ジャレド・ダイアモンドのレビュー一覧
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様々な分野のプロたちが綴る、問題解決をテーマにしたインタビュー本。面白いなと思ったのは、ヤン・チップチェイスの話で、あるルワンダの女性が電気が通ってからというもの自分の家にはアイロンがあるということを魅せつけるために、外出の頻度が高くなったというもの。表面的に見栄えのするものを消費者は買い、自分の社会的地位を高めているのだ。企業側は消費者の内面を知り、純粋な動機や欲に焦点を当てて商品を生み出すべきだ、と彼は語る。政治や流通など、様々なものはトップダウン方式で一般人に還元されるので、我々が”バカ”であればあるほどトップ側は得をするという現状を改めて知り、純粋に怖いと思った。
また、アニタ・エルバースの話では、スターバックスがコーヒー1杯に4ドル払うことを普通だと感じるよう消費者を訓練した一方、音源1つに彼らは1ドルかけることに抵抗を感じていることを例に取り、顧客が「もう少し安くあるべき」と感じる産業は、その産業自体が危機にあると見なければならないとしている。スターバックスが消費者を訓練したという表現が新鮮である一方、的を得ていると感じた。1企業が消費者の価値観を変えうるという非常に興味深い事実である。
全体を通して、インタビュアーの質問は的確で、彼ら(?)の知性をのぞかせている。おそらく、この原版は韓国のものであり、日本とズレた質問や例が散見された。ウォンを日本円に換算するぐらいはしてもいいのでは?と思った。 -
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「銃・病原菌・鉄」で著名な生物学者が、研究のために定期的に訪れるニューギニアでの生活をもとに、伝統的社会と工業化社会との広範囲かつ詳細な比較を通して、現代社会が抱える課題と解決策を提示した大作。
著者は、我々が常識として受け容れている文化や生活様式が、実は人類の長い歴史からすれば「つい最近」作られたものであり、 人類が圧倒的に長い時間を過ごしてきた「昨日までの世界」における人間関係、紛争解決、リスク回避、宗教、子育て、高齢者対策の中に、「今日の世界」が物質的豊かさと引き換えに抱えた新たな社会問題を解決するためのヒントがあると主張する。
ともすれば産業化が遅れた「未開の地」として片付けられがちな伝統的社会に光を当てつつ、それらを手放しで賞賛するような単なる懐古主義に終わらない点は、著者の非常に幅広く学際的な研究領域によるところが大きいと思われる。やや冗長な表現も多いが、時空を超えて視野を広げることができるスケールの大きな作品。 -
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「銃・病原菌・鉄」で著名な生物学者が、研究のために定期的に訪れるニューギニアでの生活をもとに、伝統的社会と工業化社会との広範囲かつ詳細な比較を通して、現代社会が抱える課題と解決策を提示した大作。
著者は、我々が常識として受け容れている文化や生活様式が、実は人類の長い歴史からすれば「つい最近」作られたものであり、 人類が圧倒的に長い時間を過ごしてきた「昨日までの世界」における人間関係、紛争解決、リスク回避、宗教、子育て、高齢者対策の中に、「今日の世界」が物質的豊かさと引き換えに抱えた新たな社会問題を解決するためのヒントがあると主張する。
ともすれば産業化が遅れた「未開の地」として片付けられがちな伝統的社会に光を当てつつ、それらを手放しで賞賛するような単なる懐古主義に終わらない点は、著者の非常に幅広く学際的な研究領域によるところが大きいと思われる。やや冗長な表現も多いが、時空を超えて視野を広げることができるスケールの大きな作品。 -
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ネタバレ下巻。
「危機とそれに対する反応」として、伝統的社会における「建設的なパラノイア」という態度が説明される。他部族との遭遇や怪我、病気などによる命の危険が多い社会では用心深い態度が求められ、現代社会の観点からするとパラノイア的にも見えるが、確率の低い出来事も数多く繰り返されると危険であることを教示している。たとえば交通事故など。
・狩猟や採集など、食物の獲得が不安定な社会では誰かがとったものは全て集団全体に分配する。これによって収穫の不安定さをならすことができる
・われわれは「危険」をマスメディアを通して知るため、めったにおこらないような事故を過大評価する。上巻の「建設的なパラノイア」の観点から言えば、飛行機事故よりも交通事故の方を重視して生活すべき
・糖尿病や高血圧など、非感染性疾患による死亡が現代社会では多い。カロリーや塩分を容易に摂取できる食生活の影響。
・宗教の役割は
説明することー科学にとってかわられた
不安を軽減することー国家にとってかわられた
死への恐怖(死後の世界を約束する)
規範・道徳を与える
戦争の正当化(異教徒は殺してもよいという理由付け)
に用いられてきたが、死への恐怖以外の点ではかつてほどの重要さはない。 -
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ネタバレ著者のフィールドであるニューギニアの暮らしはいわゆる「未開」の社会(伝統的社会)ではあるが、我々が暮らす現代社会は10万年近い人類史から見るとほんの一瞬に過ぎない。農耕が始まる1万1000年前までは狩猟採取の生活であったし、国家の成立もたかだか5400年前。必ずしも伝統的社会はよいことばかりではないが、と断りつつも全体に伝統的社会に対するノスタルジアを感じさせる内容。
・西洋社会は個人主義であり、他人との競争が中心になっている。伝統的社会は個よりも集団としての振る舞いが重要になる。個人がおこした不祥事の後始末もコミュニティ全体でけりをつけるし、その際はこれまでのコミュニティ同士の貸し借りの精算も行なわれる。
・食料などが十分にはない社会では高齢者の口減らしが行なわれることも多い。口伝に頼らなくとも知識が伝えられるようになった現代社会でも「老人の知恵」はさほど必要とされてはいないが孫を育てる手伝いなどをする。
・子育てなどは親以外の人々(アロペアレント)が介入し、子育ての責任は社会全般で共有される。
体罰はしない社会とする社会とがある。一般的に、狩猟民族は子供に対する体罰を行わないが、牧畜民族などでは行なわれる。これは家畜のように希少な共有在を持つ社会では子供の間違った行動によって大きな損失を招く可能性があるからなのだろう。
授乳期は長く、両親と行動を共にすることも多く、アロペアレントによって多くの社会モデルを目にし、スキンシップも多い。こうしたことがよりよい人間に育つ原因である、とややノスタルジックな見方がされる
復讐心や戦争は人類のDNAに刻み込まれているのだろう -
Posted by ブクログ
上下巻まとめて。
主にニューギニアにみる、現代に残る「昨日までの世界」と、西欧的な現代の社会をどうすり合わせようか、ということか。
昨日までの世界にある危険と、現代の社会にある危険はさっぱり一致しない。だが昨日までの世界に見られる建設的なパラノイアは、人が人たるためのものであったのではないか、と強く思う。
短い時間で一気に昨日までの世界から現代の社会に放り出されると、人は大変な変貌を遂げてしまう。
上巻の印象は、濃密な関係のある世界と、これっきり会うことがないであろう人々の利害でできた世界の対比。下巻は宗教や言語、食事などに期待された役割とその変貌。他にも多くのトピックがあるのだが、似た話の繰り返し、という気もしなくもない。
やはり隣人とは争うものなのだなあ、などと、きっとテーマとは異なる印象を強くした。