済東鉄腸の作品一覧
「済東鉄腸」の「身体を記す」「生まれるのも生きていくのもめんどくさい! 超訳シオランの言葉」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「済東鉄腸」の「身体を記す」「生まれるのも生きていくのもめんどくさい! 超訳シオランの言葉」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
小説・文芸
ビジネス・実用
Posted by ブクログ
アントニオ猪木の「元気があれば何でもできる」は、真だと思っている。
なぜならば「元気がないからちょっとのことができない」がまた真だと知っているから(矛盾対等)。
ちょっとした事ができないという実感がある。
例えば、ちょっと仕事を早く切り上げられた日。夕飯のあとちょっと片付けしてゆっくり本読もう〜と思っていても、夕飯食べた後そのまま寝落ち、1時間後にようやくぼーっとしながら食器洗っていると、ほらいつもの就寝時間とほぼ同じとか。
例えば、明日は天気がいいらしいからちょっとだけ遠出して公園にお散歩行こうかな、美術館も行きたかったんだよなーと、計画考えながら寝た土曜日。憂うつな気持ちと若干のめまいとしっかり頭痛を抱えて起きた日曜日はもう半分終わってるとか。
そんなことはザラだ。
両親ともに身体が弱いためストレスがち、そんな親から生まれたわたしもアレルギー体質で頭痛持ち。学校の長期休暇にはいれば2-3日寝込むし、宿泊行事から帰宅後はストレスで泣きじゃくる、運動会の集合写真では1人だけ長袖、みたいな学校生活を過ごしてきた。
大人になっても寒い会議室に閉じ込められてはノンストップ鼻水(そうでなくても慢性鼻炎だからティッシュを入れるためのポケットがない服が着られない)、夏でもレッグウォーマーとカイロと上着とストールが欠かせないから常にカバンが重くて万年肩こり(ついでに緊急用のビニール袋も常時携帯。用途は…察してくれ)、日照時間が短いと鬱になるのに日差しが強いとめまいと頭痛で仕事にならない。
3ヶ月に一度は頭痛と肩こりこじらせて、吐きながら早上がりする(このためのビニール袋)。
上述の体を持ったうえで健康診断は異常なし、漢方薬剤師からは「100%の虚証ですね」のお墨付き、ならばつまりこれは虚弱だという自認をもって生きてきたけれど、絶対に終電を逃さない女さんの「虚弱に生きる」を読んだときは天を仰いだ。わたしなんかが「虚弱」でいいのだろうか。
終電さんがXで虚弱に上下はないと仰っているのは拝見していたが、それにしてもこんなに虚弱と向き合い虚弱を乗り越えようと努力するなんて考えたことも無かったので、本当に自分を恥じた。が、何もしなかった。元気じゃないから。
だからこそ今回の虚弱アンソロジーを読んですごくホッとした。虚弱にもいろんなタイプがあって、それぞれいろんな向き合い方をしているという発見があったからだ。まさに「みんな違ってみな虚弱」それでいいじゃないか。ちょっとした事ができないのもゆるせ。この身体でやっていくしかないんだから。
文筆家ではなくても、かろうじて会社員として働くタイプの虚弱もいることの証左としてここにちょっぴり記しておこうかとおもう。
Posted by ブクログ
シオランの言葉はどれも強烈で、とことんマイナスに振れ切っている。しかし、「前向きに生きよう」というメッセージがあふれる現代においては、これくらい極端な後ろ向きさの方が、かえって心に刺さりやすいのかもしれない。
翻訳を手掛けた済藤鉄腸さんの独特な訳のセンスがとても魅力的で個人的に好きだし、エッセイも楽しく読めた。
あえて「ダメでもいい」「うまく生きられなくてもいい」と思える考え方には深く共感する。自分自身は「生まれなければよかった」とまで思い詰めるほどではないからこそ、シオランの突き抜けたネガティブさに触れることで、「自分はそこまでじゃないな」とどこか勇気づけられる感覚もあった。
特に印象に残ったのは、以下のような言葉だ。
「諦めても頑張ってもどっちでも正しい」
「人生の意味より人生にどう耐えるかを考えろ。そしてどうやり過ごすか決めろ。」
無理に前を向かせるのではなく、「どう耐え、どうやり過ごすか」という視点を与えてくれることで、かえって心が軽くなる。生きづらさや疲れを感じたときに、そっと開き直る力をくれる良書。
Posted by ブクログ
この悩ましい、実に愉快な、あるがまま。
弱いまま強く生きる人びとのエッセイアンソロジー。
ご自身の虚弱をありのまま書くことで、そのひとそれぞれの健康観というものも、浮き上がる。
虚弱を知ることで健康が身に沁みる。
アンソロジーを読みながらわたし自身もふりかえって、わたしの生活や持病を再考する機会を得られている。
言いよどむような、明瞭に説明し難い虚弱は今の時代、より身近な話題となりつつある。
虚弱はコントロール不能な、横暴で、特定の原因がはっきりしない、肉体と魂からの時をこえた叫びだとわたしは思う。
上手く聞き取りたくても、叫び声が耳を障る。
この叫びは声だ。
声は、社会の中で生き抜くための摩擦の結果なのかもしれないし、自分自身の身体の仕組みの不具合さを健気にあらわしているのかもしれない。
誰もが大なり小なり健康に容易にはたどりつけないリアルを書いているし、ご自身の虚弱さにいかに向き合うかを押しつけがましくなく書かれている。
アンソロジーなので、虚弱の色彩もその向き合い方も、それについてわたしたちになにを訴えかけるのかも、人それぞれに豊かに文章として書かれていて、わたしは好感をもてた本。
『虚弱人生の振り返り、ならびに新たな幕開け』
渡辺 優
『脳みそグニャグニャ人生の半生』
トミヤマユキコ
『異常なし』
ヒオカ
これらのエッセイが特に共感した。
個人的には小中高の学校の先生におすすめの本。
虚弱もいろいろ、子どももいろいろ、成長もいろいろ。
道もいろいろ、だと思う。
社会もいろいろには現実まだなっていないからこそ、学校の中の多様性を視ることから虚弱について考え始められることがあるのではないか、とわたしはこっそり思う。
Posted by ブクログ
来春、甥っ子か姪っ子が生まれるというのに、反出生主義の雄であるシオランなんか読んでてどうする?と、思うのだけど、好きなのだからしょうがない。
好きといっても、盲信しているわけじゃなくて、「こいつ、おもしれーこと言うな!」という、好意的な興味からの思想家・シオランなのである。
反出生主義とは、「どれもこれも生まれたのが悪い」という、そもそも論。
はじめてその思想を目にしたとき、安堵で思わず笑ってしまった。
それ、言う〜?って。
生まれてから降りかかるすべての不幸は、生まれたことから起こるのである。
この本は、『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の作家になった話』という異世界転生モノみたいなタイトルのノンフィクションが話題になった済東鉄腸(さいとう・てっちょう)さんが、そのルーマニア語力を活かし、ルーマニアの思想家エミール・シオランの言葉をチョイスして編訳。独特の“鉄腸文体”で、【超訳】をつけくわえたシオランの入門書。
鉄腸さんによる解説エッセイも充実。
例えば、
【鉄腸超訳】
俺なんかがいる世界に意味はない!
【訳】
私が存在するという事実は世界に意味がないことを証明している。
のような具合。そのあと解説エッセイが続く。
正直、超訳より難解だと言われる訳のほうがわたしとしてはグッとくるのだが、そこは好みだろう。
いちいちかっこいいシオランの言葉。
エンターティナーだなと思う。
ちょっとアニメの悪役のセリフみたいだな、とも思ったけど、シオランがアニメに影響を与えたのだろうね。
他にも好きなものを少し。
【鉄腸超訳】
無意味に生きられないのが人間。俺は生きてるけどね!
【訳】
人間は動機なしでは生きていけない。
私はもうそんなものを持ってないが、生きている。
【鉄腸超訳】
生まれるスペック聞いてなかったから、俺には一切責任なし!
【訳】
責任という問題は、私たちが生まれる前に相談を受け、どんな人間になるかに同意していた場合のみ意味をなす。
【鉄腸超訳】
自分が生まれてなかったらって考えてみる。ただそれだけでなんか幸せ!
【訳】
生まれてこなかったと考えてみよ。
何という幸せ、何という自由、何と大いなる余裕に恵まれることだろう!
【鉄腸超訳】
復讐したい!でも誰に!?って思いながら起きるのが俺の朝活
【訳】
復讐心とともに目覚める。
だが、誰に復讐すればいいのか分からない。
【鉄腸超訳】
生きる事になれるためのコツは?
シャツ着替えるみたいに絶望もとっかえていくこと。
【訳】
人生に適応する秘訣は?
絶望をシャツのように変えたこと。
【鉄腸超訳】
地獄の底ではほんの小さな出来事だって全部奇跡!
【訳】
私たちは皆地獄の底にいて、
そこではあらゆる瞬間が奇跡だ。
なんか、元気出てきません?
暗すぎ、ネガティブ、と言われがちなシオランだけど、私はぜんぜんそうは感じないなあ。
もしかしたら、ネガティブが体臭のように身体にこびりついていて、鼻が効かない状態なのかもしれないけれど!
シオランの言葉は落伍者のためのセーフティーネットだと思う。
届くべき人に届けばいい。
ちなみに、生まれてこなければよかった、という思想が好きという面と、あなた(甥っ子や姪っ子)が生まれてきてくれてよかった、という思いは、相反するけれど共存できると思う。
弟には心からおめでとうといいたい。