が養われる。
自分がかつてしていたこと(スポーツや楽器)を子供に指導してはいけない。イライラするだけ。ほっとく。
- タイガーウッズの場合
10000時間の法則。
意識的な練習、つまり最も良いやり方を明確に教えインストラクターが個別に指導してやってみた結果に対してすぐに有益なフィードバックと知識を共有し、同じことを何度も繰り返す。
- フェデラーの場合
体験期間を必ず経ている。その間にさまざまなスポーツを自由に緩い枠組みの中で経験し、幅広い身体能力を育み自分の力や性質を知って集中的に練習に取り組む。
成功者はウッズよりフェデラータイプが圧倒的に多い。様々な分野で経験を積んだ人の方が一つの分野を深めた人よりクリエイティブで影響力の大きい発明ができる
永続的な知識を得るためにはゆっくりと学習した方がいい。一見するととんでもなく非効率で遅れをとっているように思える。でもそれは短期的にみたら成績が良くても長期で見たらなんの役にも立たない。
チェスやゴルフやクラシックのようにルールと答えがわかっている時には、またそれが時間と共に変化しないならサバン症候群のような究極的に専門特化した練習が、有効。人間の最大の強みは専門特化とは正反対で幅広く知識や情報を統合すること。パターンや慣れ親しんだ構造ではない。それはAIに取って代わる。
最高レベルのアカデミックな科学者やノーベル賞受賞者は本職以外に本格的な趣味や副業をもっている。
片足を別の世界に置くことの重要性。クリエイティブな成果を上げる人は幅広い興味を持っている。この幅広さが専門領域の知識からは得られない洞察を生み出す。
→たしかに山中先生や椛島先生はそう。
幼い頃にあまりに多くのレッスンを受けても効果はない。さまざまな楽器や活動を経験し、あまり厳しくないレッスンをある程度受けその後になってようやく焦点を絞ってより厳しいレッスンを受けて練習量を激増させる。
望ましい困難にはいくつかあるがそのうちの一つは生成効果。自分1人で答えを出そうと奮闘することはたとえ答えが間違っていたとしてもその後の学びは強化される。
そして過剰修正効果もあり、答えに自信を持っていればいるほど正しい答えを学ぶと強く記憶に残る。大きな誤りに耐えることが最高の学習機会となる。
学ぶ時はまず問題を解くこと。出来なんてどうでもいい。
1st 問題(出来問わず)
2nd覚える
勉強でいうと予習が1番大事。
早期教育プログラムでは閉じられたスキル、つまり決まったやり方を繰り返すことで習得できるスキルを教える。これはいずれだれもが身につけることなので意味がない。早い時期に歩けるようになっても仕方ない。
継続的な学習効果を生み出したいのであれば早期教育プログラムは開かれたスキルにフォーカスすべき。その後の学びの足場となる。子供達に読み書きを少し早く教えてもそれが継続的な強みとはならない。そうではなく読んでいる内容を理解するための手がかりを探したりそれらを関連づけたりする方法を教えれば継続的な強みとなる。
早期教育プログラムはすぐに成果が出るが深い学びには時間がかかる。
遅れをとったと思わないことが大事。
多様な経験をもつ個人は専門家のグループよりも創造に貢献する。ある分野から別の分野に移ってもその経験が無駄になることはない。
とはいえ、専門特化は少しも悪いことではない。程度の差はあってもみんなどこかの時点で専門を決める。問題なのは早期の専門特化。
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【サマリと感想】
「1万時間練習すると習熟できる」というのは自分が部活・習い事で何度も聞いて来た言葉だった。これにより得られるのは深さだが、広さもまた重要であり、イノベーションはむしろ広さから起きる可能性がある、というのが本書の主張。
何事も深く突き詰め専門家になる事が必要という常識があるが、それだけでなくmuch quality(ある仕事とその人がどれだけ合っているか)が重要であり、これを見つける為には一見回り道に見える道程が無駄ではないという事である。 例として、アメリカで大学の専門と関係する仕事に就き続ける人は2割程度だという。中でも学部の初めに教養課程を経て専門に移行する方が関係する職業に着く確率は上がる、この場合は先に回り道をしておく事でmuch qualityをしやすくなると解釈できる。
ダーウィンやゴッホは若い頃から専門的な学習を繰り返した訳ではなく、名を残すほどの成果を挙げたのはそこまでに経験して来た様々な事柄が結び付いた結果であり、まさしくconnecting the dotsであった。
短期的成果の為には幅と非効率を除外しようと考えるのが一般的であり、そのバランスはあるが何事も繋がるという見解を持ち、アナロジーや紐付けを行う事が重要だと理解した。
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人生の回り道は選んででもした方が良いのかも、そんな事を思えた。救われた気がした。
日々の細々とした作業はいかに効率化するかを考えている私だけど、大きく見ると受験で当初想定と違う学校に行ったのもはたからみればなんでわざわざそんな、、、と思われそうな出来事。
仕事も色んな部署を転々としているから、なかなか評価してもらえない。でも、自分の中ではあっちの仕事でやった事がこんな所で役に立つんだ!なんて事もちょくちょくあって、なんだか腑に落ちた。
子供教育も、早くから何かを習わせた方が良い、継続させた方が良いというのはそれを売っている企業に乗せられている部分も少なからずあるのでは?と思えた。
スポーツ選手なども最近は二刀流の人が増えている気がする。本で紹介されている、スキーとスノボでオリンピックに出た選手を見た時は私も驚いたのを今でも覚えている。身近な所だと、投打に活躍する大谷さんもそうかな。スポーツ選手で夏冬の競技をして両方オリンピックやパラリンピックに出る人もいるなぁ。芸能活動でも、昔は女優が歌なんて!みたいなイメージあった気がするけど、俳優、歌手、小説家、くらいの間で複数活動されてる方は何人もいる。
大学で、専攻を絞ったり文系理系に分けるというのもこの本では否定的。共感します。なんで理系の学部に入ったから心理学は学べないのか、不満だった。統計学的な分野ではたいして変わらないはずなのに。
会社でも専門家がもてはやされてるイメージはあるけど、部署を色々異動している身からすると、他から来たから見える事とかもあるのよ?スペシャリストをまとめる横断的な思考を持った人も必要、うーんスペシャリストも憧れるけど、自分が向いているのは、、、と考えさせられた。
つれづれに書いたけど、とりあえず、ボリュームがすごいけど内容も濃くて概ね共感できる本でした。一つの事を極める、それも素晴らしい事だと思う。でも、回り道や余白にこそ人生の旨みが詰まっている、そんな風に思えるはず。
Posted by ブクログ
とても刺激的で学びが深い一冊。「ある分野から全く別の分野に移っても、その経験がムダになることはない」、「遅れを取ったと思わないこと」、肝に銘じます。
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専門特化とジェネラリストのどちらが良いのか、といったことを様々な事例や研究結果から論じている本。
GRITの問題点などにも言及しており、多様な視点を持たせてくれる本。
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虫の眼、鳥の眼を使いこなそう!
(垂直思考と水平思考)
あなたのレンジ(幅)を広げよう!
若いうちに特定分野に特化しすぎない。いろんな知識を引き出しに入れておいて、いざというとき組み合わせて新しいものを作る。
専門化礼賛の時代に一石を投じる本。
子供に特定の世界を早期に押し付けなくてよかった。
いろいろやらせて、遊びも勉強も境なく。そこから面白いものをみつけたときに専門家になればいい。
自分もいろいろ浅く広くの人間で、それは良くも悪くもあるが、今の時代はそんな感じで柔軟に対応すればいいのかもしれない。
◆以下読書メモ。。。。。。。
狭い範囲の専門特化はAIが得意。
人間はすべての層から別々に情報を得て、おおまかに把握し、それらを組み合わせて状況に順応できる。
2章〈意地悪な世界で不足する思考力〉
ある分野のエキスパート(狭い範囲の大量の練習)はルールが条件が変わると柔軟性がなくなる。
明示されていないルールやパターをうまく探し出す力
3章〈少なく幅広く練習する効果〉
大学では学校狭い専門分野で学生を育て、すべての分野で活用できる思考ツールに磨きをかけさせていない。
フェルミ推定?
変化のない時代は専門特化型でOK。
いまは新しいアイデア同士を結びつけて領域を超えて考える概念的な論理能力が必要。
経験したことがない問題を目にしたとき、1つの領域の知識や概念的な知識を全く別のところに適応できる人が得をする。
音楽もいくつかいろいろ経験してから専門の分野を決める。ときには、専門の分野が2つ以上ある時もある。
ジョニースミスジャズギター
ジャンゴ、ラインハルト、ジャズ、ジプシー、ローマ人、ベルギー
セッチーニ
。。。。。
4章〈速く学ぶか、ゆっくり学ぶか〉
ブロック練習(同じプロセスを繰り返す)のみより
多様性練習(様々な事例が混ざった状態)をした方が
応用を効かせる力を持つことができる。
ブロック練習のみのほうがテスト点は高いが、新しいことに対応できるのは多様性練習した人。
5章〈未経験のことについて考える方法〉
覚えるときに、時間をかけたものの方が後々長く覚えている。
1つの分野の専門家が集まるより、いろいろな分野の専門家が集まった方が開放が見つかる可能性が高まる。
。。。。。
7章 〈いろいろな自分を試してみる〉
若いうちに、自分の職業はこれと決めて、1つしかやらない人より、都度気になったものを正しく初めて見た人の方が、最終的には成功している。
9章
「枯れた技術の水平思考」
横井軍平
古い技術をアレンジする。
水平思考(いろんなアイデアを組み合わせる)を大切にしていた。
垂直思考(なんかのスペシャリスト)
水平思考と垂直思考の人が一緒に仕事すると良いと考えていた。
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「多様性の科学」と似たような事例を挙げ、主張もかなり近いものがあった。「プロが一万時間は練習している」というのは聞いたことがあるが、「だから幼少期からそのスポーツや競技に触れていれば有利」とは限らないというのが面白い。
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早期の専門特化への警鐘と、知識の「幅」がイノベーションを生んだ例が豊富に述べられている。筆者の主張は一貫している分、非常に多い事例の解釈がすべて「幅の大切さ」に帰着するため、やや冗長にも感じた。
ただ、多くの事例を知ることも知識の「幅」を広げることに繋がると考えると、事例の詰め込みも納得できる。
タイトルにもあるように、知識の「幅」を持つことの大切さを説いているが、それに加えて、その「幅」の活かし方(=アナロジー思考)も同等に大切と説いていると感じた。 そこについても学んでいきたい。
Posted by ブクログ
面白かった。
これまでの自分の人生を振り返って「自分はスペシャリストにはなれないな」と思うことが増えていた。
そんな中この本に出会い、人生の指針を得たように感じている。
【要約】
・タイガー・ウッズとフェデラー
タイガー・ウッズのような早期からの特化型教育よりも、様々な経験を積んだフェデラー型の方が現代の複雑な世界では適応力が高いという指摘は、教育やキャリア設計において重要な示唆だと思った。
これは「意地悪な世界」(予測不能な領域)で生き抜くために、汎用的な問題解決能力が求められるからだと述べられている。
・「速い学び」と「ゆっくりな学び」
早期専門特化の教育は短期的な成果はあっても長期的な成長を損なう可能性が指摘されている。
幼少期は幅広い分野を学び「マッチ・クオリティ(自身の得意分野)」を見つけることが大事。
・画家のゴッホの人生
ゴッホの人生は、一見無駄に見える試行錯誤の連続が、最終的には独自の芸術スタイル確立につながったことを示しています。
ここから、キャリア設計においても「計画して実行」よりも「試して学ぶ」方が有効である可能性が示されている。
これは私にとってとても救いになった。
「何歳からでも遅くはないんだ」と。
・NASAのチャレンジャー号事故の例
特定の「ツール」や思考枠組みに固執することの危険性を痛切に物語っている。
本事例に置ける「ツール」とは「データ絶対主義」。
データが重要であることは間違いないが、過去実績(データ)のない未知の試みについては定性的な議論も必要。
NASAに勤めるほど優秀な人でもこのような落とし穴があるのだから自分はより注意すべきだと感じた。
・全体まとめ
専門化が進みすぎた分野でアウトサイダーにチャンスが生まれるという逆説は、AI時代における人間の役割を考える上でも示唆に富んでいる。
「不確実性の時代」を生き抜くためのメタスキルが重要。
特定の分野に深く潜るだけでなく、幅広い経験と言語化能力(概念化)を組み合わせることが、予測不能な課題に対処する力を養う。
一見無駄に見える経験も、後で統合されれば独自の強みになる。
これは個人のキャリア設計のみならず、組織の人材育成においても重要な視点だと考えさせられた。
Posted by ブクログ
・向き不向き分からないから早期教育は必要無い
・いろんな種類の知識の多様性大事
おおよそ上の主張をいろんな実験やデータで裏付けしていく内容。ジャンルとしては行動経済学系かな。適当に生きてる身としては、背中押してくれてありがとうという感じ。
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◯まとめ
①幅広な学び、他領域の経験を重ねることで、優れた結果、成績を残すことができる(スポーツから学術領域まで)
②専門に特化すると、得意な領域に関する知識、経験のみで判断する近視眼的思考に陥りやすくなる。結果、誤った結論が導かれることがある。別領域の観点から物事を俯瞰するアナロジー思考によりたどり着く答えもある
③科学や企業活動におけるブレイクスルーの元となるアイデアは、専門外の別領域との掛け合わせで生まれる(グラフェンや枯れた技術の水平思考の事例)。それらを起こすには、分野同士の接点を増やす機会を増やすことが必要。
◯意識の変化
早期に専門特化をしなかったことによる「遅れをとった」という意識は不要
興味と経験、学びの幅を増やすことが、結果的に全く別の分野で役に立つことになる
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現在の仕事では目まぐるしく働く部署が変わり必要なスキルが変わるため、一つ一つのスキルでプロフェッショナルになるための十分な時間がなく、焦ってしまっていた。しかし本書を読み、必ずしも結果はすぐ出ないことや幅広い知識をつけることで後に大きな成果につながることを学べたため、自信をもって様々なことに挑戦していきたいと思った。
Posted by ブクログ
はじめに タイガー・ウッズvsロジャー・フェデラー
第1章 早期教育に意味はあるか
2009年に、カーネマンとクラインは通常はあまり見られない手段を取った。それは、論文を共著し、それぞれの見解を述べて、意見が一致する点を探るという方法だった。そして二人は、「経験が専門的な能力につながるかどうかは、それがどんな領域かによる」という点で意見の一致を見た。経験はチェスやポーカーのプレーヤーや消防士の能力向上には効果があるが、金融や政界のトレンドの予測、従業員や患者の能力の予測では効果がなかった。
クラインが研究した領域は、直感的なパターン認識が強力に働く領域で、心理学者のロビン・ホガースが「親切な」学習環境と名づけた領域だ。同じパターンが繰り返し現れ、非常に正確なフィードバックが、通常はすぐに提供される。
ゴルフやチェスでは、ボールや駒が定められた範囲の中でルールに従って動かされ、その結果はすぐに明らかになり、同じような問題が繰り返し起こる。ゴルフでボールを打つと、飛びすぎたり、飛距離が不十分だったり、スライスしたり、曲がったりする。選手は何が起こったかを見て、欠点の修正を試み、もう一度試し、これを何年間も繰り返す。
これこそがまさに「意識的な練習」の定義であり、「1万時間の法則」や、早期に専門に特化して技術的なトレーニングができるようなタイプである。学習者がシンプルにその活動に取り組んで努力すればうまくなれるので、学習環境は「親切」と言える。
ところが、カーネマンがフォーカスした領域は、ちょうどそのコインの裏側だった。ホガースはその領域を「意地悪な」学習環境と表現した。
意地悪な学習環境では、通常はルールが不明確か不完全で、繰り返し現れるパターンがあったりなかったりし、フィードバックはたいてい遅くて不正確だ。意地悪さが最も強烈な学習環境では、経験により間違った学びが強化されていく。
狭い分野への専門特化が「意地悪な」領域と組み合わさると、「よく知っているパターンに依存しがち」という人間の傾向が大きく裏目に出る。たとえば、熟練した消防士が、慣れない構造の建物の火災に直面した時、突然、誤った選択をしてしまう。
チェス以外の分野でも、狭い範囲での大量の練習が、グランドマスターのような直感を生み出す分野はある。外科医もゴルファーのように、同じプロセスを繰り返すことで上達する。会計士や、ブリッジやポーカーのプレーヤーも、繰り返し経験を積むことで直感が正確になっていく。カーネマンはこれらの領域の「強固な統計的規則性」を指摘する。
しかし、ルールがわずかでも変更されると、エキスパートは柔軟性を失ってしまうようだ。研究では、ブリッジのルールを変更すると、ブリッジのエキスパートはそうでない人と比べて、新しいルールへの適応に苦労する。また、別の研究では、経験豊かな会計士が、控除額に新しい税法を適用するよう言われると、新人よりもうまくできなかった。
ライス大学教授で、組織行動学を研究するエリック・デーンは、この現象を「認知的定着(cognitive entrenchment)」と呼ぶ。それを避ける方法としてデーンが提案するのは、「1万時間の練習」で推奨されることとは正反対だ。すなわち、一つの領域内で取り組む課題を大幅に多様なものにすること。そして、デーンの共同研究者の言葉を借りると「片足を別の世界に置いておくこと」だ。
第2章 「意地悪な世界」で不足する思考力
第3章 少なく、幅広く練習する効果
セッチーニは話すのをやめて、椅子に背中をもたせかけて天井を見つめた。少し時間を置いて、彼はこう言った。「誰かが何年も指板をいじくり回してやっと見つけたことを、僕は2分でやってみせることができるが、僕もその誰かと同じように何年もかけていろんなことを見つけてきたんだ。何が正しくて何が間違っているのかはわからないし、答えは頭の中にはない。やるべきなのは、問題の解決の仕方を見つけようとすることだ。そして、50年たってようやく、すべてがつながり始める。すごく時間がかかるんだよ。でも、そうやって学ぶことに意味があると思う」
第4章 速く学ぶか、ゆっくり学ぶか
「アメリカの高校生の知識レベルが国際的な水準で見てあまり高くないのは、生徒が授業中によくできすぎるからだ、という意見がある」。こう私に話したのは、ウィリアムズ・カレッジの認知心理学者、ネイト・コーネルだ。「生徒たちは、うまくやりたいと思って、簡単にしたいと考える」
コーネルはこの時、「望ましい困難(desirable difficulty)」について話していた。それは、学習における障壁を指し、短期的には学習を難しく、より苛立たしく、時間のかかるものにするが、長期的にはより高い効果をもたらすという。先ほど紹介した中学2年生の数学の授業のように、ヒントを与えすぎるとその反対の影響が生じて、短期的な成績は高まるかもしれないが、長期的な進歩は妨げられる。
もし冒頭で紹介した中学2年生のクラスが、1年間を通じて典型的な学習計画に従ったとしたら、恐らく1週間で一つのトピックを終え、次の週にまた別のトピックを取り上げるという形で進んでいくだろう。これは、永続的な学びのために科学者が勧めるやり方とは正反対だ。企業の研修の多くもそうだが、短期間だけ特定の概念やスキルに特に集中し、次の期間は別のことに集中して、振り返ることはない。この構造は直感的には納得がいくが、ある重要な「望ましい困難」を失っている。それは、「間隔を空けた練習」や「分散した練習」だ。
これらは文字通り、時間の間隔を空けて、同じ内容の練習をすることだ。意識的練習の間に、意識的に練習をしないこととも言える。コーネルは言う。「空ける間隔の長さに限界はあるが、それは普通に考えられるよりは長い。外国語の単語の学習、飛行機の操縦など、何でもこの練習の対象となり、それが大変であればあるほど学習効果は高い」
練習の間隔が「大変さ」をつくり出し、それが学びを強化する。
冒頭で紹介した中学2年生の数学のクラスでは、授業の最後にプリントの問題を解いていた。このように、同じことを、同じプロセスを用いて繰り返し練習することを、心理学者は「ブロック練習(blockedpractice)」と呼ぶ。ブロック練習をすれば、その時の成績はとてもよくなる。しかし、知識を柔軟にするためには、さまざまな状況で学習しなければならない。その手法は、「多様性練習(varied practice)」と呼ばれ、研究者は「インターリーブ」あるいは「インターリーピング」と呼ぶ「本来の意味は、本に白いページなどを挟み込むこと]。
インターリービングにより、帰納的推論[複数の事象をもとに一つの結論を導き出す推論方法]の能力が高まることがわかっている。さまざまな例が混ざった状態で示された時、生徒たちは抽象的な一般化の方法を学び、それによって、今までに出会ったことがない状況に対して、学んだことを応用できるようになる。
第5章 未経験のことについて考える方法
リッチランド(第4章)が研究した「関係を認識する」問題でも、フリン(第2章)がテストした幅広い概念でも、ゲントナーが評価した構造的な類似性でも、レンジの側、あるいはゆっくり知識を身につけるべきと考える側では、互いに利益を巡って競うようなことはない。しかし、早期教育や早期の専門特化がユーザーにとってひどい長期戦略であっても、それを売り込もうとする勢力が世の中にあふれている。これは問題だ。なぜなら、あらゆることの中で最も重要な知識や見聞は、ゆっくりと身につける必要があるからだ。その重要な知識とは、「そもそもあなたは何に取り組むべきなのか」「何があなたに合っているのか」だ。
第6章 グリットが強すぎると起こる問題
まっとうな人であれば、情熱と忍耐力が重要ではないとは言わないだろう。ひどい日が1日あったとしても、それがやめるべき合図だとは思わない。しかし、もし関心やフォーカスの対象が変わるのは欠点であり、競争上不利と考えるなら、それは単純なタイガーのストーリー、つまり、できる限り早く対象を決めてそれを続けるという話にたどり着く。しかし、ファン・ゴッホが繰り返したように、またウエストポイントの卒業生がナレッジ・エコノミーの夜明け以降やってきたように、実際の経験に応じて方向を変えるのはとても重要だ。そのためには、自分に最適な対象を見つける確率を高める行動が必要になる。ただし、その行動は、人生の戦略としては一見よくないように思えるかもしれない。なぜなら、その行動とは「短期計画」だからだ。
第7章 「いろいろな自分」を試してみる
私がパラダイスガーデンを訪れると、コンクリートブロックの壁に固定されたフィンスタの巨大な自画像が、入り口で出迎えてくれた。絵の中のフィンスターは赤紫色のスーツを着てニヤリと笑っている。その絵の下にこう書かれていた。「1976年1月に、俺は絵を描き始めた。絵を習ったことは一度もない。これが俺の絵だ。やってみるまでは、自分に何ができるかなんてわかりっこない。自分の才能を見つけるには、とにかくやってみることだ」
第8章 アウトサイダーの強み
専門家が情報をたくさん生み出すほど、好奇心の強いシロウトが、広く公開されているが分散している情報をつなぎ合わせて貢献できる機会が増える。スワンソンはそれを「未発見の公的知識」と呼んだ。人間の知識が拡大し、それにアクセスしやすくなるほど、好奇心のあるアウトサイダーが最先端の分野で知識を結びつけるケースが増える。 イノセンティブのような事業は、最初はがあったとしても、世の中で専門特化が進むほど、成果が上がっていく。
専門外のアウトサイダーにとってのチャンスをつくり出すのは、新たな知識の拡大だけではない。最先端を目指す競争の中で、役に立つ多くの知識がすぐに忘れ去られ、朽ちていく。だが、そこから新たなチャンスが生まれる。それは、創造や発明をしたいが、最先端のことはできない、あるいはしたくない人にとってのチャンスだ。その人たちは、過去を振り返ることで、肌に進むことができる。古い知識を発掘し、新たなところで活用する。
第9章 時代遅れの技術を水平思考で生かす
横井が大きく成功したのは、水平思考をした時だ。だから横井が心配したのは、プロジェクトに専門家は欠かせないが、会社が成長して技術が高度化していくと、垂直思考の超スペシャリストばかりが大切にされ、水平思考のゼネラリストが重視されなくなることだった。「(アイデアがない時には)コンピューター能力の領域で競うのが近道です。そうなると(中略)スクリーンのメーカーや、優れたグラフィック・デザイナーが有利になり、任天堂の存在意義は消えてしまう」。横井は、たとえ技術的に高度な分野でも、水平思考の人と垂直思考の人が一緒に仕事をするのが最もよいと考えていた。
ユタ大学教授のアビー・グリフィンは、現代のトーマス・エジソンとも呼べる人たちを研究した。グリフィンと二人の共同研究者は、そのような人たちを「シリアル・イノベーター」「何度も連続してイノベーションを起こす人」と名づけた。その人たちの特徴を以下に示すが、本書をここまで読んできた読者にはどれも聞き覚えのあるものだろう。「不確実性への耐性」「システム思考」「隣接する分野についての技術的な知識」「今入手できるものの使い道を変えて使う」「類似の領域をうまく活用して、イノベーション・プロセスの材料となるものを見つける」「バラバラの情報を新たなやり方で結びつける」「さまざまな情報源からの情報をまとめる」「複数のアイデアを次から次へ飛び回る」「興味の幅が広い」「他の技術についてより多く(また、より幅広く読み、専門外のことに幅広く関心を持つ」「複数の領域にまたがって、学ぶ必要を感じる」「自分の領域以外の専門知識を持つ多様な人々と、コミュニケーションをとる必要を感じる」。どんな人たちか、だいたい理解できただろうか。
第10章 スペシャリストがはまる罠
テトロックの20年間の研究では、キツネもハリネズミも、予測に成功すると自分の信念をアップデートして、さらに強化する。しかし、予想が外れた場合、キツネは自分の考えを修正する可能性が高いが、ハリネズミはまず見方を変えない。ハリネズミの中には、自信満々の予測がひどく外れると、自分の信念を間違った方向に強化する人もいる。その人たちは、自分のそもそもの信念にさらに自信を持ち、やがて道に迷う。テトロックによると、「自分の信念をうまくアップデートできる人は、よい判断ができる」。その人たちは、賭けをして負けたら、勝った時に信念を強化するのと同じように、負けたロジックを受け入れ修正する。
このことは、一つの言葉で表すことができる。「学習」だ。学習では、経験をすべて脇に置かなければならない場合もある。
第11章 慣れ親しんだ「ツール」を捨てる
かつてないほどの専門特化が進んでいる現代でも、幅(レンジ)の広さの指針となる人たちがいる。歴史学者のアーノルド・トインビーは、「万能のツールなどない。すべてのドアのカギを開ける、マスターキーもない」と言ったが、その言葉のように生きる人たちがいる。一つの道具だけを振り回すのではなく、彼らは道具を集めてそれが詰まった道具小屋を守る。超専門特化が進む中で、彼らはレンジの力を示している。
第12章 意識してアマチュアになる
エンジニアのビル・ゴアは、デュポンを退職して、ゴアテックスを発明することになる会社を立ち上げた。会社は危機の中では組織の境界線が消え去るので、その時に最もインパクトのあるクリエイティブな仕事ができる、とゴアは考えていた。だから、設立した会社にもその考えを応用した。「自動車で相乗り通勤をする時に、よいコミュニケーションが起こる」とゴアは言う。ゴアが心を砕いたのは、「ちょっと手を出してみる時間」を新しい会社の文化の中心にすることだった。
Posted by ブクログ
ひとつの事に専門特化するよりも
長期的には幅広くやっている人の方が有利
ということが分かる本
短期的には役立つスキルを効率的に求めがちですが
変化が激しい世界においてはスキルの価値も変動が激しいので
改めて幅広くやることの意義を理解出来るのがいいですね
Posted by ブクログ
専門性に特化した教育vs多様性の教育
経験が役に立つ分野では
専門性に偏る意味はあるかもしれないが、
世界のほとんどは急速に変化していて
新しいアイデアを結びつけたりする必要がある。
経験が役に立たないから多様性の方が大切。
やり抜く力が強すぎると
多様性は身につかず専門性だけ高くなる。
選択肢を全力で試し、それが自分に合っているか
できるだけ早く知ろうとしないといけない。
ゴッホみたいに何度も職種を変えていくのが例
早く学ぶ方法では、
誰もができることを人より早くできるように
なるかもしれないが
それは遅いか早いかでみんなできる。
大切なことを学ぶには時間がかかる
目の前の問題を解決するには、
かけ離れた分野で根底の構造が似てる状況を
活用するべき。
1つの領域の経験で考えることはリスク
Posted by ブクログ
「知識の幅が最強の武器になる」というキャッチコピーに惹かれて手にした本。幅広いあらゆる経験が自分の中で消化される、経験値を貯めていくような感覚の裏付けになるような論旨であり、まさに期待していた内容だった。スポーツ選手や芸術家から色んな分野の研究まで、根拠としてあげるエピソードの多種多様さにも驚いた。
できるだけ早期に狭い領域に専門特化すべきという考え方は、過大評価されている。より複雑化した現代社会では、従来のパターンに頼らず新たなパターンを導き出して変化に対応することが求められ、1つの問題や領域の概念的な知識を全く別の問題や領域に適用する、「知識移転」の能力が求められる。多くの文脈で学べば学ぶほど学習者は抽象的なモデルをより多く構築することができ、これまでに見たことがない状況に知識を応用することかでき、クリエイティビティを発揮できる。経験の「幅」が重要。
ある人の能力や性質と仕事との相性を表す「マッチクオリティー」という言葉が出てきていたが、早くから1つの領域に特化して成功した人はこのマッチクオリティーが高かったというだけで、マッチクオリティーが低い人は専門特化しても効果は低いのだと思う。これまでのどんな経験もこの先に活かしていける、遅れを取っていると考える必要はない、という前向きなメッセージを感じた。
Posted by ブクログ
早期に専門特化するのではなく、分野関係なく興味のあることを様々寄り道した方が、最終的に市場価値が高く課題解決能力が高くなる。
専門特化しすぎると、狭い思考に囚われ、課題を解決出来なくなってしまう。また、専門特化で効果があるのはスポーツ等の特定のルールがあるものであり、社会のような特定のルールが無い環境では効果を発揮できない。
何かを始めるのに遅すぎることは無く、興味のある分野に進んで取り組むこと、今までの考えに囚われずにやり方を捨てることが重要
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多様な視点、様々な経験、知識の幅(Range)を得ることがこれからの世を生き抜く上で大切になる。
そのための遠回りが実は将来的に人間の強みになると。その点は素晴らしい。ただ、著書は個人プレーヤーの事例が多く、チームプレイの事例がほぼない。さらにまとめがないのでまとまりにかける。
広い視野を持つことで、アイデア同士を結びつけ問題解決へとつながる。これは視野が狭いと出てこない。
どちらが良いのかってのは個人によるんじゃないですか。卵を1つに盛ったほうが良いと感じる人もいれば、卵を1つに盛らず分散させたほうが良いと感じる人もいる。ただ、自分の方向性に近い寄り道や試行錯誤は良い結果を生みそうだけど、闇雲にわけのわからんことをするのは人生の無駄遣いだと思う。
Posted by ブクログ
長すぎて最後しか読んでいない。
色々、実験、試行錯誤することが大事
始めるのに遅すぎることはない
エジソンとかも、多産多死でその中にホームランがある
山口周がよく言ってること
Posted by ブクログ
本書は、これまでの「専門特化が成功への最短ルート」という通説に異を唱え、多様な経験を持つ人材(ゼネラリスト)の強みを明らかにした一冊です。スポーツ界、ビジネス、科学、芸術など幅広い分野の事例を交えながら、なぜ「知識の幅」が重要なのかを論じています。
変化の早い現代において「ゼネラリストの時代」が来たことを実感できる一冊で、専門性に縛られすぎず、幅広い知識を持つことがこれからの時代にどれだけ強みになるかを理解できる内容でした。キャリア形成や学び方に悩んでいる人にとって、新たな視点を与えてくれる本です。
また知識の幅を獲得することは、自分が何をするかわかる時、自分が誰だか分かる、これに通じると思いました。
Posted by ブクログ
様々な分野を跨いで思考し、関連性を見つけたり新たな気付きを得ることは楽しい。絵画、建築、音楽、科学、解剖学、工学等、多数の分野を渡り歩いたレオナルド・ダ・ヴィンチ氏などその際たる例ではないだろうか。興味が赴くままあらゆるジャンルの本を読む自分を、本書は優しく肯定してくれた。人生は実験であり、比較対象は他人ではなく過去の自分なのだ。これからも分野を問わず、貪欲に知的好奇心を満たして行きたい。
以下、本書より抜粋。
「僕の人生で起こった良い出来事は、元をたどれば全部が不運な出来事から始まっている。だから、何かが起きた時点ではそれが良いことなのか悪いことなのかはわからない。本当にわからないよ。わかるまでにはしばらく待つ必要がある。」
「多様な経験を持つ個人は、専門家のグループよりも創造に貢献する。もし、ある分野から全く別の分野に移っても、その経験がムダになることはない。」
Posted by ブクログ
早い段階から専門に特化して学んだ者よりも、専門を絞らず色んな勉強や経験をした者の方が結果として成功しやすいという話。仕事で色んな部署を転々としてる自分としては勇気のもらえるテーマ。仕事に無関係なことを積極的に行う免罪符になる。
「ヒントを使った練習は、一見習得が早いように見えて実は忘れるのも早く、持続的な学びは得られない」ということが書かれていて、職場のパソコン苦手おじさんに簡単に答えを教えてしまうのは問題なのかと思った。