上田岳弘のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
“そういうこっちゃないんだよな。俺は使われているわけじゃない。使っているわけでもない。ただ、今あるようにあるだけなんだ。そして、昨日よりもよくなっている。例えばね、昨日の自分に比べて、この辺の道に詳しいし、空を見ればどう天気が変わっていくのかわかる。筋肉も随分ついた。きっと配達員をやめても俺は生きていける。その確率が昨日よりも少し上がっている。俺もどこかでこの仕事をやめる時がくるかもしれないけど、それは大きな問題じゃないんだ。この方向で積み重ねていけば、その内に俺は国がなくてもやっていける自分を得る。国がなくなっても、配達的なものは続くからね。だから、末端とか、システムとか、そういうこっちゃねぇんだよ”
-
Posted by ブクログ
わからなさが残る。けれどなんだか響く言葉もあり、なんとなく『東京都同情塔』を思い出す。
バベルの塔を思わせる「塔」
「駄目な飛行機コレクション」
「小説」、そこに「ビットコイン」
欲しがる人が多ければ多いほど価値の上がる実体のないもの。
「駄目な飛行機コレクション」は、人間の欲望が形になったもの。縛られていることと自由のはざまで、それぞれどこを突出させたかで、いろんな駄目な飛行機コレクションが出来上がる。
「欲望」、「人間」、「根源的な衝動」
そしてその可能性について。
『東京都同情塔』がよかった人には読んでみてほしいです。
再読記録で印象に残った内容・言葉 -
Posted by ブクログ
ネタバレ本作に通底しているテーマの一つには「存在証明」があると思う.
無から生み出され,存在が記述され,多くの人に求められることでその価値を保つBTCをはじめ,
「ダメな飛行機」(=飛べない飛行機)という本来の目的を果たせない造形物や
子孫繁栄を命題とする動物の一種でありながら中絶を行う田久保紀子は本来の役割を果たせないものの象徴であり,その例示である.
感情の伴わない涙も,ただ堆く高さだけを誇る塔も.
果たして,本来の役割を果たせないものたちは無価値なものなのだろうか.
本作においてこれら全てに共通して投げかけられるのは「存在」と「価値」の関係に関する問いである.
「ダメな飛行機コレクション」の飛行機は誰がどう考えたってジャンクである.実際,作中でも鉄屑以下と形容される.しかし,nimrodや田久保,中本からは「欲」され,「面白」がられ,そこには本来の文脈と違えど価値が生まれている.
これはBTCの価格が天井知らずに高騰していくメカニズムもこれに通ずる(中本がマイニングしなくても誰かがマイニングしてその価値を担保する).
これらを以てして私は
「凡ゆる事象において,価値は元々規定されたものではない(≒本人の意図とは関係なく何処かの誰かによって価値は付与され得る)」であるため,無価値なものは存在し得ないというポジティブなメッセージを受け取った気がする.
飛べない飛行機やBitcoinそれ自体には本来的な価値を果たせないが,無価値ではない.
中絶をする判断を行った女性も誰にも読まれない小説もまた然りだし,中本の感情を伴わない涙は人を癒す.
ただ,この文脈でバベルの塔やドロドロ人類を読み解くには未だ読みが足りない(or誤解している)ようにおもうので,日を改めて読み直したい. -
Posted by ブクログ
「私の恋人」「塔と重力」に比べるとだいぶ読みやすかったが、この人の小説は、人類とか世界とか地球とかをあたかもひとつの生命体のように捉えていて、読み終わってから深く考えさせられるし、一度読んだだけでは理解できない気がする。
登場人物は、ビットコインの「採掘」をする僕と恋人で証券会社に務める紀子、会社の先輩で小説を書くニムロッドこと荷室。
紀子も荷室も高い生産性が求められ、効率化をよしとする現代に適応しきれず苦しんでいるように見える。紀子は、障害があることがわかって胎児を産まない選択をした過去に苦しみ、荷室はうつ病で休職したあと名古屋に異動した。
荷室が送ってくる「駄目な飛行機シリーズ」は、飛行機が完成し実用化した現代には全く価値がないもの。でもその不完全さ、ダメさは人間らしさの象徴であり、紀子はそれに癒やされ、荷室の書く小説の中でのニムロッドは高額でそれを蒐集する。
飛行機を売りにくる商人が、人類の行く末(効率を追求した果てに個であることをやめ、どろどろに一体化するという)を説明するくだりが衝撃的だった。
ラストで二人(生死は不明)と連絡がとれなくなった僕が、感情の伴わない涙を流す。彼は二人とは逆に人間らしい感情をどんどん希薄にし、機械に近くなっていくことで、何とか生きている気がしてやるせない気持ちになった。 -
Posted by ブクログ
芥川賞受賞した作者の前作?「ニムロッド」の次の作品かと思う。舞台はいずれも東京都内の、新進気鋭のIT企業又は投資顧問会社?で働く人物が主人公であるが、作者の経歴がそれに近い事からも納得することが出来る。
また、いずれも不可解な指示や教示、を主人公がこれまた不可解な人物から与えられる、という点でも似通っている。前作は男性、今作では女性が主人公ではあるが…
大まかな世界観は上記の通りで、登場人物が若干多いか少ないか?の違いかとも思う部分もあるが、今作はよりなんらかの問題提議、をしているのではないか?と言う点で前作、ニムロッド、とは異なるのではないかと私は思う。
私が読後感じた問題提議、とは、難しい言い方をすれば、
「現代社会において私たち人間が生きがいとする事、糧になる事、というのはもう何もかもすべて「煮詰まって」しまっているのではないか?」
…と言う事。すべてはシミュレーション可能で、答えも与えられた膨大な変数からかなりの確度で導き出され、何が起きるのか?という事は既に見えてしまっているのでは無いかと…
そうした中で、魂はそれを実践し、その過程で悩みや苦しみ、失敗、はたまた喜びを感じるのだけれど、肉体はただの入れ物でしかないのではないか?という問題?事実?、そういう主張?を作者は今作で、したかったのではないかと思う。
上記のように私が感じた今作の、作者によって作り出された壮大な世界観、これに付き合わされる事にはじめは特に戸惑いを感じはしたが、最後まで読み進めた読後感は爽快なものであった、これは主人公が女性である、という事にも起因するのではないかと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこの著者の作品に初挑戦。
めちゃくちゃ面白かった。
正確に言うなら『太陽』がめちゃくちゃ面白かった!
語られる登場人物もころころ変わるし、時間軸もポンポン飛ぶし、急に驚きのSF設定がでてくるしで、もうものすごいお話なんだけど、それなのにしっちゃかめっちゃかにならずに落ち着いた淡々としたトーンで進む物語がなにこれ!って。大好き。
そして締めの一文、かっこよすぎる、しびれた。
『惑星』は、つまらなかったというか、自分には難しすぎました(笑
あ、オリンピックがらみの現実との乖離は作者の意図とは別の面白さなんだけど好き。
作中の「最終結論」と呼ばれる人物が2020年の視点から東京オリンピックを語るのだけど、これ、現実世界では2020年のオリンピックは延期になっているわけでさ。
この本の刊行当時2014年から言える確実な未来として描かれていたはずの2020TOKYOが架空の存在になっているのに、過去/現在/未来をすべて内包している「最終結論」は2020TOKYOを語っているというある種の滑稽さのようなものがあって、物語を超えた現実を感じてしまった。