上田岳弘のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
読書開始日:2022年2月10日
読書終了日:2022年2月16日
所感
著者はどの作品も描きたいことは一貫している気がする。
描きたい結末に対してアプローチは変えている。
人間の進化の行き着く先は、偶然性、一回性を排除した世界。全てが明かされた世界。
でもそこは無である。
それを防ぐために、上記とは反対のこれまでの世界を維持する存在を対極に起き、どうにか全知に至る無に陥らないようにしていた。
これは全て、天才ゆえに世界に交わらずオーバードーズを繰り返した立花茂樹の、COLD SLEEPに入った時の妄想だった。妄想でも立派に世界の延命措置を考え尽くしていた。
どうにも妄想の延命措置すら終わりになった時に選んだ方法、寂しさだけを与えた女型のリジェクトピープルと離島で静かに過ごした。
寂しさとその寂しさを共有することが、人間の最優先事項であり、円錐の先、知を知り尽くしたゴールなのか。
著者がこんな感動のラストを目指すかは疑問だが、性善説の自分はこのラストに落ち着く。
重厚で難解。でもなぜだか心地良いし、自分の世界に対する違和感を言語化してくれる。不思議な人だと思う上田岳弘さん。
オリンピックの開会式はその国の歴史を振り返る
他の天体の光を全部かき消して孤独に燃える太陽
他人に指針を与えるタイプの人間、いわゆる人望、その確固たる物差しで、周囲の者は自分のあやふやな精神を測られることを欲する
ひとかたまりとしてみられている感じ
自分だけは全ての物事と関係ない
たらればを言い出したらとゆな行為にも大義名分を貼り付けられる
なにか言い訳めいた東京大空襲
リトルボーイ、蒸発、太陽が2つになった
予言の成就に魅入られるタイプの人間
パラノイア
僕に興味があるというより、確かめるため
堰を切る
一回性、偶然性、そういうことを過剰に忌避したから、わたしたちはギムレッツに支配された。そしてギムレッツの重心である祖父は、一回性、偶然性に満ちた過去、ラヴェラーズに願いを託している?
双眸
意気軒昂
発展や進歩は終局と変わらない。求めていたものから逃げることになる。そのことをよく知らないといけない
生殺与奪
洗濯機によって、主婦の負担が増す。
無駄がどんどん省かれることによって、なにか意味のあることをしなければという強迫観念にやられる。携帯電話の出現もそう。どんどん無駄が剥ぎ取られる。
コミュニケーションに場所も時間も制約が無くなった今、重要なのは想い。相手に割く時間
人間は暇を嫌う、隙間埋めたがる。適当な文で、会話で、既読で。
傀儡
目を覗き込む
瀬戸際の感触に触れていそう
約30の嘘
俎上
寂寥
慰撫す
寂しさの感情=知的生命体らしさ=客観的に眺めたいいこーる
毛唐人
不自然であることが人間の発露
いや、ただ臆病なだけかな
無くて七癖
差異を作るための壁建設に精を出していたものたちほど、この廃止を受け入れた。これは恐怖心によるもの
ギムレット
全ての望みを叶えられたその後の絶望がある。円錐の先の座標が予定された未来。その一撃がジーニアスルル。レヴァラーズ
一回性というなの一回性
セックスイコール肉の海
一顧だにしない
知への欲を前にすれば人類の命など
失敗を前提とするらアジャイル式こそが効率的手段=肉の海
進みすぎた知は全てを無に返す。そうならないための世界最終戦争=永久に戦争を続ける方法論として推と等の破れ目を作り続けた。
他社の視点が自分の人格の一部に含まれていると考えるのは結構心地が良かった
天才は時の流れが遅く感じる。世間との視点が違う。合わそうとしても行動力がらないため、ずっと眠ることを夢見、オーバードーズを繰り返す。恭子は、どのまでも先のことを考えることを勧めた。立花茂樹の始まり?
お前らはただ盲いているだけ。先先まで想像し尽くしたことはあるか
私は私であるひつよくはないとじっかんできるけれど、それを突き詰めていった世界の行き止まりを私は経験してしまった -
Posted by ブクログ
ネタバレ原子人の私は遠くの未来までをかなりの制度で予見し、それを壁画として残した。戦争中のドイツでユダヤ人だった私は、収容所の独房でひとりめの私の予見した未来を生きながら餓死させられた。そして三人目である日本人の井上由祐は前二人が超えられなかった34歳の壁を越えて、35歳になっていた。そして彼は、私たちの思い描いた理想の恋人にとても近い人物に出会う。
純粋な少女、苛烈な女、そして堕ちた女となる、私たちの、理想の恋人。
10万年の夢想は、彼女に出会って、はじめて片思いになる。
やさしい文章で、三人の時間、そして三人共有の時間を行ったり来たりしながら進む物語は、その構成も面白い。
自分たちの(正確には一人目の)思い描いた理想の女性を好きになる、というのが人間らしい。まだ出会ってもいなくて、出会っても最初はその人と気づかず、話をしていくうち思い描いた女性と同じだ!!これは絶対に(とくに二人目の妄執にも近い、信仰にまで発展してそうな)恋人にしなくては!!という思考の流れが、正直引いてしまう笑その人本人よりも、設定から好きを引っ張り込んでくるなんて、、、それって恋っていうの?恋に恋しているのと同じじゃない?そこにお年頃の欲望も絡み合って猛烈なアプローチを向けるのが何だかなあ、なんて思った。
でもとても面白かったので、他の作品も読みたい。 -
Posted by ブクログ
読書開始日:2022年1月28日
読書終了日:2022年1月29日
所感
良くも悪くも限界、頂上が見えてしまうと極論に走る。
極論に走った行き止まりを見たが最後。
だがその最後を見れば、急き立てる怯えから解放される。
Eも早乙女も山上も、津波に立ち向かうことで解放された。
早乙女は、まだ行き止まりを見るには早いと思えたことこそがある意味での解放であった。
Sは本当の意味で悟りを開いていた。
EMJ早乙女山上集結の飲み会は良かった。
Eは会話がしたかった。
この怯えを共有しあえる仲間と。
意見なんか合わなくてよかった。
本当の会話ができればそれでよかった。
神は孤独、Eも有能故孤独、世界一すらも無意味で孤独わかってしまうところも孤独。だが目指すところはもうそこしかないという悲劇
つまるところ人間は偶然の奴隷。なぞるべきをなぞるだけの明るい諦念で繋がれた奴隷
リビドー=快感を満たすための原動力となる仮想エネルギー。または性欲の意
生命とは物質が羅漢した病
エスタブリッシュメント=支配階級者
敵愾心
一旦リセットだ。さて、俺は何をやる?
笏
濃縮した暴力
荒唐無稽
怯えて待ってはいけない。怯えるのは、本当に恐ろしいことが起きてからで間に合う
煎じ詰めたら最悪の場合、死ぬだけ、だけ
時間軸をとっぱらった世界はモンスターエンジンのコントをするだけの退屈な日々
つまるところ人間は偶然の奴隷
カタストロフィ=突然変異、大破壊
人間の生は悲劇でなく喜劇
ディストピア=暗黒世界
デファクト=事実上の
趨勢
この世の全てがフィクション。そのフィクションをとっぱらって何も拠り所ない世界を作る。その世界を作ることによって人間は真に寄り添い合う。そんな世界をEはつくるため、山上に礎になる様願う
メランコリック=憂鬱
神は孤独、Eも有能故孤独、世界一すらも無意味で孤独わかってしまうところも孤独。だが目指すところはもうそこしかないという悲劇
つまるところ人間は偶然の奴隷。なぞるべきをなぞるだけの明るい諦念で繋がれた奴隷
Eは神の友達が欲しかった。自分くらい全知全能な
次の処理へ、次の処理へ、
体の組成のほとんどが水、いわば海
Eは人間の現在地を見たかったそこでの津波
大再現がおきた。
山上の成仏 -
Posted by ブクログ
ネタバレ
久しぶりにこんな面白い小説に出会った……!と途中から心臓をバクバクさせながら読み進めて最後は泣いてしまったんだけれど、ここを覗いたら意外と賛否が分かれてて驚き……。
近年の物理の世界では時間というものは存在しないという説がそれなりに認められつつあるらしい。そう言われてみると、映画などの他のコンテンツでもいわゆるパラレルワールドなど時間の流れや空間を越境する話の流行を感じる。
この小説も10万年という時と3人の「私」を行ったり来たりする途方もなく大きなスケールの物語。でもシンプルな文章で展開されていくので非常に設定を飲み込みやすい。そしてストーリーテリングはもちろん、登場人物たちの思想、それがいわば一つの「哲学」然としていて読んでいて面白いし、「私の恋人」の複雑な人物像も理解しやすい。
何より、この物語はもちろんSF、一方で確実にラブストーリー。己の運命に翻弄されながらも「私の恋人」の為に3人目の「私」井上由祐はその運命を必死にすり合わせていく。そして最後は彼女が部屋のドアを叩く。号泣でしょ……。
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Posted by ブクログ
友だちから薦められたBLACK COFFEEの「Subconsciously」が良すぎて、妻と娘が寝静まったあと、これを聴き、ウイスキーを舐めながら、読書をするのが最近のマイブーム。
この小説もそんなふうに読んだ。
第160回芥川賞受賞作。
ストーリーは何だかよくわからないが、妙に物悲しい結末がいい。
しかし、ビットコインと採掘(マイニング)の仕組みがよくわかる。
ダメな飛行機の話もなかなかいい。
というか、この小説、もしかしたらすごく面白いのかもしれない…とあとからじんわりとこみ上げてくる。
不思議な読後感。
上田さんはIT企業役員と作家を兼業されている、とのこと。
そのためか、なかなか硬質な筆致で、ビジネスパーソン向け小説だと思った。
新たな価値創造を目指すなら、そこらへんの自己啓発書よりこの小説を読むことをおすすめする…かな? -
Posted by ブクログ
「私の恋人」というタイトルと前評判の良さでロマンティックな物語を期待しすぎていた。その結果、若干尻切れとんぼな印象を受けた。前評判がなかったら読後に受ける印象が変わっていたかもしれない。(評判云々で感受性が揺さぶれるのもどうかと思う。)
それでも、生まれ変わってもある人格の意識が引き継がれていくこと、その人格が思い続ける恋人の幻想、引き継がれた人格とは別に現世の人格もまた存在し、人格同士で葛藤が起こること、など設定が面白かった。この設定でこれからどう進んでいくかが知りたかったから尻切れとんぼだと思ったのかもしれない。
偶然にも、今日の新聞にスペインの洞窟にネアンデルタール人が残した壁画が見つかったという記事が載っていた。「彼ら」が本当にいて、今も同じ時代を生き、これからも生き続けているのかもしれない、と思ったら愛しいような、切ないような気持ちになった。 -
Posted by ブクログ
女性の書き手が綴る身体や性にまつわるエッセイ「私の身体を生きる」の、男性版。
女であり女であることに違和感なく生きてきた私にとっては、女性の書いたものの方が当然共感するところは多かったけれど、男性たちの綴る文章もとても興味深かった。
男女問わず、どんな属性の人だってそれぞれ尊重されるべきではあるけれど、同質である必要は全くないなと改めて思う。
女性と比べて、身体やジェンダー、性のことを直接的に書いている人がかなり少ない印象を受けた。
と同時に、男性が男性性を語ることの難しさとはこういうことかと納得させられる。社会において強い側とされる側が何をどう語るのか、語って良いのか、難しいのかもしれないけれど、もう少し踏み込んだ内容が読みたかったな、というのが正直な感想。
身体より社会、に意識が向いているように感じた。
その中でも田中慎弥さんの偏屈さが滲む文章がとても好きだった。好きだったとかも言われたくないのかなとか思っちゃう。なんだかいじらしい愛しさがある。
最後の最後で朝井リョウが‘やっている’。
両手を掴んでいたはずなのに、その手を掴んだまま大きく振り回されて、遠心力で吹っ飛ばされたような気持ちで本を閉じた。
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Posted by ブクログ
すごく面白かった。なぜ? なぜだろう。どこが? どこだろう。しかし、私の感想は変わりなく面白かった、と言い続ける。
不思議な読後感ではありながらも、確実に自分の中に何かへと変化して残り続けるような小説だった気がする。それは何によるものだろう。納得させられたから? 私に知識を与えてくれたから? それとも、愛する小説の形そのものだったから? 小説家である、様々な物語の創作者が、そこに存在した証明として確かにある小説。それは、言葉にすることで、私たちのような読者の手によっても、存在を確固たるものとさせられている。
小説が小説であるために、私たち読者が出来ることは、私たちがそれは小説であり、そこに存在していると皆が認めること。今書いている感想だってそうだし、色々な物語に触れている自分もその一部になれる。そんな私の存在を肯定されたような気分にさせられて、嬉しく思ったから本書が心に残ったのかも。もしそうだとするならば、チョロい読者でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレひたすらノルウェイの森の二番煎じ(あるいはおやすみプンプンの愛子)だと思いながら読んでいた。で、最後(これはこの作家の得意な領域だったのか)SF風に話が発展し、急に話が大きくなったかと思いきや、ふんわりと文学風に終わって、呆気にとられた。
偏見かもしれないが、世の中の男の人は基本的にめんどくさがりな生き物だと思う。ただ、ノルウェイの森の直子にしろ愛子にしろ本作の望未にしろ、ヒロインはめんどくさいに輪をかけてめんどくさい女。実は世の中の男はこういうめんどくさい女に振り回されるのが好きなのだろうか…?と不思議に思った。言い換えると、こういう自己中心性?を取り入れると、男を惹きつけられるのかな。そうした恋愛心理学的なことを考えさせられた。
ただ直子や愛子よりも望未(と望未サイド)は本当にめんどくさい女だと思う。忘れてほしいと、望未サイドと久島に幸せになってほしいと言うことで、自分を忘れないでほしいと思っている節があるように感じる。まあ誰しも恋した男に忘れてほしいと根っこから思う女はいないはずだし、まあ通るか。
そして、ラプンツェルのくだり、いる?レベルでふわっと終わったのが悲しいな。 -
Posted by ブクログ
◼️ 上田岳弘「太陽・惑星」
発想がジャンプが興味深いのと、既視感と。芥川賞作家のデビュー作。
えー、個人的密かな満足ですが、タイトルに星系が入った本3連投です。上田岳弘は「ニムロッド」で芥川賞。今回初読みはそのデビュー作らしい。
IQの高いドンゴ・ディオンムは自分の精子で作った新生児を売るビジネスを中央アフリカで行っていた。その"赤ちゃん工場"を国連の視察団が訪れる。日本の春日晴臣は性欲が強く、カレン・カーソンは地位と学識のある夫との生活が息苦しく離婚寸前、ケーシャブ・ズビン・カリは嗅覚が異常に鋭く、厳しい上司への報告書のことで憂鬱になっているトマス・フランクリンの一行。
アフリカからの帰路立ち寄ったパリで一行は通り魔の凶行に遭う。元アイドルの日本人娼婦・高橋塔子をさらって逃げた犯人を、ディオンムの血統上の息子、トニー・セイジが追うー。(太陽)
「太陽」は最終的に辿り着くものの発想が面白い。それぞれ事情のある登場人物を何人も描き、結集する。赤ちゃん工場も連綿と続く時間感覚を表しているようで巧みなギミックだと思う。また、ナマの性欲を俗っぽく描くことで人間らしさも漂う。
間に挟まれる科学や歴史、そこから派生する哲学的な叙述は、上記との対比こそ鮮明ではあるが、正直衒学的でくどくどしい。ただ、読み終わった後に太く筋が通ってそうなものを感じるのもまた確か。ふむ、純文学的っていうことだろう。
設定として、やがてPC、スマホといった中間的な媒体はなくなる、その先はー、という論は他の作品でも見た。自ずからそういう帰結になるんだなと。
まあ2つの作品で文芸のバリエーションに浸ったということで。「ニムロッド」もいずれ読んでみようかな。