ディック・フランシスのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ディック・フランシス競馬シリーズ第40作目(全44作)。
最愛の奥様を亡くしてから6年間の沈黙の後、86歳のフランシスが自身の「再起」の舞台で主人公に選んだのは、4度目でこれが最後のシッド・ハレー。
障害競馬の元全英チャンピオン騎手という自分と同じ肩書きを持つハレーには、並々ならぬ思い入れがあったのだろう。3作品以上に主人公として登場するのはハレーのみである。
本作のあらすじは以下の通り。
敏腕調査員のハレーは競馬の八百長疑惑を調べていたが、八百長への関与を疑われた騎手が死体となって発見され、その殺人容疑で逮捕された調教師も釈放の後不可解な死を遂げてしまう。真相究明に奔走するハレーだが、謎の刺客が恋人マリーナを襲う!
読み進める中で感じたのは、ハレーがまるくなったなぁということ。いや、筆者フランシス自身が歳とともにまるくなったのだろうか。
ハレーが主人公なのに、と言っては失礼だが、非常に温かみのある作品に仕上がっている。前3作の雰囲気が「陰」だとしたら本作は間違いなく「陽」といえるだろう。
訳者の菊池光さんが亡くなって北野寿美枝さんに変わった影響かと考えてみたが、簡潔でクールな文体は本作においても変わりない。
ハレーといえば孤高のイメージがあったのだが、今作では彼と身近な人たちとの絆の深さに焦点が当たっていることから、受ける印象が全然違うのである。寡黙だったハレーの口数も心なしか増えたような気がする。
このハレーの変化を残念がるファンも多いようだが、私は嬉しく感じた。
仲間との絆が描写されている中で、私が一番好きなのは以下のシーン。
前3作でもおなじみの通り悪党たちはあの手この手でハレーを痛めつけてきたが、どんな残忍な方法を用いても調査を阻止することはできず、むしろハレーの決意を固める結果となったため、今ではわざわざハレー自身を痛めつけようという輩はいなくなった。つまり、ハレーはどんな暴力を受けても屈しない姿勢を貫くことで、暴力から身を守っているのである。
しかし本作では卑劣にも恋人マリーナが傷つけられ、元義父チャールズも標的にされる可能性がある。自分の調査のせいで大切な人たちを危険な目に遭わせるわけにはいかないと、一旦は手を引こうと考えるハレー。しかし、刃物で顔を切りつけられた傷跡痛々しいマリーナとチャールズはこう言うのである。
「ねえ、私も同じ方法で身を守りたがると、どうして考えてくれないの?私にも、あなたと同じ評判をちょうだい」「わたしにもだ」
こうして、二人に温かく背中を押されたハレーは調査続行を決心する。この時「悪党どもよ、くそくらえ!」と赤ワインで乾杯する三人がたまらなくかっこいいのだ。
シッド・ハレー4部作は回を重ねるごとに調査員としてのハレーに貫禄が出てきており、たどたどしさのあった1作目「大穴」などに比べるとハラハラ感は少し薄いかもしれない。人間としても貫禄が出ており、左手もろとも騎手生命を失ったショックで生ける屍となっていた頃の面影はもはやどこにもなく、ハレーの心の成長を見てとることができる。
そんなハレーとは対照的に、本作の黒幕は内面的に超小物でひどく滑稽であった。
本作はシッド・ハレー最後の登場ということで、すべてが大団円に終わって本当に良かった。なんといってもハレー再婚おめでとう!
マリーナの存在によって、元妻ジェニイがハレーに対してずっと抱いていた見捨てたことへの後ろめたさがやっと消え、ハレーとジェニイとのわだかまりは完全に解けた。これまで会う度に傷つけ合ってきた二人が、長い時を経てやっとお互いの幸せを心から願えるようになったのだ。婚約者マリーナと元妻ジェニイの仲睦まじさが印象的である。
読み終えてみて、本作は円熟したシングルモルトのようだと思った。無性に、あの琥珀色の芳醇な液体を飲みたくなってしまった。
フランシスの競馬シリーズを読む際は、初期の作品であれば若いシングルモルトを、後期の作品であれば年代もののシングルモルトをお供にしてみると、さらに味わい深くなるのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
ディック・フランシス競馬シリーズ34作目(全44作)の主人公は、唯一3度目登場のシッド・ハレー。
馬の脚が切断される残忍な事件が相次ぎ、容疑者として浮かび上がったのは、なんと騎手時代の好敵手で親友でもあるエリス・クイントだった…。
冒頭というかカバー背表紙で既に読者には犯人が判明しているのだが、それでも事件発生から真相に迫るまでの過程が面白く、全然飽きない。
今作でもやはりハレーはどん底に突き落とされるのだが、これまでの作品とはまた異なる地獄である。
犯人に気付いたハレーは苦悩と葛藤の末エリスを告発するのだが、エリスは今や国民的タレントであるので、逆に世間から執拗になじられるのだった。親しかった知人までもがエリスの擁護に回り、気付けば味方は義父チャールズのみ。
最低週一回は新聞で誹謗中傷されるのだが、この連日のハレーいじめが本当にひどい。
貧しかった両親のこと、スラム生まれであること、義手である左手のこと、ジェニイとの離婚、その他諸々悪意のままにあることないこと書き立てられ、挙句には、かつて自分がいた国民的スターの地位を得たエリスに嫉妬し破滅させようとしている小男だと罵られるのである。
ある意味、肉体的な攻撃より耐え難いかもしれない。
シッド・ハレーシリーズを読んでいて印象的なのは、「恐れ知らずで強情不屈のタングステン」だと思われている寡黙な男の弱さを作中人物たちは知らないが、読者だけは著者フランシスの筆を通してはっきりと知っている点である。
それゆえ、読者はハレーと秘密を共有しているような錯覚を覚え、ますます彼に惹かれてゆくのだろうと思う。
そうして、かつてレースでの真剣勝負を通して骨の髄まで理解し合った二人の哀しい対決の行方は、意外な結末へ向かう。
ネタバレになるので内容は控えるが、終盤二人が相対する場面では心が震えた。
一つ面白かったのが、ハレー自身は登場作「大穴」から数年しか経ていない設定だが、1965年発表の「大穴」ではタイプライターや電話交換手が出てくるのに対して1995年発表の本作では携帯電話・インターネットやDNA鑑定を用いて捜査を進めている点である。時代はドアの錠破りからハッキングへ。
当時75歳だったフランシスの最新技術探究心と若々しい筆致には、ただ驚嘆するばかりだ。
また、作中で世界有数の競馬場やレースと並んで"府中" "ジャパンカップ"の名が出てきて嬉しくなった。
日本の競馬がまだまだ弱かった「大穴」の頃では考えられなかったことだろう。
個人的には、陽気な相棒チコが出てこなかったのが寂しいが、元妻ジェニイとの確執がやっとなくなり、ほろ苦さは残るもののお互い素直になれて良かった。この辺りの微妙な感情を、フランシスは直接的にではなく間接的に描写するのが本当に巧いと思う。
ということで、本作も素晴らしい読書体験であった。 -
Posted by ブクログ
今作の主人公は、ディック・フランシス競馬シリーズの中では珍しく2回目登場のシッド・ハレー。
前作で生ける屍だった彼は絶望の中から自分を取り戻し、今作ではフリーの敏腕調査員となっている。とはいえ、やはり輝かしい騎手時代への未練は捨てきれないようだ。
次々とレース生命を絶たれていく競走馬&競走馬のシンジケートに関する不正を追う中で、凶暴な悪党から壮絶な脅迫を受けるハレー。本作はそんなハレーの恐怖を軸にストーリーが展開していく。
なぜタイトルが「利腕」なのかを理解できた時、ページを読み進める手が進まなくなるほど恐ろしかった。
なんと、本作では不屈のヒーロー・ハレーが恐怖におののき悪党から一度は尻尾を巻いて逃亡してしまうのだ。
屈辱、自己憐憫、罪悪感、精神的基盤の崩壊…。前作よりも深い奈落の底からいかにしてハレーが這い上がってくるのかが、本作の見どころである。
「自分が永遠に対応できない、耐えられないこと…ようやく、鮮明、確実に理解できた…それは自己蔑視である。」
この決意とともにハレーが完全復活する瞬間は、まさに鳥肌もの。
他の登場人物も細やかに描写されており、陽気で頼りになる相棒チコがいい味を出しているのは勿論、これまでハレーに辛く当たってきた元妻ジェニイの知られざる本音や、ジェニイの父チャールズとの変わらない友情など実に味わい深い。
ちなみに、結末はあのジェフリー・ディーヴァーも真っ青のどんでん返し!!
この発想はなかった。改めてフランシスの技量に脱帽。ラスト1ページまで気を抜けず、手に汗握る素晴らしい作品であった。 -
Posted by ブクログ
私が初めてディック・フランシスの作品に触れた記念すべき一冊。
冒頭、腹を撃たれている主人公が目を覚ます場面からぐいぐい話に引き込まれ、寝る間も惜しんで最後まで貪り読んだ。
とにかく、主人公シッド・ハレーの内面の描写が秀逸なのである。
ストイックな不屈のヒーローではあるのだが、後ろ向きな感情の生々しい描写によって生身の人間以上の人間臭さを与えられている。
例えば、
競馬レース中の事故で失った左手の機能とチャンピオン騎手人生に対する執着や、人生への絶望・無気力。五体満足でない自分自身に対する恥辱の念。執拗に自分へ危害を加えようとする黒幕への恐怖…など。
周囲の人々との関わりの中で少しずつ魂の苦しみから解放され、深淵から這い上がり敵に立ち向かっていくハレーの姿に胸が熱くなった。
著者ディック・フランシス自身がハレーと同じく元障害競馬のチャンピオン騎手だったのだが、元々ミステリー作家が本業だったのではと思うほどの巧みな筆致とプロットに驚かされる。
後に米英の2大ミステリー賞を獲得することになる才能の片鱗をこの作品でも存分に味わえるので、競馬シリーズと聞いて敬遠している人にもぜひおすすめしたい。 -
Posted by ブクログ
ディック・フランシスのエンタテインメント「競馬ミステリ・シリーズ」
後期の充実した一作といえるでしょう。
今回の主人公は、英国ジョッキー・クラブの保安員トー・ケルジイ。
まだ29歳のイギリス人だが、18で財産を継いだと同時に天涯孤独となった大金持ちで、世界中を放浪し、馬に関係のある仕事を転々としてきた後に、スカウトされた。
競馬界を管理する権威ある組織に属する諜報部員のような存在。
もともとあまり目立たない外見で、少し変装するだけでまったく人に気づかれない特技を持つ。
イギリスで大きな不正を行ったと思われる危険人物フィルマーが、裁判では無罪となった。
フィルマーがカナダの競馬界に食い込もうとしている様子で、企画旅行「大陸横断ミステリ競馬列車」に参加するとわかり、同じ列車に潜入することに。
豪華列車で馬主と競馬ファンがカナダを横断して、大きな競馬に参加しながら旅行を楽しむという企画なのだ。
雄大なカナダの風景が綺麗そうで、見てみたくなります。
この旅行はミステリ・ツアーでもあって、俳優が乗客に混じって乗り込み、みんなの前で事件を演じてみせるという催しも。
当初は馬主に混じっても違和感のない育ちのよさを見込まれたケルジイ。俳優の一員という触れ込みで、実際にはウェイターとして乗車することに。
慣れない仕事を手伝いつつ、仲間と打ち解け、運命の女性らしい相手ネルとも知り合う。
デートには誘えないけど、旅行中の業務の中で、少しずつ惹かれあっていくのを確かめるのが微笑ましい。
カナダでは有数の富豪一家ロリモア家も特別車両にいたが、何か問題を抱えている様子。
あちこちで手を貸しつつ、列車に仕掛けられる陰謀に立ち向かうケルジイ。
1988年の作品なので、携帯も今のようなネットもなし。
秘密の電話連絡を仲介する大事な役目に、保安部長の寝たきりの母親ミセス・ボードレアが登場。
若々しい声としっかりした存在感で、ケルジイとひととき心通わせます。
背景にある事件は深刻だけど、目の前にあるのは主にお金持ちが楽しむ旅行のシーンなので、比較的軽い読み心地。
いつもの一人称が生かされていて、誰にも気づかれないケルジイが平静そうでいて何をどう見ているか、面白い内容になっています。
イギリスの有名な競馬騎手だったディック・フランシスが引退後に作家となり、競馬界についての知識や騎手としての実感を交えた描写もさることながら、元騎手とは思えないほどの文才とセンスで魅了する作品群。
長編はすべて男性主人公の一人称で語られ、年齢や境遇はさまざま。
何らかの特別な経験や才能があるが謙虚で、観察力と思いやりがあり、意志強く事件に立ち向かう人間像は共通しています。
女性がそれぞれ存在感があり、ファッションも個性的なのも特徴。
フランシスの奥さんが執筆協力し清書しているので、奥さんの見る目も生かされているのでしょう。性格も男性主人公より変化に富んでいるし、実際にいそうで好感の持てるヒロインが多いですね。 -
Posted by ブクログ
個人的には文句無し!
今の日本のミステリーは、8割型が女性の登場人物に「美しい」と描写して、何の変哲もない男性主人公とくっつき、肝心の謎もイマイチだったりして「何か薄っぺらい設定だな〜」って事が多いと感じてるのですが・・・この人の本は、人物の所作や言葉遣い、考えている事などから「素敵な女性なんだろうな」「カッコいい男の人なんだろうな」と想像できるのもすごいなと思った。菊池さんの翻訳の手柄(?)
もちろんミステリーとしても面白い。因みに、これはトリックが奇想天外で度肝を抜かれる系のマユツバ小説ではないよ。ハードボイルド的な行動を起こして謎を解いて行くものなので、ハラハラドキドキを堪能して下さい。 -
Posted by ブクログ
フランシスの小説はすべて好きだけど、その中でも、この時期の作品とがもっともすばらしいと思う(初期の作品も傑作が多いが)。多少スランプ気味だったフランシスが「利腕」で再起を果たし、新たなテーマを明確にして書いている頃だ。
新たなテーマとは、「内なる敵」である。「利腕」や「証拠」において、それは「恐怖」だった。本当の敵は他人ではなく、与えられた恐怖に負けそうになる自分自身なのだ。犯人を見つける、という狭い意味での推理小説の枠組みを超えて、むしろ冒険小説的な展開を見せているのは確かだが、小説としての味わいは、主人公が自らの「内なる敵」を打ち負かすところにあると思う。
本作は、前作「侵入」の続編にあたる。これはフランシスにおいてはとても珍しいことで、複数の小説に登場する主人公は、外には1人しかいない(フランシス小説の代名詞ともいえるシッド・ハレーである)。連作として描かれたのには訳がある。主人公やその人間関係が「なじみのもの」であることが、この小説の「敵」を描き出すためには必要だからだ。
この小説における「内なる敵」は「恋」である。優秀な騎手であり、闘志あふれる戦士である主人公も、自らの心の中にある「恋」、嫉妬や弱さに勝つことが出来ない。ふらふらしているし、苦しんでいる。それが読んでいてとてもリアルに迫ってくる。恋をする男は、それだけでハンディを背負っているのだ。
前作で感動的なハッピーエンドを迎えた恋だからこそ、続編のスタートにびっくりする。つらくなる。だから、主人公の「戦い」が胸に迫ってくるのである。その戦い方が、別の小説で、たとえば「恐怖」や「苦痛」と戦う別の主人公とそっくりであるのも興味深い。「何事もないかのようにやせ我慢をする」という方法である。そんなことも、今回の「敵」の場合には、かえって厳しくなるようだ。
結局、ある意味で主人公はこの「敵」に対しては、負けて、そして勝つのだけど、ラスト少し前の「敵」との対決は、胸にじんと迫る名シーンだと思う。
あ、もちろん、人間の敵も存在するし、彼との戦いが表面的には小説のストーリィ。自分にとって大切な人や物を守ろうと戦う主人公の姿も、ナミの小説以上にステキである。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ長年にわたり、ともにヒット作を生み出すパートナーであった最愛の妻メアリーさんの死後、5、6年の沈黙を破って、2006年に復活したディック・フランシスの、復活後、3作目。
主人公は、弁護士であり、かつアマチュア騎手。
仕事に誇りを持ち、なおかつレースに出ることを心から愛している。
「これぞ、ディック・フランシスだ」とうれしくなりながら読んだ。
そして、主人公は7年前に妻と死別しており、ともに過ごしたころを回顧するシーンもある。
レースへの思いを綴るところも、妻との思い出を綴るところも、ディック・フランシス自身の言葉なのではないかと思うくらい、自然で、そして切実であった。
小説のプロットもよくできていて、シリーズのなかでも上位に入る出来栄えだったと思う。
ただ、最後に主人公が悪い奴を殺害するところだけはちょっと引っかかった。なんとなく、ディック・フランシスらしくない終わり方だったような。。
あー、それにしても、これであと読んでいないフランシス作品は、のこり2つだ。
読み終わってしまうときのことを考えると、なんだか寂しいなあ。 -
Posted by ブクログ
フランシスの数ある傑作の中でも、個人的にはもっとも好きな作品のひとつ。もしかしたらベスト1かもしれない。
もちろんミステリなのだけど、それ以上に強く感じるのは、若者が戦い、挫折し、困難を乗り越え、そして栄光をつかむ物語としての魅力である。最初から最後まで、僕は主人公を応援しながら読んでいた。口の悪い人なら、ちょっとひねったサクセスストーリィに過ぎないと言うかもしれないけど、それでいいのだ。
恋愛の話や、主人公の置かれた境遇の話も、僕にはすとんと胸に落ちて興味深かった。そしてそれが単なる彩りの話ではなく、犯人と主人公の皮肉な共通点につながっていくあたりのプロットも心憎い。
思いの外早めに犯人も動機もわかるような物語だし、一点大きな疑問点が残ってしまう部分もあるので、ミステリとしては大傑作とは言えないかもしれない。でも、少なくともフーダットにしろホワィダットにしろ、十分に意外性があるし、最後の対決シーンを作るためにもあのタイミングで敵を明確にする必要があるのだろうと思う。少なくとも、ミステリとして水準以下とは思わない。
騎手の生活とそこに生きる者の誇りを生き生きと描き出しているという点において、こういう小説がかけるのはフランシスしかいないと思うし、実に魅力的な小説だと僕は思う。大好きな小説だ。 -
Posted by ブクログ
名作ばかりを続けて読むのは案外疲れるものだ。疲れるほどに、引き込まれてしまう傑作のひとつである。
フランシスの作品の特徴のひとつは、主人公の持つ極めて硬い意志にある。この作品の主人公が時に率直に語る「曲げられないもの」は、なんというか、まぶしすぎる感じがする。
それでありながら、敵を打ち負かす為にその自尊心が傷つけられることを耐え忍ぶ。そうして得たものを、誰かを守る為に投げ捨てる。精神的にも肉体的にも堪え難いことに耐えてきたくせに、「私は記憶力が弱くて」なんてしゃあしゃあと言う。命がけで依頼を果たして報酬を返し、「では、なぜ引き受けたんだ」と訊かれて「スリルのためですよ」と答える。嫌味すれすれのかっこよさである。
物語は典型的な追跡物で、まさに猟犬のように追いかけていく主人公を見守るばかり。途中に起きる大事件が印象的で、そこで雰囲気がガラリと変わるあたりが読み応えがあるところだと思う。
シッド・ハレーではなく、本作の主人公が再登場していたらどんな物語になっていたのだろう。果たせないことだけど、ぜひ読んでみたかった。 -
Posted by ブクログ
文庫が出たので、再読。
読むものに困ったときにはディック・フランシス!
ニューマーケットで、レストランのオーナーシェフをしているマックス・モアトン。
伝統あるレースの前夜祭で料理を担当するが、腹痛に苦しむ。
客が何人も食中毒に倒れていたとわかり、料理に問題があったと疑われ、レストラン閉鎖の危機に。
ところが、レース当日、賓客を集めた客席で爆破事件が!
廊下にいたマックスは、九死に一生を得る。
テロと報道されるが、二つに事件には何か関連があるかも知れない。
独自の調査に乗り出すと、命を狙われ…?
ディック・フランシスは執筆協力者だった奥さんが亡くなった後しばらく休筆していましたが、「再起」で復活。
息子のフェリックスが協力して書き上げ、連名に。
物心ついたときから、両親が作品のことを話し合うのを聞いて育ったそうです。
フェリックス視点のせいか、家族は競馬関係だが主人公は違うという設定。
才能ある若いシェフで、これからが人生の本番といった感じ。
全体に話が若々しく、事件をきっかけに出会った音楽家の女性と恋に落ちるのも楽しげで、初期作品のムードも懐かしく思い出されます。
いろいろな要素が入っていて、読み応えのある仕上がりになっています。 -
Posted by ブクログ
何度目かの読み直しを経て、そして作者の全長編を読み終えた目で見て思うのだが、この作品は非常にレベルの高い、この作者らしい傑作なのではないだろうか。
それは、犯人という名の敵と戦うと同時に(いや、それ以上に)、自分との戦いがテーマとなっているからだ。フランシスといえば「内なる敵との戦い」というイメージは、おそらく「利腕」以降のものだと思うけれど、この作品はそれの先駆けと言っていい。まさに主人公は、あるべき自分の姿を求めて歯を食いしばるのである。
貴族であるという主人公の設定は、ある意味わかりにくい。日本人であれば、たとえば天皇家の一員が、自分と同じ職場で肉体労働のようなことをやっているのをイメージすると、ある程度わかると思う。貴族であることで、ある種の逆差別を受けるのもわかるし、「貴族であることではなく、自分が自分であることで他者に認められたいのだ」という主人公の思いが伝わってくる。極端な設定のようにも思うけれど、そういうアイデンティティの問題を描き出すには、とても明確な設定だと思う。
対する敵の描き方も、実にはっきりと作為的で、でもそれが作品としての風通しをよくしている感じがする。主人公に共感できるし、心から声援を送ってしまう。例によって、やや都合よく進んでいく感がないわけではないのだけど、それでも大詰めの緊張感はすばらしいと思う。
恋の話も、ほほえましくて楽しくて好きだ。
今読むと冷戦を背景にした犯罪の有り様はやや古くなっているのかもしれないけれど、そんなことを差し引いてもあまりあるほど、主人公の「こだわり」と「めざめ」が身にしみてくる傑作だと思う。 -
Posted by ブクログ
数あるディック・フランシスの作品の中で、5本の指に入る傑作だと思うのは、主人公の若さによるものが大きいのではないかと思う。20代前半の主人公は、若く、無鉄砲で、ロマンチックである。
だからこそ、自分の命を賭け物にしたようなことができるのだし、それをしたくなるような情熱のほとばしりが素直に納得できる。同じようなことをする中期以降のスペンサーがバカに見えるのとは対照的だ。
恋愛物としての共感度も個人的には素直に高い。特に、ミステリとして一応の解決を見てから後の展開は、かろうじてミステリ的な興味を残してはいるものの、恋と友情の物語であり、蛇足といえば蛇足なのだけど、独語のさわやかな後味には絶対必要なエピソードだ。けっこう胸がきゅんとする。
若さっていいな。
敵を一歩一歩追い詰めていく流れや、いきなり始まるこの小説最大の山場は見事だし、なんといっても元騎手という経歴だからこそ書けるような描写にあふれている傑作であると思う。シリーズ中再考の名馬も登場するし。
が、ちょっと覚めて見るなら、エリートVS成り上がり者って構図がちょっとだけ合って、作者の気の使い方はわかるのだけど、ちょっとイギリスくさく感じる要素がないわけではない。 -
Posted by ブクログ
競馬シリーズっていう名前に腰が引けてしまう人もいるかもしれないけれど、競馬にまったく興味のない人も楽しめる。食わず嫌いは損だっていう代表みたいな本だ。
ミステリに分類されるから、事件があって探偵がいて、犯人を突き止めるって話なわけだけど、この本の魅力はそんなことにはない(もちろん推理小説としても水準以上の出来だけど)。作者が描き出す人物が、ただひたすらかっこいいのだ。ただかっこいいと言っても、スーパーマン的なものではない。自分の弱さに悩み、傷つきながらそれを克服していく姿が、圧倒的に感動なのだ。
事故で片腕を失った主人公が、ねばり強く犯人を追いつめていく物語だけど、特にラストシーン、最後の一行にうならされる。ミステリなんて好きじゃないっていう人にこそ、読んで欲しいと思う本だ。 -
Posted by ブクログ
ディック・フランシスの小説にはかつては同じ主人公が出てこないことになっていたが、シッド・ハレーだけが例外だった。初期の作品『大穴』に出てきたあと、この『利腕』に登場した。
その後、キット・フィールディング君が二作続けて登場したが、そのあと『好敵手』でシッド君が三度目の登場となり、やはりフランシス作品のなかの存在感ナンバー1の座を印象付けた。で、このあと、最愛の妻を亡くして一度は引退したフランシスが息子の応援を得て書いた『再起』も、やはり一番人気のシッド君に登場してもらったので、シッド君は都合四回出てきたことになる。
さて、4回の登場中、もっとも好きなのがやっぱり『利腕』。
初回に登場したとき、すでに競馬の事故で右腕を怪我していたシッドだけどそれをものとせずにかっこいいところを見せつけた。
ところが、この作品では悪者に追い詰められて、その怪我した右腕をさらに痛めつけられてしまう。
さしもの好漢、シッド・ハレーも、右腕を失うかもしれない恐怖には勝てず、一度は悪者に屈してしまうのだ。
このへんの心理描写はじつに巧み。
読んでいるこちらのハートが試されているかのようだ。
フランシスの描く主人公はつねに冷静沈着、誇りを重んじ、それを貫く強さを持っている。
しかし、そんな主人公の心のなかで起きている葛藤を見事に描いて、彼らの本当の姿を浮かび上がらせることに成功したのがこの作品が頭ひとつ飛びぬけているポイントだ。
もうひとつ『度胸』という作品も同様のテーマで、「度胸とは何か?自尊心とは何か?」ということを描いている。
それでいつもどっちがどっちだったかわかんなくなっちゃう。