私が初めてディック・フランシスの作品に触れた記念すべき一冊。
冒頭、腹を撃たれている主人公が目を覚ます場面からぐいぐい話に引き込まれ、寝る間も惜しんで最後まで貪り読んだ。
とにかく、主人公シッド・ハレーの内面の描写が秀逸なのである。
ストイックな不屈のヒーローではあるのだが、後ろ向きな感情の生々し
...続きを読むい描写によって生身の人間以上の人間臭さを与えられている。
例えば、
競馬レース中の事故で失った左手の機能とチャンピオン騎手人生に対する執着や、人生への絶望・無気力。五体満足でない自分自身に対する恥辱の念。執拗に自分へ危害を加えようとする黒幕への恐怖…など。
周囲の人々との関わりの中で少しずつ魂の苦しみから解放され、深淵から這い上がり敵に立ち向かっていくハレーの姿に胸が熱くなった。
著者ディック・フランシス自身がハレーと同じく元障害競馬のチャンピオン騎手だったのだが、元々ミステリー作家が本業だったのではと思うほどの巧みな筆致とプロットに驚かされる。
後に米英の2大ミステリー賞を獲得することになる才能の片鱗をこの作品でも存分に味わえるので、競馬シリーズと聞いて敬遠している人にもぜひおすすめしたい。