小林エリカのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
詩のような文体。
そのリズムは少女っぽい。
時間が流れ子供から少女へ成長するにつれ、世の中は戦争に染まってゆく。
軽やかに感じた単調なリズムが軍歌のように感じてくる。
表現の手段として小説という形を選んだ現代アート(インスタレーション)という感じ。
文字の視覚的効果、頭の中で音読する音の効果、文章から生み出される奥行きや広がり、全てが重なって内容が映像となって現れる。
私の目の前にも炎があり、死体があるように感じた。
作品の「わたし」は私でもある、と思わせる書き方。
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後半が良かった。
偶々戦争中に学生だっただけで、少女たちは憧れの制服を着られず、学校にも行けず、スカートの代わりにもんぺを着、学校の代わりに工場へ行く。
あまりに不憫で、読んでいて苦しくなった。
当たり前の日常が壊されていく様を坦々と綴るこういう戦争の話は読んだことがなかった。
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どうしても国と国で戦いたいなら、国のトップ同士1対1で戦えばいい。命を賭けたいなら決闘すればいい。
もしくは閣僚全員とか政治家全員同士で、剣道の団体戦とかサッカーのPKみたいにして勝負すればいい。
国民を巻き込む必要なんてないし、国民の日常を奪う必要なんてない。
そもそも私には武器で人を殺す意味が理解できない。じゃんけん勝負でいい。
当時の政治家や軍人やマスコミに腹が立って仕方なかった。
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p313
わたしは、わたしの目の前で、ふたたび何もかもがもとどおりに引き戻されてゆく様を、眺める、
けれど、わたしの青春は、もう戻らない。
わたしは、かつてわたしたちの天皇陛下のためと謳った大人たちが、アメリカのためと謳うのを、見る。
わたしは、かつてわたしたちを戦争に引きずり込んだ大人たちが、平和や夢を語るのを、見る。
わたしは、大人たちの裏切りを、大人たちの掌返しを、大人たちの欺瞞を、見る。
けれど、わたし自身も、もう、大人なのだった。 -
Posted by ブクログ
知らないことばかりだった。いろいろ調べながら(と言ってもネットでだが)読み進めていった。
とてもリズムのある文体なのに、止まり止まり読んだ。でも少女たちの声がずっと聞こえてくるような語り口だった。
寺尾紗穂さんとの音楽朗読劇に行こうと思えば行けたのに行かなかったこと後悔する。絶対良かったと思う。
その後悔もあって、明治大学の登戸の資料館の先生のガイド付き見学会に行こう!と思ったが、2ヶ月先までいっぱいだった…
読んで知るだけではなく、実際に体を動かそうと思える、力のある小説だった。
地道に資料を探して読んで、証言者を探して会って、時間と労力が使われた結果の作品が、重苦しい形式、文体ではなく、このような詩のような、演劇のような、少女たちが主役であるのに相応しい文章で綴られているのが良かった。 -
Posted by ブクログ
最初はその独特な文体に戸惑った。
「わたしは、小学校に入学する。はやく一年生になりたかった。あるいは、本当はまだ一年生になんてなりたくない。」の様な表現が続くのだが、この「わたし」は、特定の一人ではなく、その当時雙葉や跡見、麹町の女子校(小学校から高等まで)に通った女の子たちの事を並列に描いたものと次第に理解する。
また「わたしは、わたしたちの天皇陛下のために、わたしたちの兵隊のために、わたしたちの国のために、わたしたちのために、わたしの身体を、わたしの心を、鍛える」の様に「わたしたちの」が天皇以下占領地、政治家、軍人、兵隊まで、国のものに対して必ず付いてくる。始め戦況が良かった頃は、自国を誇らしく思う感じが伝わってくるものが、次第にそれが悪化して来ると自分達を苦境に陥れている元凶と捉え糾弾する姿勢に変化している様に感じて、心に刺さる。
小学校入学前後の微笑ましい女の子ならではの生活に、次第に戦争の影が近づき、少女達の憧れであった宝塚の劇場はいつしか風船爆弾という兵器工場となり、彼女たちは「手先の柔らかい若い女学生が和紙の貼り合わせに適している、ということで」選ばれ、それが殺人兵器である事も教えられず、また一切口外しないよう命じられて、寒い中冷たいコンニャク糊を感覚も無くした手指で貼り合わせて作らされる。
これに従事させられた当時の少女たちの数多くの証言を丹念に拾い上げて先述した独特な表現スタイルで綴った本書は、まるで彼女達の一生を追った良質なドキュメンタリーを観た様な、静謐な読後感であった。
風船爆弾なるものの存在すら知らなかっが、改めて戦争というものは、市井の人々の平和で幸福な暮らしを蹂躙するものだと痛感させられる。