上田岳弘のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
作者の作品は、芥川賞を受賞した「ニムロッド」から、何作か読んでいる。「ニムロッド」でもそう感じたのだが、癖のある(私は嫌いでは無い)、旧来の日本の純文学の流れとは少し異なるような印象の作品が多いように思う。また、その結末がいずれもどこか釈然としなかった(ような印象である)。
今作の存在をどこで知ったのか?、自分の記憶でははっきりとはしないが、たぶんいつも目を通している日経新聞土曜版・読書欄からのつながりだろう(作者の氏は、ここ数週間、連載「私の読書術」をしていた)。
読み始めて、う〜んやはり語り口調は変わっていないな…とも思ったのだが、私が読んだ何作かと比較して、「フィクションだけれど現実的だな」「ああ、こういう若者は、今の日本中、特に都会では、たくさんいるのだろうな」といった印象だった。
実際、登場人物は数名なのであるが、それぞれの極めて現代的な、都会的な、経済社会的な、時代背景にのっとった(と私が感じる)個性が実にわかりやすく、また感情移入もしやすい。
物語は決して不愉快でなく、また真っ当すぎる正義感を振りかざすようなものでもなく、かと言って不幸な結末を迎えるものでもなく、さまざまな起伏を経て進行していく(時に急展開もあるが…)。
私ごとにはなるが、たまたまここ数日で、外部の情報から隔絶された環境で書物に向き合う機会があり、本作品を読破することができた。それ(本作品)は自分が置かれた環境と並べて俯瞰してみても、決して不愉快なものではなく、また必要以上の感情移入を強いる、重い物語でもなく、かと言って軽率な風俗全般を描いたものでもなかった。あくまで私個人の意見ではあるが、芥川賞受賞後の、安定した作者の秀作であると思う。 -
Posted by ブクログ
読書開始日:2022年1月6日
読書終了日:2022年1月13日
所感
ニムロッドでも思ったが、著者のシステマチック、ロボットのような精密かつ無機質な文章は、スルスルと脳に入ってくる。
【塔と重力】
人間削いでいくと座標になる。
神も座標か。
水上の小説には頷けるところがある。
生まれ落ちた瞬間の核は同じで、その後から誰かの影響という肉がつく。
だからこそ途中で美希子が世界に散らばっていると考え出した。
文章中にもあったが、おそらく美希子は精神病で、主人公もまた精神病。
美希子と重ねることができた葵、その葵とのこどもへの祈りがいい。瓦礫に埋もれた経験から実生活を実感出来ない主人公が新たな思考に辿り着く。
「初期値としてまずはすべてを受け入れるしかない。それでも最後は本人が、一生のうちに起こることの幾らかに愛着を感じ、またこの世に生まれ直してもいいかなと思えるような一生を過ごせればいい。」
とても好きな作品だけど難解。また読んで深く理解したい。
【重力の無い世界】
このまま効率化を求めていったら世界はこうなるだろうなと読んで思ったし、心のどこかで感じてた気がする。
肉の海。演算された人生。実生活の。
来ると思う。いつか。
演算された世界でも実相の醜さはある。これが負荷なんだと思う。なんでもプレイリスト化できる演算世界でも、醜さを取り入れる。それが原動力になってた部分があった。
性別、個性等がなくなり、次のステップは重力を消すこと。この重力は実は負荷で、負荷がなくなることを実生活と演算世界どちらも経験している者は、とても怖がっていた。
多少の負荷は必要悪だ。
【双塔】
内容が非常に難しいがなんとなくわかる。空気感だろうか。
意味が重要視される社会。
新規性がないとリジェクトされる。
新規性があれば肉の海のアップデートとなる。
だが、進みすぎた世界はリジェクトしかならない。
ありふれた人間はリジェクトピープル。
人々はリジェクトされないように高みを目指すが、高みを目指したところで視点を変えればそこは高みでは無い。
祭祀王はもとより、めでたいこと=リジェクテッドとしていた。
個性、重力、性別がなくなっていく現在、そして未来においても、めでたいことはめでたい
読解に自信がない。 -
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ネタバレ又吉さんの『火花』を破って三島賞の栄冠に輝いただけのことはあって、とても面白かったです。しかしどこまでを書いていいのかが難しい作品でもあります。以下の拙文をお読みいただくよりも、まずはまっさらな状態で本書を読んでいただくのがいいかと。
一言でいうと直木賞を獲った『月の満ち欠け』と同じく生まれ変わりの恋物語なのですが、スケールの大きさが全然違います。あちらはせいぜい10数年間のみが舞台であるのに対し、本作はのスパンは10万年。最初は石器時代のクロマニョン人、二人目は戦時中ナチスに迫害されたユダヤ人、この二人が手にすることができなかった「私の恋人」を、現代日本に生きる主人公の井上由祐が手に入れることができるのか?というのが基本フォーマットとしてありつつ、並行して井上の意識下で10万年にわたる人類の興亡の歴史が重ねられていくといった凝った構成になっています。
コンピュータが人間を凌駕する、というネタ自体は映画『ターミネーター』を例に出すまでもなく割とありきたりで、その部分に関してはマイナスだったのですが、総じて革新的ないい作品だと思いました。いくら『火花』があったとはいえ、芥川賞にノミネートすらされなかったのには疑問が残ります。 -
Posted by ブクログ
併録の3編が互いに関連している、というだけでなく、
三島賞以降の過去作を彷彿させる箇所もいくつかあった。
その意味するところは、「私とは何者なのか」「私は何処にいるのか」という命題に対する、新しいアプローチなのではないか、と思う。
「私とは何者なのか」という問いは純文学の往年のテーマであり、寧ろ存在意義であり、強弁すれば全ての小説のテーマはそこに行きついてしまうのかもしれない。
私は私以外に存在せず、私が認識するから世界が存在するのであり、私自身が私の存在を否定することはできない、私を存在せしむるのは他ならぬ私自身である、つまり「我思う、故に我在り」こそが、永らくその命題への唯一の回答だった。
しかし、『私の恋人』以降の小説で、著者はその回答に異議を申し立て続けている。その仮説の一つが「小窓」という概念だろう。
人工知能、クローン、インターネット、それらによって他人の自意識を覗くことが可能になり、また自分の自意識をフェイク的に作り出すことも可能になった。
言うなれば自意識をアウトソーシングすることが可能になった状況で、もはや「私以外、私じゃないの」は過去のこと、私が私以外に存在しないという事実は、すでに崩れつつあるようだ。 -
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印象に残ったのは、主人公・馨が最後に、自分の中にある「欠落」を自覚するところ。それまでは欠落の上を「寂しさ」が覆っていて、何かを得たり、誰かとつながったりすることで埋められるもののように感じていた。しかし最後には、寂しさとは別に、理由も正体もわからない「底の見えない穴」として欠落そのものを認識する。
馨は仕事でも経済的にも成功し、現代社会が示す「成功」をかなりのところまで手に入れている。それでも満たされない。さらにマミヤたちとの出会いを通して、人間を超越するような世界に触れても、明確な答えは得られない。
そこから考えると、この作品が描いているのは「どうすれば欠落を埋められるのか」ではなく、「そもそも人間は欠落を抱えた不完全な存在なのではないか」ということなのかもしれない。
欠落を克服するのではなく、欠落を欠落のまま認める。
世界の意味も、自分がなぜ生きるのかも、完全には理解できない。それでも日常へ戻り、生きていく。最後にタクシーのドアが開く場面は、そんなことを表しているように感じた。
すべてを理解できたというより、わからなさそのものが残る作品だった。その「わからなさ」もまた、この小説が描く人間の不完全さと重なっているように思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレニムロッドの作者の短編作品集。
片翅の蝶
大人が付くべき、優しい嘘について。
そして、なぜ人間に物語が必要かについて。
一方、その物語は必要なかったのかもしれないとも思う。子供に、そういう事実を教えてあげたっていいじゃないか。そういう気遣いが、世の中の見方を綺麗なだけのものにしてしまうのかも。
「少年の日の思い出」ヘルマン・ヘッセのエリオットの、大人版のようだ。
下品な男
下品な男は、最後に自分の物語を語った。
そしていなくなった。
幸せの形は一つだけど、不幸せな形は人の数だけある。上品の形は一つだけど、下品の形はさまざま。
想像力ある人間の方が、下品をより深みのあるものにできる。できてしまう。
関係のないこと
人が世界を切断してしまう瞬間について書かれていると思った。
主人公は、司法試験に落ちたあと、訪れた切迫感と恐怖に立ち向かうために、小谷との関係を断ち切ることになった。
(自分も、受験というあの切迫感から、あのとき、他者との関わりを絶ったのかもしれない)
関係ないって思うことだって必要だし、
関係ないことなんてないんだって思うことも必要だと思う。
人は、なんでも関係があるんだって思うと、社会にとって良いことをするようになる。
なんでも関係ないって思うと、自分にとって良いことをするようになる。
上手に選べば良いと思う。
主人公は、それが分かっていたんだろうな。
おそらくは、たぶん
生きていくことは、よりよくしようと言う社会に付き合うこと。あるいは、自然の摂理に付き合うこと。
人は、社会と見えない細い線で繋がっている。
たまに、その線を自分の元にたぐり寄せ、切断したくなる。
自然の摂理に付き合うことに疲れた小鳥は、突如飛ぶのを辞めてみた。
そうすれば、地面に真っ逆さま。
よりよくしよう、という社会との接続の時間が、
僕の中に澱を溜めていく。
それがあるから、明日も生きれる。
でも、ずっと持ってると腐ってしまう。
いつも、手放していかないといけないんだと思う。